わるいおとこ もっさん剣帝先生好きすぎる継承式にもっさん出てたら馬以上に爆弾発言してたよねというわけでもないけど馬と燕と鮫 -----------------------------------悪女ってのはイイオンナって意味なんだぜ。そんな話をしたのはいつだったか、何かの折の酒の席か、何かの折の与太話のそのついでか。話をしたのは誰だったのか、ツナでも獄寺でもなかった気がする。相手は誰だったのだろう、たぶんディーノさんではなかったのかと、山本は唐突に思い出した。緑が濃い山の中だ。日陰はうっそうと暗く、湿気っぽいが、空気は澄んでいて、かいたそばから汗が乾いてひいていくようだった。緑のトンネルの中を山本は歩いていて、影を縫いながら、木立の向こうの空を見ていた。遠くに雷の音。湧き上がる積乱雲は、驚くほど近くに見える山の稜線を、すさまじい勢いで駆け上っている。あれが降りてくれば雨だ。――イイオンナに会ったら、そいつに振り回されるしかなくなるんだぜ、男だったらな。――なんでですか?――イイオンナに振り回されるのが、いい男になる最初の条件なんだぜ。本当にイイオンナは、絶対に手を離しちゃ駄目だ。一生に一度、会えるか会えないかだからだ。――へーえ。――選ばれれば最高だけどな。大抵はそうはいかない。けど、まぁ、イイオンナに振り回されないような男も、それまでだけどな。――振り回されてもいいってことっすか?――振り回される甲斐性があるってことさ。女のわがままを効くのは男の仕事だし、女のわがままくらい効けない男じゃ、たかが知れてるって思わないか?――まぁ、そうッスね。日本語では、色気のある男も女も悪と呼ばれることがある。色欲は仏教の説く罪のひとつ、けれど中身はキリストのそれより、かなり意味が違う。――ディーノさんも、そんな目にあったことがあるんスか?酒は何を口にしていたのだろう。あまり印象に残っていない。ディーノさんは日本酒が飲めなくて悪く酔うから、たぶん一緒にあけていたのはワインかブランデー、どこでそんな話をしていたのだったか、……どうだったのか。――あるよ。そう答えたときの、彼の顔を思い出せない。――悪いのにひっかかったなぁ、って気がついたのは随分後だったけどな……。俺がひっかかりに行ったのかもしれないから、まぁしょうがねぇんだけどな……。――そんなことが、あったンすか。――うん、まぁな、……。最近、気がついたんだけど。――ディーノさんを振り回すなんて、すごい美人なのな……。首に巻いた手ぬぐいで額の汗を拭う。腰に刺したボトルの口を開けて、スポーツドリンクを一口、口に含む。一気に飲むと喉が渇くから、口の中を湿らせて、それから、ゆっくり、喉をぬらすようにして、飲み込む。空が暗くなってくる。日差しを雲が遮ってくる。山を鳴らす。――そうだな。あんな綺麗で、悪い男には、会ったことがないな。おまえはワルイオトコだぜぇ。そんなことを言われたことも、ある。それどっちの意味? って、聞いてみたんだっけ?俺にとってはアンタのほうが、ずうっとワルイオトコだよ。そうじゃなかったら、なんで俺がこんなところ、歩いてると思ってるの、って問い詰めたい。無理だろうけど。雨が降りそうな空を仰ぎ見ながら、山本武は山道をひたすら歩き続けた。雲のふもとでワルイオトコが待っている。 [12回]PR