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まちで話題の白い花

図書館から戻ってくると、家には客がいた。

「Buon giorno」
「おかえりー」
「お邪魔してます」

少し離れた図書館まで、週に一度歩いていくのがザンザスの習慣になっている。ここのところ寒さが厳しく、朝の散歩が辛いので、昼間の外出を車でなく歩きに替えて、運動量を補っているところなのだ。
湿度の少ない田舎の暮らしは悪くはない。
今日も朝から日差しが明るく、雲ひとつない空から降り注いでいる。
窓から入る光で建物の中はまぶしいほどだ。
キッチンから続くダイニングに、鋳物のストーブを備え付けてあるこの洋館は、家に誰かいるときは、冬の間はずっとストーブに火を入れている。
ザンザスは散歩が終わった後は二時間くらい、電子端末で世界中の新聞を読んでいる。日本の新聞は毎日配達してくれるので便利だと、さっそく経済誌と地元新聞を取っているくらいで、その習慣は若いときからほとんど変わらない。
スクアーロは午前中に出かけていたが、昼には戻ってくると言っていたことを思い出す。
天窓の光の入る場所に、シーツとタオルがロープにかけて干してある。
この家で一番大きなキッチンのテーブルにいるスクアーロの向かいに、見たことがない客がいた。
ザンザスはサングラスを外しながら、その客に挨拶をする。
年齢は自分たちより少し上といったところか。年齢の割に姿勢がよく、スタイルも悪くない。その年齢の日本人にしては背が高い。スクアーロより少し低い程度だ。
髪がそれほど白くないので非常に若々しくみえる。実際、若いときはかなりの美形だっただろう面影も残っていて、すっきりとした目鼻立ちはなかなかに見ごたえがあった。

客はすっと立ち上がる。
スクアーロがその客をザンザスに紹介した。ザンザスには覚えにくい、かなり古風な名前だった。真正面からきちんとザンザスの目を見て、視線を合わせてにっこり笑う。
ちょっと引き込まれてしまうような魅力があって、ザンザスは少しはっとなった。
すっとさし出した右手は予想以上に大きい。指の関節が太く、手のひらが非常に厚かった。
自分でも手のひらが大きいと思っているザンザスと同じか、それ以上の大きさがあるのに、ザンザスは少し驚く。何か手を使う仕事をしていたのではないのだろうか。

「はじめまして。お話はいつも聞いてます」
「はじめまして。こいつは煩いでしょう。世話をかけているのではありませんか?」
「声が大きいので、耳が遠い人でもよく聞こえると評判ですよ」
「んだぁ? なんだってぇ、おまえらんなこと言ってんのかぁー!?」
「時々ね。スクアーロさんは人気がありますよ。とても」
「カスだからな」
「あ、着替えたらお茶飲むかぁー?」
「ああ」
「持っていこうかぁー?」
「いい」
「そっかぁー。じゃ、準備してるぜぇー」

握手をほどいて二階に上がる。手伝おうか、と客人が声をかけるのが聞こえる。
なかなかどうして、こちらも相当、しっかりした声の持ち主と思えて、のびのよい声が吹き抜けにろうろうと響くばかり。
まだ階段の上り下りには心配はない。そうでなくてもこの洋館は、日本の家にしては広くて緩やかな階段が備え付けられている。切り返すための踊り場まであるのだ。

スクアーロが家に人を呼んでくるのは非常に珍しい。
今までに何度か客がやってきたことはあったが、それは全てボンゴレの関係者ばかりで、つまりは旧知の知り合いばかりだったのだ。
ヴァリアーを引退して何もかも置いてきて、イタリアから日本にやってきてから、そろそろ一年が過ぎようとしている。
思ったよりも日本の生活には早く慣れることが出来た。高齢化が進んでいるのはイタリアも日本も同じで、女性が強いのも同じようなものだった。スクアーロは地元の女性陣に気に入られているらしく、何度か集まりに呼ばれていったこともあるようだった。だが、家に招いてきたことがほとんどなかった。
何か荷物を持ってきたついでにちょっとお茶をして帰るということはあったが、用もないのに家に呼んで来るというようなことは、今まで一度もなかったことだったのだ。

