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ひさしぶりの歌を歌おう

「Buon Compleanno マーモン!おめでっとう~!」
「………………ベル、僕が寝たの二時だって知ってるよね…?」
「いつもはそれくらいじゃねーのかってことくらいは知ってるよ!」
「昨夜は会社研究で三時半に寝たんだよ…」
「勉強熱心だなぁマーモンは」
「ちなみに今、何時なのか知ってるかい?キミ」
「俺の時計だと午前七時三十分だけど?」
「………キミいつから早起きするようになったの」
「七時三十分って早起きじゃなくね?」
「暗殺部隊じゃ早起きだろ。………いつも夜更かししてるクセに」
「王子生活改善中だから」
「……本気で言ってるんじゃないだろうね?」
「王子マーモンにはいっつも本気だよ~?」
「…どうだか。で、なに。こんな時間に何の用」
「用件最初に言ったじゃん。マーモン、中入れてよ」
「……ここで話なよ」
「もしかしてマーモン、寝ぼけてた?」
「睡眠が足りていないことは確かだね」
ずっと地面に近い下を見ていることにベルフェゴールはいい加減疲れを感じていた。
とにかく首が痛い。
視線を合わせようとしゃがみこむとマーモンはてきめんに不機嫌になるので、
ベルフェゴールはその姿勢を取ることができない。
仕方ないなぁ、ベルフェゴールは手に持った荷物を片手に寄せて、空いた手でかなり地面に近い身体を素早く抱き上げた。
「部屋入れてよ」
「僕の中ではまだ夜だよ。勝手に人の部屋に入ろうとするつもりかい」
「マーモンが一緒だから問題ないだろー?」
「君ねぇ」
 マーモンは明らかに眠りが足りていないようだ。普段ならここで幻覚でも飛んでくるか、マーモンを掴んだ指に何かぶつかるか、身体が宙に浮くかするところだが、それはどれも行われていない。
 本当に眠いらしく、意識的に念動力を起こすことも出来ないようだ。
「ま、いいか」
 ベルフェゴールは痺れを切らせてマーモンの部屋に入ってしまう。マーモンは抱き上げられたことに怒って入るがろくに抵抗もせず、ベルフェゴールの肩に頭を乗せて運ばれるままだ。
 マーモンの部屋の中は本ばかりで、ベッドサイドに株式取引用のノートパソコンが一台、隣に外付けのディスプレイを繋げて置いてある。株取引するならデスクトップのほうがいいんじゃないの、前にそんなことを聞いたことがあったがその時は、デスクトップのキーボードはキートップが大きすぎて、子供の手では打つのが大変なのだ、と言われたのだっけ。
「で、何の用。僕眠いから手短にね」
ベッドの上に降りたマーモンは寝ぼけた顔でベルフェゴールを見上げる。いつも被ってるフードを取ったマーモンはルッスーリアに選んでもらったパジャマにガウンを羽織っている。小さいサイズの服が子供向けのものしかなくて(マーモンも外見は完全に子供なのだが)、そんな服を着るのは嫌だと言っていたら、ルッスーリアが知り合いのデザイナーに頼んで作ってもらったのだそうだ。
それが思いのほか気に入ったらしく、部屋にいるときはいつもその格好でいる。
「ひっどいなぁマーモン、今日何の日か知ってる?」
「今日?なんの日?……なんだっけ?」
眉間に皺が寄っているマーモンは本気で眠いようだ。普段から少しは考えてから質問するくせに、今日はそこまでも頭がまわらないらしい。
ベルフェゴールは唾を飲んで背を正した。それから一番カッコイイ声を出そうと背筋に少し力を入れて、抜く。息を吸う。
「Buon Compleanno マーモン」
「……………は?」
マーモンは完全に虚をつかれた顔をした。意味がわからない、とでも言うような。
ベルフェゴールは片手に持っていた箱を取り出して、ぼーっとしているマーモンの手を取った。
右手を恭しく取り、手を開かせて上を向かせ、自分の手に握っていた小さいプレゼントの小箱をそこにそっと置いた。
「これ王子からのプレゼント」
「え…? あ…? あれ、2日…?」
「毎日株価見てるのに忘れてたの」
「あ、…うん、完全に忘れてたよ」
「あ、そう……」
忘れてたのか、そうか、そうなんだーマーモンそんなに覚えてなかったんだー、ベルフェゴールはちょっと残念だなと思った。
一応先月というか先々月あたりから、マーモンが欲しいもの必死で考えていたんだけどなー、何度かさりげなーく欲しいものとか聞いたんだけどな。うん、多分伝わってないと思ってたけど当然でしたね!!
多少のガッカリは顔に出さず、ベルフェゴールはプレゼントを渡すのに成功した。マーモンの反応は非常に薄かったが、まだ半分ねぼけているに違いない。完全に起きていたらそもそもこうやって、マーモンの手を取ってプレゼントを渡すなんて出来るわけがない。
「なに?」
「一応マーモンが欲しいって言ってたものだけど」
「へー」
「うん」
「ありがとう。開けてもいい?」
「いいけど、眠いんじゃない」
「眠いよ。今すごく眠気がやってきたので眠くて仕方ないよ」
「じゃあ寝なよ…俺出てくから」
「君を見送ったら寝るよ。用件はそれだけ?」
「そ。プレゼント渡したかっただけさ」
「そうかい」
そこまで言うのにもマーモンは本当に眠そうだった。話ながら目を閉じてしまいそうだった。ベルフェゴールはちょっと残念だとは思ったが、まぁ誰よりも早くプレゼント渡せたからまぁいいや、と思うことにした。
「じゃあね。朝メシ食べる?」
「僕は一眠りしたいからいらない」
「そっかー、じゃあな」
ベルフェゴールはしつこくせず、そう言って部屋を出て行く。ドアを閉めるのを待たず、ベッドに倒れこむ音がする。いいのかよマーモン、せめて鍵閉めてから寝たほうがよくね?
まぁ部屋の鍵なんて、王子がその気になれば簡単に開けられるけど。
ベルフェゴールは目的を果たせたので満足している。
今日はこれから少し早めの食事をしてお出かけだ。午前の便に乗ってアメリカまで飛ばなくてはいけない。ニューヨークから乗り換えて南部の田舎に行かなくてはいけないのだ。先に現地で潜入しているレヴィと落ち合って、そこでオシゴトをして後始末をして、西海岸回ってから帰国する予定だ。途中でパスポートを替えるので、ちょっと移動がめんどくさい。
誕生日にちゃんとプレゼントあげられてよかったな、と王子は鼻歌を歌いながら自分の部屋に戻った。


