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まちでうわさの輝くおうち

家の明かりは外に漏らさない。

暗がりで生活するのは苦ではない。
人よりよほど夜目が利く二人は、日本人よりは暗闇に強い。
淡い色の虹彩は光に弱くて、代わりに夜の暗がりのほうが楽は楽だ。
それは若い時分からの習いのようなもの、年を取った今でも、目をつぶって家の中を歩くのに支障はない。
けれどその屋敷は冬のひと時、白く輝く明かりに覆われることになる。
日本の夜は明るいと、極東の国にやってきた当初、二人はそう思っていたが、通りを外れると急に闇が深くなる気配がある。
ハロウィンが終わった途端、家の表にともされる明かりに、不信を抱いたのは仕方のないことだ。
個人の家でそういうことをするということが、あちらではほとんどないのだ。
街中では、公共の街灯以外には外の看板を照らす明かりのワット数や色にも厳しい規定があることがほとんどであるし、田舎でそんなことをすれば、たちまち盗まれたり壊されたりすることが多い。
人がいなくてもものが盗まれたり壊されたりしない国は、世界中で日本だけなのだ。

「……日本って国は平和なんだな」
「そうかもなぁ」
「うちもやるかぁ?」
「なんでそうなる」
「…あんた、すごくやりたそうだぜぇ」

瞳の奥で湧き上がる好奇心を見透かされて、赤い目の男が驚いて隣を見る。銀灰の眼差しは楽しそうに、通りの家の植え込みに飾られた、白と青のLEDの明かりを映して光っていた。
それはまるで、冷たく光る冬の水面に、きらめくダイヤモンドが輝いているよう。

「…見てぇか」
「やってみるかぁ?」
「どんなになるか、気にはなるな」
「やってみようぜぇ。植え込みの剪定はだいたい終わってるしよぉ、小さいのは終わったらすればいいだろぉ」
「剪定してんのか」
「してるぜぇ。日本の落葉って遅いんだなぁ」
「色が変わるのがすげぇ」
「そうだなぁ。空気が違うから色も違うぜぇ」
「今年は綺麗だった」
「暑かったし、急に寒くなったからなぁ」

そんなことを言う隣の男の肌が少し乾いている。
異国の水に洗われて、髪の色が濃くなったような気がすると夏場は思っていたけれど、今は少し、肌が薄くなったようだ。
甘い匂いのボディクリームが体臭と交じり合って、澄んだ夜の空気のようになる。
寒いのでもっと近くで暖を取ろうと抱き寄せた体から、冷たく饐えた青い香りがするのは悪くない。

スクアーロの匂いはまた少し変わった。
若い時分は青くて瑞々しく、長じて後は慣れ親しんだ浅い薄い香りになった。
暗殺部隊という仕事柄、体臭は薄く、香水の類もほとんどつけたことがない。
代謝がいい体はそれでもそれほど匂いが気になるようなことはなく、うっすらと淡い牧草のような香りがするのを、ザンザスは好んでいた記憶がある。
仕事を辞めてから少しは香りを纏うようになり、ザンザスが選んだ青い果物の香りの香水は、スクアーロの体臭と混ざると、えも言われぬ深い、夜の青さを感じさせるものになる。
そんな体を抱き寄せて、体温を感じるのがザンザスは好きなのだ。

「今日買えなかったもんは明日買いに行こうぜぇ」
「面倒だから通販で頼め」
「みかんは来年届くように頼んであるんだけどよぉ、少しだけ買おうぜぇ」
「食べてぇのか」
「この前、加奈子さんから貰ったもらったみかんが、もうそろそろ終わりそうなんだよなぁ」
「家でとれたといって持ってきたアレか。買ったのとは味が違ってよかった」
「なんだか懐かしい味だぜぇ」
「確かにな。ヴァリアーのアジトに植わっていたmandarinoに、似た味があった」
「味一緒だろぉー」

