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ノエルは二度とやってこない

年末は本当にどこもかしこも忙しい。
それはマフィアの本部であるボンゴレでも逃れようのない事実であるし、そこが忙しければ当然、ボンゴレの汚物処理係と普段は侮蔑と恐怖の対象であるヴァリアーでもそれは例外ではない。
というか、ヴァリアーの仕事のほうが多いくらいだ。
新しい年、聖なる夜の前に、一年の禍根を絶とうとする輩がどれだけ多いのか、という話である。大掃除の予定はお早めに。

しかしヴァリアーではクリスマスの前にも一度、パーティが行われることになっている。ベルの誕生日がそれで、ナターレと近しい日の誕生日の祝宴を、彼がこの城で寝起きするようになってから、一度も同じ日にされたことがないのだ。
『顔もよく知らねぇどっかの髭のオヤジより、オマエの誕生日のほうが俺たちには重要だろぉ?』という銀鮫の言葉が皆の代弁のようなものだ。
ここに来て初めて、誰かと一緒でない自分だけのものを手に入れた王子の喜びを、きっと彼等は全員知っているのだろう。

近在でナターレまでの仕事が入っているルッスも、明日朝早いボスもスクアーロも、皆が時間をやりくりしてベルの誕生日のパーティはきちんと開かれた。口の悪いカエルの幻術士も、文句を言いながら色彩感覚が狂ったカエルのびっくり箱の下に、きちんとプレゼントを用意してくれていた。強欲のアルコバレーノですら、貸しだといいながらおプレゼントをよこしてくれたのだ。
酒宴はあらかた終わり、主賓は皆に見送られて部屋に戻る。両手に抱えきれないほどのプレゼントを抱えて、珍しく飲み過ぎて少し、足元がおぼつかないことを自覚して。

幹部の談話室からもかすかに声が聴こえる。残っているのはルッスとレヴィくらいか。ボスとスクアーロはすでに並んで出て行って久しい。

「さっむー」

廊下は石造りで窓が小さく、冬用の分厚いカーテンがかかっている。足音を消す絨毯も敷いてはあるが、さすがに夜も深くなると冷えてくる。
さすがにホワイトクリスマスというわけにはいかないだろうと思いながら、ベルは自分の部屋に戻った。

レヴィのプレゼントは前から欲しいと言っていたゲームソフトの初回限定版。ルッスはベルの王冠の輝きにあうゴールドのピアス。マーモンからは一枚の領収書、これは年開けて発売になる、ベルが好きな画家の画集の引換証。フランはシルバーのチャーム、スクアーロは新しくしたいと言っていた仕事用のブーツ。ボスからはベルが気に入っているラインのボーダーシャツを出しているブランドの新作を着替え含めて10枚分。
それからベルが入隊した年に山ほど買って保存してもらっているワインを1本。毎年、誕生日に1本づつ開けて味を楽しんでいる。

そんなものを部屋の床に並べて、寝るために服を着替える。
着替えながら触った自分の腹に、もうほとんどわからない三日月の傷を感じた。

それはむかしむかし、王子がまだひとりではなかったころ、自分で自分を取り戻すために、もう一人を殺そうとした跡だ。奇しくも相手と鏡に写したように反対の場所についたその跡も、今ではだいぶ傷が薄くなっていて、見ただけはほとんどわからない。触れば指の腹に微かに分かる程度、けれど今夜は酒のせいか、うっすら赤くなった腹の上、そこだけ色が薄くなっているのが、フロアランプの明かりの中でも判別出来た。

指でそれをなぞる。思っていたよりかたちもわからない。人が見たら違うのだろうか?

これをつけた相手は、実はまだ生きていると自分の「未来の」記憶が教えてくれたことを思い出す。おかしな話だ、未来のことを「思い出す」なんて。

「……つーか、ジル、今、生きてんのか…?」

存在も顔も名前も、思い出さなれば忘れていた双子の兄のことを、こんな夜に思い出すのはなんだかもったいないような気がする。いい気分なのに、いや、いい気分だからこそ? 
今、この瞬間に生きているかもしれない兄のことを思い出し、その兄よりも今の自分のほうがいい環境にいるのではないかと比較する。比較して優越感に浸りたいのか? 

「…そんなことしても意味ねーし」

そうだ、それに意味はない。この記憶がはたして「今」生き延びているジルにもあったとして、いままで何も近づいてくるようなことをしてこないならば、それはもう、関係ないことなのだろう。ジルの人生と自分の人生はもう交わらない。
それでいい。

「王子は王子だかんな。胸張れよ、ベル」

鏡の中の自分に言う。昔を見るのが嫌で、部屋に鏡を置くことなどしなかった。これがそれほど嫌ではなくなったのはいつだったろう? 自分の姿を鏡に写しても、他の誰かのことなど微塵も考えなくなったのは。

「BounNatale」

たぶん今が満足できているからだ。自分の仕事、自分の位置、自分の生活、自分の毎日が楽しいからだ。
それは悪くない生活だ。御飯は美味しいし建物はお城、暴君と剣士とネクロファリアと糞ガキと存在感の薄い生真面目な男と、強欲の赤ん坊と部下とで暮らしているのは悪くない生活だろう。

それでも時々、本当に時々、念に一度くらいは、かつて自分の傍らにいた兄弟のことを思う。同じ顔、同じ声で、両親の、使用人の、愛と関心を奪い合ったライバルのことを考える。
自分で殺した半身のことを、本当はまだ生きていて、どこかでひっそり暮らしているだろう兄のことを考える。

「…やっぱもう二度と会いたくねーな」

そうだ、それは思い出すだけでいいのだ。会って顔を見て話す必要などない。微塵もない。それは思い出だから、もう手が触れられない過去だから。
過去は変わらない、どうしても変化することはないのだ。

着替え終わってもう一度、床に並べたプレゼントの包みを見る。明日の朝、さっそくそれを使うことを考える。ベッdの中に潜り込んで目を閉じるころには、十年後の記憶の中
の兄の面影など、とうに消えてなくなっていた。


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前に書いていたベル誕生日の小話。ネタとほとんど同じですなー。

冬コミの本まだやってます。十年後の記憶注入後、継承式からアルコバレーノの戦いの始まる前までの間の話の予定…ですが予想の半分にもたどり着きません…!!

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