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夏祭り

毎年日本にやってきて浴衣を着る。

だいたいイタリアより日本は圧倒的に暑い。
暑い本国を避暑のつもりで出国してきて、本国より暑いところに行くとはなんだか本末転倒だ…とザンザスは毎年思っている。

なのに毎年日本にいる。
バカンスの間中、ずっといるわけではないが、最低でも三日か四日は日本にいる。

とにかくこの暗殺部隊の副隊長が、日本の温泉が好きで好きで大好きで、さらにはこの暗殺部隊を影で支配しているオカマがこれまた副隊長と同じく温泉が大好きなのだ。
いつでもどこでも旅行は実質の支配者の意見が通るものだ。
決して金を出す人の意見が一番ではない。
実際に、集団の中で一番彼らの面倒を見ることが出来る能力がある人間の機嫌がよくなかれば、どんな集団の旅行も楽しめまい。特にそれが家族旅行となれば。

と、いうことでニ年続けて、何故か暗殺部隊ヴァリアーのご一行は皆で並盛のお祭りにやってきている。
去年は顔を見せるだけで十代目の実家に行ったら、お祭りに行こうという話になり、急遽市内のデパートで浴衣を人数分見繕ってその場で着せてもらったことがある。
(着ていた服は全部全員が泊まっていたホテルに届けてもらった)

今年はそうなることがわかっていたので事前に浴衣を作って持参し、ホテルで着替えて挨拶に行った。
ついでに何故か雲雀に話を通されて開催場所まで案内してもらったりした。草壁が案内に立ったけれども、彼の顔を通すといろいろ面倒なので、早々に撒いてしまってそれぞれ、好きなものを好きなように楽しんでいたところ。

スクアーロは去年もやった金魚すくいに燃えていて、小道具の名前を覚え、ネットの配信動画ですくい方を覚え、数日前から訓練したりして、なんだかえらく真面目にやっていたのには幹部全員爆笑だった。

当日はその成果が発揮できたのか、それはそれはあざやかなポイさばきで次々と金魚を中にすくいいれ、気がついたら人だかりが出来ていたほどだ。
30をいくつか越えたあたりで見ている人たちが数を数え始め、最終的には33匹捕まえてお開きになった。赤と黒の金魚を残してみていた人に分けてやり、そういえば他のメンツはどこだろうとふらふらと歩けば、そこかしこにある人だかりには皆、幹部たちがそろっていたのには笑ってしまう。

「なぁにしてんだぁ」

銀玉鉄砲のコーナーで一人、ばんばん当てているのはやはりというか当然というかザンザスで、さっきから一番上の品物を片端から落としているところだ。

「おまえこそなにしてる」
「俺ぁ金魚すくいだぜぇ」
「またか」
「今年は去年よりたくさん釣れたぜぇ!」
「そうか」
「ボスさんは何取るんだぁ?」
「おまえは何か欲しいか?」

最近、そう言って、スクアーロの意思や希望を聞いてくれるようになった。
二度目のクーデターを起こして数年の間は本当に、スクアーロの希望や意思を聞いてくれるようなことは一度もなかった。
ただスクアーロはザンザスのやることに文句を言いながらも結局は従っていて、ザンザスはそれを当然のことだと思っている節があった。
けれどそれはいつからか、ザンザスはスクアーロに、ものを選ばせることをするようになり、欲しいものを聞くようになり、したいことを聞くようになり、したいことをさせてくれるようになった。
人を信頼しない荒ぶる炎に身を焦がしていた少年が、ゆっくりとした速度で大人になってゆくのを、ヴァリアーの幹部たちは得難いすばらしいものを見るような心地で感じることが出来るようになった。
二人の関係が少しづつ、練り上げられ磨かれて、美しい形を持つようになったのは、それほど昔のことではない。

「何って…そうだなぁ」

暑いから、髪を頭のてっぺんでまとめているスクアーロが、さらさらと髪を揺らしてテントの中をさっと見る。もともと子供向けに選ばれた賞品は見慣れない安っぽいものばかりで、スクアーロにはあまり食指が動くようなものはない。
ザンザスだって同じことで、つまりは落とすことが楽しいのだろう、と推測した。
なんとなしに棚を眺めているスクアーロは、右の下の棚にある小さい人形を指さして、あれ取ってくれよ、と囁く。