そうしてこのパートナーは、年経ての後も、同性にも異性にもよくモテる。
日本人は外国人に非常に警戒心が強い人種だが、スクアーロはそんなものを軽々と飛び越えてしまうのだ。
乞われて近所の集会に出た直後から、友人を作ってきたのはさすがのザンザスも驚いたものだ。
男女問わずスクアーロには惹かれるものがあるのだろう。
本人は、珍しいし、声が大きいからじゃねぇのか、などと見当違いのことを言っていたけれど。

「買ったみかんは甘すぎる」
「いやかぁ?」
「リンゴにしろ」
「日本のリンゴはでかくて食べきれねぇだろぉ」
「俺が剥くからいい。買え」
「そっかぁ? だったらいいけどよぉ、あんた皮剥くのうまいもんなぁ。あとなんか欲しいもんメモしておけよぉ、明日市場に行くんだからなぁ」
「日本の冬は忙しねぇな」
「クリスマスが終わったら一瞬でお正月だぜぇ」
「カミサマが来るんだったか?」
「年神さまってのが来るんだそうだぁ」
「日本じゃなんでもカミサマだな」
「ホントになぁ」

夜の散歩をしながらあたりの、家の庭のあかりを覗く。
朝が寒いのでなかなか散歩が出来ず、最近は夜になってから歩くようになった。
表通りから少し中に入ったこのあたりは、夜はほとんど車が通らない。
住宅街が途切れた先は畑と田んぼが続いているからが、冬になればあたり一面、茶色の土野原で何もない。
夜は懐中電灯で足元を照らさなければ危ないほど。
遠くのグランドの明かりが唯一の光源、しかし最近はそれもない。
そんな暗さは彼等には懐かしいものでもある。
日本の夜は明るすぎる、赤瞳の男はいつもそう思う。
黒い虹彩を持つ人間が多い日本では、闇はもっと深く感じるのかもしれない。
彼等が街灯の光を眩しいと感じるように。

「明日の夜はケーキ焼くぜぇ」
「チキンは俺が焼く」
「そういえば昼間、ヒバリが来てお歳暮置いてったぜぇ」
「そうか。草壁か?」
「本人が来たぜぇ。今日は十二件回るって言ってたぜぇ」
「あいつも勤勉だな」
「顔見るのも仕事だって言ってたなぁ」
「なるほど」
「なんだろうなぁ。楽しみだぜぇ。まだ見てねぇんだ、一緒に見ようと思ってよぉ。中身なんだろうなぁ? 雲雀の趣味はいいからなぁ」
「そうだな。楽しみだ」


赤い瞳の男は元来真面目な性質だった。
銀の髪の男は派手なことが好きで、面倒見がよくて楽しいことが好きだ。
なので二人して製作した始めての冬の家の飾りつけは、初年こそおそるおそるという感じだったが、翌年はかなり派手になった。
どこからかぎつけたのか知らないが、雲雀恭弥が人を出して、面倒な飾りつけの一部を手伝ってくれたりもした。
二人の屋敷は通りから少し入ったところにあるが、前にも後ろにも家がなかった。
周り中ぐるっと畑でひどく見通しがよいので、離れたところからもよく見えるのだ。
防犯的には杜撰なように見えるが、家には雲雀の会社に直接繋がるホームセキュリティの契約が入っているし、屋敷周りには移転した当初に植えた木が大きく育ち、居間や台所を適度に隠している。
北側に広がる畑の間を区切る生垣もそろそろ人の背くらいにはなってきていて、屋敷の中を覗かれる心配はないし、木立に紛れて赤外線センサーもついている。
お洒落な外観は人目をひくこともあり、綺麗に片づけられた畑は人の視線を呼ぶ。
冬は暗い。
あたりは畑と家しかないから、夜はいくつかの街灯を残して真っ暗だ。
その中で輝く建物は、夢のように美しかった。

