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残念な神が支配する・2

「どうやら中身が入れ替わったみてぇだな」
「……そうなる? のか??」

自分の顔が目の前で頭の悪いことをしゃべるのがこれほど腹が立つとは思わなかった。
思わず手が出そうになったが、自分を殴るのはなんだか嫌だったのでやめる。

「…殴らねぇのか?」

自分の顔でそんなことを言われるのは本当に腹が立つ。…というより情けない。

「自分殴るのなんか気持ち悪ぃだろ」
「……俺が俺を慰めるのもなんか変な感じだなぁ」
「言ってろ」
「……あのさぁ」
「なんだ」
「……やっぱいい」
「なんだ?」
「なんでもない」

何か言いかけて止める、そんなことを何度も繰り替えしていると、そういえば今気がついた。しかしそれはともかく、こんな格好でいつまでもいるわけにはいかないだろう。

「まずは服を着ろ。話はそれからだ」
「そ、そうだなぁ」
「…どこだ?」
「あんたがそこらへんに放り投げたんだろ…ん?これかぁ?」
「よこせ」
「あー、……っと、こっちじゃねぇな。これか」
「んー?」

普段引っ剥がしている服を着るというのは不思議な気持ちだ。肌触りがそもそも全然違うのが、なんだか不思議でしかたない。
カスザメは服を受け取ると、こちらを伺うように見上げてきた。

「先にシャワー使えよぉ…」
「ん? そうだな」

服を手にして浴室に入る。軽く汗を流して体を洗う。洗いながら鏡を見れば、そこにはいつも眺めているスクアーロの体があるのに毎回ぎょっとする。
髪は濡れると乾かすのが面倒なので濡らさないようにしたいが、これが結構難しい。どうやってカスザメはそれをやっているのかを思い出したが思い出せない。

案外、見ているようで見ていないものだということに気がつく。

鏡の中のスクアーロはいつも見ている顔のはずだが、やはりどこかイメージが違う。3次元で見ているものを2次元で見ているせいなのか、それとも中身が違うせいなのか。
こうして見ていても、確かにかなり、顔形が綺麗だな、と思う。肌も白くて肌理が細かく、傷以外に目立ったシミがないのが凄い。

普段目に見えるところには傷がないが、けれど、服で隠れるところには相当あちこちに傷があることを改めて確認する。二の腕や肩に切り傷、腹から胸にざっくり、鮫にかじられた跡が残っている。太股にも、足にもいくつか、これは大した傷ではない。
薄い傷、まだ新しい傷。新しい傷はそれほど大きなものではないが、やはり腹を横切る鮫の噛み傷は目立つ。
そうだ、血がめぐって発情すると、そこがうっすら赤くなって浮き上がってくるのだ。
それ以外にはやはり夕べの、夜の名残の痕跡。
こんなところにつけたのか、自分でもほとんど記憶がないところに噛んだ跡、吸った跡が散っているのを確認する。

幸い、体のほうはそれほど痛みを感じない。気になってあちこち探ってみたが、思った以上に痛くも痒くもなく、カスザメの頑丈ぶりを改めて実感した次第だった。

スクアーロの下着は確かに一回り小さいらしい。腕や足の動きが、普段より少し軽くて、どうにもこうにもバランスが取りにくいことこの上なかった。

入れ替わりにカスザメにシャワーを浴びさせる。自分の体をカスザメに扱わせるのはいささか不安が先にたつが、粗雑には扱わないだろうと考える。考えても仕方ないことでもあるし、まずは服を着て、この体に慣れなくてはならない。
左側が少し重い体を、どうやってコントロールしているのか、そう考えるとつくづく、化物だな、と思った。


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「結論から言うと原因はわからないね」

赤ん坊の言葉に隣でカスザメがうげっと悲鳴を上げる。もちろん俺の顔でだ。
その様子を他の幹部たちがどう対処していいのかわからない顔をして眺めている。そりゃそうだろうと思いながら、妙に自分が冷静なのにも驚いた。

「原因がわからないってなんだぉそらぁ!普通はなんかあんだろぉ!」
「何言ってるんだい、スクアーロ。わからないからわからないって言ってるんだよ。際前て合理的な発言じゃないか。いいかい」

赤ん坊はくっと頭を上げた。説明を始めるときのマーモンの癖だ。

「ボスとスクアーロの中身が入れ替わったのは、ほぼ間違いがない。
最初は幻覚かと思ったけど体はどっちも本物だったからね。
催眠や刷り込みでそう思わされているかもしれない可能性は否定出来ないけれど、君たちにそんなことをする理由がわからない。
する必要がどこにあるのかわからないし、いつそういうことになったのかがわからない。
時限つきで作動するならともかく、そうでないならボスの部屋にスクアーロに気配を察知されず、入ることが出来る人間がいるとも思えない。
君たち、夕べはセックスしてたんだろ?」
「まっ…!?」
「ああ」
「だったら一層わからないね。その時に何かあったのかとしか思えないけど、原因に心当たりがあるのかい?」
「あっ、あるわけねぇだろぉ!」
「記憶にないな」
「当事者がそんなこと言ってるなら本当にわからないよ。まぁよくある話では頭ぶつけると入れ替わるとかあるけどそういうわけでもなさそうだし。二三日様子を見て、それでもダメだったら考えたほうがいいんじゃないのかい」
「おまえなぁ…!」
「それしかないのか」
「媒介になる何かがあるかもしれないけど、今はまだ思い出せないのかもしれないしね。ボクも調べてみるけど、とりあえずは様子を見るしかないようだね。催眠か暗示だったらキーになる行為や言葉で覚めることもあるかもしれない」
「それを思い出せばいいのかぁ?」
「……面倒だな」
「様子を見るのは構わないわ、でも、今、スクちゃんは仕事入ってないけど、ボスはどうなさるのかしら」
話を聞いていたルッスーリアが口を挟む。
「大きなのは入ってない。この体でもなんとかなる」
「それなら大丈夫ね」
「う゛ぉいルッス、俺はいいのかぁ!?」
「ダメに決まってるじゃん…つーかボスの顔と声でスクのしゃべりって違和感ありまくり」
「ぐぬぬぬぬ…」
笑ってはいけないと思いながらも、口元が童謡の子猫のように上がってしまう王子が、楽しそうに話に茶々を入れる。

「少なくとも」
赤ん坊が話をまとめようとしてきた。
「一日はこのままで様子を見るしかないね。ボスは仕事で内勤だからいいけど、スクアーロはボスの外見で外に出るのはダメだから一日部屋にいてくれないか」
「俺だってやることあんだぞぉ!?」
「二階から下に降りるの禁止よ。ボスが普段のスクアーロみたいに大口あけて叫んでるの見られたら困るわ。アンタだってそんなボス、部下に見られるの嫌でしょ?」
「う゛、う゛ーっ………」
「俺は問題ない」

ヴァリアーのトップと副官が、二人並んでソファに座っているのはいつもの通りだが、その態度が全然違う。
スクアーロ(の外見)は腕を組んで背を深くソファに預け、足を組んでゆったりとくつろいでいるのに対し、ザンザス(の外見)は浅く腰を下ろし、背をまっすぐ伸ばして、姿勢よく座っている。じゃっかん開き気味の足を投げ出しているのもふくめてひどく新鮮で、王子もレヴィもルッスも、中身がスクアーロだということを忘れて見てしまった。
鷹揚に返事をするスクアーロは、外見は確かにスクアーロであるけれども、どこか威厳を備えていて、氷のような美貌が一層冴えて美しく、優雅で冷酷な王のイメージが増しているように見える。

「中身大事だねー。実感した」
王子はしみじみそう思った。
「確かにねぇ…スクちゃんがなんか、凄い美人で怖いくらいだわ」
オカマですらしみじみ、感嘆してうっとり、ため息をつく。

「…ここで話をしていても仕方ないね。とりあえず御飯食べてからまた考えたらどうだい?」
「さんせー」
「そうね、お腹すいていたらろくなこと考えないわ」
「ボス…」
「そうだな。腹が減った」
「ボスさんそれでいいのかよ……」
「腹が減った。食べてから考える」
「じゃ、御飯にしましょ!」

原因も結果も解決方法もまったくわからないまま、とりあえず皆で朝食を食べる、というところに話が落ち着いた。つまりは皆、内心ではかなり、動揺していたのかもしれない。


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何故か思いついた小話…のつもりが小話ではなくなる予感がひしひしと

