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あなたの宝石・2

 ボウルにいっぱいの栗をヒトツヒトツ、グラシン紙で巻いて鍋に入れ、かぶる程度の水を入れる。栗が動かない程度に火を入れ、沸騰したら砂糖を重量の三分の一程度、一気に入れて煮溶かす。そのまま弱火で一時間煮て、水分が減ったら水を足す。アクを取る。
 一時間煮たらそのまま一晩、冷ます。
 翌日、また少し水を足して砂糖を加え、栗が動かない程度の弱火でじっくり、一時間ほど煮る。ふつふつと泡が浮いてくるので丁寧に取リ除く。煮ているうちに水が減ったらかぶるまで足す。一時間煮たら火を止めて、そのまま一晩、冷ます。
 三日目、さらに水をひたひたになるまで加え、砂糖とブランデーをたっぷり加える。入れすぎると苦くなるが、お子様のいないヴァリアーでは、少し重めの、しっかりした甘い味が好まれる。手加減なしに投入される砂糖とブランデー、シェリーとグランマニエも足す。そのまま煮ていると、ようやくグラシン紙に砂糖がついて粉になってくる。そうなればようやく出来上がりだ。
 ひとつひとつ、丁寧に煮汁から引き上げて紙から出し、バットに広げて冷ましてゆく。煮汁を少し煮詰めてからからめ、そのまま置いておけば出来上がり。
 冷やしている途中に王子とカエルに奪取されぬよう、ルッスーリアとスクアーロの視線は刃のように鋭い。
 毎年この段階でキッチンを襲撃してくる略奪部隊が、今年は数回、偵察に来ただけですんでいる。いまかいまかと襲撃を迎え撃つ準備をしていた二人は拍子抜けしたが、妨害が入らないのはよいことだ。元は冬の間の保存食、栗の水分を砂糖と入れ替えるためのものだから、なるべくたくさん作って瓶に詰め、地下の食料貯蔵庫に入れておきたいものなのだ。ここまで手間をかけなくても本来はいいのかもしれないが、しかし、しっかり砂糖と酒で煮含めたアジトの栗のグラッセは、ナターレのパンに入れると香りが格段に違うのもまた、事実。
 隊員総出で収穫した大量の栗は、こことは別の階下のキッチンで、煮含められたりペーストにされて、また別の用途のために加工調理されているが、これはそれとは違う、特別の日のためのものだ。
 下ごしらえが終わるとルッスーリアは仕事があるので後をスクアーロにまかせて出かけてゆく。スクアーロはそれを煮て、冷まして、適度な温度になったところで冷蔵庫に鍋ごとしまって一日目が終わる。
 二日目はスクアーロが、昼食を作る合間に鍋を火にかけ、ごく弱火でランチの時間、丁寧に煮含めてからまた冷まし、冷蔵庫にしまっていた。
 三日目は午前中、玄関での事務作業があるスクアーロが出られないので、替りにルッスーリアが仕上げの作業をしている。ルッスーリアの隠し味はコアントローを大さじ一杯入れることで、そうすると香りがぐんと引き立って、それはそれは美味しくなるのだ。
 ゆっくり煮た栗はつやつやと輝き、まるで小さな茶色の宝石のよう。市販のものよりこぶりだが、鍋いっぱいの分量はさすがに迫力がある。
「綺麗に出来たわ~!」
「おっしゃー!」
 キラキラと砂糖の柔らかいベールを纏った栗は、光にかざすと宝石のよう。こっくりと深い栗の色は沈みすぎず浅すぎず、毎年違う色で毎年違う輝きだ。
「これなら大丈夫よスクちゃん!」
「あったりめぇよ!」
 そう言いながらもスクアーロの表情は子供みたいにわくわくしていて、見ているこちらも嬉しくなってしまいそうだ。普段は静かな湖の底みたいな銀青の瞳が、今は朝の海みたいにキラキラ光り輝いて、眩しくて明るくて目が潰れてしまいそうだ。
「形の綺麗なの選びなさいよ」
「そうだなぁー、どうせそんなもん見もしねーで食べるんだから関係ねーとは思うんだけどよぉ」
「ばっかねぇ、だからこそ、綺麗なの選ぶんじゃない。どーせオトコはそんなもの気に止めないでしょうけど」
「だよなぁー」
 互いのオトコへの不満を口にしながら、しかし二人が選ぶ目付きは真剣そのもの。スクアーロが数多くの中から一番形がよくて大きくてキレイなものを選び、次にルッスーリアが選ぶ。
 選別されたそれだけは別にしてから、今度は出来たものを綺麗に保存容器に詰めてゆく作業が待っている。
 容器に詰めた後に空気を抜くために熱湯を回しかけるから、少し砂糖が溶けてしまうが、なに、夏でもひんやり涼しい貯蔵庫に戻れば、それも冷えて固まって、きらきらと白い宝石のようになって、野性的な肌を飾るに違いないのだ。
「あと任せてもいいかぁ?」
「そうね、先行ってらっしゃいな」
 ひらひら、片手で煽ってスクアーロをキッチンから追い出せば、はて、砂糖とブランデーの香りに誘われて、やってくる客人の気配も感じられない。
 そういえば怠惰の王子と幻術師はオシゴトで、夜にならないと戻れないのだ。毎年この時期は私達がオシゴト入れないのを、はたしてどう曲解してくれたのやら。
 これは戻ってきたら機嫌悪いわね、そう思いながらルッスーリアは冷蔵庫の中身を思い出す。機嫌の悪い子供をなだめるにふさわしいお菓子を、何個作っておこうかしら、などと思いながら。

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