銀の魚を飼う方法・1 「来月って、……あー、ええと」「ようやく形になったって電話が来たんだよね。いきなりそっちに届いて向こうに届かなかったら、僕の心使いが無駄になるでしょう」「雲雀さんから来た荷物を、僕が無碍にすることなんか出来ないでしょう!? 」「そう。君が本当にそう思ってるならいいけど。で、――、『それ』で、あのヒキコモリを、引っ張り出してくればいいんじゃない?」 受話器の向こうでひっそりと雲雀が笑う気配。顔をつき合わせている間はほとんど笑わないのに、電話では案外、よく笑うところがあることに、残念ながら沢田綱吉は気がつかない。そんな余裕はない。「ヒキコモリって」「違う? 自分のアジトに愛人と籠っちゃって、ここ一年顔も見せに出てこないってのは、ヒキコモリって言うんじゃないの? 仕事はちゃんと、してるみたいだけど」「あー、……そんな噂になってるの?」「事実でしょ」「……まぁ、そうだけど」「わからないではないけれど」 即座にその、黒髪の紅眼の男のことを、かばうように雲雀恭弥は口にする。お山の大将と侮って一種即発になった中学の夜から、案外彼はあの男、大ボンゴレの光と影の粋を集めたようなあの御曹司を、気に入っているようだった。「コレクションはしまっておいて、一人で楽しむものだしね。人に見せるなら、高いお金を取るものでしょ」「コレクションじゃないでしょ」「そう? 同じじゃない。綺麗に磨き上げて作り上げた、芸術品みたいなものだもの。刀みたいな」 燃える灼熱の赤眼が印象的な、イタリア人にしては長身のすばらしい美丈夫。頬に走る傷跡も、溢れる色気を微塵も減らすことのない、かつて大ボンゴレの全てを引き受けるべく育てられ、またそのようにあるべしと育っていたその御曹司には、大切な、それはそれは鮮やかにきららかに光る、うつくしいひとふりの刀があった。磨き上げた水月のような怜悧な銀色、流れる水のごとき痩躯、長いしなやかな手足がひらりと宙を舞うのを、確かに一度、綱吉も見たことがある。 彼らの『仕事』の実際を見たことは一度もないから、彼が戦っていたのを見たのは十年前のあのときが最初で最後、半月がかかる学校の、画面の向こうで叫んでいた背中と髪の印象が、いまでも強く残るばかり。 かつては鋭い銀の、輝きばかりがぎらぎらと眩しかった目つきの悪い男だったが、そうだいつからかそれは、別の光をたたえて、底からうっすら光るようになってきたことは、そうだ誰もが気がついた。 あの、人の機微を察することなどしたことがないような晴の守護者でさえも、あれは確かに人の手で、それを愛する男の手で、愛でられ撫でられ磨かれているとわかるほど、それは確かに変わって見えた、そうだ確かにそう見えた。「色見が薄いから、色が難しくてね。なかなか決まらなかったけど、―――きっとこしらえ映えのする人だから、似合うと思うよ」「まさか、振袖とかじゃないですよね…?」「馬鹿だね君は。そんなもの男に贈るわけないでしょう、いくらなんでも」「……よかったぁ…」「身長が百八十の上あるんだもの、袖が足りないよ」「そっち…?」「男ものに決まってるでしょ」 さらりとそういわれながら、しかしふと、恐ろしいことに十代目ドン・ボンゴレは気がついた。「色って」「いい柄が見つからないから作らせたよ、そのほうが早いもの」「…………!! え、早いって」「だからちゃんと、渡してね、サワダツナヨシ」「ちょ」「あと写真撮ってきて。着た姿を見たいんだ」「ひ、ヒバリさん、が?」「僕も、だよ。話をしたらみんな見たいって言うから」「みんなって」「あっちの生地屋の人が出来たらでいいから見たいって。外国人に着物作るのもこれから増えるだろうから、参考にしたいんだってさ」「それって僕が写真撮れ、ってことですよ、ね……?」「僕にさせる気なの?」「え…」「頼んだよ、沢田綱吉」 フルネームで呼ばれたのは、つまりは「お願い」をされたということ。 ドン・ボンゴレに正面切って、いいや電話口でさえ、彼に何かを「頼む」ことが出来るなど、そうそう誰も、できるものではない。それをこの男はさらりと「お願い」するのは、人に命令もお願いもし慣れているということに他ならない。「僕が撮ってこないと駄目…?」「君じゃなくてもいいけど、写真が欲しいんだよ。あのヒキコモリにも、よく言っておいて」「……死ぬかも、僕」「まさか」 電話口で、かすかに笑う気配。「コレクションの持ち主は、いつだってそれを、本当は見せたいものだよ。価値を知ってる人なら、なおさら。君、知らない?」「だからそんなもんじゃなくて」「自分のものを綺麗に飾って見せびらかしたいのは、どこの男だって同じでしょ。褒めてあげればいい」 [23回]PR