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夏の風物詩

「メシなんかあるかぁ」

日差しが眩しい初夏の昼下がり、談話室に続くキッチンにひとり、換気扇が回っているのを聞きつけて、ドアの影からスクアーロが入ってくる。
さすがに水ではなく何か食べ物はないかと言うけれど、時間はすでに午後2時を回っていて。
お茶にお菓子を摘もうかと、少し時間があったから、夕飯の仕込みを半分、手をつけ始めていたルッスーリアが、顔をあげておや、と思う。
ここ数日、急に気温が上がってきて、いよいよ雨季が終わって乾季になろうとしていることが知れて、さぁてお肌に気をつけなくちゃ、化粧水も乳液も、たっぷりそろえてケアしなくちゃねぇと思っていたその矢先。

「そうねぇ、すごくおなかすいてる?」
「あー、……あんまがっつり食うと夕飯までまずいかなぁ……」
「朝はいなかったものね。いつ帰ったの?」
「あー、7時くらいだったかなぁ…? すぐベッドに入ったんだけどよぉ、今起きた」
「じゃ、おなかすいてるのね。パニーニあるから焼きましょうか?」
「あんなら自分でやるぜぇ」
「そう? 助かるわ」

ぎゅっぎゅと肉にシーズニングをもみこんでいた手を離さずに済んだのは幸い、声だけでスクアーロにあれはここ、これはそこ、と指示すればそのまま、素直に言うことを聞いて冷蔵庫とクロークを探って品物をそろえる。よく眠ったようで手つきはスムーズ、サラミをさくさく薄く切って並べ、チーズを振ってホイルで包んでオーブンへ。焼ける間に野菜をちぎって皿に盛り、チーズとドライトマトをのせてドレッシングを振りかけたら、ちょうどいい感じにパニーニに火が通る。談話室のテーブルまで持っていくのが面倒だからと、ここで食べてもいいかと問われてルッスーリアは少し、苦笑。

「面倒がるわねぇ」
「だって隣の部屋、空調入ってないんだぜぇ」
「ああ…そうねぇ、今日は誰もいないと思ってたから、スイッチ入れてなかったわ」
「空気がこもってて暑ィからヤだ。こっちのほうがいい」
「お行儀悪いわねぇ」
「すぐ片付けるからいいだろ」

そんなことを言いながら、ぱくぱく、手にしたサラダとパニーニを食べる姿は健康そのもの。よほど部屋が暑かったのか、半袖短パンの軽快な服装。
そしてさらさら、流れる綺麗な銀の髪は、頭のてっぺん近くで一つにまとまっていて、滅多に見せない白いうなじが、短いシャツからいつもより、多く光の中に晒している。
それが見られるようになると、ああ、夏になるのねぇ、とルッスーリアはいつも思う。
それは初夏の風物詩のよう、季節を示す何かのしるしのよう、今日一日を生き延びることだけが大切な彼等の中に、季節や時間を知らせる時計のようなもの。

「今年も暑くなるのかしら」
「どうかなぁ、去年みてぇに火事がねぇといいよなぁ」
「そうねぇ。雨が多かったから、大丈夫だと思うけど」
「いつまで雨降ってるかと思ったぜぇ…しかも寒いしよぉ」
「今年は仕事が少ないといいわね」
「バカンスの時期の仕事は面倒だしなぁ」

そんなことを言いながら、小さい頭が動くたび、肩を流れる銀の髪が、さらさら音をたてて肩を撫で、背中をうなじを頬を撫でる。それはまるでその銀の髪の持ち主の、頬をうなじを肩を耳を、撫でる誰かの指先を、ちらりちらりと思わせるような、そんな優しい静かな動き。

食べた皿とフォークを手にして、すぐにそれを洗って片付ける、手つきのよさを横目に見ながら、小麦粉を図って練りはじめるルッスーリアの、視界の隅でちらり、見慣れた赤い花が咲くのに、ふっと目線を上げればそこに、予想通りに赤い花。

背中を向けてキッチンで、皿を洗っているスクアーロは今日も元気で機嫌がいい。うなじをさらさら、流れる銀の髪のすきまに、少し色が変わってしまった赤い花が、ひとつ、ふたつと垣間見えるのに、相変わらず仲がいいわねぇ、と、ルッスーリアはそう思う。
それは今日の天気がいつもの通り、雲なく晴れてからっと青く、ひろがっているのを思うような、そんな心地でただ思う。
スクアーロが暑いからと髪を上げるのも、そうしてあらわになったうなじが白くて綺麗でまぶしくて、思わず視線が釘付けになるのも、その白い肌の上に、三日に一度は赤い花が咲くことも、それは毎年、夏が来ると咲く花のよう、夏の間に咲き続ける花をただ眺めているようなもの。

「スクちゃん、今日アンタ、ヒマ? なんか用ある?」
「んぁ? 別に何もねぇぜぇ、いまんとこ何もねぇし」
「だったらミートパイ作るの手伝って」
「いいぜぇ」

手を洗ったスクアーロが、内線を取って連絡を入れる。

ボスかぁ? 俺ルッスとキッチンにいるからよぉ、なんかあったら……、ん? ミートパイ。……わかったぁ、言っとく。……え、………うん、………後でいいだろぉ……うん、……わかった

広いキッチンの天井で、ゆっくりファンが回っている。長い乾季がやってきて、部屋はとても静か、人の気配もほとんどない。小麦粉を捏ねる音がかすかに聞こえてそればかり、かすかに何かの音がするばかり。

銀の魚のひれがひらひら、薄暗い部屋の中でただ、漂っているばかり。


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ポニーテールの毛先が地肌に当たると痛くないですかね

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