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恋人も濡れる街角

「信じられねぇよなぁー」
「…何が?」

テレビを眺めながらため息をつくスクアーロが妙に深刻そうで、思わずルッスーリアは声をかけてしまった。
春まだ遠いけれど真冬の寒さは少しづつ弱くなっている今日このごろ、カーニバルの最中でどこか国中が浮かれているのは仕方のないこと。ましてや今日は聖・バレンティーノ、恋人たちの日。
スクアーロはぼーっとしているのはもちろん、昨夜情熱的に愛されたその名残で、今夜もめかしこんで食事に行くことになっている。もちろんルッスーリアもそうだ。彼女はその後恋人の家に泊まり、その足で仕事に――もちろん裏のだ――出る手筈になっている。ヴァリアーに戻ってからでは時間がかかるので、ホテルで一旦着替えてからの出国だ。
その準備も終わって、さて昼食を少しつまんでおこうかしらと思いながら、紅茶を飲んでいる最中のこと。
口をはさんでもよいことはないと思うのに、好奇心に勝てる見込みはまったくない。
テレビではさっきから、恋人たちの甘い関係についての番組を流している。アンケートから見たアレコレや、最近はやりのプレゼントなど、町をゆく人々にインタビューがだらだらと流されている。

「彼氏が禿るのってそんなに大変なことかぁ?」
「それは確かにそうね」
「アメリカとかよぉー、日本の映画ってよくそういうのあるよなぁー。アジア系の男なんてそんなに禿てる男とかなさそうだけどなぁー?」
「それはウィッグつけてるからじゃない?」
「そうなのかぁー?」
「黒い髪が白くなると目立つからでしょ」
「俳優じゃねぇんだし、別にいいんじゃねぇのかぁー?」
「俳優じゃないから気にするんじゃない?」
「それよか腹出てるほうが問題だろぉー? 頭よりそっちのほうが改善しやすいんじゃねぇかぁ?」
「それは好みの問題でしょ」
「髪の毛増やすより痩せるほうがすぐに効果出るだろぉーがふつーに考えればよぉー」
「アンタには関係ない悩みだからって簡単に言うわね!」
「白髪になってもわかんねぇとか言うんだろぉー、んなわけあるかぁ!」
「そうなの?」
「あたりめぇだろぉ!」

口調がやけに間延びして子供っぽい話ぶり。疲れているのか、リラックスしているのか、どちらかわからないけれど、まぁワルイことではないかしら、とルッスーリアは思う。

「ボスさんはハゲたらすげーかっこいいだろぉなぁー」
「えっ?」

今何かとんでもないこと言ったような気がしたけれど気のせいかしら、オカマの声がくるっとひっくり返って、野太い男の声になる。

「何それスクちゃんもしかしてそういう趣味だったの?」
「あ゛ぁー? 俺ぁハゲ専でもデブ専でもねぇ! ん? 強いていえばボス専かぁ~?」
「それネタでしょ!」
「まぁそれは置いといてもなぁ、ボスさんってハゲたらカッコイイって思わねぇ?」

何故そこで禿げたらって前提条件が必要なのかしら。スクアーロのボスに対する発言は大抵いつもおかしいが、今回も漏れ無く何もかもがおかしい。そこでなぜスクアーロの瞳がキラキラしているのかさっぱりわからない。

「ボスはハゲなくても十分カッコイイじゃないの」
「そらまぁそうだけどよぉ~、ハゲたらもっとカッコイイと思うんだぜぇ!」
「だからなんで『ハゲたら』って前提が必要なのよ。ワタシに対するあてつけかしら」
「んなわけねぇぞぉ~! んでもよぉ、ボスさんがハゲるとしたらこう、前髪が後退するほうだろぉ、たぶん。今だって鬼の仇みてぇに前髪上げてるじゃねぇかぁ」
「まぁ確かに、中心が薄くなるほうとは思えないわね……じゃなくて!」
「だってよぉー、ボスさんの額ってすげぇー形がいいんだぜぇー」
「そうなの?」
「そうだぜぇ~、目元から生え際にかけてのラインがすげぇ綺麗でよぉー、横から見るとうっとりするぐれぇなんだぜぇー?」
「確かにそれはわかるわ。ボスの額って綺麗よねえ」
「だろぉ~? いつも怒ると皺よるからやめろって言うんだけどよぉー、もう皺出来ちゃってるかなぁー? だったらすげぇもったいねぇなぁー」