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残念な神が支配する・1

目が覚めたら目の前に自分の顔があった。


「…は?」

目を閉じた睫毛の長さには見覚えがないが、普段見ている顔とはかなり違う。そもそも色が全然違う。肌の色がそもそも違う。髪の色も全然違う。
これはいったいどこの誰だ、とザンザスは考えた。普通に。確かに普通に考えることだ、だってここは自分の記憶が確かならば、夕べ気持よく眠った自分のベッドだったからだ。
誰だこれは、と思ってまじまじ、その顔を見ていたらいきなり、それが目を、開いた。

赤い目だった。

「うぅ゛ぁあー??」

どこかで聞いたことがある声だったが、やけに音が高く感じる。明瞭な発音なのに音が大きい。

「ぁあ゛ー?? あ゛ぁ?」

声はともかく言い方は聞きなれた声だった。おかしい、カスザメの顔にそんな色はなかったはずだ。それにしても見覚えのある、顔だ…と、ザンザスはぼんやりした頭で考え、自分の顔の前に手を伸ばした。とりあえず、うるさい。

「あ゛…?」

驚くほど喉が痛かった。しかも、伸ばした手がやけに重かった。そしてバランスがおかしい。

「う゛おっ! なんで手があるんだぁ?? あぁあ? なんだぁこれ…?? あ゛っ!? うぉっ゛!? おぉお゛っ!?」

目の前の男の声がとにかくうるさい。カスザメの言い方に似ているような気がする、そう思ってザンザスは条件反射で手を伸ばしてその頭をつかもうとした。

出来なかった。

左手が重く、いつもつもりで手を伸ばしたら完全に目測を誤った。すかっと豪快に手は宙を切って、目の前の男の体にぶつかった。

「ぁあ? 何しやが……?? あ、れ…? なんで俺がいるんだぁ…??」

などと目の前の男が言った。

何言ってやがる、そう答えようとしたザンザスは、顔をあげた途端、耳元で聞き慣れない音がしたのにぎょっとした。
思わずがばっと上体を起こせば、ざらっと肌の上を、何かが流れて落ちる感触。
ぞわっと背筋に悪寒が走る。なんだこれは、気持ち悪い。

「あー? 俺? 俺じゃねぇ? ボス? ボスなのかぁ?」

目の前の男がそう言いながら起き上がった。
そうしてようやく、見覚えのある傷跡が視界に入った。毎日鏡の中で見ている腕の、零地点突破をくらった時の火傷の跡。

「……………………」

「ボスかぁ? 俺がボスなのかぁ?」

もしかしてこれは自分の顔なのか。

ザンザスは言葉を失ってアホみたいな顔をして目の前の男の顔を見た。自分の寝ている顔を見たことなどなかったから、まったく気が付かなかったが、確かにこれは鏡で見ている自分の顔に似ている。だが本当にこれが自分の顔だとはなかなか信じられない。
というかそもそもなんで自分の目の前に自分がいるのかわからない。

「ボス?」
「……カスか」
「うっわ、ひでぇ声だなぁ……まぁしょうがねぇかぁ……ボス、大丈夫かぁ?」
「………………」

じわじわ、現在の状況が理解できてきたザンザスの中に、じわじわ、衝撃の波紋が広がってゆく。

「なぁ、大丈夫か? 俺、わかるか?」
「喉が痛ぇ」
「あんたのせいだろぉ」
「…………」

夕べのいろいろなあれこれを思い出して、ザンザスは眉間に皺を寄せるしかなかった。ということはアレでコレでソレだということか。その割にこの体は少し体が重い程度で、大したダメージがないらしい。

「そんな顔すんなよぉ。……何年あんたとつきあってると思ってんだぁ。…まぁ少しは痛ぇけど、そんなに残るようなことはねぇよ」

なんでわかった、と思いながらザンザスは体を起こした。少し関節のあちこちがきしんで動きにくい。だが全体的に非常に動きやすい、というか手も足も、感じている体の大きさよりはほんのすこし、数センチ程度は先に行くような感触がある。
なるほど、稼働域の広い柔軟な体というのはこういうものか。


洗面所の鏡の中には、確かに見慣れた自分の顔と、確かに毎日見ている顔が並んでいた。

「おい」
「なんだぁ?」

口と答えがいつもと逆なのを覗けば。



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ノエルは二度とやってこない

年末は本当にどこもかしこも忙しい。
それはマフィアの本部であるボンゴレでも逃れようのない事実であるし、そこが忙しければ当然、ボンゴレの汚物処理係と普段は侮蔑と恐怖の対象であるヴァリアーでもそれは例外ではない。
というか、ヴァリアーの仕事のほうが多いくらいだ。
新しい年、聖なる夜の前に、一年の禍根を絶とうとする輩がどれだけ多いのか、という話である。大掃除の予定はお早めに。

しかしヴァリアーではクリスマスの前にも一度、パーティが行われることになっている。ベルの誕生日がそれで、ナターレと近しい日の誕生日の祝宴を、彼がこの城で寝起きするようになってから、一度も同じ日にされたことがないのだ。
『顔もよく知らねぇどっかの髭のオヤジより、オマエの誕生日のほうが俺たちには重要だろぉ?』という銀鮫の言葉が皆の代弁のようなものだ。
ここに来て初めて、誰かと一緒でない自分だけのものを手に入れた王子の喜びを、きっと彼等は全員知っているのだろう。

近在でナターレまでの仕事が入っているルッスも、明日朝早いボスもスクアーロも、皆が時間をやりくりしてベルの誕生日のパーティはきちんと開かれた。口の悪いカエルの幻術士も、文句を言いながら色彩感覚が狂ったカエルのびっくり箱の下に、きちんとプレゼントを用意してくれていた。強欲のアルコバレーノですら、貸しだといいながらおプレゼントをよこしてくれたのだ。
酒宴はあらかた終わり、主賓は皆に見送られて部屋に戻る。両手に抱えきれないほどのプレゼントを抱えて、珍しく飲み過ぎて少し、足元がおぼつかないことを自覚して。

幹部の談話室からもかすかに声が聴こえる。残っているのはルッスとレヴィくらいか。ボスとスクアーロはすでに並んで出て行って久しい。

「さっむー」

廊下は石造りで窓が小さく、冬用の分厚いカーテンがかかっている。足音を消す絨毯も敷いてはあるが、さすがに夜も深くなると冷えてくる。
さすがにホワイトクリスマスというわけにはいかないだろうと思いながら、ベルは自分の部屋に戻った。

レヴィのプレゼントは前から欲しいと言っていたゲームソフトの初回限定版。ルッスはベルの王冠の輝きにあうゴールドのピアス。マーモンからは一枚の領収書、これは年開けて発売になる、ベルが好きな画家の画集の引換証。フランはシルバーのチャーム、スクアーロは新しくしたいと言っていた仕事用のブーツ。ボスからはベルが気に入っているラインのボーダーシャツを出しているブランドの新作を着替え含めて10枚分。
それからベルが入隊した年に山ほど買って保存してもらっているワインを1本。毎年、誕生日に1本づつ開けて味を楽しんでいる。

そんなものを部屋の床に並べて、寝るために服を着替える。
着替えながら触った自分の腹に、もうほとんどわからない三日月の傷を感じた。

それはむかしむかし、王子がまだひとりではなかったころ、自分で自分を取り戻すために、もう一人を殺そうとした跡だ。奇しくも相手と鏡に写したように反対の場所についたその跡も、今ではだいぶ傷が薄くなっていて、見ただけはほとんどわからない。触れば指の腹に微かに分かる程度、けれど今夜は酒のせいか、うっすら赤くなった腹の上、そこだけ色が薄くなっているのが、フロアランプの明かりの中でも判別出来た。

指でそれをなぞる。思っていたよりかたちもわからない。人が見たら違うのだろうか?

これをつけた相手は、実はまだ生きていると自分の「未来の」記憶が教えてくれたことを思い出す。おかしな話だ、未来のことを「思い出す」なんて。

「……つーか、ジル、今、生きてんのか…?」

存在も顔も名前も、思い出さなれば忘れていた双子の兄のことを、こんな夜に思い出すのはなんだかもったいないような気がする。いい気分なのに、いや、いい気分だからこそ? 
今、この瞬間に生きているかもしれない兄のことを思い出し、その兄よりも今の自分のほうがいい環境にいるのではないかと比較する。比較して優越感に浸りたいのか? 

