ばくはつしろ 「なるほどなぁ、考えたじゃねぇかぁ、サワダツナヨシぃ」どこにでもあるような住宅地の一角に突如現れた異空間の、それを更に異空間にする問題の人物が口を開いた。見目はおそらくこの狭い六畳の部屋に集うメンツの中でも一二を争う壮絶な美形、しかし中身は逆の意味で一二を争うバンカラで体育会系な男の声。彼にとってはいつものことではあるが、しかしそれを聞いている回りの人間にとってはそうでもない。モデルのような美人がべらんめぇな日本語で流暢に喋り出すのはいいとして、彼の前には名にし負うボンゴレのほこる暗殺部隊のボスが鎮座しているのだ。なのにその美形はボスを差し置いて、この場で一番身分が高い男の次に――このメンツを収集した人間の次に――彼の提案した事項についての感想を口にする。それは否定ではなく感嘆、つまりはそれを、全面的ではないが了承したということ。しかしそれを組織のボスより先に口に出すことが出来るとは。その発言の意味を、互いに自分のファミリーを持つそれぞれのボスは確実に理解した。骸は、その意味を理解しているようないないような犬と、確実に理解しているが黙っている千種、理解しているがゆえにボスを伺うクローム髑髏の視線を浴びながら黙り込んでいた。震える唇を抑えこむので精一杯だった。口を開けば絶対笑ってしまうことを、懸命な骸は理解しているからだった。骸は案外笑い上戸で、人と話をしている途中でしょっちゅう笑い出す悪い癖がある。それをよく知っている部下は細かく震える骸の肩を横目で見ながら、果たしていつまで骸がそれを我慢出来るのかをつい、考えてしまった。背後のロマーリオの肩に力が入ることを感じながら、跳ね馬ディーノは思わず唇を緩めた。そうするとそうでなくても極めつけの美貌が光り輝くようで、いきなりふわっと甘い香りが漂うような心地すら感じてしまうことだろう。もしここに、女がいれば――の話だが。まったく勿体無いことだ、長年傍に仕えている腹心の部下は内心こっそり嘆きをつぶやく。その憂いが紙一重で、彼の素晴らしいボスをだらしない色男にすることを避けているのだが。その数少ない女子の位置にいるはずのミルフィオーレファミリー――それは『もう存在しないもの』であるからには、この名称は正しくないだろうが――いや、今はジッリョネロファミリーのボス、ユニはまったくそれに動じていない。しかしその行為の持つ意味に気がついていないわけではなく、隣で白蘭の笑みがぎゅっと深くなり、何かを言い出しそうになるのを、服の袖を引くことで押さえ込んだ。視線でそれに答える白蘭の、表情はいつもの喰えない笑顔で塗り込められている。けれど今はそれは仮面ではなく、表情と感情が珍しく一致していた。シモンファミリーは、ファミリーとして他所の集団と相対した経験がほとんどない。なのでそのキラキラな美形の男、暗殺部隊の副隊長、十四にして先代のヴァリアーのボスであった剣帝テュールを屠った男、スペルビ・スクアーロが、ボスであるザンザスを差し置いて、十代目となる少年、沢田綱吉の提案に対して口をきいたことの意味をあまりよく理解していなかった。理解していなくてよかった、と後にこの若いファミリーの面々は実感することになるのだが、それは後の話である。特にシモンファミリーの要であるアーデルハイドは、ことごとくスクアーロと話が合わず、顔を合わせるたびに喧嘩をするのだが、それもまた後の話である。今はただ、スクアーロが口を開いた途端、なんとなく場の雰囲気が変化ことをぼんやり、感じている程度であった。その程度ですんでいた。バジルには十年後の記憶がある。だからその態度を至極当然と受け止めていたし、指輪戦の後始末で何度かヴァリアーとの交渉をしてもいたし、十年後の未来へ召喚されもしたので、スペルビ・スクアーロのその態度には別段異常を覚えてもいなかった。