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いつかきいたあの香りを

REBORN腐向け深夜の真剣文字書き60分一本勝負 第6回お題「煙」
ゆりかご後指輪戦の前の話です




部屋の電気をつける時が一番こわい。
手をのばす一瞬、なぜかためらってしまう。
いつからかついたスクアーロのクセだ。
スイッチに指を置いて一瞬、そうほんの数秒、考える。
暗闇をじっと見てしまう。
何のためにそんなことをしているのか、自分ではたぶんわかっていないことを、スクアーロは知らない。
たぶん。

ベッドにあがるのも億劫だったが床に座ったらもう起きられない気がしていた。
ブーツを上着を椅子にかけ、ベルトをその上にひっかけて、シャツはカゴに放り込み、ブーツはなんとかベッドに入る前に間に合った。ボトムはそのまま床に落とし、右手の手袋だけは枕元に脱いで、シーツの隙間に潜り込む。
枕、干さなくちゃ、それを思ったところまででの記憶は、あった。

メシも食わずにぐっすり眠った。おかげでへんな時間に起きた。
体を起こしたら目が回った。腹が減っているのだ。
あまりに空腹で動くことも出来そうにない。これはまずい、スクアーロはなんとか手を伸ばしてベッドサイドのボードの引き出しを開けて中に手を突っ込んだ。
取り出した手の中には踊り子の横顔が描かれた小さな包みとライターがある。片手で火をつけることが出来て、どんな風でも消えないライターだ。
小さな包みは神の箱をうすいセロハンと銀紙で巻いてある。高級嗜好品であるタバコはたいへん湿気に弱い。
セロハンを破いたらなるたけ早く吸い終わるほうがいいのは確かだが、この国は湿気とは無縁の、乾燥する大地の国だ。
前に口をつけたのはいつだったのか忘れるほど前だということは確かだ。
スクアーロは濁った視線でなんとかそれを捕まえて、セロハンと銀紙の中の細い筒を取り出して唇にひっかけるようにしてくわえた。
それから左手でライターの蓋を開ける。キン、と高い金属音がして、がオイルライター特有のかすかな脂の香りが部屋に漂う。
軽く息を吸って先に火をつける。久しぶりだから、気をつけて吸わないと、むせる。むせることを思い出す。思い出した通りに、かるく息を吸う。煙を吸う。
すうっと視界が晴れる。目が覚める。吐く。もう一回吸う。味わう。吐き出す。
あまり深くは吸わないで、軽く口の中に煙を貯めて味わうだけに留める。それでも問題はない。
スクアーロは数回それを繰り返した。火がタバコの筒を半分ほど燃やし尽くしたころ、スクアーロはそれを指で挟んで、さてどこで消そう、と思案した。一瞬だけ考えて、そうだ灰皿があった…と思い出す。
それはベッドサイドではなく、部屋の中のテーブルの引き出しにある。そこまで歩いていかなくては、そう思いついてベッドからスクアーロは抜けだした。
ブーツを履くのが面倒なので裸足で床を歩く。ひんやりとした床のぬくもりが足の裏に伝わって、スクアーロはふと笑い出しそうになる。テーブルの引き出しの中に小さい皿が一枚あった。確か割ってしまって揃わなくなったものを、捨てようとしたところに出くわして、ひとつもらってきたものだった。
そんなことをふと思い出して、スクアーロは少しだけ、視線を巡らせる。

腹が減った。
空腹はいつだってスクアーロに時間と場所を思い出させる。
人間はどんな時だって空腹になるし、食べれば寝るし、寝れば出すようにできている。それを拒んでも仕方ないことだ、と最近スクアーロは思うようになった。
けれどそれは自分を切り刻んでいるようなものかもしれない、と思う時もある。
自分の何かが刻まれて消えてしまいそうになる。
それを受け入れるのが一苦労だ。少なくともスクアーロにとっては。
腹が減った。
スクアーロは灰皿にタバコを捨てようと思っていたことを思い出す。唇に加えていたそれを指で挟んで、冷たいガラスの器に押し付けた。
最後に強く乾燥したタバコの葉の匂いがした。
体を使って仕事をするスクアーロは一種のアスリートのようなものだ。
そんな彼がタバコを吸っていいことなど一つもないだろうに、スクアーロはときどき、三ヶ月に一回くらい、こうして一人でタバコを吸っていることがある。
タバコの灰を眺める。見ているといつまでも見てしまうので、火が消えるまで、と自分に問いかける。
それでいいか?いいぜ。じゃあ、それまでな。きれいだな。そうだな。
きれいだろ?
…うん。

炎はすぐに消える。わずかな灰の中に散らばっていた赤い粉のような火種はすぐに冷やされて消えてしまう。
それでいい。それがいい。
タバコは好きじゃない。あの煙も匂いも全然好きでもないし、肺活量が減って体の動きが悪くなる。頭をすっきりさせてくれる効能と差引にしても、スクアーロにはマイナスのほうが大きい。
それでもときどき、こうして。
初めてたばこを教えてくれた男の、関節の目立つ長い指先を思い出すよすがに、この小さい紙筒が必要だ。

スクアーロは一度目を閉じてそして目を開けた。
ベッドから立ち上がってシャワーを浴びに向かう。
汗を流したら食事をして、あの悪魔たちの集う城に、ヴァリアーのアジトに戻ろう。

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