悪魔の城の悪魔の王様・4 やけに朝日がまぶしい。目覚めは悪くないけれど、頭が動くには時間がかかる。仕事のために動かす脳みそも結局は体の一部、指を動かし手を動かせるのも、結局は体を動かすことに同じ。思ったとおりに指を動かせるということは、体をコントロールできるということに同じだから、そうできるように、起きてから一連の動きを、そのために組み込む。つまりはプログラムするということと同じことだ。起床からの一連の動作はつまりそういうことで、それに沿って動けば、朝食の前にちゃんと、体が準備が整っていることになる。けれども。その朝はちょっと違っていた。普段したことがないようなことを、つまり昨晩したせいだが、そのせいでなんだか、体がふわふわしているような気がするのだが。スパナがヴァリアーの屋敷であてがわれたのは、二階の角のゲストルーム。外に繋がる通路の一番近くで、そこから階段を下りればすぐに裏側の通用口に出る。そこから別棟の技術室へすぐに入れて、移動するには便利な場所、襲撃されるには最適な場所を使っている。シャワーバスがついたそれなりのワンルーム、トイレは別だがゲスト専用で、他にゲストはいないから、一人で使っているようなもの。その部屋のベッドの上で起き上がり、シャワールームで汗を流しつつ顔を洗い、髭を剃る。歯を磨く。そうしながらぼんやり、夕べのことを思い出す。アレが今回の「謝礼」ならば、それは相当価値がある。「あれでよかったのかなぁ…」もう一度思い出す。脳裏にデータを再現する。なるべく詳細に。巻き戻す記憶のリールの精度には、スパナは案外自信があるのだ。朝食の席はすいぶん歯抜け状態だ。隣にいるカエルの少年も、上席にいる暗部の王も、その隣の副官もいない。「スパナおはよう」「おはよう……、あれ、みんないないの」「フランは仕事よぉ。ボスとスクちゃんは部屋で取るから後で持っていくわ」「部屋で?」「そうよぉ。ボスの部屋で。夕べはお楽しみだったみたいねぇ」「お楽しみ?」「スクちゃんの腕、治ったんでしょ? ボス、夕べからご機嫌だったわ」「そうだったの」「そうよぉ」「ふーん」あれは機嫌がよかったのか。珍しく饒舌にしゃべっていた赤目の王、寵臣を撫でまわしながらいつになく、口が回ってよく喋った。声が思いのほか低くて綺麗で、ぞくっとするような色気があって、耳にひっかかる不思議な声だったと思った。機嫌よくスパナに喋りかけ、機嫌よく寵臣を撫で回していた。その寵臣はといえば、ろくに言葉も紡げずに、王の手指で弄繰り回されて、死にそうな悲鳴を上げていたのだ。あれが「お楽しみ」ということか。そう解釈されているということ? ここでは、この、闇の国では。「あれは機嫌がいいのか」「なぁに? スパナちゃん」「…なんでも。ルッス、ハムもっとちょうだい」「あら、珍しいわね」「おなかすいたから」「そうなの? ハムだけでいい?」「あとパン、もっと欲しい。二枚」「じゃ切ってくるわ」王子は珍しく黙って食べているし、ピアスの人は食事中ほとんど喋らない。ヴァリアーの朝食は以外と静かだ。スクアーロがいなければ。「ルッス。今日、午前中にショーイチが来る」「話は聞いてるわ。何かケーキでも出しましょうか」「ん、そだね。ルッスのおいしいケーキ出せば、少しはショーイチも安心するかも」「なにを安心するの?」「ショーイチ、ウチが取ってくわれるみたいなこと、いつも言ってるから」「いやぁねぇ! そんなことするわけないじゃない! ワタシはもっとマッチョが好みよぉ!」「知ってる。ショーイチやウチみたいなの、ルッスの趣味じゃないもんね」「そうよぉ。