「取れるかぁ?」
「誰にもの言ってるんだテメェ」

ザンザスは銀玉を鉄砲に込めて軽く二回、その人形の一部を撃つ。小さい人形はぐらっとバランスを崩し、すとんと棚の下に落ちてゆくまで、一瞬の出来事だった。

―――――――――――――――

「花火が始まるみてえだぜぇ」

祭りに行く前に少し食べてきたけれど、屋台を眺めているうちにいくつかつまみ食いをして、そこそこ腹はくちている。
人の流れが少し変わる。ふらふら、適当に歩いていた人の流れが、一定方向に向かって動き出す。二人でその流れに乗って歩いていると、あまりに自然に浴衣を着こなしたベルが、チョコバナナを食べながらこちらに手を振った。

「せんぱぁいー、ヒバリが席あるって言ってるよー! こっちこっちー!」
「酒あんのかぁ~?」
「準備してあるってー!」
「だってよ。行くかぁ?」

返事をするより先に、ザンザスはそちらに足を向けている。スクアーロがそれについていくのに、ベルがこっちだと軽やかに先導する。

少し涼しくなってきたようだ。

「なぁ」
「なんだ」
「花火楽しみだなぁ」
「………悪くねえな」

消極的ながらそれは最高の褒め言葉。
悪いものは悪いと言わない、貴人の教育は下々のものへの配慮に満ちているものだ。悪いと言ったらそれは向こうの責任になるから、クレームは直接本人に示さず、察してもらうことを望む。察せない能力がないものにはそれだけのこと、二度と触れないものに駄目出しはしないものだ。
そんなふうに「ふるまう」ことを望まれた時間が長くて、自分の好き嫌いを表に出すことを、長く戒められていたことを知っている。
好きなものをいつまでも自分のもとに留めていくことを、望んでくれることを喜ばしいと思っている。そう、それはとても嬉しいこと。幸福なこと。微笑ましいこと。
生きているということ。
ここにいるということ。

ヒバリは流石に町の名士らしく、河川敷に組まれた観覧場所の中で一番いいところ、一番高くて一番近いところの一角、花火師の姿が見えるほどの近場に席が切ってあった。
下は関係者の詰所になっていて、ベニヤと足場で組まれただけのシンプルな桟敷の上にはヒバリと草壁、それを囲んで並盛の関係者たちが座っている。
少し大人になったイーピンにお重を箸と紙皿を差し出している草壁が、一行の姿を見て手を振ってきた。

「あら、ずいぶん楽しんだみたいね」
「先にやってるよ」
「こちらへ…席があります」
「シシシっ、王子にはビールくれよ」
「誰に向かって口きいてるんですか堕王子(仮)ー。ビールはアッチです」
「おめーの後ろにあるのはビールじゃねえのかよ」
「チガイマスー、これはジュースですー」
「うわっこいつもう出来上がってる!」

すでに先にやってきて、そこで一杯やっている他の幹部たちが、手をつないで歩いてきたボスと副隊長を迎えた。
ビールを持ってきた草壁に、金魚の世話を頼むと、開いていた大きめのペットボトルに水を入れ、すぐにそこに移して上部に穴を開けてくれた。

「これ、どうします?」
「持って帰れるのかぁ?」
「大丈夫だと思いますが…少し世話をしたほうがいいかもしれませんね。よろしければこの近所に住んでいるものがおりますので、そちらの家に置いておきますが、どうでしょう?」
「そうだなぁ、しばらく日本にいるから、世話頼めるかぁ?」
「かまいません」

赤と黒のの金魚を目の高さにかざして、草壁はそう言って手の温度が移らないよう、気をつけてボトルを持って関係者の席へ歩いて行く。

観覧席で腰を落ち着けたザンザスに、スクアーロが酒を注いで毒見して渡し、つまみを毒見して渡し、そんなふうに世話をしているうちに、少しづつ人の数が増えてくる。あたりが暗くなって、川から風が吹いてきた。