それは夜鳴きする子供をあやしに来た母親を慰め、犬を散歩させながら一休みする老人を楽しませ、塾帰りの子供が車窓から目印にする、そんなものになっていた。
闇夜を明るくするには、相当の数の電球が必要である。
虹彩が薄い二人にとっては十分でも、黒い瞳の日本人にはいささか寂しい光の量ではあるが、それでも屋敷の一部分がキラキラと、タイマーに合わせて輝く姿は、乾いた空気の中ではとてもあたたかく感じられることになるだろうことを、主の二人だけが知らなかった。

家の明かりが漏れないように、分厚い遮光カーテンを引いて、その時期は夜を過ごしている。
朝から薪ストーブをつけて、ひがな一日それで暖を取ることにしている。
吹き抜けを通って二階を通った空気が家中を暖め、分厚い壁が外の空気や音を遮る。
手入れの行き届いた屋敷の住人の、生活は本当に慎ましやかだ。
湯たんぽと人肌でシーツをあたためる夜が過ぎる。

「ほら」
「おおっ、ありがとなぁ。やっぱりあんた、リンゴ剥くのうまいよなぁ」

くるくると手の中で赤いリンゴが回る。

ナイフの先から細く長い丸い皮が、踊るように男の手の中から生まれてくるのを、スクアーロは何度も不思議そうに見てしまう。
これは魔法か何かだろうか、分厚い手のひらの中で数回、踊るリンゴがどうして、こんなに綺麗に肌を見せてしまうのだろうか。
確かにこの男の前で、いつまでも服を着ていることが出来ないことは、スクアーロはよく知っているけれども。

「うさぎにでもしてやろうか?」

そもそも欧州のリンゴは小さくて、手のひらに包み込める程度の大きさだ。
皮を向かずそのままかじるか、煮てジャムにしたり、肉のソースにするためにある。
日本のように両手で持たなければならないほど大きく、剥いて生で食べるのが主ではない。
日本の冬を過ごすうち、いろいろなリンゴを食べるようになって、気が付けば、それを剥くのはザンザスの仕事になっていた。
ナイフとは違う日本の包丁の扱い方を、ザンザスはすぐに会得して、スクアーロよりよほど上手に果物の皮を剥いてくれる。

「それは風邪引いたときにとっておいてくれぇ」
「忘れんなよ?」
「忘れるかよぉ! つーか、そもそも風邪なんかひかねぇぞぉ!」
「ナントカは風邪引かねぇって話だしな」
「なんだとぉ!」

寒くなると肩が痛くなるとは、決して言わない連れ合いと一緒に、年が明けたら温泉とスキーに行く予定を思って、赤目の男は目を細める。
子供のように真剣に一途に、しゃくしゃくとリンゴを齧る銀目の男がそれを見て、嬉しそうにはにかんで答える。

「これなんの品種だぁ? この前より酸っぱくねぇなぁ」
「走りのモンは酸っぱいんだ。今はもっと甘いのが出てる」
「みつが入ってるぜぇ」
「甘ぇ」
「俺はこれが好きだなぁ。なんて品種だぁ?」
「おまえがもらってきたんだろうが」
「あー? そうだったっけかぁ?」
「相変わらずホイホイとなんでも貰ってきやがるヤツだな、おまえは」

この夏からスクアーロは知り合いの近所の人にフランス語を教えている。
昔子供部屋があった離れを開放して、そこに人を集め、週一回二時間ほどそこに出かけていって簡単なフランス語を教えることになった。
なんでもその家の娘がフランス人と結婚してあちらに住んでいるそうで、生まれた子供と少しでもフランス語でしゃべりたいのだそうだ。
もう一度フランス旅行がしたいという友人や知り合いなど、毎回五、六人の生徒が集まっている。
費用はテキスト代として毎回五百円づつ払ってもらっている程度だ。
リンゴは生徒の実家のもので、毎年一箱送ってくるものをおすそわけしてもらったものだ。

「味がまだ若いな」
「さすがだぜぇ」

 しゃくしゃく、リンゴを齧る音だけが、ゆっくり回るファンの音に紛れて聞こえる。 


冬の夜は長い。
長い夜を隣に相手を抱き寄せて、すごす年月ももう、四十年が過ぎようとしている。

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