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勝っても負けても

いつもこっちばかり泣いている。
理不尽だ。はてしなく。
そもそも理不尽でないことがあったか? ない。あの男に関してそんなことはない。理不尽でないことをしたこともされたこともない。覚えがない。
「だからおまえは頭が悪いってんだ」
それは俺のせいか? 違うだろう。俺の頭の出来がどうだろうが、それはアンタに何か関係あるのか? そして俺の馬鹿で、困ったことがあるのか? 俺が。
「てめぇはそれでどうにかしているんだから関係ねぇだろう」
そうだとも。俺は俺で自由にやってる。俺の生きている事実に俺の頭の出来は関係あるのか? 少なくともそれほど、今までには関係なかった。俺は自分の出来ることをしていたし、出来ることをやりたかったし、出来ないことをしたいとは――、…一回だけ、あったな。
「なんだ?」

「アンタの子供を産んでみてぇなぁ、って思ったことはあったなぁ。……14の冬に」

こうやって、アンタを心底困った顔にさせることくらい、一晩中鳴かされた喉の痛みと交換しても悪くないと思わないか?

「割にあわねぇ」

……かもな。

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彼はまだ18だから

俺はおかしいのではないか。

ザンザスは最近とみにそう思うことがあった。なんというか、とにかく色々おかしい。なんでおかしいのかわからない。というか目が悪くなったとか耳がおかしくなったとか、そういう類のことではないのかと思うのだが、なにしろ御曹司生活が長かったので、自分の弱みをそう簡単に人に教えるとこがとにかく出来なかった。ながいことそんなことがわかれば、速攻地位を失うかもしれないという生活をしてたので、そうでなくなってもまだ、なかなかその習慣が消えず、なくならず、今はそんなことをしなくてもいいと思うのに、しかしやっぱりそんなことはそう簡単にできそうない。戸籍上ではザンザスは26歳ということになっているが、彼の精神的な時間はまだ18歳で、それはもうまだ青くて若くて恥ずかしい青春まっさかりもいいところなのだった。
しかもザンザスはその青春時代を今では不毛な跡目争いに費やしてしまったので、普通の人が経験してしかるべきことを、まぁなんというか見事にスルーしたままだったのだ。
そのことに本人も周りもまったく気がつかず、だから結局彼の不調の原因はさっぱり、わからないままで。

やっぱり俺はおかしい、とザンザスは思った。もう何度目になるかさっぱりわからない。
しかしやっぱり何度もそう思う。やっぱりおかしい。ほんとうに。

定例の会議がボンゴレの本部であって、今回は日本から、学校の休みを利用して綱吉とその守護者たちがやってきていた。ひらたく言えば研修だ。
ザンザスはその研修に手を貸すように、と命令されて――子供のお守りをなんでしなくちゃいけねぇんだ、とぶつぶついいながら結局、なぜかボンゴレの歴史なんぞを、そこらへんをまったく知らない綱吉に教えることになったのだ。(山本と笹川は前にきた時に講義を受けていたので、今日は別行動でともに同じ属性の守護者と訓練を、獄寺はすでに知っていたので、ラテン語の講義を受けていた。雲雀と骸は欠席だ)
怒りというよりムカつきMAXで綱吉にボンゴレの歴史、というかイタリアの近代史を講義し終わって、二人とも全然別の意味でぐったり、間違いなく体重は今日一日で2キロは減ったに違いない。

「今日はこれくらいにいてやる」
「う…あ、ありがとう……」
「三日後に残りをやるから復習しておけ」
「ええ…ああ、だめだ今なんか大声だしたら頭から全部こぼれる…」
「テストするから間違えたらかっ消す」
「ええええ」

分厚いハードカバーの本を手にしてザンザスと一緒に綱吉も部屋を出て、ボンゴレ本部の長い回廊を歩いていると。

「う゛ぉおおい!ボス終わったのかぁ゛!」

庭から大きな声と一緒に、銀鱗の鮫がひらりと飛び込んできた。

「待ってたんだぜぇ、早く帰ろう、ボス!」
「ひぃいいいいい!」

綱吉はいまだにスクアーロの第一声が怖いので、つい大声を上げて後ずさり。
思わずザンザスの後ろに隠れるようになると、ザンザスは仁王立ちをしたまま、目の前に立っているスクアーロを、まさに射殺すような目つきで見つめていた。
「…ひっ!」
はっきりいってこっちのほうが、怖い。
「……? どうしたんだぁ?」
スクアーロが首をこてんと傾けて、どうしたんだ、という顔をしながら近づいてくる。後ろから見ている綱吉は、ザンザスの握り締めた拳が、ぶるぶる震えてくるのがよくわかった。
――あ。

「どうかしたのか、顔色が」
「うっせぇ!」

ドガッと見事な打撃音、拳はきちんとスクアーロの後頭部に入った。
床に落ちた副官を見もせず、ザンザスはがすがす歩いてゆく。綱吉はえーと、どうすればいいんだろうこの場合、とすでに何度も何度も何度もあったことだというのに、やっぱり迷っておろおろして、そしてスクアーロに声をかけてしまう。

