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赤と青の誘惑と困惑

テーブルの上に並んだグラスに飲み物が注がれ、サラダが並べられるとようやく、赤瞳の王様がやってきて席に座る。王様の赤い瞳は長い前髪に隠されて、容易に伺うことが出来ない。
声を立てず、むっつりと黙り込んだままの暗部の王、かつては敵として戦ったこともある男を、クロームはそっと伺うが、瞳を伏せた男の表情はよくわからない。幹部は何も言わないということは、それはいつものことなのかもしれない。
ザンザスが口をつけなかれば食事は始まらない。それを知っている男は、席についてすぐに、傍らに侍る銀の副官が一口飲んでから前に置かれたカフェに、すかさず口をつける。
それが合図で、みなそれぞれに食事を始める。

「いただきます」のない朝食に、彼女はまだ慣れない。
ボンゴレの本部で食事をするときは守護者やドンと同じテーブルに並ぶことになるし、そうなればみな食事の前には手を合わせて目を閉じる。それがない朝食は彼女を戸惑わせる。
つい、ぼんやりと食べる姿を見てしまう。視線はよこされないが、気配が伝わって、肌がぴりぴりしてようやく、目が覚めたようにクロームはフォークを取る。

「あ、お箸、出しましょうか?」

クロームの様子を伺っていたルッスーリアが声をかける。だいじょうぶ、と答えながら、ルッコラと生ハムのサラダをつつく。

クロームは内臓が借り物なので、人よりずっと食べる量が少ない。そして時間をかけてゆっくり食べなければいけないので、いつも一番遅くまで食事をしている。それが心苦しくて、本部で他の守護者と食事をするのが気詰まりな部分もある。
健康な成人男子の食事の量は多い。体育会系の山本武や笹川了平はたっぷりと肉や野菜を取り、米の飯をもりもりと食べる。獄寺隼人や沢田綱吉も成人男子としては普通の量を腹におさめる。それに比べるとクロームの量は半分、時間は倍はかかることが多い。

ヴァリアーの屋敷ではそんなことはない。

イタリア人は食事に時間をかける。朝食はさっとビスコッティとコーヒーだけですませるのも多いけれど、この屋敷では朝でもたっぷり食事が出る。
ふわふわのバターの入ったクロワッサン、ローズマリーが練りこまれたプチパン、甘みのないパンケーキや塩気のないパーネトスカーナが籠に盛られ、すぐりのジャムとレモンのマーマレード、クリームチーズが添えられる。ふわふわの卵焼きにぷりぷりなソーセージ、一度しっかり漬けたザワークラフトを味付けしたものが添えられて、寒い季節は暖かいスープ、熱くなれば冷たく冷やしたスープがつく。
それを、時間に余裕があればゆっくり、じっくり食べる。
スクアーロが忙しなくサラダとパンにスープを食べて早々に立ち去るが、他の幹部はそれなりに、ザンザスだけはゆっくりと、一時間以上かけて食事を終える。

大抵最後に残るのはクロームとザンザスで、そのころには給仕の隊員も下がってしまう。二人だけでゆっくり、黙って静かに食事をするのを、クロームはそれほど嫌いではない。
沈黙が苦痛にならない人間というものがクロームにはほとんどいないが、彼はその中の貴重なひとりだった。

彼女のファミリーは今はばらばらだが、静かに食事をすることなどほとんどなかった。
かつて皆が一緒に食事をしていたころは、犬もフランも騒がしくて、千種はため息をつきながら二人の面倒を見ていた。クロームはそんな彼等に見守られながら、なんだかいつも恥ずかしいような気分で食事をしていた。
食事の中身はここの内容に比べれば、本当に大したことはない。薄暗い建物の奥のテーブルもないような場所で、食事といえないような食事を取っていたのは、なんだか遠い昔のことのように思える。
実際そうやってみなで集まって食事をしていたのは、十年近くも前なのだが。

「足りてるか」
「あ、……大丈夫、です」
「そうか。いるなら言え」

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