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あなたの宝石・1

「ここ数年夏が厳しくってよぉー」
「それ普通に年なんじゃないの」
「かもなぁー」
 そんなことを言い合いながら、キッチンではリズミカルに包丁の音がする。
 ヴァリアーの談話室に続くキッチンは開放型で、談話室から中を見る事が出来る。手元を見られながらの料理が基本で、だから他の人間はそう簡単に、料理を行うことが出来ないのだ。
「今年はどのくらい作るの?」
「出来るだけだぁー」
「そんなに作れるの?」
「鍋に入らねぇなぁー」
 そう言いながら二人の手元には切れ味の鋭いペティナイフ、手の中の木の実の皮を剥いている。
 ヴァリアーのアジトは深い山の中にある。山には実のなる果実があちこちに植えられていて、籠城に備えられている。だからもちろん、春から秋は次々と果実が実って収穫が続くのだ。
 今は栗が出来始め、山の動物と競い合って収穫に勤しんでいる毎日だ。
 今日もスクアーロはキッチンに詰めている。昨日からキッチンからは甘い香りが漂っている。それが匂い始めると、金髪の王子はどこかそわそわしながら普段滅多に行かない台所に足を運んでは、この数日、台所の主になっているようなスクアーロから追い出されていた。
「堕王子ー、いい加減諦めたらどうデスカー、姐さんと作戦隊長の防御を敗れるとか思ってますー?」
「バーカガエル、てめぇ食ったことねーからんなこと言えんだよ」
「すいませーんミーは貧乏人なのでー高価なお菓子に縁がありませーん」
「その言い方王子に同情買おうとしてる?」
「買えるなら買ってクダサーイ」
 キッチンの見えるソファにうずくまって、王子はカエルと様子を伺っている。きゃらきゃらと完全にガールズトークに近い雰囲気で繰り広げられる会話だけれど、2つの背中は王子のつまみ食いを許さない。だからこその、襲撃なのだけれど。
「あのー、ミーはいいこと考えたんですガー」
「うるせーよ、んなこと考えたんなら手伝えよ」
「あのふたりに交渉するより、直接贈られ主に交渉したほうが成功率高くないですか? 見たところー、堕王子なんかー、ボスの中ではお願い聞いてあげるランキング二位なんじゃないかとミーはオモイマスがー?」
 しれっと言う少年の頭にぐさっとナイフが刺さる。頭と言っても直接に、ではなく、頭にかぶっているカエルの形をしたかぶりものに深々と、特殊な形状のナイフが刺さっているのだ。ヴァリアー内ではここ数年、見慣れた光景ではある。
「馬鹿カエルにしちゃいい考えじゃねーの」
「それに気が付かない堕王子が馬鹿なんじゃねーの」
「来いバカ」
「ミーはバカじゃあっりっまっせーん」
 そういうフランの首根っこを引っ掴んで、王子はこっそり、談話室から出ていく。まだ何か言い出しそうなクソ生意気な後輩を連れて、王子は部屋に戻るつもりだ。とりあえず今は退散。作業中の二人は集中しているし、手を出す余裕がまったくないので、見ているだけ無駄だからだ。頼りない相手だが作戦に欠かせないコマであることは確か。強欲の赤ん坊ほど金食いじゃないぶん、楽は楽だ。金の分、口は悪いが。
「で、その姐さんと作戦隊長、いったい何シテるんデスカー?」
「さっき言っただろ覚えてねーのかよバカカエル」
「バカバカいうほうがバカだって教わらなかったのかよ堕王子。スイマセーン、ミーは貧乏人の子沢山なので、おっしゃってた意味がワカリマセーン」
 貧乏人の子沢山ってなんだそれ、おめーのいた黒曜のことか、つーか子沢山ってことはおめーらみんな骸のガキってことか? 何それ気持ち悪っ!
 王子はこの半分くらいの悪態を実際口に出して言ったが、相変わらずのれんに腕押しな後輩の幻術士の態度はいつもと変わりなく、表情も抑揚もかわらないままだ。それにしてもフランの語彙って不思議だよなぁ、時々ベルフェゴールはそんなことを思う。妙に世帯臭いというか、なんだか、…なんだろう。
「オカマとセンパイが作ってるのはマロングラッセだよ、ヴァリアーのアジトでとれた栗で作ったヤツ」
「それってなんですが?」
「おま…」
 純粋に何も知らない風情で、霧の幻術士が無邪気に堕王子ベルフェゴールに質問する。なんだかその様子があまりに哀れに思えてきて、なんでこんな説明しなくちゃいけねーの、そう思いながら結局、そのむかしまだ子供だった時分によく作ってもらったレシピをそのまま、王子はこの後輩に教えてやっていた。
 そういや王子がまだ本当に王子だったころ、そのお菓子は秋の一時期だけ食べることを許されるものだった。そうだなぁ、王侯貴族の俺様だって毎日食べるわけにはいかなかった代物だもんな、貧乏人のおめーなんか一生一度くらいしか口に出来ねぇだろーな。