「…そんなことしても意味ねーし」

そうだ、それに意味はない。この記憶がはたして「今」生き延びているジルにもあったとして、いままで何も近づいてくるようなことをしてこないならば、それはもう、関係ないことなのだろう。ジルの人生と自分の人生はもう交わらない。
それでいい。

「王子は王子だかんな。胸張れよ、ベル」

鏡の中の自分に言う。昔を見るのが嫌で、部屋に鏡を置くことなどしなかった。これがそれほど嫌ではなくなったのはいつだったろう? 自分の姿を鏡に写しても、他の誰かのことなど微塵も考えなくなったのは。

「BounNatale」

たぶん今が満足できているからだ。自分の仕事、自分の位置、自分の生活、自分の毎日が楽しいからだ。
それは悪くない生活だ。御飯は美味しいし建物はお城、暴君と剣士とネクロファリアと糞ガキと存在感の薄い生真面目な男と、強欲の赤ん坊と部下とで暮らしているのは悪くない生活だろう。

それでも時々、本当に時々、念に一度くらいは、かつて自分の傍らにいた兄弟のことを思う。同じ顔、同じ声で、両親の、使用人の、愛と関心を奪い合ったライバルのことを考える。
自分で殺した半身のことを、本当はまだ生きていて、どこかでひっそり暮らしているだろう兄のことを考える。

「…やっぱもう二度と会いたくねーな」

そうだ、それは思い出すだけでいいのだ。会って顔を見て話す必要などない。微塵もない。それは思い出だから、もう手が触れられない過去だから。
過去は変わらない、どうしても変化することはないのだ。

着替え終わってもう一度、床に並べたプレゼントの包みを見る。明日の朝、さっそくそれを使うことを考える。ベッdの中に潜り込んで目を閉じるころには、十年後の記憶の中
の兄の面影など、とうに消えてなくなっていた。


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前に書いていたベル誕生日の小話。ネタとほとんど同じですなー。

冬コミの本まだやってます。十年後の記憶注入後、継承式からアルコバレーノの戦いの始まる前までの間の話の予定…ですが予想の半分にもたどり着きません…!!

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年の最後のごあいさつ・2

「幻術士を鍛えるのは幻術で何ができるのかを覚えるしかないのさ」

 マーモンの言い方にスクアーロは思いあたるところがあるのか、そうか、とつぶやいた。

「スクアーロはわかるかな」

 今少し言われた意味が分からないルッスとベルが同時にスクアーロを見る。

「そうだなぁ、おまえが言おうとしている意味はわかるぜぇ」

 幻術はもともとがそこにないものをあるように見せる技術だ。マーモンはベースの超能力からの意識への介入なので、分類的に大雑把に言えばテレパシーに近いものである。
 それに反して、六道骸の幻術は同じ超能力に分類されるだろう能力でも、テレパシーのような相手の意識を読む方法ではない。それはどちらかといえば催眠術に近いのだ。相手の意識に入る方法としてのアプローチは同じだが。

「ボクの幻術は相手の意識を利用して、そこにあるものを拡大して幻覚や幻視を引き起こす能力だ。でもフランの持ってる能力は、どちらかといえば「あるものを利用する」のではなく、「ないものをあるように見せる」力みたいだね」

「それ同じじゃねーの?」

「全然違うよ。どちらかというと――六道骸のほうがボクより、教えるのには向いてるのはそのあたりなのさ」

「それってつまり、相手の嫌いなものを探りだす必要があるってこと?」

 ルッスーリアはあまり幻術士と戦ったことがない。スクアーロが幻騎士と戦った時は、最後に死んだように「みえた」彼の体の異常を、まったく感じることが出来なかったのだ。

「そうだよ。ボクは別に自分で考えてるわけじゃないのさ。相手の心の中にある『嫌だと思っているイメージ』を増幅することが出来るんだ。別に嫌なことに限らないけれど、イメージの原型はなければ難しいね。そのてん、フランや骸は「自分の嫌だと思うイメージ』を相手に押し付けることが出来るわけだ」

「うっわ、メイワクー」

「骸ちゃんってすごーくそういうの得意そうねぇ…」

「得意というか好きだと思うよ」

「納得出来るなー、うわー、クソガエルの師匠だけあってサイアクー」

「どれだけ嫌なイメージを持ち続け、そのビジョンを鈍らせないのかが勝負だからね。それが出来るってことは、さすが復讐者の牢獄で十年過ごしても発狂しない男だよ」

褒めているのか非難しているのか判別し難い意見を言って、マーモンはスクアーロの膝の上で背筋を伸ばした。




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太陽と月のあいだ・1

「ただいまぁん! みんな元気ぃ?」

 赤と緑に蛍光ピンクの三色のモヒカンに、金色のフェイクファーをあわせ、黒とベージュのツートンの上着の裾をひらりと翻して、素晴らしいウォーキングで七センチヒールが大理石の床を踏む。雌伏の八年の間、ほんの遊び心で数回、デザイナーズモデルとして舞台を踏んだこともあるオカマの、その足取りはまことに美しい。
 踵のヒールは普段はことりとも音をさせないが、今は帰宅を知らせるためにわざと、吹き抜けの天井に高らかな音を響かせている。
 奥から手前から次々と出てくる部下たちに、帰宅をねぎらわれる言葉をかけられながら、手にしたバックをそれに渡す。大ボンゴレの闇を背負う暗殺部隊ヴァリアーの幹部、ルッスーリアはあたりに注意を払いながら、シャンデリアの輝く玄関ホールを優雅に歩いていった。

(中略)

歩きながらコートの前をはだけ、マフラーを解く。壁の厚さが一メートル以上もあるアジトは、冬の近いこの季節になっても、それほど寒さを感じない。そのうち暖房を入れることになるだろうが、それまではまだ少し、猶予があるようだった。

「おっかえりー」

二階への階段の途中に、ふらっと金髪の王子が立っている。
年齢よりはずいぶん華奢に見える腕の中には虹の赤ん坊の一人、アルコバレーノのバイパー―マーモンを抱きしめている。
そのようすはぬいぐるみを抱いて親の帰りを待っている子供のように見えて、ルッスーリアは少しばかり感慨を覚えてしまう。
踊り場でたどり着くのを待っている殊勝さを含めても、どこか頼りなげな風情があった。
しかたないのかもしれない。
先ごろ急激に各人に強引に押し付けられた――と彼女は思っている――十年後の記憶では、王子の腕の中の赤ん坊は、その存在を亡くしていたのだ。
十年間の自分の記憶のあちこちに、赤ん坊を亡くして嘆き悲しむ王子の、ひそかな慟哭の痕跡が残っているのを、彼女も認めているのだから。

「あらベルちゃん珍しいわね。出迎えてくれるなんてうれしいわ」
「なんかおみやげとかねーの」
「何言ってるの、アンタだって一緒に日本に行ったでしょうに」
「だってスクアーロがとっとと帰っちまったじゃん。王子全然遊びに行ってねーんだもん、買い物する余裕なんかねーし」
「そうだったの?」
「空港で店覗くのがせいいっぱいだったんだぜー。ありえねーっての」
「それはそうねぇ…」

つい先日、十代目継承式が日本であった。
九代目守護者がわざわざ、ヴァリアーの本部にまで足を運んで出席を望んだ継承式だったが、彼等のボス、九代目のただ一人の息子――いまだ公式にはそうであるとされている――ザンザスは、それを完全に無視した。
名目上は争奪戦の傷がまだ完治しておらず、継承式で失礼をするからと答えれば、それを推してまで出席を求めることは、さすがの老獪な守護者たちにも出来なかったようだった。
そのかわりにと今度はヴァリアー幹部全員の出席を求められたのには参った。
各人、渋々それに応じはしたが、ボスを一人残し、全員が日本に赴くというのは、いくらなんでも危険が大き過ぎる。
しかも今はまだ、本当にボスが帯びた指輪戦での怪我が完治しておらず、その状態で一人暗部の城に彼を残すなど、普通だったら考えられないだろう。

結局、ルッスーリアとレヴィ・ア・タンが密かにイタリアに残ることになり、スクアーロとベルフェゴール、マーモンの三人で継承式に出席することになった――というあたりが落としどころだと言えた。

