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七夕の夜に

うちのところは旧暦でやるからセフセフ!ということで。一ヶ月もいじくり過ぎました。

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 気がつくと知らない場所にいた。
 ここはどこだろう、とスクアーロはあたりを見回した。人の姿がまったく見えない。
 さっきまでザンザスと喧嘩をしていたのだった。きっかけはなんだったのか覚えていない。ただひどく腹をたてて怒っていて、手当たり次第ものを掴んで投げつけたことは覚えている。たぶん後頭部に何かぶつかった。思い出すと痛い。あのクソボス、なにしやがるんだ。
 思い出すとなんだか腹が立ってきた。腹が立ってきたのでスクアーロは更にずんずん歩き出した。スクアーロは歩くのが早いのだ。

「ちょっとそこのアンタ!」

 いきなり声をかけられた。女だ。見たことがない女。もっともスクアーロは大抵の人の顔を覚えていないので、大抵の女は知らない女だ。

「ダーリンをどうしてくれんの?」
「はぁ?」
「ダーリンよ!私の!アンタの投げたもののせいで、私のダーリンが倒れちゃったのよ」
「なんだそら知らねぇよ」

 女は見たこともない服を来ていた。顔立ちはアジア系っぽい。気が強くてはきはきしゃべる。俺が投げた? ザンザスと喧嘩したときのアレか。

「知らなくても困ってるの。ちょっとこっち来てよ」


 女はいきなりスクアーロの手を引っ張って歩き出した。すごい力だ。おもわず振り払うのを忘れて、スクアーロは女に促されるまま歩いてゆく。
 それにしてもここはどこだろう。晴れているように見えないが明るい。足元には白い花が咲いていて、どこかで川が流れているのか、さらさらと水の音が聞こえている。

「私のダーリンは牛飼いなの。元気になるまでアンタ、替りして」
「俺が?」
「そうよ。牛が逃げたら大変なの。逃げないように見張ってて」

 女がそう言って指さした先には、確かに牛がいた。

「牛の世話なんかしたことねぇぞぉ」
「そんなに面倒じゃないわよ。向こうの川に落ちないようにすればいいから。あと群れからはぐれると困るのでそれ見てればいいわ」
「そんなんでいいのかぁ?」
「それ以上のことなんか頼んでも無理でしょ。じゃ、頼んだわね」
「おい!」

 女はそれだけ言うと、さっさと歩いて行ってしまう。足早ぇなぁ。




 牛の世話してるだけなのは確かにそれほど面倒ではない。牛はおとなしいし、基本的に草を食ってるだけだ。時々迷ってフラフラしてるのもいるが、棒で地面を叩けばめんどくさそうに方向転換する。案外しっぽが当たると痛ぇ。

「いつまでやってりゃいいんだぁ?」

 しかしそれしかすることがなく、スクアーロはすぐに仕事に飽きてしまた。本当はいろいろすることもあるんだろうが、素人同然な自分にできることなどたかが知れている。
 ヒマだ。
 ヒマなので、スクアーロはぼーっとしながら、ザンザスのことを考えていた。基本的にスクアーロがぼんやりしていることは滅多になく、しかも一人でぼんやりしていることは滅多にない。
 何もすることがなくて手持ちぶたさな時は大抵ザンザスといっしょにいる。ザンザスといっしょにいる時はヒマを感じることはあまりない。ザンザスを眺めているだけでスクアーロは楽しいのだ。
 まったくチョロいというかどうかしてるとは思うが、改善するつもりはまったくないので問題ない。
 なのでスクアーロはザンザスのことを考えた。
 だいたいなんで喧嘩を始めたのだろう。思い出そうとしても思い出せない。
 たぶんどうでもいい原因なのだ。普通によくある喧嘩だ。
 なのにそんなことでザンザスを置いてきてしまって、早くもスクアーロは後悔している。
 会いたい。
 だいたいなんで自分はこんなところにいるんだ。そもそもなんで女に言われるままにこんなことをしているのか。というかここはどこだ。
 スクアーロは急にザンザスに会いたくなり、牛を放り出してザンザスに会おうと思った。たぶん歩いてきた道を逆に歩けばいいのではなかろうか、と思ったスクアーロは牛を置いて、来た道を歩き始める。

 しかし来た道を歩いてきたと思ったのに、気がつくと出発地点に戻っていた。牛がいる。のんびり草を食べている。おかしい。
 もう一度スクアーロは来た道を歩く。しかし途中でまた同じところに出てしまう。なんでだ。おかしい。