服を軽く着替えてから下に向かうと、キッチンのテーブルで二人して、しきりに話を続けている。内容はほとんどが庭の花の話や、野菜の作り方、料理の方法などで、今はスクアーロがルッスーリアから教わった料理を熱心に教えているところだ。
年を取ると女も男も話の中身が変わらないな、そんなことを思いながら飲み物を頼む。
ザンザスのお気に入りの配合で入れられたカフェを飲むために、テーブルのすみに腰かけた。

「そういえば、――は、若いときイタリアに何回か行ったことがあったそうだぜぇ」

スクアーロが話を振ってきたので、そうか、と応える替わりに視線で答える。

「ドイツには二年ほど住んでたので、その時に何度か」
「へぇー。あ、そっか、おまえんとこのがイタリアにいたんだって言ってたよなぁ? ――は、若いときはサッカーの選手だったんだってよぉ」
「キーパーか」
「え?」
「そうだぁ、ゴールキーパーだったらしいぜぇ」
「よくわかりましたね」
「手だ」
「あ」

ザンザスが客の手に視線を投げる。体の割に大きな手、手のひらが厚くて関節が太い。ゴールキーパーは手が長く、手のひらが大きいほうが向いているとされている。

「ブンデスリーガーに?」
「ええ。少し」

そういってはにかむように答える。スクアーロがほおっとした顔でザンザスを見ていた。
それを見届けて、客が少し笑う。

「じゃ、俺帰るよ」
「おお! 今日はありがとうなぁ!」
「じゃ、苗ありがとう。ジャムもありがとうな」

上着を着る客を見送って、玄関までスクアーロが出て行く。そういえば車がなかったな、とザンザスはさっき通ってきた場所を思い出す。
玄関の脇には自転車もなかったから、歩いてきたのだろうか。
家の外で挨拶をする声。門まで見送ってきたスクアーロが戻ってくるのに、少し時間がかかった。

何をしに来たんだ。
「うちによぉ、薔薇植えたのがあるだろぉ? あの枝少しくれって言われてよぉ。挿して植えたいらしいぜぇ。あと苗買ってきてもらったから、それ持ってきてもらったんだぁ」
苗?
「増やしてるんだとよ。なんだったかなぁ、綺麗な赤い花なんだぜぇ」
名前くらい覚えろ。
「確かメモがあったはずだぜぇ…日本の植物のタグにゃ、学名が書いてあるからよぉ、ついそっちに目が行っちまうぜぇー」

そういいながらザンザスの前に、小さい紙の包みが置かれる。

「土産だとよ。なんとかもちだって」
「餅しか合ってないじゃねぇか」

ぽかりと小さい頭を叩く。あまりに小気味よくいい音がするのが、可哀想になるほどだ。
淡い紫のつつみを開けると、中からうっすらとピンク色の白いものが現れる。

「なかにいちごが入っているそうだぜぇ」
「いちご大福か」
「そんなもんじゃねぇのかぁー?」

昔はスクアーロは自分が先に食べ物を口にするまで、一切ザンザスに食べ物を食べさせなかった。ザンザスも疑い深く、人から貰った食べ物にはほとんど口をつけなかった。

今はそんなことはない。

二人でつつみを剥いて、同じタイミングではむっと食べる。同じタイミングで目を合わせれば、スクアーロは嬉しそうににこっと笑う。

「これうまいなぁ! ちょっと甘くねぇけど、おいしいぜぇ!」

ストーブの輻射熱で、干しているシーツがゆらゆらと揺れている。
少し日が翳って、吹き抜けの明かりが減る。
外は乾いて晴れている。雲もない青空が高く遠く、ただ広がっている。

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一日遅れましたがスクたんおめでとう!

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