ボスであるザンザスが出席しないのであれば、副官であるスクアーロが代理で行かないわけにはいかない。
不足の二人を幻術で補うために、マーモンの出席も必須だ。
マーモン一人では行動に制限が出るとベルフェゴールが言い出し、結果的にこのメンツで日本に行くことになったのだ。

継承式は滞りなく始まったが、しかし式の中途で妨害が入って中止になった。かつて一世と共に創世のボンゴレを成したと主張する、シモンファミリーと言う集団が急襲してきたのだ。

その後彼らと十代目のファミリーが戦うことになったのだが、ヴァリアーも九代目の守護者もそれに関わることを、九代目直々に禁じられてしまった。
そうなるともう、スクアーロには日本に来た理由がなくなってしまう。
一刻も早く、ザンザスの元に帰りたくて仕方なくなってしまう。
今回の用向きは継承式に顔を出したことで果たしたし、これ以上自分が日本にいる理由はないだろう、とスクアーロは判断したらしい。

本国で暇と指輪戦の療養を兼ねていた残り二人の幹部に、代わりに日本で監視ついでに遊ばねぇかと話を持ち込んで了承されるとすぐに、スクアーロはとっとと空港に足を運んで帰国する段取りをつけてしまったのだ。
継承式のあと、少しは日本で遊べると思っていたベルフェゴールはぶうぶう文句を言っていたが、スクアーロはそんな言葉に一切耳を貸さず、矢のようにイタリアに戻ることになった。
マーモンの体調だけが心配だったが、強欲のアルコバレーノにはそれよりも自分の金融資産のほうが気になったようで、スクアーロの帰国に一切文句を言わなかった。

おかげでベルフェゴールは不満たらたらなのだ。

(中略)

「そんなに慌てて帰ったの」
「打ち合わせしたその足で空港だぜ。マジ信じられないっての」
「どこぞのCEOみたいね」
「んなに慌てて帰ったってしょーがねーのにさぁ」
「スクちゃんにはそうでもないんでしょう」
「だったら一人で帰れっての」
「まだ監視ついてるんだから無茶言わないの」

シモンファミリーとの戦いにヴァリアーは一切かかわるべからずと、九代目自らがそう決めたのだ。
そうなったからには彼らが日本にいる理由がない。
スクアーロは体調が悪いので本国に帰りたいと帰国を申請し、(実際のところスクアーロが指輪戦で受けた傷はほとんど回復していたのだが)許可が出るよりも先に彼等はイタリアに戻ってしまっていた。

(中略)

「アナタだけ? スクちゃんはどうしたの?」
「朝飯食ったらまたボスんとこ行って戻ってこないんだけど」
「…あらまぁ」
「朝だってもうすんげぇボロボロでっさー、よろよろしてるんだぜ! こう、ふらふらしててさぁ」
「ベル、それはボロボロというよりやつれてるって言うんだよ。色やつれというんだったかな?」

王子の腕の中で黙っていた赤ん坊が口を開く。

「あらやだ」

少し色気のある話題に、オカマはわざとらしく口に手をやりながら階段を登った。
二人とも、気配はするのにコトリとも足音がしない。

「でさー、ホントに何もおみやげとかないのー?」
「そんなわけないでしょう。手土産に入れられたお菓子くらいは出せるから、お茶にしましょう」
「やったー」
「それはなんだい?」
「お茶の時間のお楽しみよ」

どうやらスクアーロは元気なようだった。

継承式で日本に行く前から、ボスとその副官の関係はどこか、殺伐とした探り合いから、淡い色を含んだ関係になっているような気がしたが、どうやら自分がいない間に、それは一層濃く色づいてきたらしい。

色欲の名をもつオカマの足取りは軽い。

「着替えてきたらお茶しましょ」
「遅れたら殺す」
「遅刻したら罰金だよ」

口の減らない子供たちねぇ、そんなことを思いながら私室に戻ったルッスーリアは、一週間ぶりの自室がなんだか、ひどく懐かしくもののように感じてしまっていた。

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冬コミ予定の本
継承式からアルコバレーノ戦までの間を勝手に捏造する話(の予定)

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年の最後のごあいさつ・1

「ちょーっと失敗したなぁ、って思ってんじゃねー? スクアーロたいちょー」

特徴的なかたちのナイフを手元で弄る金髪の王子さまの声は、話の中身の割には浮かれているように聞こえる。

「そうねぇ、ちょっともったいなかったとか、思ってるんじゃない?」

優雅に小指をたてて紅茶を飲む、オカマの口調にも隠し切れない感嘆が滲んでいる。

「そんなことを今言っても仕方なかろう」

至極最もな口調で背筋をびしっと伸ばし、完璧なマナーで紅茶を飲む雷撃の射手ですら、本気でそんなことを言っているわけではない。

「うるせぇぞぉ゛お゛!」

ふてくされているようにすら思える口調で、普段の半分くらいの声の大きさで答える、銀色と白と黒で作られた美麗な青年だけが、少しばかり不機嫌だ。

「君たち、本気でそう思ってるわけじゃないだろうね?」

口調は不穏だが、目元を隠した赤ん坊の言葉は、本意かどうか、判別し難い。

「そんなことないけどっさー、こうなってくるとアレだよなー、あのオッドアイやろーにバカガエルが持ってかれたの、もったいなかくねー?」
「今はカエルじゃないでしょ。まぁそれはともかく、もったいないというより、敵に塩送ったみたいなことになっちゃったわね」
「だってあいつ、まだ全然なっちゃいねーんだろ?」
「それはそうだけど…」
「あっちのボスとの相性が最高だかんなぁ」

アルコバレーノの戦いに参戦したヴァリアーの幹部の腕に巻かれた時計型の端末に、一回戦の戦歴が表示されている。一名も脱落者がいないのは当然として、その結果にはなかなか、彼等にとっては思わしくない結果が表示されていた。
負けた人員が表示されるのは嬉しいことだが、その結果といえば、彼等の予想以上に、善戦しているチームがあった。

「骸は霧の守護者だけあって、幻術使いだからなぁ。マーモンとやりあった時もそうだったが、幻術士ってのは基本、後方支援に思われているけどなぁ、あいつは実戦も出来るからよぉ」

実際には少し前、彼等の記憶の中ではなんだかひどく遠い昔のような、そんなふうにしてスクアーロが口を開く。

「幻術士ってのは性質が悪ィ。勝てると思わせておいてさらっと敗けることもあるからなぁ。目で見たものが正しくねぇってだけで、結構やられちまうことがあるからなぁ」

十年後の記憶の中で、そういう相手に手こずった、苦い思い出が蘇る。
実際体験したわけではないのに、それが「あった」ことのように感じることは不快でしかない。特にスクアーロにとっての、「勝利ではない」記憶となれば、なおさらだ。
確かにあの時代、あの時点で、剣と幻術の腕だけで言えば最高ランクに数えられるあの男、通名にすら幻を抱く男との戦いのいやらしさを思い出して、スクアーロは苦い気分になる。
幻術を操る相手との戦いは、結局「どちらがより強く相手を凌駕出来るのか」ということに限る。
相手の意識といかに闘うか、相手の意識をいかに飲み込むかが勝負で、しかもそれはほぼ一瞬で決まるのだ。
元から幻術士は数が少なく、実戦の表にたってくるようなことが少ないから、実戦の経験を積むことも難しい。幻術を使っていることをさとらせないのが本物の幻術士で、だから作戦に幻術士が関わっていることを知らない、気が付かないことも多いのだ。

「骸はまぁ、なんつーか全然、表にたって闘いたがるような男じゃねぇけどよぉー。本気出したらえげつねぇだろうってことはわかるぜぇ。特に今のやつはなぁ、ヴィアンチェに収監された十年の記憶があるんだろぉ? 本気出してくるはずだぜぇ」
「うっわー、なんか想像したら気持ち悪いなぁ」
「そんな男にフランをやったのはまずかったかぜぇー」
「そうかい?」

霧のアルコバレーノはイライラしているスクアーロに対して、いたって冷静な口調で返してくるばかりだ。

「今のフランは十年分の記憶がないんだろ? まだ子供だし、幻術士としては未知数なんだろう。それを「使える」ようにするのは、相当面倒だと思うよ」
「そうなのかぁ?」
「スクアーロ、君が部下を鍛えるのと一緒にしないでくれないか」

