残念な神が支配する・2 「どうやら中身が入れ替わったみてぇだな」「……そうなる? のか??」自分の顔が目の前で頭の悪いことをしゃべるのがこれほど腹が立つとは思わなかった。思わず手が出そうになったが、自分を殴るのはなんだか嫌だったのでやめる。「…殴らねぇのか?」自分の顔でそんなことを言われるのは本当に腹が立つ。…というより情けない。「自分殴るのなんか気持ち悪ぃだろ」「……俺が俺を慰めるのもなんか変な感じだなぁ」「言ってろ」「……あのさぁ」「なんだ」「……やっぱいい」「なんだ?」「なんでもない」何か言いかけて止める、そんなことを何度も繰り替えしていると、そういえば今気がついた。しかしそれはともかく、こんな格好でいつまでもいるわけにはいかないだろう。「まずは服を着ろ。話はそれからだ」「そ、そうだなぁ」「…どこだ?」「あんたがそこらへんに放り投げたんだろ…ん?これかぁ?」「よこせ」「あー、……っと、こっちじゃねぇな。これか」「んー?」普段引っ剥がしている服を着るというのは不思議な気持ちだ。肌触りがそもそも全然違うのが、なんだか不思議でしかたない。カスザメは服を受け取ると、こちらを伺うように見上げてきた。「先にシャワー使えよぉ…」「ん? そうだな」服を手にして浴室に入る。軽く汗を流して体を洗う。洗いながら鏡を見れば、そこにはいつも眺めているスクアーロの体があるのに毎回ぎょっとする。髪は濡れると乾かすのが面倒なので濡らさないようにしたいが、これが結構難しい。どうやってカスザメはそれをやっているのかを思い出したが思い出せない。案外、見ているようで見ていないものだということに気がつく。鏡の中のスクアーロはいつも見ている顔のはずだが、やはりどこかイメージが違う。3次元で見ているものを2次元で見ているせいなのか、それとも中身が違うせいなのか。こうして見ていても、確かにかなり、顔形が綺麗だな、と思う。肌も白くて肌理が細かく、傷以外に目立ったシミがないのが凄い。普段目に見えるところには傷がないが、けれど、服で隠れるところには相当あちこちに傷があることを改めて確認する。二の腕や肩に切り傷、腹から胸にざっくり、鮫にかじられた跡が残っている。太股にも、足にもいくつか、これは大した傷ではない。薄い傷、まだ新しい傷。新しい傷はそれほど大きなものではないが、やはり腹を横切る鮫の噛み傷は目立つ。そうだ、血がめぐって発情すると、そこがうっすら赤くなって浮き上がってくるのだ。それ以外にはやはり夕べの、夜の名残の痕跡。こんなところにつけたのか、自分でもほとんど記憶がないところに噛んだ跡、吸った跡が散っているのを確認する。幸い、体のほうはそれほど痛みを感じない。気になってあちこち探ってみたが、思った以上に痛くも痒くもなく、カスザメの頑丈ぶりを改めて実感した次第だった。スクアーロの下着は確かに一回り小さいらしい。腕や足の動きが、普段より少し軽くて、どうにもこうにもバランスが取りにくいことこの上なかった。入れ替わりにカスザメにシャワーを浴びさせる。自分の体をカスザメに扱わせるのはいささか不安が先にたつが、粗雑には扱わないだろうと考える。考えても仕方ないことでもあるし、まずは服を着て、この体に慣れなくてはならない。左側が少し重い体を、どうやってコントロールしているのか、そう考えるとつくづく、化物だな、と思った。------------------------------------------------------------------「結論から言うと原因はわからないね」赤ん坊の言葉に隣でカスザメがうげっと悲鳴を上げる。もちろん俺の顔でだ。その様子を他の幹部たちがどう対処していいのかわからない顔をして眺めている。そりゃそうだろうと思いながら、妙に自分が冷静なのにも驚いた。「原因がわからないってなんだぉそらぁ!普通はなんかあんだろぉ!」「何言ってるんだい、スクアーロ。わからないからわからないって言ってるんだよ。際前て合理的な発言じゃないか。いいかい」赤ん坊はくっと頭を上げた。説明を始めるときのマーモンの癖だ。