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思い出にもならない

「気分どうだい、ボス」
「いいわけあるか」

椅子に座ったままのザンザスの顔は見えない。
赤ん坊はふよふよ、宙に浮いたまま近づくけれど、必要以上に近づいたりはしない。そんな無茶なことはしない。
執務室のカーテンは開けられることがない。窓の外に顔を見せるほど、安全な場所にいるわけじゃない。窓ガラスは防弾で、普通の銃弾くらいははじくけれど。ボスの部屋はアジトの最上階で、外から部屋の中を覗き込むことは出来ないし、見える範囲に建物はないから、狙撃される恐れは普通は考えられない。
けれど部屋は薄暗い闇の中、ぼんやりともされた明かりの中で、いっぺんに何歳も年をとったような顔をした、暗部の王が空を見つめている。

「さて、継承式だけど――、ボスは欠席ってことでいいよね。ルッスとレヴィは残すよ。ボクが幻影を作っておくから、多分大丈夫だと思うけど」
「勝手にしろ」
「まぁ、僕がいま何を言っても無駄だと思うけど」
「おまえは無駄なことが嫌いだと思っていたが」
「嫌いだよ。でも」

アルコバレーノのおしゃぶりはまだ、マーモンの手元にはある。あるけれどもしかし、これはもう「抜け殻」だ。アルコバレーノの力は以前と変わらず使えるだろうが、しかしこれの本質が変化していることを、マーモンはもう「知っている」。
知っていることを知っている。どちらが先なのかなんて、意味はないことだ。
けれどそれに意味を求めたがる。それが人間というものだ。

「まぁ気にすることはないよ。ボス。十年間の記憶なんて、たいしたことじゃない」
「たいしたことじゃないだと…」
「そう」
「これのどこがたいしたことじゃねぇといえるんだ!」

ザンザスがぎりっを拳を握り締める。手のひらに食い込むほどの指の跡。
いまだ軟禁状態にあるこんなときでさえ、爪の手入れを欠かさないから、手のひらに傷をつけるようなことはないのをマーモンは確認する。
懸命に今の立場にふさわしい人間になろうと努力している姿が垣間見えるのはそんなときだ。それを少し、マーモンはまぶしいような、悲しいような気分で眺めてしまう。
それは彼の中にある青さ、若さが自分にはまぶしくて、そして苦いものなのかもしれない。

「あのカスどものために俺が一緒に戦っているなどというクソ気味悪ぃ記憶のどこが、たいしたことじゃねぇだと!? ボンゴレの本部があの白い気味悪い男にいいようにされていたりする記憶なんて俺によこして、一体何してえんだ…アルコバレーノってやつらは」
「消してしまいたいんだろうね。未来の、あるルートを」
「消す?」
「記憶なんてたいしたことないんだよ、ボス。あれは確かに十年後のみんなの記憶だけれど、そんなもの、覚えていられるわけがないんだよ」
「…なんだと…?」
「ボス、昨日何をしたのか覚えているかい?朝ごはんのメニューは?昼は?昼食の後何をした?読んだ本の中身は覚えている?」
「昨日…? そんなこといちいち、……!!」
「そう、昨日のしたことなんか全部覚えている人なんかいないだろ? それと同じなんだよ、十年分の記憶なんかあったとしても、そんなもの、みんな忘れてしまうんだ。すぐにね」
「どういう意味だ?」
「ボス、今覚えていることをなるべく細かく、紙に書いてみるといい。そして寝て起きてみれば、すぐにわかるよ」

その言葉の意味に、ザンザスは眉間の皺を深くする。

「今はその悔しさを覚えてるだろう。十年の間の口惜しさも、まるで昨日のことのように覚えていられることだろう。……ルーチェは酷い女だからね、相手を選んでいるんだよ。大空の属性の人間には、一番多くの「情報」を与えているはずだ。ボスには、今は全部残ってるはずだ。…たぶん、スクアーロもね」
「………」
「でもそれは、急いで覚えたテストの問題と答えみたいなものだ。試験が終わったら忘れてしまう程度のね。十年分の記憶を全部一気によこすなんて、それこそ負荷もいいとこだ。壊れない相手にそれを選んでいるのが、彼女のずるいところだとボクは思ってるけど」
「御託はいい、結論を言え」
「そんなもの、すぐにみんな忘れちゃうってことさ」
「……!!」
「忘れてしまうだろうってことだよ。たぶん、みんな、ほとんどのことを忘れてしまう。寝て起きてを数回繰り返したら、もう、なかったことみたいに薄まってる。そういえばそんなことがあったな、くらいにしか覚えていられないと思うよ」
「覚えていられない…?」
「そう。たぶん、脳が負荷に耐え切れないんだ。いっぺんに与えられた負荷が大きすぎてね。処理しきれないから、とりあえず、『忘れる』。思い出さないことが多いと思うけどね」
「ボス、…十年後のスクアーロはどうだったか、覚えていたいのかい?」
「あんなカス鮫がどうなっていようが知ったことか」
「そうだね。忘れられるなら、忘れたほうがいいと思うよ。君たちはこれからなんだし、――何も、本当は始まっていないんだからね」

そう、あれはただの誰かの記憶。自分ではない自分の記憶。
自分ではないのだ。

「これからも何もあるか。終わったんだ」
「終わって、これから始まるんだよ、ボス。これから時間がもう一度始まる。思い出になるのは今からだよ。別の次元の時間じゃない」

マーモンは言いながら、しかしそれは真実ではない、と思っていた。
記憶は薄れてしまうことだろう。それは確実で、確かなことだ。人間はそうたくさんの記憶を、いつまでも鮮明に覚えていられるものではない。

「誰かの記憶に支配されるなんて、まっぴらだろう?」

そういったマーモンを見て、ザンザスが少しばかり黙り込む。その目にはかすかに、野望の熾き火が見えるような――そんな気がする。

「これはボクの勝手な想像だけれど、記憶の鍵になるのは自分じゃない。自分の記憶にもっとも多く登場する人物こそが重要なんだと思う。ボス、スクアーロを見てるといい。あれがボスの記憶を変える、鍵だよ」

ザンザスの記憶は八年が綺麗に抜けている。だから彼の記憶には欠けがない。
十四才のスクアーロと二十二歳のスクアーロは繋がっている。そこにいくら反古があったとしても、それが現実で、今のザンザスの記憶だ。ザンザスの記憶で繋がっているものは、ヴァリアーの幹部たちしかいないのだ。

「十年後にもそこにいるなら、彼こそがボスの記憶ってことだね」
「あいつがか」
「そうだね。不本意かもしれないけど」
「ろくでもねぇな」
「そうかもしれないね」

でもそれは、案外悪くない選択肢じゃないのかな。

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