飲み干したカップをテーブルに置いたマーモンが、自分を見つめている幹部たちに目をやってから口を開く。

「幻術士を教育するのは幻術士でないと難しいんだよ。十年後はどうだったか知らないけど、ヴァリアーにフランが来た時はもう大人だったんだろ? ある程度の力はあったはずだ」
「そりゃそうだぁ。半人前がヴァリアーの幹部になれるわけがねぇ」
「あんな子供が幹部になれるほど、すごい幻術士だったってことは、つまりヴァリアーに来た段階で、相当アレは「出来ていた」ってことだよ。そうなると、それを使えるようにした人間がいたってことだ。フランはもともと、ボスが預かった子なんだろ?」
「そこらへんはよくわかんないけど、そんなこと言ってたらしーし」
「骸ちゃんはともかく、髑髏ちゃんは結構ヴァリアーに来てたらしいわよねぇ」
「だとしたら、骸がフランに教えたんだね。実体ではなかっただろうけど」
「どういうことだぁ」
「幻術士を教えるのに、実体は必要ないってことさ」
「意味わかんねぇぞぉ」
「君たちが今のフランを引きとっても、何も出来ないってことさ。ボク以外はね」
「なんだとぉ」
「あら、そうなのぉ?」
「そうだよ」

 赤ん坊の口調はいつも無愛想なので、感情の機微がわかりにくいが、彼等のボスほどではない。幻術は精神の戦いで、それを制するためには自分を律しなくてはならないのだ。つまり、自分の感情をコントロールできなければ、いざというときに負けてしまうことを、この赤ん坊はよく知っている。  どんな過去があるのかを、ここにいる誰も知らないけれども。

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あなたここにいてほしい

足元の音が変わる。

「う゛ぉおお!? ここ、道がいい山だなぁー!?」
「岩が少ないんじゃない。活火山帯じゃないのかも。この前の山より低いから植生がいいでしょ。こっちが南で、光が、」
「ああ、こっちクマザザが全部生えてるなぁ」
「さっきと違うでしょ」
「そういやさっきのとこ、カラマツとコナラばっかだったな? 葉の大きさが、全然違ぇrなぁ」
「落葉樹が多い山ところは以外と光が入らないからね。針葉樹のほうが入らないから、もっとずっと下草が少ないんだけど。ここは斜面になってるから、光が入るんだよ。っていうか、太陽出てきたね」
「下よりこっちのほうが暑いんじゃねぇかぁ」

汗が滲む。光が眩しい。
さっきまで、まったく風が吹いていなかった。この時期にしては珍しい。
地面の下が全部温かいのだ、と雲雀は言う。

温度差がないからね。ここのあたりの水は弱酸性で、だからあまり木が生えない。酸性土壌が好きな樹木は大きくなりにくい。普通はね。でもここは大きなのがあるよ。

雲雀が木の名前を言う。足を止めて葉を拾う。
大きさの違う葉を見せて、これはなに、これはなにだと名前を言う。
へぇーとうなづきながら、スクアーロはその名前を覚えようとする。若い時分よりはかなり、記憶力は悪くなったと思うが、これくらいなら覚えて帰れそうだ。
雲雀は滔々と話をする。この男は本当に頭がいい。勉強することに熱心で、努力を怠らない。そんなところがスクアーロの、主に似ていて好ましい。
十代目の守護者たちはどれも嫌いではないが、この男との空気感は格別だ。
一番遠くて乾いていて、楽しいというより空気に近い。

さっきまでサラサラ、小さい音しかしなかった山道が、急に大きな落ち葉でおおわれる。足音がガザガザ、葉が落ちた晴れた山に響いて驚くほどだ。
さっきまではうっすらと曇っていた空は、太陽が出てきて雲が晴れてきた。空気が乾いているからとても明るく、山登りには最高すぎる気候だが、山道には人の気配がまったくない。それはとても珍しい。
昨今、どこの山に行っても、登山者がいない山はいない。
登山はあまりお金のかからないレジャーで、欧州でも愛好者が多い。イタリアは北部国境をアルプスに接していて、国内の中央に山脈が通っているから、山のレジャーは盛んに行われている国でもある。レジャーとしての登山を、本国にいた時分にはほとんど興味がないままにきてしまったスクアーロだったが、数年前、ごく若いころからずっとしてきた仕事をやめて、この国に来てからは、割と頻繁に山に登るようになった。

並盛市内で有数の実力者である雲雀恭弥から声をかけられて、初めて山に登ったのは三年ほど前のことだ。
雲雀恭弥はすでに二十代の頃から市議選に出馬して当選して市議議員を勤め、そのまま乞われて市長になって三期ほど勤めたあと、すぱっと市長をやめてから、現在では市内の再開発団体の顧問をしている。
県議に出て欲しい、県知事になってほしい、そんな意見を軽く無視して、今は市内の教育と再開発に尽力している雲雀恭弥は、年を取っても相変わらず、獣のような風情がかわらない。
人と群れるのが嫌いで、人がいないところに行くのが好きで、強いものが好きで、空の下、鳥の声、そこで一人でいるのが好きだ。

そんな男が異国の暗部の王、血にまみれた手をしていることを隠しもしない悪魔の王とその側近に、声をかけるのは本当に珍しいこと。
アウトドアに興味があるように思えなかった暗部の王とその側近が、それにイエスと答えたのもそれはそれは珍しいこと。

けれど回数を重ねれば、王よりも側近のほうがそれにすっかりはまってしまって、気がつけば春から秋のシーズンの間、月に二回は連れ立って、あちらの山やこちらの山に、二人で行くようになったのもそれはそれは珍しいことだった。

山の紅葉も終わり、山登りのシーズンも終わる。
昨日の夜にいきなり電話がかかってきて、明日晴れたら山に行かないかい、そんな言葉で誘われて。
一緒に行かないか、そう行った主は楽しそうに笑って、少し考えたあと、残念だが、とやんわりと断られてしまう。
じゃあ俺一人で行ってくるなぁ、そんなスクアーロの髪を撫でて、気をつけろとつむじにキスをした赤瞳の男のことを、ふとスクアーロは考える。

「今日は天気がよくてよかったね。それにしても人がいないな、ここは」
「俺達しかいねぇんじゃねぇのかぁ。しっかし静かだなぁ」
「鳥がいないね、ここ」
「そういやそうだなぁ」
「まだかな」
「看板とかねぇのからなぁ」

池があるという表示があるが、何キロなのかの表示がない。そのせいかのか、それほど奥深い山ではないのに、人の気配がまったくない。中途の公園にはぼつぼつ、人の気配もあるけれど、その奥の山にはまったく人気がない。この山を登っているのはもしかして、二人しかいないのではないかと思われる。
今はどこにいっても人がいる。こんな贅沢は滅多に味わえるものではない。

「疲れたかい?」
「少しなぁ」
「まだ時間はあるからね。ぼちぼち行こうか」
「それにしても静かだなぁ」
「あの向こうが下っているみたいだね」

登山道は広くて整備されていて、下草は綺麗に刈りこんである。
石が少ないせいか、あまり足がひっかからず、ただ落ち葉がものすごい量でそこを覆っていて、あるくたびにガザガザ、大きな音がするばかりだ。

「クマ出るんだろぉなぁ」
「そりゃぁ出るよ。もちろん。今もどっかで僕らを見ているんじゃないのかい」
「そうかもなぁ」
「……水があるね」
「そうだなぁ、風が吹いてきたなぁ」

温度差があるところに風が吹く。今まで歩いてきた尾根には全然、風と水の気配がなかったが、尾根をひとつ超えた途端、ふっと冷えた風が吹いてきたのを、二人同時に感じて道の先を見る。

「もう少しだなぁ」
「◯◯から1600Mか…もう少しだろうね」
「だなぁ」

登山道整備のために、目印になる木の枝に巻かれた、蛍光ピンクのテープには、油性ペンで基準地からの距離が表示されている。
それを読み取りながら、先行きを予想して、また、空を見た。

「なんかゼータクしてるなぁ」
「僕達しかいないからね」
「すげぇなぁ」

少し風が吹いて、梢の葉をバラバラ、地面に落とす音がする。
音がない山中を歩きながら、スクアーロはぼんやりと、この世界をザンザスに見せてやりたいと、そんなことばかりを考えた。

