恋と言う名の蜜を舐めて ルッスの誕生日話のひとつ。色気があるようなないような。 -----------------------------------「諦めているわけじゃないわ」優雅な指がゆっくりとカフェに注いだミルクをかき回す。イタリアでは珍しく、大きめのマグカップにたっぷり注がれた浅煎りのカフェに、暖めたミルクを注ぐ手つきはあくまで優雅で美しい。長い指はたおやかな女のそれではなく、節の目立つ男の指であったが、爪先はきちんと手入れされていて、いつも透明なマニュキュアで保護されている。今日は久しぶりの「デート」なせいか、半月の形に綺麗に磨かれた爪には、淡いピンクにホワイトのラインが描かれ、ラインストーンまであしらってあった。さすがに女性の指にあるよりは太い指輪が、ひらひらと舞うたびに、視界に花が咲いて蝶が飛んでいるようだ。「そうなのか」「そうよぉ。私たち、諦めがとっても悪いの。日本人とは違うわ」「確かに日本人はなんでもすぐに忘れるな」「そうね。そこがいいのだけれど」「いいのか」「いいことよ。過去に捕らわれないのって、心が若い証拠じゃなくって?」「そうだろうか。俺はむしろ、長生きするための処世術かと思っていたが」「かもしれないわねぇ。そういう点ではしょうがないわ。わたしたち、忘れないもの」「そうなのか」「伊達に3000年の歴史がある国じゃないわよ」そう言って彼「女」は、優雅に美しい仕草でカフェを飲む。フルオースの食事は終わりが近い。ワインも二人で1本づつあけて、あとはのんびり、ゆっくり、話をするのを楽しむ。店はそれほど大きくない、通りを1本入った先にある、天国という名前のリストランテ。料理も抜群、サービスもなかなか、ドルチェもおいしくて二人のお気に入り。彼女をエスコートする男はそれほど長身ではない。朴訥な話し方から、この国の人間ではないと知れる。「諦めてなんかいないわよ。だってスクちゃんが諦めていないんだもの」「そうなのか」「そうよ。あのこ、今も諦めていないわよ。……というより、そんなこと、考えてないと思うわ。でもね」そういって、両手で包んでいたカップをテーブルに置いて、にっこりと向かいに座る男に笑う。唇に今日の衣装に合わせたパールの入ったリップに、テーブルの上のランプの光が反射する。「ボスがやるって言ったらやるわよ。いつだってね」「そうなのか」「そうよ。ボスが言わないから、やらないだけ」「そういうものなのか? …その、おまえたちは、そういう組織ではないと思っていたが」「私たち、別に体育会系じゃないわよ。そういうの嫌いなの。でも、ボスは好きよ。愛してるわ」「俺も沢田綱吉は好きだが、……愛してる、とは思ったことはないな」「そうね、了平ちゃんはそういうタイプじゃないわよね。そういうことは家族とか、彼女にしか言わないでしょ」「それは当然だろう。両親も妹も、世界に一人しかいないではないか」「それと同じだもの」「………そうなのか?」ルッスーリアはサングラスの奥の瞳でじっと、向かいに座っている笹川了平を見た。いつも彼は彼女の言葉を、なんの先入観もなく受け入れる。そして価値の基準が、なぜか十代目の銃後者たちより、ヴァリアーのそれに近いところがある。「ボスは世界に一人のたいせつなひとよ。あのひとがいうなら、私たちは今すぐにでも、了平ちゃんの首をねじ切って持って帰ってしまうでしょうよ。明日から、一緒にお茶が飲めなくなるのが少し残念だけれど、しかたないわ」そんなルッスーリアの言葉を聞いて、向かいの男は自分のカフェをゆっくりと飲み干し、カップをテーブルに置いた。「それは確かに残念だな。俺もルッスの食事が食べられなくなるのは惜しい」「そうねぇ。そうならないように、十代目にボスを怒らせないように言ってくれるかしら」「気をつけるぞ」「嬉しいわ」-----------------------------------ルッスーリア誕生日話として考えていた話の一つ。ボスの一言でさらっとゆりかごを何度でもやり直すつもりのヴァリアーの皆さん… [10回]PR