「ボスとスクアーロの中身が入れ替わったのは、ほぼ間違いがない。最初は幻覚かと思ったけど体はどっちも本物だったからね。催眠や刷り込みでそう思わされているかもしれない可能性は否定出来ないけれど、君たちにそんなことをする理由がわからない。する必要がどこにあるのかわからないし、いつそういうことになったのかがわからない。時限つきで作動するならともかく、そうでないならボスの部屋にスクアーロに気配を察知されず、入ることが出来る人間がいるとも思えない。君たち、夕べはセックスしてたんだろ?」「まっ…!?」「ああ」「だったら一層わからないね。その時に何かあったのかとしか思えないけど、原因に心当たりがあるのかい?」「あっ、あるわけねぇだろぉ!」「記憶にないな」「当事者がそんなこと言ってるなら本当にわからないよ。まぁよくある話では頭ぶつけると入れ替わるとかあるけどそういうわけでもなさそうだし。二三日様子を見て、それでもダメだったら考えたほうがいいんじゃないのかい」「おまえなぁ…!」「それしかないのか」「媒介になる何かがあるかもしれないけど、今はまだ思い出せないのかもしれないしね。ボクも調べてみるけど、とりあえずは様子を見るしかないようだね。催眠か暗示だったらキーになる行為や言葉で覚めることもあるかもしれない」「それを思い出せばいいのかぁ?」「……面倒だな」「様子を見るのは構わないわ、でも、今、スクちゃんは仕事入ってないけど、ボスはどうなさるのかしら」話を聞いていたルッスーリアが口を挟む。「大きなのは入ってない。この体でもなんとかなる」「それなら大丈夫ね」「う゛ぉいルッス、俺はいいのかぁ!?」「ダメに決まってるじゃん…つーかボスの顔と声でスクのしゃべりって違和感ありまくり」「ぐぬぬぬぬ…」笑ってはいけないと思いながらも、口元が童謡の子猫のように上がってしまう王子が、楽しそうに話に茶々を入れる。「少なくとも」赤ん坊が話をまとめようとしてきた。「一日はこのままで様子を見るしかないね。ボスは仕事で内勤だからいいけど、スクアーロはボスの外見で外に出るのはダメだから一日部屋にいてくれないか」「俺だってやることあんだぞぉ!?」「二階から下に降りるの禁止よ。ボスが普段のスクアーロみたいに大口あけて叫んでるの見られたら困るわ。アンタだってそんなボス、部下に見られるの嫌でしょ?」「う゛、う゛ーっ………」「俺は問題ない」ヴァリアーのトップと副官が、二人並んでソファに座っているのはいつもの通りだが、その態度が全然違う。スクアーロ(の外見)は腕を組んで背を深くソファに預け、足を組んでゆったりとくつろいでいるのに対し、ザンザス(の外見)は浅く腰を下ろし、背をまっすぐ伸ばして、姿勢よく座っている。じゃっかん開き気味の足を投げ出しているのもふくめてひどく新鮮で、王子もレヴィもルッスも、中身がスクアーロだということを忘れて見てしまった。鷹揚に返事をするスクアーロは、外見は確かにスクアーロであるけれども、どこか威厳を備えていて、氷のような美貌が一層冴えて美しく、優雅で冷酷な王のイメージが増しているように見える。「中身大事だねー。実感した」王子はしみじみそう思った。「確かにねぇ…スクちゃんがなんか、凄い美人で怖いくらいだわ」オカマですらしみじみ、感嘆してうっとり、ため息をつく。「…ここで話をしていても仕方ないね。とりあえず御飯食べてからまた考えたらどうだい?」「さんせー」「そうね、お腹すいていたらろくなこと考えないわ」「ボス…」「そうだな。腹が減った」「ボスさんそれでいいのかよ……」「腹が減った。食べてから考える」「じゃ、御飯にしましょ!」原因も結果も解決方法もまったくわからないまま、とりあえず皆で朝食を食べる、というところに話が落ち着いた。つまりは皆、内心ではかなり、動揺していたのかもしれない。-------------------------------------------------------------何故か思いついた小話…のつもりが小話ではなくなる予感がひしひしと [3回]PR