右手を胸に 手を差し出す。こんなことをしたことはない。いつもは逆で、ザンザスが差し出した手を取るのはスクアーロの役目のようなものだった。ひざまずいてその手を取り、両手で恭しく掲げて、中指に口付けるまでの一連の動作、それを何度、この男の前でやったのか、スクアーロは覚えていない。そのときの胸の高鳴りと耳の奥の静かな気配は、ひどくよく覚えているのに。差し出した手を取る。こんなことをしたことがない。この男が自分から手を出すのはベッドの中にいるときだけで、感極まってなにもかもわからなくなってしまってからようやく、背中や肩に手を回して、髪を撫でるようになる。それまで絶対に手を出さない。手を回すときも至極慎重に、左手を直接、肌に触れないように慎重に、右手の上に重ねるか、服の上からしか手を出さない。普段からじかに手を取ったことがない。本当に昼日中、光の中でスクアーロの右手を見るのは本当に、年単位で久しぶりなのではないかと考える。ザンザスは手にした指輪を右の手の、中指にそっと嵌めこんだ。紋章の入った大きな指輪の、石ではないが珍しい澄んだ青が光る。しかしやはり石だとしか言いようのないそれが――光を浴びてきらりと光る。「これがそうなのかぁ?」「そうだ」何も言わずとも思い出す、数年前の苦い夜の記憶。ザンザスの指から落ちた証の指輪のその重さが、一瞬二人の間をよぎる。スクアーロがその記憶に、ふっと目を細めて――その拍子に、額を隠す銀の髪が、光に透けて、かすかに光った。ボッ。思わず、といったふうに、蒼い炎が指輪から上がるのを、二人してただ美しいものだと思いながら眺めていた。神の御前で婚姻を誓う、その姿勢と同じままで。 [1回]PR