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はじまりはいつも雨 

復活祭!改の新刊サンプルです。
表紙がちょっとイマイチなので再版分から写真差し替えるかも。
書けたところまで! という突貫工事でホントすいません…。
サンプルは折りたたんであります。


プロローグ

 今日はなんだか騒がしいな、ということに気がついたのは昼寝をした後のことだった。
 最近どうにも眠くてたまらず、今日も軽い昼食の後、ソファに横になって仮眠をした。ほんの十数分、けれど驚くほど深く眠ったようで、頭がとてもスッキリしている。
 午後に残した書類仕事の段取りを考えつつ、窓を開けて外を見れば、階下から騒がしい声が響いてくる。最近ほとんど聞くことのない高い声は王子のものではないらしい。
 珍しいな、とそちらを見れば、今年で二十歳になる王子のキラキラ輝く金髪が、光に照り映えているのが目に入った。
「おまえなんでそんなにバカなのー? ナイフの投げ方ってそうじゃねーだろ!」
「僕だって一生懸命やってるんですぅうう」
「やってたって出来なかったら意味ねーだろ? 筋はいいのにヘッタクソだな! やめれば?」
「酷いですぅうう」
「ホントおめーうっせーな! ツナヨシの命令じゃなかったら殺すぜ貴様」
「ひぃいいいいい」
「おまえバカだけど泣き顔だけは最高だな! ウケル! おっかしー!!」
 王子の言い方は辛辣だがそれはいつものことだ。彼が自分の感想を素直に口にしないことはあまりない。さすがに最近は昔ほど好き嫌いをすぐに口に登らせることは少なくなったが、それでも十代目の守護者たちに対して、少しでも遠慮などというものをしたことはない。それが切り裂き王子というものだ。
。王子のナイフの的…ではなく、王子からナイフの投げ方のレクチャーを受けている…などという至極珍しいことをされているのは、十代目沢田綱吉の雷の守護者、ランボである。
 守護者の中で最年少の彼は、ベルフェゴールにとってはほとんど動く玩具のようなものだ。
 ランボはとてもよく泣く少年だ。王子はあと少しで二十歳になるが、ランボはヴァリアー最年少の彼よりはるかに年下だ。彼が何故ここにいるのかといえば、ボンゴレの十代目を継いだ男からの書類を手で持ってくる…という仕事を言いつけられたからである。電子機器で連絡を取ることは簡単だが、常に盗聴の不安がつきまとう。それを思えば結局は手紙を運んでくるのが最も安全になる。
 特に死炎印を封緘に纏わせれば、開封したこともすぐにわかるから、それを守護者の誰かに持たせるのが一番いい。普段はボスの側近の嵐の守護者か、日本と欧州を頻繁に往復している晴れの守護者がその役割を担っているが、今回は二人とも国内にいないらしい。
「おまえホントに下手くそだな! ナイフなんて手指の延長みたいなもんなんだから、的に当てるのなんて簡単だろー? ほら、やってみ!」
「あ、はいっ!」
 ランボのナイフは豪快に斜め後ろに飛んでいった。「なんだぁああ!」
 明後日の方向に飛んでいったナイフは高い音を立てて弾かれた。弾いたのは柔軟な骨組みに薄い金属を纏わせたまがい物の左手、何気なく飛んできた得物を、無造作に弾いた、そんなふうにして避けただけ、そんなふうの男。
「ひぃいっスクアーロさ、」
「おまえ何遊んでるんだぁ! ガキがナイフで遊んでるんじゃねぇ!」
「ち、違います、ボク、投げ方を、その、教えて」
「おめーみたいなのに教えるだとぉ! そいつはバカじゃねぇのかぁ!」

(中略)

 失敗した、スクアーロはそれだけを考えていた。
 仕事はうまくいった。今日はいつもの殺しだった。ヴァリアーのいつもの殺し、ボンゴレに都合に悪い人間を、誰にも知られないようにそっと、確実に消すこと。それがヴァリアーの、いつもの仕事。そう、いつもの。
 逃げる時に失敗した。
 川に飛び込むところまで予定通りだった。まるであの世のさかいを流れる冥府の川カロンのような、黒々とした波もないそれは、スペルビ・スクアーロの飛び込んだ痕跡も残さなかった。飛沫のひとつも立てることがなく、とぷんと彼を飲み込んでいった。誰にも気づかれなかったから、そのまま、流れていけばよかった。
 長く息を継いで、犯行現場から遠く、遠くへ逃げた後で、ようやく顔を出した。息を吐いて、吸って――その時、上流から何かが流れてきた。大きな影だった。視界を横切る大きな影。それががつんと頭にあたった。
 皮膚が切れて血が出て、視界が曇った。
 思わず足から力が抜けた。
 危ない。
 そう思った途端にもう一度、川に沈んだ。
 
 なんとか川から上がったところで、足がもつれて転んでしまった。思ったより血が流れて、体が冷えてしまったようだった。
 これは危ない、見つかったらどうなるかわからない。追っ手が来ることはないだろうが、このままでは不審者として通報されてしまうかもしれない。
 どうにか、どこかに隠れなければならない。だか、予想以上に力が入らず、動くことが出来そうにない。
 ここで死ぬかもしれない、そんなことをふと考える。

 ごめんなザンザス。
 俺、おまえのところに戻れなくなるかもしれねぇな。
 俺がいないと何もしない男なのに、これからどうしちまうんだろうな。
 食事も睡眠も、一人じゃ上手に取りにくい男だから、世話をするやつが必要なんだけど、誰か面倒みてくれるかな。
 ああ、いつか帰れなくなるかもしれねぇと思っていたけれど、こんなところでくたばることになるとはなぁ…。
 もうちょっとくらい、おまえのそばにいられると思ってたけど。あと十年くらい、傍にいたかったな。いい感じに老けたおまえを。もっと見ていたかったな……。

 意識が朦朧としてきた。
 死ぬほどではない怪我だが、しかし体が動かない。路地裏で水に濡れて転がっていれば、少なくとも肺炎になるのは免れまい。
 体を揺らされる。ああ、誰かの声がする。
 ザンザス? 
 なんでザンザスのことを思い出すんだろうな。
 スクアーロは問われた声に無意識に答えた。答えたところで、意識がなくなった。




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