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そこにあるから

「ヴぉおおおい! んじゃぁ行って来るぜぇ!」
「…威嚇しなくてもいいと何度言ったら、」

ザンザスの言葉は最後まで言うことができなかった。
けたたましい音をたててドアが閉まり、騒々しい気配が玄関から続く短いアプローチを踊るように歩く。すぐに庭の自動車の、ドアが開く音、閉まる音。エンジンがせわしなく点火する。
日本製の車の性能はすばらしい。
手のかかる車を人に世話をさせることばかりしてきた面倒くさがりでも、簡単なメンテナンスと数年に一回の定期検査で、毎日快適に車を乗ることが出来る、稀有な性能を持っている。雨の多い、湿気の多い国で、多くの人間が乗る車を作っているだけのことはある。
せわしなく点火したエンジンは、ほとんどアイドリングすることなく発車する。門の角を通り過ぎるときに、かすかにタイヤの音が変わる。その合図で、エンジンの音が聞こえなくなる。家の前の細い道を左に曲がって、すぐに右に折れたらしい。
その先をしばらく走り、右に曲がって……と、これから車が向かう先を想像して、ザンザスはすぐにその想像をやめた。
なんという無駄なことをしているのか、そう思いながら溜息をつく。
家の中はしんと静かだ。
二人しかいない家だ、一人がいなくなれば静かになるのは当然だとはいえ、この静寂はなんなのだろう、とザンザスは思う。
家の前を小学生が通るのはまだ少し先の時間だ。覚醒しはじめた世界が動き出している。
たまにはいいかと思いながら、ザンザスは読もうとしていた新聞をもう一度テーブルに広げ、傍らに置いた緑茶を手に取った。コーヒーも悪くないが、緑茶のほうがカフェインが多く、朝はこちらのほうが断然、効く。

窓の外で鳥が鳴いている。今日は雨は降らないらしいが、はたして向こうはどうだろうか。
雨男ではないはずだが、呼ぶかもしれない、とは思う。
別に仕事ではないのだ、鎮魂歌を歌う必要はない。

スクアーロがいないと、ザンザスはほとんど一日何も喋らない。独り言をいう習慣もないので、本当に一日、食事以外で口を開かないことも、よくある。
さすがに若いうちはともかく、日本で還暦と呼ばれる年齢に近くなった昨今は、それでは早く脳味噌が駄目になりそうだと思うようになった。
今日は雲が多く、日差しがそれほど強くなかった。
新聞は後でもいい。スクアーロが準備して置いておいたサンドイッチを食べたら、散歩にでも出ようか、とザンザスは思った。

「あーっ! 赤爺だ! おはようございますっ!」
「おはようございます!」
「おはようございます!」

赤爺とはなんだ、と思いながら、ザンザスは鷹揚に返事をする。
返事とはすなわち、「おはよう」だ。
がちゃがちゃとどこから音を出しているのかわからない音を立てて、男の子が数人、ザンザスの後ろから走ってきた。子どもは大人を見たらとにかくおはようございます! と鳥の鳴くような声で挨拶をする。
「ねぇねぇスクアロ今日いる?いない?」
「約束したけどいけないって言って」
「あとでママが持っていくって」
それだけ言い捨て、子どもはきゃーきゃー言いながら、学校へ向かう角を曲がり、他の小学生と交じり合って、さらにきゃーきゃー言いながら歩いてゆく。
ザンザスが返事をする間もなく、子どもたちはあっという間に見えなくなってしまう。言われた意味がさっぱりわからないザンザスは、今日は居ない、の一言も言うことができなかった。
子どもとは恐ろしいもんだ、とザンザスはあらためて思った。朝からカン高い音を聞いたので、頭が痛いくらいだ。
意味がさっぱりわからないが、帰ってきたら言わなくてはならない。この俺に何をさせるんだあのカスザメ、とザンザスは眉間の皺を一層深くした。

はじめのうち、ザンザスは早口で高い声で、まさに小鳥が囀るように叫ばれる声に、何を言われているのかざっぱりわからなかった。
数回そんなことがあり、その話をスクアーロにしたら、「なんだぁ!?じゃ一緒に行こうぜぇええ!」と言われ、面倒だが一緒に散歩をすることになった。
スクアーロは毎朝、もっと早い時間にランニングをしているので、あたりの地理には詳しい。ランニングはただ体力維持のために行っているわけではないようだったが、そんなことはザンザスの知ったことではない。
それよりも遅い時間に歩いていると、同じように子どもが挨拶して――スクアーロを見てぎゃっ!と悲鳴を上げて凄い勢いで逃げたのだ。
スクアーロは一瞬「なんで?」と思ったらしいが、すぐに反射的に走り出し、子どもの一人の首根っこを掴んでとっ捕まえた。その反応たるや見事なもので、おもわずザンザスも手を出すのを忘れたほどだ。

あ゛あぁあ゛!? おめぇなにやってんだぁ!?」
「うわっ捕まったよ!」
「白爺早ぇ!」
「なんだぁ!? …ん? おまえ、この前家に入ってきやがったガキじゃねぇかぁ」
少し離れたところで様子を伺っていた二人の男子も、一瞬の隙をついて首根っこをつかまれる。どうやっているのかわからないが、三人のガキを引っつかんでドスを効かせている姿は、どう見てもこっちが悪役だ。
「なんだぁ、おめぇらぁ」
「うわっ」
ほいっと手を離すと、勢いでつんのめるようにして姿勢を崩す。おもわず手を出して肩を掴んでしまったザンザスに、子どもはありがとうございました、と言いかけて、止まった。
「うわっ、赤爺だ!」
「え!?」
「赤爺出た!」
「赤爺!」
「なに言ってんだてめぇえええ!」
スクアーロの手をすり抜けて、子どもはさっと逃げてしまった。
なんなんだ、と呆然としたザンザスと、なんだかやけにぷりぷり怒っているスクアーロは通学路の真ん中で微妙に、かつ大胆に目立っていた。

そういえばそんなことがあったな、とザンザスはようやく思い出した。赤爺ってのは俺のことか? と思いながら、なんだってそんなことになっているのか、と溜息をつく。
子どもを追いかけて正すようなことでもない。まぁいいか、カスザメが戻ってくればわかることだ、そう思ってザンザスは散歩を続けた。

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爺XSはなんかひじょーに楽しいな……。
どんなにいちゃいちゃしてもジジィだから許せるのかもしれん(笑)。

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