あなたマッドサイエンティストってガラじゃないもんね」「ウチの興味があることが出来るとこならなんでもいい」「そーゆーとこ、こだわりなくていいわねぇ! ホント、アナタヴァリアーに向いてるんじゃなくて?」「…スクアーロの、腕もだいたい、出来たし」「そうねぇ、明日からまたうるさくなるでしょうよ」レヴィが眉を潜めながらカフェに砂糖を入れているのが見える。「ショーイチが迎えに来たから、帰る」「えー、もう?」 ようやく王子が声を出す。声はまだ眠そう。「そうなの? タルトが余っちゃうわ」「またくるから、今度はパイ作って。シナモンとジンジャーの効いた、オレンジのやつ」「いいわよ」「ふーん。…王子これからまた寝るから、見送りできないのが残念」「ショーイチがおびえるからいいよ、来なくても」「おまえ案外口悪ぃなー」「ウチ、嘘は言わないから」「……ちぇー、スパナ、おめーマジでイイ性格してるよなー」「よくそういわれる」「あら、ベルちゃん、もういいの?」「眠くなる前に寝るー。今日王子非番だから声かけるなよー」「はいはい」だるそうに王子が席を立って部屋を出て行く。本当に眠いらしい。「ルッス、ご飯おいしかった。ありがとう」「あら嬉しいわ。他人に褒めてもらうのは嬉しいわね」「なんかあったら呼んで。ご飯のお礼はする」「ホント? なんでもいい?」「死体の解体以外なら」「あら、ワタシ解体するの趣味じゃないわ。解体すんのはベルちゃんかスクちゃんよぉ」「そうなのか」「あのこたち、切り刻むのダイスキだから」「ふーん」そんなことを匂わせていたことを思い出す。刃物の切れ味とはつまり、人の切れ味、ということなのか。なるほど、聞かなくてよかった。そう言っていた綺麗なサカナは、解体されて食われていた。確かにあれは、おいしそうだ。機嫌のよい王様と、機嫌のよい銀鮫に、少しだけ味を、少しばかりその白身を、舐めさせてもらったメカニックエンジニアは、今朝思い出した記憶を、今度はすぐに記憶の引き出しから取り出して、眺める。食後のカフェを飲みながら、記憶を巻き戻して、またきちんと引き出しにしまう。機嫌のよいドン・ヴァリアー、声を出せない銀の鮫。あつらえた左手は違和感なく動いて、じれったそうに執務室の机の端を掴んでいたっけ。手袋の中の動きが見たかったけれど、さすがに持ち主の許可を得ずにそれをするのはあきらめた。見てしまったらきっと、記憶のデータに支障が出る可能性が高かったから。「元気そうだね、スパナ」「ショーイチ、少し痩せたんじゃない?」「君のせいで胃が痛いよ…」そういって胃を押さえるまねをするけれど、それは本当に痛い証拠。入江は少し顔が青い。二人でプログラムを組んで、システムをいじくって、二人でキーボードとディスプレイを眺めているときくらいしか、最近正一が明るい顔をしていることがない。正一は真面目すぎるんだよな、とスパナは考える。「ウチ、別に問題なくやってるって言ってるじゃん」「そうだけどさ、…」「心配なら、ショーイチもヴァリアーで暮らせばいいよ。しばらく」「えー!? それ無理無理無理!! 僕死ぬから、そんなこと言わないでくれよ」「ショーイチが思ってるほど、ここ、ひどくないよ。ご飯、おいしいし」「…ホント?」「ホント。ためしにそのケーキ、食べない? いらないならウチ、貰いたいんだけど」二人の前にはポットにたっぷり注がれた紅茶と、大きく切り分けられたケーキがある。それ以外に大きな盆に、クッキーやマカロンが山と盛られて、色とりどりの菓子は花のよう。二杯目の紅茶に砂糖とミルクを入れて、スパナはケーキを口にする。黄金色に煮詰められたフィリング、アップルに杏を混ぜたジャムにシナモンをたっぷり。