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迷彩教室・4

「ショウイチ、久しぶり」
「久しぶりってこの前も会ったじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。それに毎週チャットしてるだろ」
「今ここにいるのは生身のショウイチだろ。チャットは別」
「そうだけど」
「はい」
 友人はいきなりそう言って駅ビル1階の食品売場の袋を渡してきた。中にはサンドイッチが二つ。値引き販売の赤いシールが貼ってある。
「一個じゃたりないかと思って」
「嬉しいよ。食べてもいい?」
「どうぞ」
「食べる?」
「待ってる間に食べた」
「そう」
 話をするのももどかしく、袋をパリパリと開ける。駅ビルの食品店のサンドイッチなんて、高校生には高嶺の花だ。最近近所に再開発でビルが建って、マンション住民が増えたから、駅ビルの食品街は激戦なのだ。金銭的に不足気味な学生は常に出遅れる。
「何か急な用事があるのかい? チャットじゃ駄目だったのかい」
「そう。ショウイチに会わないとね」
「そうなのかい」
「顔、見ないと。忘れちゃいそう」
「ウェブカメラつけてるだろ?」
「そうだけど、それ見てる?」
 友人に詰め寄られて言い淀んでしまう。確かにチャットしてる時はプログラムを組んでいたり、お互いにそれを治したり確認したりしているから、画面は見てるけど相手の顔なんか見ていない。部屋が明るいわけでもないし。だから今、目の前にいる友人の顔をきちんと見るのは確かに久しぶりだ。
 鮮やかな碧玉の瞳がビー玉みたいだな…と、いつも思うことを今度も思ってしまう。染めているわけではないのに薄い茶色がかった髪の色も綺麗だ。うん、たぶん、友人は一般に言うところのそこそこ顔のいい男、なんだろうなということくらいは自分にもわかる。
 ほとんどみなりを構わないのでわからないけれど。多少あっさりしすぎているところはあるのではないか、と思うことはある。イタリア人なのに。それは自分の偏見か?
「見てない…かも」
「ウチが見たかった。あと」
 細い、すらっとした指が僕の胸の中心をトン、と突く。友人の癖だ。僕の体を指で触るのは。
「ちゃんと見てるかなって思って」
「見てるよ。別に問題ない」
「問題ないの?」
「た、たぶん。僕はそれほど知らないから、問題あるのがどういうことなのかわからない、し」
「そんなことない。知ってる、はずだろ」
「見聞きしてないことは知らないよ」
「見聞きしてるよ。忘れたの?」
 エメラルドの瞳が僕を見る。友人は人を見るときはまっすぐ目を見るのだ。犬か猫のような友人の瞳にはいつも、ほとんど感情が閃かない。それとも僕が、そこにそれを読み取れないだけだろうか?
「ホントはこんなとこでショウイチに会うのも駄目らしいけどね。ま、ウチは知らないから」
「えっ? そうなの?」
「何がトリガーになるかわからないって言われたじゃないか」
「…そうだけど、そもそも僕ら関係ないじゃないか」
「そうだね」
「キミが行くって言い出したんだろ?」
「ついてきたのはショウイチだ」
 ああああ、それを友人に言われると心底僕は弱い。別に友人は僕を責めているわけじゃない。純然たる事実をただ言ってるだけだ。僕は二年半前の自分の好奇心を心底呪った。
「そうだけど」
「まぁしょうがないとはウチも思ってるから」
「うう…それ慰めてんの?」
「慰めてる」
「そう」
 話ながらサンドイッチはたちまち自分の腹の中に消えた。最近あまり胃が痛くならなくなったので、これくらいなら問題なく食べられるようになった。背も伸びたし、体重も増えた。友人ともそれほど身長に差がなくなった。
「それは別にしてもウチ個人的にすごく興味はある。あっちでは手を作ってくれとか言われたこともあったし、結構あちこち触らせてもらったこともあるし」
「そうなんだ? 僕知らなかったよ」
「そう? ちゃんとアッチのショウイチにも報告したような記憶があるけど」
「覚えてないよ」
「ショウイチが研究に関係ないことすぐ忘れるから」
「おまえほどじゃないよ!」
「ショウイチほどじゃない」
 これ以上は不毛な会話になるな、と僕は思った。
「他に用事あるの?」
「あ、これ。渡しとけって」
「なに」
 友人がバックから皺になった封筒を出してくる。それを受け取って中身を確認すると、どっと肩から力が抜けた。
「こんなもの持ってくるなよ…」
「ウチに言われても困る」
 お互いにそれを持て余していることは知ってる。知ってるけどこれを僕に渡さないといけない友人の気持ちも判るし、それを友人に渡した人の気持ちもちょっとわかる。ちょっとだけだけど。
「じゃ、そんだけ。またチャットでね」
 駅の広場にある時計を見た友人がそう言って話を切り上げた。あわてて僕もそれを見たらかなり時間が過ぎている。塾の時間に遅れてしまう。
「あ、塾に遅れる。僕も行くよ、あ、サンドイッチありがと! いくらだった?」
「今度おごってくれたらいいよ。急ぎなよ」
「スパナは塾行ってないの」
「ウチはこれからだから平気」
 そういって友人は背を向けて駅へ。僕は駅前に停めていた自転車を引っ張り出して、駅の反対側にある塾に向かうべく、自由通路へ自転車を引っ張りあげた。

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