「そろそろかしら」
「そのようだ」
「日本の花火は綺麗だもんなー、楽っのしみ~♪」
「一発十万するんだそーですよー。金燃やしてるよーなモンナンデスネー」

気がつくとヒバリが近くにやってきていて、キンキンに冷えたビールをザンザスとスクアーロに差し出した。

「ここまで近いと、花火が始まると話が出来なくなるよ。あと、寝て見たほうが楽」
「おっ、悪ぃなぁ」

紺の小紋を着こなした雲雀は小粋で手馴れていて、年齢よりも大人に見える。
妙な貫禄があって落ち着いていて、流石に十五で大人と渡り合っている男は経験が違う。

それだけ言ってまたふいっと、足音もさせずに奥の席に戻る。そこは後ろが柵になっていて、下からひっきりなしに雲雀の部下が祭りの経過報告を入れているようだ。
静かに酒を飲んでいるように見えながら、その実、雲雀はずっと、部下の報告に指示を出しているのだ。

言われたとおりにごろっと観覧席の上に敷いたシートに横になる。視界が暮れゆく空と、暗くなってきた空色でいっぱいになった。

「あー、背中の帯が痛ぇなぁ」
「前に回せばいいだろう」
「あ、そっか」

ルッスーリアが蚊取りを持ってきているので、虫に刺されることはなかったし、日が暮れてきたので少し涼しくなってきているようだった。

雲雀が持ってきたプレミアムビールを飲みながら、ザンザスとスクアーロはぼんやりと、護岸の反対で花火の準備をしているようすを眺めている。
スクアーロの質問に、ザンザスがぼつぼつと説明をしているようで、二人の会話は周りによく聞こえない。

「なんか眠いなぁ…」
「遊んで酒飲んでツマミ食えば眠くなるでょーねー」
「花火始まったら起こせよ」
「ボスとロン毛隊長、なんか手ぇつないでるみたいですぅー」
「ぁあ? またかよ」

そんなことを言いながらぼんやり、皆でだらだらと花火が上がるのを待っている。
近くの本部のテントが騒がしくなる。雲雀のところにやってくる伝令はひっきりなしで、とうとう雲雀は無線を耳に当てて、びしばし指示を出しているようになった。

「ツマミがなんでみんな魚臭いんだ」
「しょうがねぇだろぉー。チーズ食うか?」
「それお菓子じゃねえか」
「いいだろぉー、上手いぞぉ」

そんなことを言っている間に、始まりを告げる花火がなる。どよめきが高まる。
日が暮れ初めて東の空に金星が輝く。

ザンザスはオレンジとグレーとブルーに染まった空を眺めながら、ゆっくり隣の男を見る。きらきらした眼差しを空に向けて、花火を待っている男を見る。
空は同じ空であるけれど、母国よりずっと低い夏の空、湿度の高い暑い空気が肌の上を舐めるように這っている。
同じ空の下、同じものを見る、銀の髪の銀の瞳の男。

「…なんだぁ?」
「…いや」

空気を切り裂く衝撃が来る。一瞬体を固くした隣の男の、背中がすぐに緩む。
空に火薬の華が開く。鮮やかな青い華がぱあっと、その手を開いて空を包んだ。

ビールが少しぬるい。いまの自分の状況もそれに似ているな、そんなことをザンザスは考えた。
夏はものを考えられない。冷たくて甘い酒を飲んで、不思議な布の服を来て、魚の干したようなものを食べて、隣に恋人がいて、楽しそうにしているのを眺めているだけで、もうなんでもいいような気がしてくる。

「おー!」

耳をつんざく花火の爆発音を突き抜けるようなスクアーロの声が、それだけあざやかに響いて聞こえてくるのは悪くない。

「すげぇなぁー!」

スクアーロの髪が花火の光でキラキラ輝いて、なんだか不思議な風景だとザンザスは思った。思いながらなんだかとても、いい気分になった。少し眠い。

花火はどんどん上がってゆく。体の響く爆発音が、どこか刺激的で心地良く、眠くなってしまいそうだ。ここは雲雀の準備した席なのだから、ここでなにかあったら雲雀の責任になる。そう思えば気分も楽だ。

ザンザスは少し目を閉じた。スクアーロは大声ですげぇすげぇと叫んでいる。隣で寝ている幹部たちが、あーだこーだと一緒に話していた。ザンザスはどこかいい気分で、少しばかり意識を手放した。

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