十年後の世界ではそれが普通だったからだ。突然召喚された十年後の世界では、スクアーロはほとんど独断行動と責められるべき行動を自分の判断で行っていた。あまつさえ緊急連絡網を使って、本国で戦後処理に忙しいヴァリアーの幹部たちを極東に呼び寄せる、などということもしていたのだ。それから考えれば、この程度の行動は大したことではない、とバジルは感じていた。なのでべつだん、これが少しおかしいことではないのか、という事実に思い至らなかった。けれどよくよく考えてみれば、スペルビ・スクアーロの態度は、マフィアの組織の一員として、フリークスを統べる部隊の一人としては、許されない行為であるのだ。ボスより先に発言を許されるのは部下ではない。ザンザスはスクアーロを見もしないし、スクアーロが先に口を開いたことに対して、不満を感じているようにも見えていない。それをさも当然のように受け取って、提案された事項について、聞いているのかいないのかすら判らないままだ。それを当たり前だと思っていることが相当異常なことだと、その時のバジルは全く感じていなかった。慣れって怖い。「てめぇの提案にしちゃあいい考えだぁ!」「そ、そうかな?」「悪くねぇ考えだとは思うぜぇ。とにかく負けるわけにはいかねぇからなぁ」「うん、だから、あとはね」「相手するグループの組み合わせだろおなぁ」そこまで言って、スクアーロはちらりと回りに座っている各ファミリーのボスを見た。「僕綱吉くんと組むのヤだなぁ」「俺はツナと組んでも構わないぜ」「ぼ、ボクも…」「沢田綱吉と組むくらいならサル山のボスと遊んだほうが楽しそうです」「拙者は十代目をお守りしたく…!」それぞれのファミリーが自分の希望をてんでばらばらに口にする。しばらくそれぞれが自分の希望というか言いたいことを勝手に言い出してきた。一気に部屋の中が騒がしくなってきた。日本人である沢田綱吉は完全にその意見交換に呑まれていた。日本語がいかに流暢でも半数は欧州人、自分の意見をいうことにかけては慣れていた。いずれ劣らぬ個性派のボスがこれだけの狭い場所に集まって、それぞれの意見をてんでばらばらに述べているのだ。騒がしくないわけがない。「ボクもう綱吉くんと戦ったからいいやー。今度は暗殺部隊の皆さんと一緒に殺したいなー?」「う゛ぉぉい! 俺たちは遠足の引率じゃねぇぞぉ!」「似たようなものではありませんか。ビックリ人間大集合でしょう」「なぁに言ってんだぁ六道骸ぉ!オマエんとこだって似たようなもんだろぉ!」「一緒にされるのは不本意です」「そういや恭弥はボスウォッチ壊しちゃったんだっけ?」「名前呼んだら出て来るんじゃね?」「あの男はなぜここにいないのだ」「エース君いたらオマエ口きけねぇんじゃね?」「妖艶だ…」「覗きこむのは禁止なのだ!」「拙者を使っていただきたいでござる十代目!」喧々囂々、会議は踊る。え、これどうやって収拾つければいいの、と沢田綱吉が自分の上を通り過ぎる自己主張の応酬に戸惑っていると、目の前に座って一言も口を開かなかったコワモテの美丈夫が、今日初めて口を開いた。「一番弱いところにてめぇが行って門外顧問の小僧と組め。後はこっちでやる」え、何、それってどういうこと、沢田綱吉が言われた言葉の意味を考えている間に、すかさず外野が口を出した。「おお、そりゃいい考えじゃねぇかボス!」つーかここにボスって何人いると思ってるの、とすかさず綱吉はココロの中でツッコミを入れた。それはほとんど条件反射だ。なんというか綱吉のほぼ対角線上に座っている、目付きの悪い美丈夫と柄の悪い美人の醸し出す問答無用のリア充な空気がなんだかとにかくいたたまれない。