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暁と黄昏の十二時間・サンプル・2

 結論から言えば、匣兵器は驚くほどあっさり見つかった。

 イースターエッグを探すのよりも多少面倒な手続きを経て、たどり着いたそこで手に入れた匣の中身はこれから得るはずなのに懐かしさすら感じるそれで、投入した炎に反応した音すら郷愁を感じてしまう。
 そんなことはない、これはみな「これから会う」べきものだというのに。

 二度目の匣生物の生育は非常にスムーズで、未来の世界では手間取った孔雀の孵化もミンクの餌もライガーの躾も、今度はひどく簡単で、拍子抜けするほどだった。
 未来の世界では半年近くかかったライガーの成体への変態もわずか五日で過ぎてしまって、物足りない意見が噴出したほどだ。

「まさかこんなに早くこいつがここにいることになるとはなぁ……」

 談話室に続くキッチンで、人参の皮を剥きながら、スクアーロは呆然とつぶやく。
 その隣で戻したドライトマトをみじん切りにしているルッスが、そうねぇと鷹揚に同意する。
 スクアーロは返事をする前に、足元で子供が泣くような声が上がる。
 視線を下ろせば、フローリングの床の上に、ちょこんと鳥が一羽、尾羽根を垂らして佇んでいる。
 蛍光のグリーンとブルーの飾り羽にブラックとブラウンの目玉模様の尾羽根はまだ短いが、羽先を床にこすらぬよう、姿勢よく尻をあげてスクアーロの足に長い首をこすりつける、その仕草はまるで猫のようである。
 しかし二本の足は太くてたくましく、爪は鋭くて長い。
 普段はめったに鳴かないが、威嚇や要望があるときだけ、まるで人の声のように鋭く、一声だけ声を上げるのだ。
 いまはまだ子供なのでくちばしもそれほど頑丈ではないが、成鳥のそれはかなり強力な武器で、毒蛇すら突き殺す威力がある。
 クジャクはその麗しい外見に大抵の人間は騙されるが、実際はかなり悪食で凶暴だ。その鳥を模した匣兵器であるところの晴孔雀が、スクアーロの足元で優雅に侍って立っていた。

「こいつしまっておかねぇのかぁ?」
「あら出てたね、クーちゃんったら。羽が料理に入ったら嫌だから、しまうわね。さ、クーちゃん」

 手を拭いたルッスーリアが、エプロンの下に手を入れて匣を取り出して蓋を開ける。かすかに鳴きながら極彩色の孔雀がその中に消え、パタンと勝手に閉じてしまった。

「そいつはまだ小せぇなぁ」
「そりゃそうよ。まだ大人になったばっかりよぉ」
「あれくらいになるにはどんだけかかるんだぁ?」
「そうねぇ、あとしばらくはかかるんじゃないのかしら。毎日お手入れしてるけど、どうなのかしらねぇ。前は一夏越さないと駄目だったけど、今回はそんなにかからないと思うわ。本当なら、孔雀って、夏を越えないと駄目なんだけどね」
「そうなのかぁ?」
「クーちゃん、今はまだ目玉の羽が少ないでしょ? 孔雀は大人になるにつれて目玉の数が増えるの。だいたい六つくらいになると一人前らしいわ。クーちゃんはまだ子供なの」
「そーいやオマエのまだ一つしかねぇな」
「これからどんどんキレイで立派になるかと思ったら、オシャレにも意欲が湧くわねぇ」

 そう言いながら刻んだトマトとオリーブオイルをかるく混ぜて味を整え、冷やしておいたモッツァレラチーズと生ハムに回しかけてゆく。
 別の皿にはバジルペーストにアンチョビを入れたディップにコルシーニのグラッシーニが準備され、酒のアテとして整えられてセットされた。
 それを、目的地まで持っていくのは今のスクアーロの役目だ。

「はい、できたわよー、持ってって」
「おう」

 答えながらしかし、普段よりどうにも、スクアーロの動きははっきりしない。彼のボスのところに酒のつまみを持って行き、そのままボスの部屋で朝まで過すのが、ここ最近のスクアーロの日課になっていることを、ヴァリアーの幹部は全員知っている。
 なのに当の本人が、まだエプロンも外さずに、どうということをしながら、キッチンの中でうろうろしているのだ。

「……、行かないの?」
「あー、……うん……、……」

 水を向けたルッスーリアの言葉に答えるのにも、ひどく歯切れが悪い。

「早くしないと怒られるわよ」
「それはねぇ」
「…ないの?」
「あー、まぁなぁー」

 そんな答えを返すのは本当に珍しい、とルッスーリアは思う。
 おかしな話ね、最近ボスはとても優しいわ、この子に対して。
 だって奥の部屋からは怒号も悲鳴も呻きも聞こえないし、目の前の男の肌はいつもキレイでツヤツヤしていて、髪も目も唇も何もかも、愛されている潤いに満ちてとても綺麗だというのに。

「どうしたの。具合でも悪いの?」
「そうじゃねえけどよぉー、…なんか」
「何よ」
「……ボスのとこ行くの、なんかこぇえ」
「……なんで?」

 これは思わぬ言葉が出たものだ、とルッスーリアは驚く。まさか怖いなんて言葉がスクアーロから出るなんて、どういう風の吹き回しだろう。いや、違う、ボスに対してだからこその言葉なのかしら。

 昔から、スクアーロは怖いもの知らずの子供だった。肉体的にもそうだったが、とにかく精神的にタフで前向きで、ストレスを溜めにくい考えをする子供だった。基本的にむやみにものを怖がるようなことをする子ではない。慎重ではあるが、恐れとは無縁に見える子供だった。

 けれどそうだ、ボスが相手なら。スクアーロが初めて感じた恐れというもの、それがゆりかごなのではないだろうか、とルッスーリアは思っている。言葉にして口に出したことはないが。

「何も、されないのが、こぇえなぁ」
「あら、スクちゃんは、ボスに殴られたり蹴られたりするほうが好みなの?」
「そういう意味じゃねえけどよぉ」

 こんなに愛されてつやつやプルプルの肌をしていながら言う言葉じゃないわ、とルッスーリアは内心で溜め息をつく。

「なんか、…あんま、こう……なんか…違うもんになりそうでよぉ……」
「ボスが?」
「違ぇ」

 そこだけは妙にきっぱりと、スクアーロは返事をした。

「ボスさんがどんなになったって俺には関係ねぇよ。ただついてくだけだぁ」

 ということは。

「スクちゃん、それって」
「わかってらぁ」

 スクアーロはルッスーリアに先を言わせない。

「ボスはどんなになったってボスだぁ。…だけど、なんか、俺、俺じゃねぇもんになっちまいそうな気がすんだよなぁ」
「…それってどういうことかしら」

 なんだか聞くだけ無駄のような気がするわ、ルッスーリアはそんな予感を感じている。

「だってなんか、おかしいだろぉ…。俺はそんなことされる価値がねぇからなぁ」

 そう言いながらスクアーロは、床をじっと見つめて、そして顔を上げてからエプロンを外した。

「価値って」

 そんなものは必要だろうか。
 ただ傍にいたいから、いてほしいから引き寄せて抱きしめるだけ、それ以上の意味なんかあるのかしら?
 それにボスにとって、スクアーロの価値は計り知れないことくらい、本人以外はみんな知ってると思うけど。

「遅くなると機嫌悪ぃからなぁ。じゃ、おやすみ」
「おやすみなさい」

 手早くエプロンをたたんで、スクアーロは色とりどりのつまみを載せたトレイを持つ。
 キッチンを出ていく気配が消えてから、ルッスーリアは肩をすくめた。

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