午後の休憩をとっている談話室に、軽やかな足音が向かっている。ルッスーリアが焼いておいたクッキーが一日置いたのでさらにしっとりしてきている。
「一日置いたほうがうまいなぁ、さすがだぜぇ」
「オホホホもっと言ってちょうだい」
「カフェに合うしよぉ、食い過ぎそうでやべぇなぁー」
「夜にちゃんと運動すればダイジョウブよぉ」
「つーかマーモンが走ってるなんて珍しくねえかぁ?」
「そうね」
「ルッスーリア!スクアーロ!ベルは?」
部屋の中にはいつもとおり、スクアーロとルッスーリアしかいない。入る前からそれはわかっていたのに、聞いてしまうのは無駄なことだ、とマーモンは一瞬後に後悔した。
「いないわよ」
「今朝早く起きて仕事行ったぜ」
二人の口から出てきた言葉はわかっていたことだった。
わかっていた、なのに予想通りの言葉が出てきたことにマーモンは落胆する。落胆する自分に驚く。驚くことに感動する。そんな場合じゃないのに、頭のどこかでいつも冷静なもう一人の自分が、にくらしい顔で笑っている。
「なにかあったの?」
ルッスーリアの勘の鋭さは魔術的だ。超能力者として一応全ての能力を有しているマーモンだったが、メインの能力は念動力で、読心力はあまり得手ではない。時々、ルッスーリアにこそ読心力があるのではないかと思うことがある。
今みたいなときは、特に。
「……」
答えられないで黙りこむのは、何かあったといっているようなものだ。二人の間に何かあることは日常茶飯事だが、マーモンが訴えることはあまり多くない。
「それよりも朝ごはんも食べないでよく寝ていたわね。何か食べる?簡単なものしかないけど」
「あ、…うん…」
「おめぇもっとちゃんとメシ食えよぉ。せっかく大きくなってんだから、いいもん食って大きくなったほうがいいぜぇ」
「ちゃんとやってるよ」
「それともなにか?超能力使うとどっか体に問題あるとかあるのか?」
「なんでそう思うの」
「だって超能力だって『からだの能力』だろー? 炎指輪に突っ込むんだって慣れるまではすげー腹減ったんだしよぉ、使ったら腹減るんじゃねぇのかぁ?ボスだって炎全開で使った後はすげぇ酒飲むし」
「アル中と一緒にしないでよ」
「アル中じゃねぇぞぉ! だいたいいつもはそんなに酒呑まねぇぜぇ!」
「…そうなの?」
「最近はすぐ寝ちまうわな」
「…あっそ」
「あらあら汚い大人のただれた会話なんか聞いてるもんじゃないわ!パニーニ焼いたから食べなさい」
「早いね」
「今食べようと思ってたとこなのよぉ。ハム焼いたの挟んだだけだけど。もっと食べるならパスタ茹でるわよぉ」
「おい、今食べたら夕飯入らねぇだろ」
「あらそうだったわ。でも子供にお腹すかせて待たせるのは嫌ねぇー」
「何の話?」
かぶりついたパニーニは冷凍してあったもののようで、芯が少し冷たかった。でも焼いて挟んだボロニアソーセイジがすごく美味しかったので相殺だ。食べた瞬間、自分は相当空腹だったのだということにマーモンは気がついた。もっと食べたかった。
「今日マーモンちゃんの誕生日でしょ? せっかくだからディナーは好きなもの作るわよ。何がいい?」
「あ」