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神様のいない十月

200☓年 3月12日
ボンゴレ本部恒例 プリマヴェーラ・フェス開催
本部・異常なし
警備・異常なし
特記事項
テーブル破損一台(足折れ)椅子破損一台(焦げ)
原因・X&E トラブルにより

200☓年 4月14日
本日付にてヴァリアーより新規隊員登録完了 受理
新規一名 
氏名 スペルビ・スクアーロ 14歳1ヶ月 生年月日 19☓☓年3月13日
身長167センチ 体重56キロ 左利き
推薦人 ヴァリアー隊長 テュール(推薦書別紙添付)
写真添付 確認のうえ処分
特記事項 15日付で幹部B待遇移動 必要書類以下の通り ………

200☓年 5月23日
ボンゴレ本部にて侵入者あり
18:28 正門警報を突破し本邸内へ侵入者約一名 スペルビ・スクアーロと判明
18:42 身分引取り・証明者 XANXUS 以後本邸への滞在許可付加につき各部署連絡済

200☓年 5月26日
XANXUS様より連絡 夕食追加の申し出あり
水・金夕食は一人分追加のこと 要確認 

200☓年 6月1日
本日付でヴァリアー隊長変更告知あり
前任者テュール死亡につき スペルビ・スクアーロ新規就任
同日 スペルビ・スクアーロ本人の希望により隊長の変更希望提出 受理
新規隊長として XANXUS様 就任告知 死炎印により本部確認・承認終了

200☓年 6月6日
ヴァリアー新規隊員追加参加 承認
◯◯◯◯◯◯(極秘事項につき記載なし)仮称・ベルフェゴール
生年月日 200☓年12月23日 8歳6ヶ月
身長112センチ 体重 28キロ 右利き
使用武器 投擲刃物(小)
承認・XANXUS(推薦書別紙添付)
資料写真以下に添付
確認の上破棄すること(極秘事項SAにつき要確認)

200☓年 6月15日
ヴァリアー配属希望提出 承認
☓☓☓☓☓(極秘事項により氏名記載なし)仮称・ルッスーリア
本部第6隊補佐よりヴァリアーへ所属移動 受理
待遇ランク本部B2よりヴァリアーB1へ移動 必要書類は以下に添付……

200☓年 6月30日
本部 厨房に連絡
XANXUS様室に食材追加要請有 要確認
食材手配通達申し送り済 以下追加リスト 確認の上納品のこと
一皿分の食材を細かく切るようにとの通達 確認済

200☓年 10月10日
XANXUS様誕生パーティ会場で乱闘
負傷者 ◯◯◯◯……☓☓☓☓…… 
処分保留

200☓年 10月21日
コード:U
以下戦籍消滅につき除名 ◯◯◯◯◯…… ☓☓☓☓…… ◆◆◆◆……(以下続く・全23名)
至急補給要請提出のこと
以下一時休職 ◯◯◯◯…… ☓☓☓☓…… ◇◇◇◇……(以下続く・全38名)
緊急事態につき 以下記載不要のこと


200☓年 10月22日
本部より特別予算許可願 受理
設置場所以下の通り 地図参照 書類以下添付のうえ確認のこと 
なおこの懸案は極秘事項SSランクにつき 関係者全員承認書サインのこと 要確認
書類は今後10年間保持するものとする

200☓年 10月22日
監視人員特別配置 増員連絡 受理
監視対象以下の通り
・スペルビ・スクアーロ
・ルッスーリア
・ベルフェゴール
・レヴィ・ア・タン
監視ランク SA 
期間 当面の間 8時間交代:24時間
特に以下の点に注意のこと
・外部との連絡
・金銭の授与
・武器の新規購入
・自殺(要注意対象・スペルビ・スクアーロ)
・自傷(要注意対象・スペルビ・スクアーロ)

200☓年 6月12日
監視人員減免処置要請 不受理
理由・監視対象へのペナルティ
(監視対象への加害については処理なしとする)
200☓年 7月20日
監視人員減免処置要請 不受理
理由・監視対象とのトラブルにより怪我(全治一ケ月)
200☓年 8月30日
監視人員減免処置要請 不受理
理由・監視対象の不適切な行動

200☓年 10月26日
監視対象減免処置要請 受理
理由・特になし

200☓年 11月23日
監視対象解除要請 受理

200☓年 12月20日
特殊建造物侵入者確保 
氏名・スペルビ・スクアーロ
処置・なし

200☓年 12月23日
特殊建造物侵入者確保
氏名・スペルビ・スクアーロ
処置・なし

200☓年 12月25日
特殊建造物侵入許可 受理
対象・スペルビ・スクアーロ
時間・17:00~21:00
特記事項・身体検査 武器携帯を重点的に確認すること

200☓年 1月18日
特殊建造物侵入許可 受理
対象・スペルビ・スクアーロ
時間・17:00~21:00
特記事項・身体検査 武器携帯を重点的に確認すること

200☓年 2月14日
特殊建造物侵入許可 受理
対象・スペルビ・スクアーロ
時間・17:00~21:00
特記事項・身体検査 武器携帯を重点的に確認すること

200☓年 3月13日
特殊建造物侵入許可 受理
対象・スペルビ・スクアーロ
時間・17:00~21:00
特記事項・身体検査 武器携帯を重点的に確認すること

200☓年 4月6日
特殊建造物侵入許可 受理
対象・スペルビ・スクアーロ
時間・17:00~21:00
特記事項・身体検査 武器携帯を重点的に確認すること

…………………(以下同書類提出枚数・82枚分を確認)

20☓☓年 9月9日
特殊建造物内に異常発生
侵入者の痕跡確認 存在:NO DATA
特殊建造物異常 組成組織の完全なる融解・金属の破壊による高熱障害・室内破損箇所(以下写真添付)
保管物 喪失 
(現場の確認は10月13日 以上は物品検査による推測結果)
出入り口確認場所12ーAカメラに不審人物あり 該当部分映像添付 要確認


20☓☓年 9月16日
ヴァリアーより定時報告
マレ・ディアボラ島不法占拠した軍部残党掃討完了
掃討作戦によりヴァリアー幹部一名死傷 除籍要請確認 受理
人質は全員無傷で開放 死傷者なし
軍部残党処理ランクS 終了 
処理班B-2利用 

20☓☓年 10月13日
CEDEFより緊急連絡 コードXがJaに滞在中
至急確認とのこと ドン9の要安否確認のこと 
状況によってはコード・HOSを稼働許可

20☓☓年 10月15日
CEDEFより人員要請 内容審査の上許可
幻術士ランクB以上 2名 1407ARA-3207便にてJaへ

20☓☓年 10月25日
CEDEFより人員要請 内容審査の上許可
階級Cー2ランク20名 応援のためJaへ移動許可申請 受理

同日極秘SS通信受理
コード:U
対象Xの存在を確認 受理
ドン:9所在確認
Jaにて確認 ■■■■(極秘事項につき記載消去)に特別入院処置済 受理

同日対象:X 負傷により■■■■(極秘事項につき記載消去)に特別入院処置
監視対象SAに移行 監視要員配置:2名(状況により増員の準備必須)
時間 8時間交代:24時間
期間:当面の間 

同日対象:スペルビ・スクアーロ 負傷により■■■■(極秘事項により記載消去)に特別入院処置
監視対象SSに移行 監視要員配置:4名(状況により増員の準備必須)
時間 8時間交代:24時間
期間:当面の間

同日対象:ルッスーリア 負傷により■■■■(極秘事項により記載消去)に特別入院処置
監視対象AAに移行 監視要員配置:2名(状況により増員の準備必須)
時間 8時間交代:24時間
期間:二週間(暫定)

同日対象:レヴィ・ア・タン 負傷により■■■■(極秘事項により記載消去)に特別入院処置
監視対象AAに移行 監視要員配置:2名(状況により増員の準備必須)
時間 8時間交代:24時間
期間:二日間

同日対象:ベルフェゴール 負傷により■■■■(極秘事項により記載消去)に特別入院処置(外出禁止処置)
監視対象AAに移行 監視要員配置:2名(状況により増員の準備必須)
時間 8時間交代:24時間
期間:一日

