コイバナコゴロコイバナカタリ 来週なる前に一発な本誌ネタでひとつ。確かにただひたすら胡散臭いだけだな。「ハルはクリームソーダ、京子はオレンジジュースでいいかしら?」「はひっ! あ、ありがとうございますぅ、ビアンキさん!」「ありがとう、ビアンキさん。オレンジでいいです」「そう」ディーノに促されて、京子とハルを連れてビアンキは一時、バックヤードに引き上げてきたときのことだ。二人に見せるにはミルフィオーレの、白蘭のやり方はあまりに残酷に過ぎた…と、さすがに毒サソリの異名を持つ殺し屋の端くれである彼女にも、その意味は理解できる。それを、たとえ足を踏み入れたとはいえ、まだ十四になるかならずの少女に見せることを厭うのは、男としては当然だろう、という気持ちも。 気分を変えようと飲み物を二人に用意し、戻ってくると、さっきまで青ざめた顔をしていた二人は、ぼそぼそと何か話しをしていた。「どうぞ」「ありがとうございますっ!」「すみません、ありがとう」二人にオレンジジュースとクリームソーダを渡し、自分にはカフェオレを入れて、すばらくその香りを楽しむ。ほんのすこし緊張がほぐれ、こういうものまで準備してくれた正一とスパナの慧眼に感動していたビアンキの耳に、ハルの言葉が飛び込んできた。「ところでハル、すっごく気になってたんですけど、あの、山本さんの技をえらっそーに説明したり解説したりしてるあの人、いったい何処の誰なんでしょーか??」「そうなのよハルちゃん!あの人どこの人なの?なんだかいきなり自然に混ざって一緒に見てるんだけど」「ハルは初めて見る人なんですけどー、なんなんですかあのヒトは! …なーんかハル、どっかで見たことがあるような気がするんですけど…??」「そうなの? わたしははじめてだけど」「そうなんですよねぇ…? あんな綺麗な長い髪のヒト、見たことあったら私絶対忘れないと思うんですけど……??」「そうよね…ビアンキさんは知ってますか?」いきなり話をこちらにふられて、ビアンキは大変あせった。顔には出さなかったが。確かに言われてみれば、十年前の彼女たちは、そもそもヴァリアーの存在を知らないのだ。もちろん次席のスクアーロのことなど微塵も知るはずもなく、京子だけは兄の晴戦を見たことがあるから、もしかしたら見たことがあるかもしれないが、しかしその時点からすでに十年が過ぎている。髪の長さはそのままだが、スクアーロはこの十年で、あの頃とは比べられないほど外見の雰囲気が変化した(と、ビアンキは思っている)。しかも彼女たちは山本がスクアーロに連れて行かれた場面を見ていないので、いったいなんで彼がチョイスの会場に紛れ込んで、一緒に観戦しているのかということの理由をそもそもまったく知らないのだ――そういえば。さっきまでは展開に緊張していて回りを見回す余裕もなかったから、そこまで気がつかなかったのかもしれないが、跳ね馬がちゃっかり混ざっていることといい、スクアーロがさりげなく一緒に見ていることといい、彼女たちにとっては大変意味不明なことには違いなかった。「ビアンキさん、知ってます?」「…知って…るといえば知ってるわ」困った。どうやって説明するべきだろう。まさか暗殺部隊の次席だというわけにはいかないだろうし…、争奪戦の話は聞いているのだろうか。「あのひと、いったいなんなんですかー? というかなんであんなに山本さんのことを誉めるんでしょうか」「もしかしてあの人が山本くんの先生だったの?」「そ、…そうね、そうなのよ。彼は山本の先生なのよ」「そうだったんですかー! それで心配でついてきちゃったんですねー!」「だからいるのね…ってことは、あの人も関係者ってこと…なの?」「そうね。彼はディーノの同級生よ」ビアンキは色々あるスクアーロの説明の中で、一番あたりさわりのないものを選んで唇に乗せてみた。確かに間違ってはいない……確かに。「そうなんですか!」「そうだったの?」「そうよ。へなちょこ学生時代に一緒だったの。おさななじみ、ってやつね」「そうなんですか~」「へぇ、そうなんだー」とりあえず、この説明でなんとか、二人の少女は納得したらしい。ビアンキはほっと胸を撫で下ろした。「それにしてもすごいですね! あんな美人でスタイルのいい家庭教師に教えてもらえるなんて、山本さん凄すぎます!」「いったいいつ知り合ったのかしら…。あんな美人さんと知り合いになってるなんて、隅に置けないわね」確かにスクアーロが美しいという言葉には、不本意ながらビアンキにも異論はない。この十年、年月の衰えをどこかに置いていたとしか思えないほど、スクアーロはぞっとするほど美しくなっているのだ。ビアンキは年に数回ほどしか顔を見ることはなかったが、みるたびにぞっとするほど玲瓏で硬質な美貌が冴えてくるのを、妬むより先に感嘆して見てしまうことが多くなっていたことを思い出した。ビアンキがスクアーロに嫉妬を感じないのは、スクアーロは彼女にとっての敵ではないからだ。それは彼女もよくわかっている。「山本くんってあんまり、彼女とかの話聞いたことなかったんだけど……あんな凄い人と知り合っているんだったら、しょうがないわよねー」「ですよねぇ…! はぁ~、どうやったらあんなさらさらつやつやの髪になれるんでしょうかぁ…ハル後で教えてもらいますぅ~」…なんだか話の展開があやしい方向に進んでいるような気がしてきた。気のせいではないようだが。「ビアンキさんはあの人と山本さんがどーやって知り合ったのか知ってますかぁ!?」「うん、わたしも知りたいわ。あとディーノさんとおさななじみだって言ってましたよね? じゃあディーノさんとも古い知り合いなのかしら?」「そうよ」「今もですか!? 今は!?」「今は見ての通りよ。彼が山本の家庭教師に来るのはディーノは知ってたの」「そうなんですか!?」さっきまで真っ青な顔をしていた二人は、甘い飲み物を口にしたせいか、大分顔色がよくなっている。「そうね…聞きたい?」「聞きたいですぅ!」「わたしも」女の子はそういう話が大好きだ。もちろんビアンキも女なので、そういう話をそういうふうに色をつけて、それっぽく話にしてしまうことも大得意、だった。「戻ったか」「ええ」バックヤードから戻ってきた三人は、行く前の真っ青な顔から、やけに上気した顔になって戻ってきた。少女の瞳が潤んでいるのはいいことだ、とディーノは京子とハルに目をやった。「落ち着いたか」「はい。ディーノさんも大変だったんですねぇ」「そうよね。私たち応援しますから、がんばってくださいね!」「…?? あ、ああ? とりあえず、元気になってよかったな! さぁ、続きが始まるぞ」「「はい!」」幻騎士の残酷な最後の姿を見てしまったディーノは少し血が引いているが、二人の少女が元気になったのを見て安心した。「ありがとう、ビアンキ。落ち着いたみたいでよかったよ」「そうね。たいしたことじゃないわ。こっちも楽しかったわ」「楽しかった…? のか…??」「ええ」そう言ってビアンキは、にっこりと笑った。リボーンだけがその意味に気がついた。だが何も言わなかった。女にコイバナのネタとして語られるのは、男には悪いことではない。その中身がたとえ、どんなものだったとしても、だ――。 [0回]PR