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海へ出るつもりじゃなかった

防波堤を歩くのは始めてのことで、思ったよりも風が冷たいことにザンザスは初めて気がついた。
こんなことをしたことがなかった。
手を引いているスクアーロは黙り込んだままだ。ブルーグレーのパーカーの袖口から、包帯を巻いた左手が見えて、それがザンザスを少しイラつかせる。
義手は置いてきた。それがないと困ると嫌がるスクアーロを強引に黙らせて、袖口から見える手がない腕のスクアーロの、右手を掴んで飛び出してきた。もうずっと、ザンザスはスクアーロの右手を掴んだままなので、スクアーロは自分の手で何もすることが出来ない。
困った顔を見るのが嫌で、困った顔を見せるのがいやで、スクアーロはうつむいたままで顔を上げることをしないのに救われて、ザンザスはスクアーロの手を引いて、防波堤のコンクリートの上を歩いた。
潮風は思ったより冷たい。海は、ヴァリアーのアジトのある山よりもずっと涼しい。半袖のシャツでは肌寒いくらいで、パーカーを羽織ってきたスクアーロの態度は正しいとザンザスは思った。
海水浴場でもない砂浜には人の姿がない。遠い岩場の影に、さっきまで地元の子供がいたが、少し寒くなったせいか、家に戻ってしまったらしく、声も聞こえない。

「どこまで行くつもりだぁ…?」
「さぁな」
「手、離せよぉ…」
「駄目だ」

さっきからこれの繰り返しだった。

「まだ歩くのかぁ」
「嫌か」
「…嫌、じゃねぇ、けどよぉ……」

スクアーロは時々、何もないところで転びそうになる。そのたびに肩を抱いて倒れそうになるのを支えれば、パーカーの下で、掴んだ腕が硬くて細くて思ったよりもしっかりしていて、けれど思っていたよりずっと細いことにどきりとする。
時々掴んだ場所が痛むのか、小さい声が上がったり、肌がこわばることがある。

夕べも酷いことをして、だからスクアーロの長袖のパーカーの下は、青緑の鬱血の跡や、赤紫の打撲の跡が残っているし、酷く強引に捻じ込んだせいで、足元が少しおぼつかない。
それでもスクアーロは痛いといわず、ザンザスが右手を引くのにまかせている。

「昔さ」

スクアーロが間をもたせるために話出す。

「手を切ったばっかりのことは泳げなくて、海に来るの嫌だったなぁ」

そうだったのか、と初めてザンザスは思う。スクアーロは泳ぎが得意だったように記憶していて、それはどういうことだと思う。思うが足は止まらない。ずんずん歩き続ける。そろそろ終わりが見えてくる。そこまで歩いたらどうしようかと考える。

「だんだん、…泳ぐのうまくなってきてよぉ、……まぁ、訓練するのにはいいんだけどよぉ、海で泳ぐのって……なんか……あんまり好きじゃなくってよぉ」

言葉の足らないスクアーロの言葉から、それは「昔話」なのだと気がつく。
スクアーロは滅多に昔話をしない。とくにこんな、センチメンタルなふうには語ることはしない。そういうことをする趣味はない。なかったはずだ。……はずだ。

「今は泳げるのか」

思わず声をかけたザンザスに、スクアーロが驚いたのがわかった。転ばないように注意して歩いていた感心が一瞬、それる。
スクアーロの足取りが乱れる。左手をなくし、右手をザンザスに握られている今のスクアーロは、どうにもぼんやりしていて、注意力が散漫に過ぎる。

「今? さぁなぁ……。泳ぐために海に来たことなんて、もうホントにねぇしなぁ……」

そんなことを言いながら、何かを諦めたように笑ってみせるスクアーロの表情が、ひどく大人に見えて、ザンザスは胸をつかれた。

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