同日対象:マーモン
監視対象Bに移行 監視要員配置:2名(状況により増員の準備必須)
時間 8時間交代:24時間
期間:幻術士確保のため不定期

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夏祭り

毎年日本にやってきて浴衣を着る。

だいたいイタリアより日本は圧倒的に暑い。
暑い本国を避暑のつもりで出国してきて、本国より暑いところに行くとはなんだか本末転倒だ…とザンザスは毎年思っている。

なのに毎年日本にいる。
バカンスの間中、ずっといるわけではないが、最低でも三日か四日は日本にいる。

とにかくこの暗殺部隊の副隊長が、日本の温泉が好きで好きで大好きで、さらにはこの暗殺部隊を影で支配しているオカマがこれまた副隊長と同じく温泉が大好きなのだ。
いつでもどこでも旅行は実質の支配者の意見が通るものだ。
決して金を出す人の意見が一番ではない。
実際に、集団の中で一番彼らの面倒を見ることが出来る能力がある人間の機嫌がよくなかれば、どんな集団の旅行も楽しめまい。特にそれが家族旅行となれば。

と、いうことでニ年続けて、何故か暗殺部隊ヴァリアーのご一行は皆で並盛のお祭りにやってきている。
去年は顔を見せるだけで十代目の実家に行ったら、お祭りに行こうという話になり、急遽市内のデパートで浴衣を人数分見繕ってその場で着せてもらったことがある。
(着ていた服は全部全員が泊まっていたホテルに届けてもらった)

今年はそうなることがわかっていたので事前に浴衣を作って持参し、ホテルで着替えて挨拶に行った。
ついでに何故か雲雀に話を通されて開催場所まで案内してもらったりした。草壁が案内に立ったけれども、彼の顔を通すといろいろ面倒なので、早々に撒いてしまってそれぞれ、好きなものを好きなように楽しんでいたところ。

スクアーロは去年もやった金魚すくいに燃えていて、小道具の名前を覚え、ネットの配信動画ですくい方を覚え、数日前から訓練したりして、なんだかえらく真面目にやっていたのには幹部全員爆笑だった。

当日はその成果が発揮できたのか、それはそれはあざやかなポイさばきで次々と金魚を中にすくいいれ、気がついたら人だかりが出来ていたほどだ。
30をいくつか越えたあたりで見ている人たちが数を数え始め、最終的には33匹捕まえてお開きになった。赤と黒の金魚を残してみていた人に分けてやり、そういえば他のメンツはどこだろうとふらふらと歩けば、そこかしこにある人だかりには皆、幹部たちがそろっていたのには笑ってしまう。

「なぁにしてんだぁ」

銀玉鉄砲のコーナーで一人、ばんばん当てているのはやはりというか当然というかザンザスで、さっきから一番上の品物を片端から落としているところだ。

「おまえこそなにしてる」
「俺ぁ金魚すくいだぜぇ」
「またか」
「今年は去年よりたくさん釣れたぜぇ!」
「そうか」
「ボスさんは何取るんだぁ?」
「おまえは何か欲しいか?」

最近、そう言って、スクアーロの意思や希望を聞いてくれるようになった。
二度目のクーデターを起こして数年の間は本当に、スクアーロの希望や意思を聞いてくれるようなことは一度もなかった。
ただスクアーロはザンザスのやることに文句を言いながらも結局は従っていて、ザンザスはそれを当然のことだと思っている節があった。
けれどそれはいつからか、ザンザスはスクアーロに、ものを選ばせることをするようになり、欲しいものを聞くようになり、したいことを聞くようになり、したいことをさせてくれるようになった。
人を信頼しない荒ぶる炎に身を焦がしていた少年が、ゆっくりとした速度で大人になってゆくのを、ヴァリアーの幹部たちは得難いすばらしいものを見るような心地で感じることが出来るようになった。
二人の関係が少しづつ、練り上げられ磨かれて、美しい形を持つようになったのは、それほど昔のことではない。

「何って…そうだなぁ」

暑いから、髪を頭のてっぺんでまとめているスクアーロが、さらさらと髪を揺らしてテントの中をさっと見る。もともと子供向けに選ばれた賞品は見慣れない安っぽいものばかりで、スクアーロにはあまり食指が動くようなものはない。
ザンザスだって同じことで、つまりは落とすことが楽しいのだろう、と推測した。
なんとなしに棚を眺めているスクアーロは、右の下の棚にある小さい人形を指さして、あれ取ってくれよ、と囁く。

「取れるかぁ?」
「誰にもの言ってるんだテメェ」

ザンザスは銀玉を鉄砲に込めて軽く二回、その人形の一部を撃つ。小さい人形はぐらっとバランスを崩し、すとんと棚の下に落ちてゆくまで、一瞬の出来事だった。

―――――――――――――――

「花火が始まるみてえだぜぇ」

祭りに行く前に少し食べてきたけれど、屋台を眺めているうちにいくつかつまみ食いをして、そこそこ腹はくちている。
人の流れが少し変わる。ふらふら、適当に歩いていた人の流れが、一定方向に向かって動き出す。二人でその流れに乗って歩いていると、あまりに自然に浴衣を着こなしたベルが、チョコバナナを食べながらこちらに手を振った。

「せんぱぁいー、ヒバリが席あるって言ってるよー! こっちこっちー!」
「酒あんのかぁ~?」
「準備してあるってー!」
「だってよ。行くかぁ?」

返事をするより先に、ザンザスはそちらに足を向けている。スクアーロがそれについていくのに、ベルがこっちだと軽やかに先導する。

少し涼しくなってきたようだ。

「なぁ」
「なんだ」
「花火楽しみだなぁ」
「………悪くねえな」

消極的ながらそれは最高の褒め言葉。
悪いものは悪いと言わない、貴人の教育は下々のものへの配慮に満ちているものだ。悪いと言ったらそれは向こうの責任になるから、クレームは直接本人に示さず、察してもらうことを望む。察せない能力がないものにはそれだけのこと、二度と触れないものに駄目出しはしないものだ。
そんなふうに「ふるまう」ことを望まれた時間が長くて、自分の好き嫌いを表に出すことを、長く戒められていたことを知っている。
好きなものをいつまでも自分のもとに留めていくことを、望んでくれることを喜ばしいと思っている。そう、それはとても嬉しいこと。幸福なこと。微笑ましいこと。
生きているということ。
ここにいるということ。

ヒバリは流石に町の名士らしく、河川敷に組まれた観覧場所の中で一番いいところ、一番高くて一番近いところの一角、花火師の姿が見えるほどの近場に席が切ってあった。
下は関係者の詰所になっていて、ベニヤと足場で組まれただけのシンプルな桟敷の上にはヒバリと草壁、それを囲んで並盛の関係者たちが座っている。
少し大人になったイーピンにお重を箸と紙皿を差し出している草壁が、一行の姿を見て手を振ってきた。

「あら、ずいぶん楽しんだみたいね」
「先にやってるよ」
「こちらへ…席があります」
「シシシっ、王子にはビールくれよ」
「誰に向かって口きいてるんですか堕王子(仮)ー。ビールはアッチです」
「おめーの後ろにあるのはビールじゃねえのかよ」
「チガイマスー、これはジュースですー」
「うわっこいつもう出来上がってる!」

すでに先にやってきて、そこで一杯やっている他の幹部たちが、手をつないで歩いてきたボスと副隊長を迎えた。
ビールを持ってきた草壁に、金魚の世話を頼むと、開いていた大きめのペットボトルに水を入れ、すぐにそこに移して上部に穴を開けてくれた。

「これ、どうします?」
「持って帰れるのかぁ?」
「大丈夫だと思いますが…少し世話をしたほうがいいかもしれませんね。よろしければこの近所に住んでいるものがおりますので、そちらの家に置いておきますが、どうでしょう?」
「そうだなぁ、しばらく日本にいるから、世話頼めるかぁ?」
「かまいません」

赤と黒のの金魚を目の高さにかざして、草壁はそう言って手の温度が移らないよう、気をつけてボトルを持って関係者の席へ歩いて行く。

観覧席で腰を落ち着けたザンザスに、スクアーロが酒を注いで毒見して渡し、つまみを毒見して渡し、そんなふうに世話をしているうちに、少しづつ人の数が増えてくる。あたりが暗くなって、川から風が吹いてきた。