「今あんまり食べると夕飯はいらなくなるからよぉ。少しは大きくなったっつてもまだガキの体だからなぁ」
二人の会話にマーモンは思わず、今朝の会話を思い出す。覚えてるんだ、自分の誕生日を。
「どうしたの」
「顔赤いぜぇ?」
「なんでもない!」
急に喉が塞がって、あんなにお腹がすいていたのに口の中に入れたパニーニが砂みたいな味になる。おかしい、お腹すいてるのになんで食べられないんだろう、マーモンは自分の体の変調に驚く。そして今朝のプレゼントを思い出す。それをくれた人を思い出す。
連鎖する記憶がさらにマーモンの食欲を著しく減退させる。さっきまで元気よくかぶりついていた口がとたんに動かなくなる。スクアーロの視線が不審そうに眇められる。
「何がいいかしら? ケーキはレモンタルトを注文してあるけど」
マーモンが好きだと言ったものをいくつかルッスーリアが上げてくる。その中から一つ選ぶと、じゃあそれにするわね、とルッスーリアはキッチンへ引っ込んむ。
スクアーロは自分の前にあるアイシングのかけられたクッキーをマーモンに差し出す。
「結構おいしいぜぇ。飲み物いるかァ?」
「レモンウォーターちょうだい」
「おう」
食べ終わったパニーニの乗っていた皿にクッキーを三枚取り分ける。確かにすごくおいしい。
スクアーロは持ってきたグラスをマーモンの前に置いてしばらく食べる様子を眺めている。それはもういつものことなので、それほど緊張することでもないのだが、今日のマーモンは少し背中が汗ばんでいるのを感じている。
「ベルからプレゼント貰ったかぁ?」
「あっ、えっ、う、うん、貰った、貰ったよ」
「そうかぁ…。あいつすげぇ張り切って選んでたから、仕事行く前に渡せてよかったぜぇ」
「…そうなの?」
「朝早く叩き起こされて怒ってるわけでもなさそうだしなぁ?」
「……」
スクアーロはなんだか嬉しそうにニヤニヤ笑っている。それに気がついたらマーモンは猛烈に恥ずかしくなった。自意識過剰だ、そう思うのに、顔がみるみる赤くなるのを肌の温度で感じる。今日はフードをかぶっていないことに今更気がついた。
「べつになんにもないよ!ごちそうさま!」
「おう」
スクアーロはニヤニヤしたままだ。マーモンは自分の顔をこれ以上スクアーロに見られるわけにはいかないと思った。席を立って部屋を出る。ひらひらとスクアーロが手を振る。がんばれよ~とか言ってるけれど意味がわからない。何を頑張るんだよ!

マーモンは部屋に戻る。
ベルフェゴールがいないことはわかっていたことだったのに、朝のあれは夢だったんじゃないかとも思っていたのだ。
だって半分寝ぼけていたし、ベルフェゴールはいつもの通りだったし。
マーモンはパソコンの隣においてある箱を見る。珍しくベルフェゴールがマーモンの手を握って、その手の中に置いた箱。随分大きなものだな、とそう思っていた箱。

「指輪贈ってくるとか何考えてるんだよ…。まだボク子供なんだぜ…」

予約とかかれたカードの意味は、帰ってきたら聞きただすつもりだ。

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