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暁と黄昏の十二時間・サンプル・1

 夜の食事は明日への活力。大抵の人間にとって、一日の中で一番楽しみにしている時間である。食事は人生の享楽、家族の絆を確かめる大切なもの、それには時間も量もたっぷりかけるのがこの国の常識だ。享楽的なローマの影響を受けた国では大抵の食事はそういうものであるし、それはもちろんイタリア本土のみならず世界各地に支部をもつマフィアの王、ボンゴレの最大の暗部である悪魔の根城であるここ、ヴァリアーのアジトでも例外ではない。
 他人同士の親睦を深めるのに、食事は一番手っ取り早い方法でもある。毒物の心配のない食事をふるまうのは家族である証拠でもある。マフィアにとって食事は神聖なものだ。同じテーブルを囲むということの意味は、円卓の神話や最後の晩餐の例ををひくまでもない。

 暗殺部隊の朝は遅い。

 少し前に日本での十代目継承式から戻ってきた幹部たちは、激減した隊員たちの世話をするのに忙しくしている。
争奪戦で一気に半分以下に減ってしまったヴァリアーの人員は、今は更に減り、部下の数は幹部一人あたり二十人程度しかいなかった。中にはいまだ怪我で動けないものもおり、不足の人員の補給は、火急の案件でもあった。

(中略)

 遠い異国の地で秘密裏に行われたボンゴレリングをめぐる因縁の戦いが、長年の禍根を残したまま、密かに終わってから――ようやく一ケ月がたとうとしている。
 ヴァリアーのアジトは戦火で残った中世の城を改築したもので、天井が高く、窓が小さい。元が城下町を擁する要塞の城なので、街並みを見下ろす高台に立っていて、現在ではその姿を木立に隠し、容易に全容を見せることはない。
 その建物の二階の中ほどに、幹部のための談話室がある。そこまでは一般隊員も普通に入ることが出来るが、それ以上先は、特別な認証が必要になる。
 談話室の続きにはかなり広い食堂があり、そこに幹部一同集まって、夕食を共にするのが彼等の習慣であった。そこに彼等が長年待ち望んでいた王が鎮座するようになってから、まだそれほど日がたっているわけではない。
 晩餐の時間に一日の進捗具合を報告するのが、誰が言い出したわけでもなかったが、いつからかヴァリアーの幹部たちの習慣になっていた。
 今はちょうど、午後になってから入院している部下のお見舞いに行って戻ってきたレヴィの報告が終わり、ザンザスに回ってきた手紙や書類の裏をとっていたスクアーロが、それについて報告を終えたところだ。

(中略)

 テーブルではかすかに食器のあたる音がする。
 左手が義手のスクアーロは、どうしてもカトラリーを扱う時にあちこちにぶつけてしまうので、完全に音をたてないわけにはいかない。
 これでも八年前とは雲泥の差で、当時はしょっちゅうナイフを落とし、フォークで食べ物を口に運ぶことも満足に出来なかったこともあった。

 ……そんなことを、食事中に唐突にザンザスは思い出した。

 それは本当は、ごくごく最近の出来事だった。
 なにしろ、ザンザスはつい二月ほど前、『目覚めた』ばかりなのだ。
 九代目ボンゴレボスの持つ死ぬ気の炎によって、八年の長き時間を十六歳のまま封じ込められていた地下室から、どうやってかは知らないが、解放され、再び暗部の王として君臨するようになり、最後まで自分についてきた小生意気な糞餓鬼が、美貌の暗殺者に育ってしまったのを見て、心底驚いてしまったあの日から。
 なのに、今のザンザスには、満足に食器が使えず不器用に、失ったばかりの左手でたどたどしく食事をしていた十四歳のスクアーロを、向かいの席から内心ハラハラしながら眺めていたことを、とても遠いむかしのできごとのように思っているのだ。
 十年分の『新しい』記憶が、失った――もとより存在しないものを失った、と称することには異論はあるが、しかし他に適当な言葉が思いつかない――八年を埋めるように存在して、空虚な気分を埋めていることを感じている。
 それはまったく経験のない記憶ではある。
 だが、体感として『知って』いることでもある。
 不思議なことだとも思う。
 同時に、ひどく厄介なことだ、とも思う。
 自分にとっては少なくともそうだ、とザンザスは認識する。
 では他の人間にとっては?

