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年の最後のごあいさつ・1

「ちょーっと失敗したなぁ、って思ってんじゃねー? スクアーロたいちょー」

特徴的なかたちのナイフを手元で弄る金髪の王子さまの声は、話の中身の割には浮かれているように聞こえる。

「そうねぇ、ちょっともったいなかったとか、思ってるんじゃない?」

優雅に小指をたてて紅茶を飲む、オカマの口調にも隠し切れない感嘆が滲んでいる。

「そんなことを今言っても仕方なかろう」

至極最もな口調で背筋をびしっと伸ばし、完璧なマナーで紅茶を飲む雷撃の射手ですら、本気でそんなことを言っているわけではない。

「うるせぇぞぉ゛お゛!」

ふてくされているようにすら思える口調で、普段の半分くらいの声の大きさで答える、銀色と白と黒で作られた美麗な青年だけが、少しばかり不機嫌だ。

「君たち、本気でそう思ってるわけじゃないだろうね?」

口調は不穏だが、目元を隠した赤ん坊の言葉は、本意かどうか、判別し難い。

「そんなことないけどっさー、こうなってくるとアレだよなー、あのオッドアイやろーにバカガエルが持ってかれたの、もったいなかくねー?」
「今はカエルじゃないでしょ。まぁそれはともかく、もったいないというより、敵に塩送ったみたいなことになっちゃったわね」
「だってあいつ、まだ全然なっちゃいねーんだろ?」
「それはそうだけど…」
「あっちのボスとの相性が最高だかんなぁ」

アルコバレーノの戦いに参戦したヴァリアーの幹部の腕に巻かれた時計型の端末に、一回戦の戦歴が表示されている。一名も脱落者がいないのは当然として、その結果にはなかなか、彼等にとっては思わしくない結果が表示されていた。
負けた人員が表示されるのは嬉しいことだが、その結果といえば、彼等の予想以上に、善戦しているチームがあった。

「骸は霧の守護者だけあって、幻術使いだからなぁ。マーモンとやりあった時もそうだったが、幻術士ってのは基本、後方支援に思われているけどなぁ、あいつは実戦も出来るからよぉ」

実際には少し前、彼等の記憶の中ではなんだかひどく遠い昔のような、そんなふうにしてスクアーロが口を開く。

「幻術士ってのは性質が悪ィ。勝てると思わせておいてさらっと敗けることもあるからなぁ。目で見たものが正しくねぇってだけで、結構やられちまうことがあるからなぁ」

十年後の記憶の中で、そういう相手に手こずった、苦い思い出が蘇る。
実際体験したわけではないのに、それが「あった」ことのように感じることは不快でしかない。特にスクアーロにとっての、「勝利ではない」記憶となれば、なおさらだ。
確かにあの時代、あの時点で、剣と幻術の腕だけで言えば最高ランクに数えられるあの男、通名にすら幻を抱く男との戦いのいやらしさを思い出して、スクアーロは苦い気分になる。
幻術を操る相手との戦いは、結局「どちらがより強く相手を凌駕出来るのか」ということに限る。
相手の意識といかに闘うか、相手の意識をいかに飲み込むかが勝負で、しかもそれはほぼ一瞬で決まるのだ。
元から幻術士は数が少なく、実戦の表にたってくるようなことが少ないから、実戦の経験を積むことも難しい。幻術を使っていることをさとらせないのが本物の幻術士で、だから作戦に幻術士が関わっていることを知らない、気が付かないことも多いのだ。

「骸はまぁ、なんつーか全然、表にたって闘いたがるような男じゃねぇけどよぉー。本気出したらえげつねぇだろうってことはわかるぜぇ。特に今のやつはなぁ、ヴィアンチェに収監された十年の記憶があるんだろぉ? 本気出してくるはずだぜぇ」
「うっわー、なんか想像したら気持ち悪いなぁ」
「そんな男にフランをやったのはまずかったかぜぇー」
「そうかい?」

霧のアルコバレーノはイライラしているスクアーロに対して、いたって冷静な口調で返してくるばかりだ。

「今のフランは十年分の記憶がないんだろ? まだ子供だし、幻術士としては未知数なんだろう。それを「使える」ようにするのは、相当面倒だと思うよ」
「そうなのかぁ?」
「スクアーロ、君が部下を鍛えるのと一緒にしないでくれないか」

飲み干したカップをテーブルに置いたマーモンが、自分を見つめている幹部たちに目をやってから口を開く。

「幻術士を教育するのは幻術士でないと難しいんだよ。十年後はどうだったか知らないけど、ヴァリアーにフランが来た時はもう大人だったんだろ? ある程度の力はあったはずだ」
「そりゃそうだぁ。半人前がヴァリアーの幹部になれるわけがねぇ」
「あんな子供が幹部になれるほど、すごい幻術士だったってことは、つまりヴァリアーに来た段階で、相当アレは「出来ていた」ってことだよ。そうなると、それを使えるようにした人間がいたってことだ。フランはもともと、ボスが預かった子なんだろ?」
「そこらへんはよくわかんないけど、そんなこと言ってたらしーし」
「骸ちゃんはともかく、髑髏ちゃんは結構ヴァリアーに来てたらしいわよねぇ」
「だとしたら、骸がフランに教えたんだね。実体ではなかっただろうけど」
「どういうことだぁ」
「幻術士を教えるのに、実体は必要ないってことさ」
「意味わかんねぇぞぉ」
「君たちが今のフランを引きとっても、何も出来ないってことさ。ボク以外はね」
「なんだとぉ」
「あら、そうなのぉ?」
「そうだよ」

 赤ん坊の口調はいつも無愛想なので、感情の機微がわかりにくいが、彼等のボスほどではない。幻術は精神の戦いで、それを制するためには自分を律しなくてはならないのだ。つまり、自分の感情をコントロールできなければ、いざというときに負けてしまうことを、この赤ん坊はよく知っている。  どんな過去があるのかを、ここにいる誰も知らないけれども。

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