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たとえばこんな夜の話をしようか

どろりとした重い、コールタールのような感触が体中を覆っている。体の芯の、骨の髄の中、神経の一本だけが「ここだ」と、痛みを訴えているのを「見る」ような目覚めが、自分が眠っていたことを逆に教えてくれる。
「起きたか」
 低い、聞きなれた声が聞こえる。
 吐き出す息が湿っぽく、どこか血腥いのに気がついて、スクアーロは顔をしかめた。
 暗がりで声がする。部屋には明かりはない。広いベッドの中、思ったよりもずっとずっと近くで、低い、心配そうな声が聞こえる。ああ、またか、とスクアーロは思う。最近はあまりなかったから忘れそうだった、今年は初めて違うところですごす季節だから、気をつけてはいたかれど、思ったよりずっと、極東のこの国は暖かくて、そのうち心配もしなくなっていたのだけれど。今夜はとても冷えると、昨夜のテレビで言ってたのを、そうだ聞いた覚えがある。異国の地で時々、聞きたくなる母国の言葉を探るように、ときおり流す外国語講座の合間の天気予報、朝の気温は氷点下になると、そう言っていた、はずだった。
「あ、……起こした、かぁ?」
「起きるところだった」
「そ、っかぁ……」
 息を吐くと背中がしっとり、濡れていることに気がついた。朝は寒いって話だぜぇ、そう言いながらベッドの中に、冬になってから毎日入れている湯たんぽを入れていたけれど、これはそのぬくもりで感じた熱ではなく―――勿論そんなものではなく。
「起きられるか」
「ああ……」
「着替えるか?」
「ん…気持ち悪い」
「動くな」
 身を起こすスクアーロの、背中に手を入れて。一緒にベッドで長いこと、供寝をする男が膝をつく。ふわふわの羽毛の毛布の隙間からするりとそれは抜け出して、滑るように歩いて部屋を出て行くのを、スクアーロはほおっとため息をつきながらただ、見つめているばかりになる。
 寒い夜は二人にとって、あまりよいことはならないことが多すぎた。全身に、若い時分の二度の傷を絡みつかせたザンザスの、年を経てかなり薄くなった傷はそれでも時折、かすかな段差を引っ張って、じくじくといやらしい痒みをしたがってやってくることになった。スクアーロはもっと顕著にそれが出た。義手との接合部分が、金属と生身の腕の温度差で、時折ひどく擦れて痛む。母国よりずっと湿気があるこの国の、冬はだいぶすごしやすくて二人とも、古傷の痛むのをそれほど、おそれずに今日まで済んでいた、けれども。
 今夜は久しぶり、白い男の額に汗が浮かべば、喉から押し出される低い呻き、痛みを堪えて背中が跳ねれば、隣に寝ている男にそれはすぐにわかってしまう、感じてしまうことになる。
 寝汗で冷たい腕を撫でる、枯れた感触に息を吐く。それでもこんなところまで来てしまった、手を離せなくてここまで来てしまった。こんな遠い、極東の、異国の地のベッドの中まで、赤い瞳のあの男と、ここまでこんな遠くまで、来てしまった、たどり着いてしまったのかとそう思う。
「ほら」
 渡されるのは下着と夜着、一揃いを着替えれば、着替えた服も持っていかれる。先に横になって待っていると、すぐに男は戻ってきて、何か飲むか、と問いかける。
「茶でも入れてきたのかぁ?」
「汗をかいたろう。少し飲め」
 ハーブティーを注いだ蓋つきのポットが目の前に差し出され、それを受け取って一口飲む。眠りをさそうカモミール、うっすらと甘みがある香りに目を閉じる。

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