「……あとは招待状が来てたなぁ。耳聡いヤツもいたもんだぜぇ、もうボスさんにパーティに出てこないかって聞いてきてるぜぇ」
「目端が効くわねぇ」
「早ぇな」
「あれ、なんでそんなもん来んの? 本部から回されてきたの?」
「まぁ、そういうことだなぁ。……俺が継承式に顔出したのがまずかったのかもしれねぇなぁ」
「なんでさ」
「いままでヴァリアーは、公式の行事に顔出ししたことなかったろぉが」
「それもそうね」

 ザンザスが凍りついていた八年の間、ヴァリアーは確かに存在し、仕事もしていたのだが、関係者はほとんど公式の場に顔を出すことをしなかった。
 そのため、ボスであるザンザスの死亡説まで流れたことも一度や二度ではない。
 ヴァリアーの存在そのものを疑われたこともある。
 しかしそのヴァリアーが――代理とはいえ、幹部が全員、日本での十代目の継承式に顔を出したのだ。
 それはボスであるザンザスが「生きている」ことを、公式に認めたようなものだった。
 そこにつけこんでくる輩は多い。
 いい意味でも、悪い意味でも。

「パーティの招待状の裏は今取ってるとこだぁ。ついでにアッチの内部事情もひと通り調べることになるなぁ。まぁ、こんな時にヴァリアーにつなぎ取ろうとかしてるあたり、ロクなもんじゃなさそうだが」
「いやぁん、私たちにも選ぶ権利くらい残してほしいわね」
「王子に串刺しにされる権利も進呈してやろっか」
「何かいいネタがあれば買うよ、スクアーロ」

 強欲の赤ん坊は抜かりない。十年後、自分が一度死んで、そして復活したことについ
て、マーモンだけはその仔細をだれにも語っていなかった。それは他の幹部たちにとってはすでに知っていたことであり、もう起こらないことでもあった。
 特にそれを何より悲しんでいた王子にとって、それは起こってほしくないことであったのだろう。
 記憶を与えられた直後から、やけに強欲の赤ん坊に対して優しく接していることを、全員がそれとなく気がついてはいる。
 マーモンもそれについては何も言わないので、それをわざわざ追求するような人間もここにはいなかった。
 悪いことがすでに起こっていて、これから起こる可能性が少ないのならば、それは問題ではない。

「どうでもいいのは無視しろ。ネタが見つかりそうなところは資料を回せ。つなぎを取るかどうかは俺が決める」
「わかってるぜぇ」

(中略)

 ザンザスの前に置かれたワイングラスが空になる。
 ふと気がついてスクアーロがそこに赤ワインを注ぐ。
 注ぐ量は半分より少し少ない。
 ちょうどいいところでついと瓶を引いてしずくをこぼさずに切る、その洗練された動きの美しさはふっと人目をひく力があった。

 むかし、御曹司の給仕をしたいのだとねだる子供に、ルッスーリアがいろいろ、教えてやったことがあった。
 当時に比べると、動作は格段の差があった。
 それは御曹司が目覚めてのち、ウキウキと給仕をしていた時と比べても、動きの洗練の度合いには、圧倒的な差があるように思われた。

 ザンザスはそれに気がついた。
 スクアーロが、どうした、と視線で聞いてくる。
 慣れた阿吽の動作が、過ごした時間の長さを物語る。
 まだ来ない、二度と来ることはない未来の。

「どうしたぁ? 次のはまだだぜぇ」

 かすかに不満をにじませたボスの表情にも、スクアーロは不安そうに伺ったりしない。
 むしろ、ゆったりとした口調で、鷹揚に返事を返してくる。
 ザンザスが眉間に皺を寄せ、ルッスーリアのこめかみに力が入り、王子がフォークを落としそうになり、すんでの所で踏みとどまっていても。

 何かを言おうとして、しかしザンザスは何も言わなかった。
 言わずに静かに酒を飲んだ。
 少し前までは、どんな酒も水のように機械的に体に流し込んでいたけれども、今はゆっくり、香りを味わいながら飲むことが出来る。
 スクアーロが入れたワインはどこか甘いような気がしてしまう。
 あの男が給仕する食事すら、普段より味が違うような心地すらしてしまうのだ。
 そんなことはないと思いながら、それでもいいと思う自分がいることを感じる。
 料理は愛情だという戯言を信じたことなどなかったが、なるほど、最後の最後にふりかけられるのは、確かに愛情でなくてなんであろうか。

 普段通りにしているつもりでも、視線の中に、カトラリーを握る指先に、食事をする唇に、十年の紆余曲折を経た記憶がにじむ。
 それは悪いことではないと、おそらく誰もが気がついている。

 セコーンドの皿は地鶏のクリーム煮。
 放し飼いでたっぷりの穀物を食べて走りまわった鶏を締め、塩をまぶして一日置いたものに香料を詰めるもの。それをコンソメでじっくり煮こんだものに、ゴルゴンゾーラのチーズクリームをくるりと回しかけている。骨ごと煮たからコラーゲンが固まってぷるぷるしている肉の周りを、人と同じように見事にすぱんと切るスクアーロが、温かい肉をボスから順番にサーブする。
 切り分けた淡いピンクの肉の切り口に、とろりと白いソースをかければ、ぐんとハーブとコンソメの香りが漂って、嫌が応でも食欲が増すというもの。

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