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まちでうわさのかがやくおうち

ベッドの中から這い出して眺める朝の光が弱い。
 カーテンを開けるためにベッドから降りる、その一歩が一番厳しい。
 寒い季節はとくに辛い。ぬくもりが本当に手放し難い。

「今日も寒ぃなぁー!」

 声を出す。今朝は少しかすれるくらいで済んでいる。
 一緒のベッドで寝るようになって、もう何年になるのだろう。
 さすがに昔のように頻繁に肌を触れ合わせることは少なくなった。皆無という訳ではないが、毎日、近くで手を触れて、体温を感じて寝ているから、それで満足してしまえるようになってはいる。

 ヴァリアーのアジトではわからなかったことがある。
 冬の夜の寝る前の準備だとか、お互い年をとったなぁ、と感じる部分が違うとか。
 そんな些細なこと、けれど大きな違いを感じるようになったことが、まだ嬉しいと思っていることが、不思議で楽しくてたまらない。

「今日も天気がいいみてぇだなぁー」

 カーテンをいきおいよく開ける。
 ペアガラスは結露しないので、朝でも外がよく見える。遅い朝の日差しが家の間から、弱い光を世界に投げている。うっすらと闇から目覚める朝の、その風景を見ることが、スクアーロにはとても楽しい。
 今日も自分が生きていていることが嬉しい。
 ベッドの上には大きなふくらみがあり、その中でぬくもりを惜しんでいるのは、生きていて動いていてしゃべっている愛しい男。
 ザンザスが健康で元気で機嫌よく、生きていることを感じ取れることが嬉しい。
 自分の手で、肌で、それを感じ取れることが、とても。

「おぉい、起きろよぉー」

 カーテンを開けてベッドに戻る。
 ふくらみはぴくりとも動かないが、すでに目が覚めていることはスクアーロにはわかっている。
 だからといってさっさと起きる、という選択肢がザンザスの中にあるわけがないことも。

「起きねぇのかぁー? 一緒に歩くって言ってただろぉー?」

 羽毛布団の中でそっぽをむく背中に手を伸ばせば、ふかふかの最高級ダウンを隔ててさえ、暖かなぬくもりが一つしかない手のひらに伝わってくる。
 純毛の毛布をまくり上げようとした手が、布団の中に引きずり込まれた。

「なんだぁー?」
「寒ぃ」
「まぁなぁ」
「俺は今朝は飯抜きなんだ。少しは付き合え」
「そらそうだけどなぁー」
「検査のために水も飲めねぇ。俺の前で飲み食いするつもりか?」
「するぜえー、しねぇと腹へって、動けねぇからなぁー。俺ぁザンザスと違って腹減るとすぐ動けなくなるんだぜぇ」
「少しは太ってみやがれ」
「年とってから太ると足が悪くなるだろぉー」
「少しの脂肪は財産だ。…寒ぃ」

 握られた腕はぐいぐい引かれるばかり。
 なんだよ、顔を覗き込もうとベッドに膝を乗せたところを、あっという間に引きずり込まれた。

「寒ィ」

 そういいながら少し埃っぽいスクアーロの、銀だか白だかわからない髪に、ザンザスが頬を押し付けてくる。
 ザンザスの腕の中に抱き込まれて、逃げられないように足を絡められた。
 最近二人して寝るときに靴下を履くようになったので、足裏が触れて喧嘩をすることもなくなった。
 ちょうどいい位置に体を動かして、ぎゅっと腕を回して抱きしめる。
 ザンザスに触れているとどうしてこんなにいい気持ちになるのか、スクアーロにはわけがわからない。麻薬とか電波とか色々、この男から出ているんじゃねぇんだろうか、とスクアーロは常々思っているのだけれども、その話をすると大抵の知人は「それは君のほうなんじゃないの」だの「その言葉そっくりそのまんまセンパイに返すよー」だの「あらあらごちそうさま」だの言われてしまうのだ。
 なんでそんなことを言われる筋合いがあるのだろう。ザンザスの姿を見ているだけで、俺はこんなにぐにゃぐにゃになってしまったり、悲しくなったり、嬉しくなったりするのだ。自分の感情を他人に左右されることなどスクアーロには不愉快でしかたないことだったが、ことザンザスが相手だとそれがとてつもなく幸福で気持ちがよくて嬉しいことに感じられてしまうのだから、まったくどうかしているに違いない。
 もういい加減ザンザスだっていい年で、その体も顔も衰えてきているだろうに、それが全然ちっとも醜いとかみっともないとかかっこ悪いとか思えないのもどうかしている。
 年を取るザンザスを眺めて暮らせるのは本当に楽しいことだ。

 最近はザンザスが元気でいることになんだか妙な達成感を感じるようになっている。
 もちろんザンザスを守ることを怠ったことなど一瞬たりともないけれども、いままでのように、力でザンザスの前に立ちふさがる様々な困難や障害を、切り伏せねじ伏せ倒してきたころとは違う心持ちになっているのではないだろうか、という気分になることがある。
 いや、前だってそんな気分になったことはあるけれども、今は体を張ってザンザスを守る立場でなくなったぶん、そちらの思いが強くなっている気がした。
 それは普通母親や妻の立場だろうと、さんざんにからかわれることもあったけれど、確かにこれは母性、あるいは父性なのかもしれないと思う。
 ザンザスが自分の作る野菜や料理で健康で毎日心地よく過ごしていることを確認するときの誇らしさをそう呼ぶのならそうだろう。

「そろそろ起きろよぉー」

 ザンザスはすっかり力を抜いて、スクアーロの腕の中に頭を預けている。
 このままでは本当にまた寝てしまう。
 それじゃ朝の病院の受付に間に合わなくなるぞ、とスクアーロは頭の中で時間を計算する。今日は時間までに、スクアーロが病院までザンザスを送っていくことになっているのだ。
 身支度にはちゃんと時間をかけたい。
 たかが一泊二日の人間ドッグだと言っても、どうせ他人に見せるなら一番かっこいいザンザスを見せつけたいし、ザンザスだってそのほうがいいに決まってる。
 めんどくさがりの癖にカッコつけたがりの男なのだ。
 他人に体を触られることが好きではない男だから、少しでも相手を懐柔出来て、やさしくしてもらえるようにしてやりたいのだ。
 それにスクアーロにとっては本当に、文句なしにいい男なのだから、ザンザスをそうすることに手間を惜しむなどということは考えられない。

「髪洗って、髭剃ってやるからよぉー、そろそろ起きたほうがよくねぇかぁー?」

 めいっぱい甘い声で懐柔する。
 それを聞くとようやく、腕の中の体に力がはいるような気がした。

「本当だな」
「だから早く起きろぉー」

 のそり、大きな獣が起き上がるような心地で、スクアーロは腕の中の体が動くのを感じた。
 布団の中に手を突っ込んで湯たんぽを出す。
 これで顔を拭くのがとても気持ちがいいのだ。

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