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残念な神が支配する・1

目が覚めたら目の前に自分の顔があった。


「…は?」

目を閉じた睫毛の長さには見覚えがないが、普段見ている顔とはかなり違う。そもそも色が全然違う。肌の色がそもそも違う。髪の色も全然違う。
これはいったいどこの誰だ、とザンザスは考えた。普通に。確かに普通に考えることだ、だってここは自分の記憶が確かならば、夕べ気持よく眠った自分のベッドだったからだ。
誰だこれは、と思ってまじまじ、その顔を見ていたらいきなり、それが目を、開いた。

赤い目だった。

「うぅ゛ぁあー??」

どこかで聞いたことがある声だったが、やけに音が高く感じる。明瞭な発音なのに音が大きい。

「ぁあ゛ー?? あ゛ぁ?」

声はともかく言い方は聞きなれた声だった。おかしい、カスザメの顔にそんな色はなかったはずだ。それにしても見覚えのある、顔だ…と、ザンザスはぼんやりした頭で考え、自分の顔の前に手を伸ばした。とりあえず、うるさい。

「あ゛…?」

驚くほど喉が痛かった。しかも、伸ばした手がやけに重かった。そしてバランスがおかしい。

「う゛おっ! なんで手があるんだぁ?? あぁあ? なんだぁこれ…?? あ゛っ!? うぉっ゛!? おぉお゛っ!?」

目の前の男の声がとにかくうるさい。カスザメの言い方に似ているような気がする、そう思ってザンザスは条件反射で手を伸ばしてその頭をつかもうとした。

出来なかった。

左手が重く、いつもつもりで手を伸ばしたら完全に目測を誤った。すかっと豪快に手は宙を切って、目の前の男の体にぶつかった。

「ぁあ? 何しやが……?? あ、れ…? なんで俺がいるんだぁ…??」

などと目の前の男が言った。

何言ってやがる、そう答えようとしたザンザスは、顔をあげた途端、耳元で聞き慣れない音がしたのにぎょっとした。
思わずがばっと上体を起こせば、ざらっと肌の上を、何かが流れて落ちる感触。
ぞわっと背筋に悪寒が走る。なんだこれは、気持ち悪い。

「あー? 俺? 俺じゃねぇ? ボス? ボスなのかぁ?」

目の前の男がそう言いながら起き上がった。
そうしてようやく、見覚えのある傷跡が視界に入った。毎日鏡の中で見ている腕の、零地点突破をくらった時の火傷の跡。

「……………………」

「ボスかぁ? 俺がボスなのかぁ?」

もしかしてこれは自分の顔なのか。

ザンザスは言葉を失ってアホみたいな顔をして目の前の男の顔を見た。自分の寝ている顔を見たことなどなかったから、まったく気が付かなかったが、確かにこれは鏡で見ている自分の顔に似ている。だが本当にこれが自分の顔だとはなかなか信じられない。
というかそもそもなんで自分の目の前に自分がいるのかわからない。

「ボス?」
「……カスか」
「うっわ、ひでぇ声だなぁ……まぁしょうがねぇかぁ……ボス、大丈夫かぁ?」
「………………」

じわじわ、現在の状況が理解できてきたザンザスの中に、じわじわ、衝撃の波紋が広がってゆく。

「なぁ、大丈夫か? 俺、わかるか?」
「喉が痛ぇ」
「あんたのせいだろぉ」
「…………」

夕べのいろいろなあれこれを思い出して、ザンザスは眉間に皺を寄せるしかなかった。ということはアレでコレでソレだということか。その割にこの体は少し体が重い程度で、大したダメージがないらしい。

「そんな顔すんなよぉ。……何年あんたとつきあってると思ってんだぁ。…まぁ少しは痛ぇけど、そんなに残るようなことはねぇよ」

なんでわかった、と思いながらザンザスは体を起こした。少し関節のあちこちがきしんで動きにくい。だが全体的に非常に動きやすい、というか手も足も、感じている体の大きさよりはほんのすこし、数センチ程度は先に行くような感触がある。
なるほど、稼働域の広い柔軟な体というのはこういうものか。


洗面所の鏡の中には、確かに見慣れた自分の顔と、確かに毎日見ている顔が並んでいた。

「おい」
「なんだぁ?」

口と答えがいつもと逆なのを覗けば。



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