それ半分くらいは貴方のせいよ、という言葉をすんでのところでルッスーリアは飲み込んだ。

「でよぉ~もしボスさんがハゲたらよぉ~そこもっと広くなるってことだろぉー?」

スクアーロはまさにウットリ、いう眼差しで語り出した。
本人は隠しているつもりらしいが、スクアーロははっきり言えば惚気ているのだ。自覚はまったくないらしいが。

「そしたらそこにキスしてもいいよなぁー? もうみんながボスさんの額に見とれることになるだろぉなぁー、綺麗だもんなぁー」

それちょっと違うと思うわ、というルッスーリアの言葉は口に出されることはない。

「俺そしたらボスさんの額にキスしてぇなぁー、広くなったらキスするとこ増えるってことだろぉー? 今だってすげぇ綺麗でかわいくてキスしたくてたまんねぇのに、ハゲたらもっと広くなって、もっとかわいくなるんだろぉなぁ~」

恋のノロケは聞いているとだんだん腹立ってくることが多いんだけど、スクアーロのノロケは全然そんな気分にならないのは何故かしら。
ルッスーリアは毎回思うことを今回も漏れ無くそう思った。腹が立つよりボスがだんだん可哀想になってくるのはどういうことかしら…。

「ボスさん早くハゲねぇかな!」

スクアーロはそう言うと、それこそもう太陽が輝くようににこやかに笑った。あまりに眩しさに、ルッスーリアはサングラスの下で目を閉じてしまったくらいだ。口を閉じていれば花のようだ、としょっちゅう言われるスクアーロの容貌の威力を、ルッスーリアは久々に全力で実感した。
内容は非常に残念なものであったが。

……さっきからドアの外に誰かがいるような気がするんだけど、気のせいかしら。

ルッスーリアは苦笑いしながら、スクアーロのカップにおかわりのカフェを注いだ。
スクアーロはまだ暑いのもかまわず、豪快にガッと飲み干して、さっと席を立つ。

「ボスのところに行くなら、その話しちゃ駄目よ」
「?? なんでだぁ?」
「世の男は普通、頭髪が薄くなる話題を好ましく思ったりしないわ」
「ハゲること気にしてるかぁ? ボスさんがか?」
「貴方だって髪の毛薄くなったとか指摘されるのイヤでしょ」
「…薄くなってんのかぁ?」
「例えよ、た・と・え!」
「そっかー…。そうだなぁ、ボスさんも気にしてるかもしれねえしなぁ…、俺は気にしねぇけど」
「なんか貴方すごいいい顔してるから怖いわ」
「そっかぁ?」

首を傾げてスクアーロは妙にあどけない顔をする。最近妙に可愛くなってくれちゃって、まったく。

「貴方がボス馬鹿なのはわかったわ」
「そんなん今更だろぉー」
「そうね…」

ドアの外の気配は消えていた。
話を引き伸ばしている間に、無事に部屋に戻ったようだ。

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「最近ボス、髪の毛上げないわね。どうしたのかしら? 前髪下ろしていると思ったよりセクシーでたまらないけどw」
「そうだよなぁー、なんでだろぉなぁ…?」
「どしたのスクちゃん、顔が赤いわよ」
「髪の毛下ろしてるボスさんは、なんか、十年後の、ボスさんみてぇで、なんか、……すげぇよな…?」
「そうねぇー、スクちゃんオススメの額が見られなくなったのは残念だけど」
「……―――、そうだなぁ……」



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