いい香りに脳みそが空腹を訴える。「あっ、スパナ」「ショーヒチ、毒とか、はひってないはら」「口にものを入れて喋らなくてもいいよ!」「はへないならうひにそれちょうらひ」「わかった、食べる、食べるから!」ケーキを口に入れた入江は、目を見開いてスパナを見つめる。スパナはそれにこたえてうなずき、入江がさらに頷く。お皿の上のケーキがあっという間になくなる。ショーイチ、ヴァリアーのご飯は本当においしいんだよ。ケーキなんて、食べたことないくらいおいしいだろ?ヴァリアーのご飯がおいしい理由はなんかわかる。王様とその寵臣がいつも、あんなに綺麗にキラキラしてるのは、ご飯にたっぷり、愛情とかいうものが振りかけられているせいなんだろう。スクアーロにご飯を食べさせるのは楽しいもの、あの人に何かしてあげたくなるの、なんかわかる気がするもの。ここのボスもあの、うるさくて元気で剛毅でキラキラしてるとびきり美人な銀の鮫に、たくさん何かを食べさせているんだろうな。「僕、ヴァリアーってもっと怖いとこかと思ってた…」「人数が少ないせいかな、どこも人がいなくて綺麗だよ。ボンゴレの半分以下しか人がいないんだってさ」「そんなに少ないのかい?」「少数精鋭っていうか、強くないとすぐに死んじゃうらしいから」「ゲホッ」「どうしたのショーイチ」「ううん…そ、そうなんだ。スパナ、ザンザスとは会ったのかい?」「会った。夕べも。機嫌よかったよ」「そうなんだ」「ウチ、ボンゴレ帰る」「え、もういいの?」「スクアーロの義手も作り終わったし、動いてるのも見たから、いい」「そうなんだ…。荷物は」「もうまとめてある」「じゃ、ボスに、…ザンザスに、挨拶しなくていいのかい」「いい。夕べしたから」「そうなんだ。じゃ、僕もお礼を言ったほうがいいのかな」「昼まで起きてこないから、起こすと怒られるかもしれない」「そうなの? いつも? 朝遅いのかい?」「今日はトクベツじゃないのかな。夕べはお楽しみだったみたいだから」「…スパナ、君がそんな言い方をするなんて初耳だよ」「ウチも初めて言った」スパナの言葉に入江は我慢できずに笑い出した。腹をかかえて声を上げて、ひどく楽しそうにハハハと笑った。スパナもなんだか嬉しくて、笑いながら三杯目のお茶を飲む。ミルクと砂糖をたっぷり入れると、脳みそがはっきり、目が覚める。「お茶のおかわりはいかがかしら? あら、少し顔色よくなったかしら、ショーイチちゃん」「あっ、ありがとうございます! …ケーキ、おいしかったです!」「あら、褒めてもらって嬉しいわ」「ルッス姐さんのケーキ、凄い。これがしばらく食べられないなんて、ウチ悲しい。買ったケーキを食べながらルッスのケーキと比較する日々が始まると思うとうんざりする」「まぁまぁまぁ! ごめんなさいねぇ、スパナちゃんを悲しませちゃうなんて、ワタシったら罪なオンナねぇ!」「ケーキ食べに来てもいい?」「ドンの許可を貰ったらね」「そのときはショーイチ、よろしく」「僕が取るの?」「一緒にケーキ食べに来よう」「ウチはパティスリーじゃないわよぉん」「なんでも治すから呼んで、ルッス」話をしながら紅茶のおかわりを入れて、ケーキの皿を下げる。手つきは優雅、骨ばった腕は男のものだけれど、指先は少女のようなベビーピンクがひらめく。「ヴァリアーはどうだった?」「楽しかった。みんながここのボスに心酔するの、ちょっとわかる」「あらそうなの?」「凄い魅力的。ウチ、誘惑されそうになった。悪魔だなって思った」「悪魔は嫌いかしら?」「ウチはスキ」「そう。よかったわ」にっこり、グロスを塗った唇が光る。本当に、この城の王様は悪魔のよう。