なんでこの人たちこんなに夫婦然な態度で座り込んでるの。そもそもなんでザンザス靴脱いでないの、えらそうにふんぞりかえって座ってるの。その後ろにヴァリアーの皆さんが揃っているのは別に構わないんだけど、隣に座ってるスクアーロの膝の上になんでザンザスの手が乗っかってるの。なんで掌が下向いてるの? なんでスクアーロの太ももをザンザスが触ってるの?スクアーロはそれをなんで払わないの? つーかなんでそのままにしているの?綱吉の頭の中ではものすごい速度で膨大なツッコミが駆け抜けていった。せっかく一生懸命考えて、リボーンを追い払ってまで皆を集めて話をしているのに、なんでこの人たちだけなんかこう空気に色がついてるような気がするんだろう。いや、気のせいじゃなくて色ついてるよね?十年後はともかくとして、指輪戦の時はここまでじゃなかったよね??何があったの。ナニが、とかいやぁあああやめてぇえええ俺は健全な男子中学生です!「じゃ」スクアーロはザンザスの発言を全面的に肯定した後、綱吉をじっと見た。別に強制されているわけではないのに、綱吉もスクアーロを見る。スクアーロは素直にまっすぐ綱吉を見て、『さあボスの言ったことを承認しろ』といわんばかりである。会議が始まった時から感じていたキラキラ加減が一層増して、なんだか綺麗過ぎて心臓が痛くなりそうな勢いである。ならないけど。俺そういう趣味じゃないから! 違うから! 綱吉は脳内で懸命に自分にツッコミを入れ続けた。そうでもしないと耐えられない。スクアーロのむやみやたらなキラキラ加減と、それを隣で感じているザンザスの微妙な「どうだいいだろう」って顔も。「う、…うん、…そう、…だね…」ノーと言ったら何が起こるのか想像出来ない。というか想像したくない。なんでこんな時に十年間の未来の記憶がフラッシュバックするのか問い詰めたい。マジで俺の脳みそどっかおかしくなってんじゃないのー!? と、残念ながら脳内だけでそう叫んでしまう沢田綱吉の脳裏には、今より更に婀娜めいた、妖艶とさえ感じる容貌でボスの隣に侍る二代目剣帝が、どれだけの音声で抗議の声を上げるのか――というありがたくない記憶が一気に思い出されてきた。ここで綱吉がノーと言ったら、たぶん自分の耳が無事では済まないだろうこともたやすく予想できた。これ以上自分の部屋に被害をもたらされたくなかった。「そっかぁ! だよなぁ、さすがボスだぜぇ!」「え、そっちなの…?」「じゃ、そーゆーことで構わねぇかぁ?」最後はそれで締めてしまう、スクアーロの台詞があまりにもなんだかアレだった。十年後も全く同じ台詞で締めていた。こういうところの成長全然してないんじゃないの、沢田綱吉は頭を抱えたくなった。そして心の中で呪文を唱えた。りあじゅうばくはつしろ最近詳しく意味を知らない笹川了平に教わったのだが、今の自分はこの台詞をいう資格があるのではないのだろうか。こんな緊急事態だっていうのに何この甘いピンクな雰囲気。嬉しそうにザンザスを褒めるスクアーロはキラキラしていて目の毒なくらい美人さんだし、その声を聞いているザンザスは不機嫌に見えるがものすごく機嫌がいいらしい。同じような超直感持ちである綱吉には、ザンザスが一生懸命ポーカーフェイスを装っていることもよくわかっていた。あれ本当はすごくうれしくて嬉しくてたまんないんだぜザンザスの奴こんなところでイチャイチャしやがってなんだよ俺にだって京子ちゃんがいるんだよ今日は話できたんだからなこいつうれしいならうれしい顔しろよ!おまえがうれしそうにしてたら怖いと思うけどなザンザス!つか想像出来ないけどな!りあじゅうばくはつしろこの会場の全てのボスの心の中には同じ呪文が大合唱されていたことを、当事者だけが知らなかった。 [2回]PR