「戻れねぇのかぁ?」
「そうだ」

 誰も居ないはずなのにどこからともなく声がした。思わず回りを見回すが誰もいない。

「誰かいるのかぁ?」
「時間が来るまで戻れぬ」
「なんだとぉ!」

 姿は見えないが声はする。スクアーロはとにかくザンザスのところに戻りたい。空に向かって怒鳴ると、すかさず返事があった。

「おまえたちは織姫と牽牛の代わりに仕事をせねばならぬ。その日が来るまで戻れぬ」
「その日っていつだぁ!」
「次の七夕までだ」
「七夕だとぉ!?」
「来年の旧暦七月七日までだな」
「はぁ? あと一年もこんなことしてなくちゃなんねのかぁ!?」

 冗談じゃない、そんなに我慢できるものか。一年もザンザスに会えないなんてとんでもない!

「そりゃ無理だ! やめやめ! 俺帰るぜぇ!」
「おい」

 とにかくどうにかして帰らなくては。どうするかとスクアーロは考えて、そこでふと手元の指輪が目に入った。雨のヴァリアーリングがある。外していなかったのか、そう思って手を掲げる。ぼうっと炎が湧き立つ。

「お?」

 青白い炎に照らされて、スクアーロの目の前にうっすら、青い道が見える。これをたどっ
ていけばいい、直感がそう告げるままに歩き出せば、ほどなくして先に赤い炎が見える。

「ボスじゃねぇかぁ!」

 ザンザスの光を間違えるはずがない。スクアーロはその赤い炎に向かって駆けてゆく。向こうもそれに気がついたらしい。ぶわっと炎が揺らめく。

「カスザメか」
「ボスかぁ!」

 思わず駆け寄って抱きついてしまう。めずらしくザンザスが抱き返してくれて、それだけでスクアーロはすっかり機嫌がよくなってしまった。さっきまで大喧嘩をしていたことなどとっくに忘れている。

「早く帰ろうぜぇ!」
「そうだな」

 体を離してそう言い合った途端、ごおっと川の水が流れる音がした。急にあたりが白い水で覆い尽くされる。たちまちのうちにそれは二人包んで押し流していってしまった。




「…という夢を見たんだぁ」
「奇遇だなドカス、俺もだ」

 ベッドの上で気がついたら朝だった。
 あたりはものが散乱していて足の踏み場もない。ベッドの上だけが無事なので、そこまで逃げてきて寝転がったらしい。残念ながら服は着ていた。シャツは半分ボタンが取れ、ズボンは少し染みがついていた。ブーツは手が届かないほど遠くに投げ捨ててある。

「いやー、よかったぜぇ! 一年もボスさんに会えなくなったら大変だったぜぇ」
「そこかよ」
「重要だろぉ」
「まぁな」

 ザンザスの返答にスクアーロの顔が真っ赤になる。いまさらそんな言葉でいちいち赤くなるスクアーロが面白くて、ザンザスはその体を引き寄せたてキスをした。

「そういや昨日は七夕だったな」
「タナバタぁ? 夢で会った女がそんなこと言ってたぜぇ」
「一年で一度、恋人に会える日らしい」
「だからあんなこと言ってたんだなぁ」
「あんなこと?」
「牛の面倒一年見てろってさ」
「俺は機織り一年分だったぞ」
「ボスさんが機織り!? マジかよ!」
「結構面白かったぜ」
「なんだよぉ、それぇ」
「体は痛いが何かができるのは面白ぇな」
「へぇ」

 引き寄せた体勢のまま、ザンザスはスクアーロをベッドに押し倒した。おとなしく横になるスクアーロがあどけなく見上げてくるのがなんだかやけに新鮮だ、とザンザスは思った。気のせいだ。

「じゃあ機織りしてるかぁ?」
「バカ言え」

 ザンザスはもう一度その薄い唇にキスをする。

「織姫と彦星ってのは、あんまりイチャイチャしてるからってんで天の帝に怒られて、川の両側に引き裂かれたって話だ」
「そんなん当たり前だろぉがぁ、天帝ってのはヤボなのかぁ?」
「そうかもな」

 今度は待ちきれなくなったスクアーロが背中を浮かせてきた。ザンザスはそこに手を差し入れる。
 物を投げるのも機を織るのも悪くないが、この手はやはりスクアーロを抱きしめるのに使ったほうが有意義だな、とザンザスは思った。

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