「だ、大丈夫?」
「痛ぇぞおおおおボスさんよぉお!」

そして毎度ながら華麗にスルーされる、の、だが。

やっぱり俺はどこかおかしいんじゃないかとザンザスは思う、毎度ながら確信する、これはおかしい本当におかしい、やっぱり目が悪くなったに違いない、検査するべきじゃないのか、さすがにこれは。
なんだってさっき、庭から突然目の前に、飛び出してきたあの銀の色の、毎日毎晩見慣れているはずの、あの銀の髪の大きな声の、長い手足の小さい頭の、あの男がこんなにも。
まるで後光が指しているかのよう、見た瞬間まぶしさに目を射られて、それこそもう、朝の光の最初の光のように、キラキラキラキラキラ、まわりに何かが散ってるように見えたのだ。
しかもなんだ、なんでこんなに、なんであんなにあのカスが、ドカスが、可愛くて可愛くて可愛くて、心臓が止まるんじゃないかと思うほどに、可愛くてしかたないなんて思うんだろう。
声だって別にいつもと同じなのに、なんであんなに甘く聞こえるのか、顔だっていつも見てるのに、なんであんなに目が潤んで、頬が赤いのが、それこそ奮いつきたくなるように可愛くて、綺麗で、魅力的でたまらないなんて思うのか。
ああまったくどうかしている、あのカスが、何か何でも自分にむかって何かいうたび話すたび、息が止まりそうになるのは一体全体まったく本当に、どういうことなのか自分に問い詰めたい。本気で。
ああもうなんて顔してやがるんだこのドカス、畜生可愛いじゃねぇかまったくホントにどうしてくれようこんちくしょう!
おまえのおかげで震えが止まらないじゃねえか、息だって出来やしねぇ、どうしてくれるんだこのバカ、アホ、死ね!

「なにも殴るこたぁねぇだろぉおこのクソボス!ちったぁ待ちやがれぇえええ」

大声でいつものように怒鳴りながら、しかし結局小走りで、ものすごい早足でざくざく歩いていってしまうザンザスを追いかえる、そのまっすぐな姿勢のいい背中を見ながら。

好きな子をいじめるしか感情の発露の仕方を知らない子供のようなザンザスの、その溢れんばかりの感情をそれとなく読み取ってしまった十代目は。
はたしてこれは笑うべきなのかどうか、たっぷり十五分は悩んだという。

そういえば彼、もしかしなくても本当は18歳なのかな。
それに綱吉がようやく気がついたのは、今日の講義の復習をしていたときのことだった。


現役高校生をたくさん見たらこんな電波を受信した…(笑)。
若い子の足はいいね!可愛いなぁww


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とはずかたり

「スクアーロ」
「ん…?」
ああ、まただ。

そう思ってザンザスは身を起こす。ベッドの上に。
二人で寝るのももう慣れた。もとより一人で寝るのは広いベッドだ。成人した男が二人で寝ても、狭いと思うこともない。それでも同じところに寝ているのか、シーツの下のスプリングはちょうどいい感じに沈む場所がある。そこでこの男を抱いて眠る。寒い時期は特にそうする。床暖房より人の体温のほうがいい。体にも、心にも。
それはおまえだって知っているはずだ、ザンザスはそう思うのに。

「どうした」
「あ、…悪ぃ、起こしたか?」
「っ、」
そんなことを聞いてるんじゃない、どうしたのか聞いてるんだ。
「まだ早いから寝てろよぉ」
「…夜中にうなされて起きてるヤツが隣にいて寝られるか」
ため息。困っている、という意味ではなく。
「悪い、……」
体を起こそうとするのを引き止める。
だから出て行こうとか考える単純な脳味噌の持ち主の、この男が心底憎い。憎くて憎くて仕方がない。そんなことを言ってるわけじゃない。
「寒い」
引き寄せた肩がもう冷えている。背中も冷たい。
ため息のように吐き出される名前が痛い。
「朝が来るまで寝てろ」
そうだ、仕事じゃないなら寝る時間だ。夜はその時間だ。動いていた時間の整理と解放、記憶と記録と忘却を、1兆個の細胞の僅か一部分が行う時間だ。
悪夢と涙で塗りつぶす時間じゃない。
「寝てろ」
ようやく撫でていた背中がゆるむ。体中から力を抜く。背中に手を回してくる。

命令でないと聞かない耳が憎い。返事をしない唇が憎い。泣いて濡れた目を見せない瞼が憎い。嗚咽を隠す唇が憎い。乾いた汗の匂いがする、銀の髪の感触が憎い。泣いている顔を見られたくないからといって、こんな寒い夜にベッドを抜け出そうとするこの男が憎い。

憎くて憎くて仕方ない。どうやったら、この男を憎まずにすませることが出来るのかわからない。
愛さなければいいのだとわかっているのに、それができない自分が一番憎い。


争奪戦後2年くらい。

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