人を誘惑するのが悪魔の仕事、人を堕落させるのが悪魔の本文。堕落は誘惑、誘惑は快楽。一番単純な快楽は性欲、肌の熱に理性を捨てさせ、けだものにさせてしまうこと。そういえば悪魔の王の持つ匣は、獣の王の形をしていたのだったっけ。さらに悪魔の王様に侍るのは銀の鮫、それは海洋の王の形代を持つ。でも本当は本質はそれでなくて、悪夢を誘う夢の悪魔ではないのかと、そんなことをふと思う。男の夢を誘うのは、美しい女の姿をした悪魔、みだらな夢で精気を吸い取り、身も心もトリコにしてしまうらしい。話に聞いた跳ね馬の執心も、雨の守護者の執着も、確かにあれなら納得も出来ようというもの。無意識の優しさ、美しい容貌、男を引き寄せるには十二分なその花の蜜は甘くて、一口舐めたらきっと、毒のように染みるだろう。けれども人には過ぎたもの、それは悪魔、その名は大罪。夢魔の誘いに勝てるのは、悪魔の城の王しかいないのだろう。1と0の数字の間にも悪魔はいる、魔物は潜んでいることを、メカニックの青年は知っている。機械は悪魔でも天使でもある、つまりはどちらにも傾く、天秤棒の真ん中にいるということと同じ。知識を得るために悪魔と取引をしたという話が数知れないとすれば、知識はつまり、罪悪なのだろう。神様の教義によれば。いいや、本当は世界は神様の作ったゲームなのかもしれない。同じ世界の違うところに、あの人と同じ彼がいて、あの人と何度でも出会うことを考えてみれば、きっと。「なんかいいことでもあったの、スパナ」「イイコト? あったよ、たくさん」「そう? 後で教えてくれないか」「いいよ。おもしろかったよ、とても」帰りの車の中でぼんやり、外を見ながらスパナは考える。ショーイチはパソコンを叩きながら話をする。本部のシステムを弄っているせいか、最近とても忙しいらしい。ショーイチは割となんでも自分でやりたがって、人に仕事を任せたくないらしいけど、そんなことしてるといつか胃に穴が開くんじゃないのかな。「ショーイチ」「ん?」「今夜、イイコト教えてあげる」「今夜? なにかあるのかい?」「ん。あっちのボスと、スクアーロに、教えてもらったことがあるんだ。だからね」「ふーん?」ウチも誘惑されたのかもしれない。おいしいご飯も堕落のうち、おいしいお菓子も堕落のうち。あの人たちは悪魔の城に住んでいる悪魔、人間を堕落させるのが仕事、地獄へ送るのが仕事なのかもしれない。気持ちいいことを教えるのが仕事、気持ちよくなる方法を教えるのが仕事。そうして人を、奴隷のように使うのが仕事。まぁ、ウチは別にどこでもいいんだけどね。おいしいご飯と、おいしいお菓子と、好きなことが出来るなら、天使の宮殿でも、悪魔のお城でも、どこでもね。そう思いながら、スパナは薄い唇を舐めた。-----------------------------------終わりどころが見えないので無理矢理終わる元はスパナはヴァリアー行っても凄い違和感なさそうって話をリボコンアフターにしてたところから…だったような?一年間期間限定で出向してモスカの新型開発とか(剣帝さまの新しい義手作ったり←剣帝さまは無駄で無理な注文をするのであやうくロケットパンチみたいになりそうだった)いろいろなものを無駄に作りまくっているとかそういう話ルッスのご飯がおいしくて一年で10キロくらい太ってムチムチに!ジャンニーニみたいになって正一に「スパナぁあああ!」って嘆かれるとか、ダイエットのため自家製の飴がシュガーレスなるとか(本末転倒)スパナ謹製の飴を「頭がよくなる飴」とかいって売り出してるとかそういうwww←最後のありそうあっ一応まぐわってないから [13回]PR