何百回でも言える覚悟 「あのさあ」ドン・ボンゴレは最近こういう伝法な口を利けるようになった。お相手はボンゴレの誇る暗殺部隊ヴァリアーのボスをすでに四半世紀近く務めている(ことになっている)ザンザスだ。「もーいいかげん諦めたほうがいいと思うよ」目的語がわからないので答えようがない、というそぶりをしようとして、ザンザスは失敗した。意味をなんとなしに理解してしまって、たいへん、たいへん苦々しい顔をすることを止められなかったからだった。「本当はわかってるんでしょ? 変えるのより変わるほうが楽だって」またもや目的語がない。何かを指して二人は語っているのだが、その何かがなんなのか、十代目ドン・ボンゴレは語らない。言う必要がないからだ。二人が誰かについて語るとき、その対象はまず、たいへんかぎられる。その中で、綱吉はともかく、ザンザスが興味を持つ人間というのはさらに限られる。今回はその非常にまれな話題だったので、彼らが指している人間が誰なのか、目的語はあきらかだ。「八年待って固まっちゃったの溶かすのはさー、十年くらいじゃ足りないんじゃない?」「溶けないくれぇ固いんだよ」答えてしまったので、ザンザスは綱吉の言っている相手が誰なのか、自分で白状したようなものだった。もっとも、この男がその話題でない話を、おとなしく聞いているわけがなかった。「あとはさー、馬鹿なのはもうしょうがないんだからさー」「おまえに言われるとムカつくな」「自分がいうのはいいの? やだなぁ」そう言って、けらけら笑う。子どもみたいな顔で、でもけして子どもでない声で、大人のくせに、大人だから、子どもの時代のふりばかり、うまくなってしまった大人がいう。「それでこそ惚気って言うんじゃない? あーあ、あっちもおんなじこと言うんだもんなー、どっかの夫婦みたいでいやだいやだ」「いやなら聞くな」「いやでも聞かれるのが惚気ってんじゃないの? 俺、いちおうそれだけは経験長いんだよね」「……チッ」嫌な男のことを持ち出されて、ザンザスは舌打ちをする。あの男がこの男に、どんな顔で、そんなことを言うのか、聞いたことがないわけでもない。思い出したくもない。一緒にするな、とにらみつければ。「凍ったの溶かすのはさ、氷じゃだめじゃない。だからって、あんまり温度、高くても駄目でしょ。蒸発させたいわけじゃなくて、水に戻したいんでしょ。温度高すぎると、一気に蒸発して、消えちゃうじゃない?」「そんなに簡単に溶けるもんならそうしてる」「だからさ、炎じゃなくて、ぬるま湯にしてあげなよ。そうすればちゃんと、水になるから」「埒があかねぇだろうが」「急ぐ仕事じゃないでしょ? 別に他の人と結婚しろって言ってるわけじゃないんだし」十代目ドン・ボンゴレはそうやって、暗に弾幕の用意をしてることをザンザスに知らせる。借りのつもりかと一蹴できないのは、その点だけはちゃんと、ドンの仕事を引き受けているから。長く続いている女と、長く続けたい男をきちんと手に入れて、ちゃんと面倒をみている自信があるからなのだと知らされて、少しばかりザンザスはおもしろくない。「そっちはそっちでがんばってよ。結果出るまで引きとめておくから。俺のはどっちも優秀だしね。文句は言わせない実績だって作れるし」「……出来たのか」「うん。来年の春には出てくるよ。名づけ親になってね、ザンザス」「……呪ってやる」「楽しみにしてるよ」だからさ、毎日、少しでいいから、お湯でいいからさ。八年かけて凍ったんだもの。同じだけかけて溶かさないと、蒸発しちゃうよ。その時になってから乾いても、もう一度水を溜めるの、大変じゃない?「年月だけだよ、証ってのは」「そんなもんでも裏切れるし、なくせる」「生きていれば、残るよ。どんなものも、どこかに。忘れていても、そこにあるもの」きっと君だって知ってるでしょ、炎の静まる夜があること。夜に雨が降るということ。何回でもいいでしょ。何百回でも。磨り減るほど、言ってみなよ。そうしたら磨けるかもよ。中からなにか、出てくるかもよ。「俺もっと外国人って簡単に言うと思ってたけど、そうでもないんだねぇ」「カワイイとかいうのと一緒にすんじゃねぇ」「あはは! やだな、それだってあいのことばじゃない。あいされるにあたいするものだって、みとめることばだよ」「簡単に言いやがる」「言ってあげれば。っていうか、ザンザスってカワイイねぇ」そう言って十代目ドン・ボンゴレはにっこり笑った。何百回でも何千回でも言ってあげなよ。そうすればきっと、氷は溶けるよ。君の口から出ることばが、全部あいのことばだって信じてくれるよ。 [1回]PR