 取った栗を洗って泥を落とし、浮いたものを選別してからお湯につけて皮を柔らかくする。少し冷めるまで置いてから一番外側の鬼皮を剥く。ナイフで切れ目を入れ、あとは指で剥くと傷がつかない。今日は二人揃っているので、スクアーロが栗の底のほうからナイフを入れてくるりを皮に切れ目を入れる。それをルッスーリアが綺麗に磨いた爪先が痛むのも構わず、ぱきぱきと鮮やかに鬼皮を剥いていく。
「ホントスクちゃんナイフ使うの上手だわーん」
「あったりめぇだぁ、仕事道具だろぉ」
「首切るつもりで皮剥くんじゃないわよぉ」
「年に一回だから勘が戻らねぇよ」
「そうなの?」
「そらそうだろぉー」
 口で喋りながら手が動くのは女性の脳味噌だというが、ルッスーリアはともかくとして、スクアーロが案外それを器用にこなすのは不思議なことだ。
 ざっと見てあきらかな虫食いは選別してあるが、皮を剥いてようやくわかるものも多い。なんといってもこれは最高の秋のごちそう、虫も猪も鹿も熊も人も食べたがる実りの果実だ。一本の栗の木があれば家族四人が一冬越せるだけのカロリーとビタミンを含むとなれば、争奪戦も熾烈を極めるというもの。外側が綺麗でも中身は黒かったり、腐っているものもある。それらを選別しながら、てきぱきと作業は進む。
「けっこうよけたつもりでいたけどよぉー、虫食ってるなぁー」
「そうねぇー、でも大きくていい形してるわ」
「そうだなぁー、去年のよりも丸いぜぇ」
「ウフフ、楽しみね」
「うまいけど作るのがめんどくせーんだよ」
「しょうがないわ、時間がおいしくするんだもの」
 栗の鬼皮は固いが、熱い湯につけて剥けばかなり楽につるりと剥ける。渋皮煮ならそのまま砂糖で煮含めるが、マロングラッセはさらに手をかけてもう一枚、渋皮まで綺麗に剥くのが肝要。だからこそ綺麗な形が必要で、この段階ではなるべく、火が通らないほうがよい。
 綺麗に剥いた栗を、今度はひとつひとつ、グラシン紙で包む。煮崩れを防ぐためだ。
 この段階で山のように鍋に入っていた栗のカサは三割以上減って、いかな豪腕を誇るルッスーリアといえど、いい加減イヤになってくるほどだ。
 立ってするには場所塞ぎで、テーブルに山盛りの栗を置き、座って作業を続けることにする。ラジオをつけて小さく音楽を流しながら、明るい秋の日差しの中でせっせと二人、していことが栗の皮むきだとは。
「剥くの上手ねぇ」
「あ? そうかよ」
「アンタそういうことはなんか上手いわよね。細かいこと苦手なくせに」
「これくらい大したことねぇだろぉー」
 そんなことを言いながら、よどみなく動くスクアーロの爪の間に、固い栗の皮が入ってしまう。ああ、またそんなことをして、ボスに怒られたりするのかしら。それとももう、怒ったりはしないのかしら。
 うふふ、唇に登る笑みの理由をスクアーロは気にしない。それよりも目の前の栗のほうが重要なのだ。なにしろこれはまだ序の口、これからが本番なのだから。

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