「そろそろかしら」
「そのようだ」
「日本の花火は綺麗だもんなー、楽っのしみ~♪」
「一発十万するんだそーですよー。金燃やしてるよーなモンナンデスネー」

気がつくとヒバリが近くにやってきていて、キンキンに冷えたビールをザンザスとスクアーロに差し出した。

「ここまで近いと、花火が始まると話が出来なくなるよ。あと、寝て見たほうが楽」
「おっ、悪ぃなぁ」

紺の小紋を着こなした雲雀は小粋で手馴れていて、年齢よりも大人に見える。
妙な貫禄があって落ち着いていて、流石に十五で大人と渡り合っている男は経験が違う。

それだけ言ってまたふいっと、足音もさせずに奥の席に戻る。そこは後ろが柵になっていて、下からひっきりなしに雲雀の部下が祭りの経過報告を入れているようだ。
静かに酒を飲んでいるように見えながら、その実、雲雀はずっと、部下の報告に指示を出しているのだ。

言われたとおりにごろっと観覧席の上に敷いたシートに横になる。視界が暮れゆく空と、暗くなってきた空色でいっぱいになった。

「あー、背中の帯が痛ぇなぁ」
「前に回せばいいだろう」
「あ、そっか」

ルッスーリアが蚊取りを持ってきているので、虫に刺されることはなかったし、日が暮れてきたので少し涼しくなってきているようだった。

雲雀が持ってきたプレミアムビールを飲みながら、ザンザスとスクアーロはぼんやりと、護岸の反対で花火の準備をしているようすを眺めている。
スクアーロの質問に、ザンザスがぼつぼつと説明をしているようで、二人の会話は周りによく聞こえない。

「なんか眠いなぁ…」
「遊んで酒飲んでツマミ食えば眠くなるでょーねー」
「花火始まったら起こせよ」
「ボスとロン毛隊長、なんか手ぇつないでるみたいですぅー」
「ぁあ? またかよ」

そんなことを言いながらぼんやり、皆でだらだらと花火が上がるのを待っている。
近くの本部のテントが騒がしくなる。雲雀のところにやってくる伝令はひっきりなしで、とうとう雲雀は無線を耳に当てて、びしばし指示を出しているようになった。

「ツマミがなんでみんな魚臭いんだ」
「しょうがねぇだろぉー。チーズ食うか?」
「それお菓子じゃねえか」
「いいだろぉー、上手いぞぉ」

そんなことを言っている間に、始まりを告げる花火がなる。どよめきが高まる。
日が暮れ初めて東の空に金星が輝く。

ザンザスはオレンジとグレーとブルーに染まった空を眺めながら、ゆっくり隣の男を見る。きらきらした眼差しを空に向けて、花火を待っている男を見る。
空は同じ空であるけれど、母国よりずっと低い夏の空、湿度の高い暑い空気が肌の上を舐めるように這っている。
同じ空の下、同じものを見る、銀の髪の銀の瞳の男。

「…なんだぁ?」
「…いや」

空気を切り裂く衝撃が来る。一瞬体を固くした隣の男の、背中がすぐに緩む。
空に火薬の華が開く。鮮やかな青い華がぱあっと、その手を開いて空を包んだ。

ビールが少しぬるい。いまの自分の状況もそれに似ているな、そんなことをザンザスは考えた。
夏はものを考えられない。冷たくて甘い酒を飲んで、不思議な布の服を来て、魚の干したようなものを食べて、隣に恋人がいて、楽しそうにしているのを眺めているだけで、もうなんでもいいような気がしてくる。

「おー!」

耳をつんざく花火の爆発音を突き抜けるようなスクアーロの声が、それだけあざやかに響いて聞こえてくるのは悪くない。

「すげぇなぁー!」

スクアーロの髪が花火の光でキラキラ輝いて、なんだか不思議な風景だとザンザスは思った。思いながらなんだかとても、いい気分になった。少し眠い。

花火はどんどん上がってゆく。体の響く爆発音が、どこか刺激的で心地良く、眠くなってしまいそうだ。ここは雲雀の準備した席なのだから、ここでなにかあったら雲雀の責任になる。そう思えば気分も楽だ。

ザンザスは少し目を閉じた。スクアーロは大声ですげぇすげぇと叫んでいる。隣で寝ている幹部たちが、あーだこーだと一緒に話していた。ザンザスはどこかいい気分で、少しばかり意識を手放した。

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今年のお祭り絵のネタ

拍手[12回]

SCC20ありがとうございました

イベント無事終了しました!
新刊と百獣の~が完売してしまい、お求めいただけなかった方には申し訳ございませんでした。
たくさんの方に来ていただけて本当にありがとうございました!
3月のイベント分も含めて、みなあらぶっておられた…自分もねwww
計算遅くてすみません…。
通販はじめていますので、よろしくお願いします。
これから誤字の嵐に悶えるわけですな…おおおおお。

そしてIvXSの企画が発表されたりしてもうワクワクが止まりません!!
ザンスク城のときは入手できなかった陶器を今度は入手する!!(まだ根に持ってる)
ザンスク城ノベルティのマグカップ&TiamoXSのノベルティマグカップ、そしてアニメイトで出ていた剣帝さまシャンプーボトルが悔しさ100%のヴァリアーグッズです…!!(しつこい)

今回は一人だったのでちょっと会場回ったくらいでほとんどスペースにいました。やはりあちこちで地震の被害の話を聞いてしみじみ…壁から10センチ移動する本棚とか怖ッ!!

イベント後の甘味が心底美味しかったです…でも眠かった……つきあってくださった方ありがとうございました…! 喉痛くなりませんでしたか…私はなりました…。

久しぶりに東京行ったのに結局本買って本読んで布地屋で全ての布地に触ってニヤニヤしてきただけでした。
いつものことじゃねぇか!! でも都会の布地屋さんは柄がオシャレだったよ…!!
件のリバティプリントがいーかげん高いと思ってましたが、通販がよほどカワイイ値段だということもよくわかりました。お店の値段可愛くない…! でもこれ魔力だとも…ああん…www
紙買ったのにまた紙の棚の前でうろうろしてしまいました。ヤメロ。画材見るのもヤメロ。
新宿南口は世界堂といいユザワヤといいハンズといい紀伊国屋といい、オタクホイホイスポットですか…。

なんだかあまり空腹にならず、ほとんど何も食べずにもりもり動き回っていました。春だから?? 冬の間に腹に巻いていた脂肪を消費するために萌えていたようです。
久しぶりに同人誌買ったり読んだりして、なんだかすごく元気になりました!
「イベントの息吹」を感じて私もなんだかいろいろ滾った! 地震以来、やっぱりすごく沈んでいたんだな~~ということを改めて実感した次第です。

差し入れを下さったかた、ありがとうございました!! IvXSの修羅場の食料にします!!

会場を歩き回りながら、でもちょっとところどころで「被災したのでイベント不参加です」という張り紙がしてあって、ああ…と思ったり。あちこちで震災チャリティで本の売り上げ寄付とかノベルティ販売とかしてましたねー。
翌日のコミティアにも出かけて、オノナツメ先生&松本大洋先生の生原画見ちゃったり、生原稿見ちゃったりしました…IKKI100号記念で編集長が対談してて、「あの人50超えてるはずなのに外見40代じゃん!!」とゾクゾク。こえー!!
コミティアは目的の本は完売してましたが、念願の見本誌閲覧が出来てよかった~~! 男子サークルのイラスト本にはあんまり食指が動かないのに、評論ヘンな本にはときめきました。歴史本マジで面白い~~!
コミティアやっぱり面白いなー。コミケの三日目の西ホールみたいで楽しい。

家に帰ってからは死んだように寝ていました。印刷失敗して130枚くらい無駄にしたのが地味に応えた…。
週末は色々生き返ったので、お出かけしたりプリンタインクを買ったり紙を買ったり布地を買ったりしたいです~って結局いつもと同じかよ!!
あと図書館行きたい…ってやっぱりいつもと同じかよ!!!

最近ホントに外で御飯食べたいと思わなくなっててヤバい…あまりたくさん食べられなくなっているうえにすごい薄味になってきたので、店の味付けが濃くてなぁ…。酒も飲まないし刺身も食べないし肉も欲しくないしケーキもそんなに食べられないしアイスは寒くて食べられないし…とかってなんだこの年寄りみたいな生活(笑)。
まぁ昔から馬鹿みたいにたくさん食べていたので、今普通の女子レベルの量になっただけって話なんですが(笑)。
あと田舎のディナーセットが馬鹿みたいに量が多いからってのもある…最近東京のお店の量で足りるようになってきたwwとか言ってる程度です(サラダの皿があきらかに倍の大きさなのが田舎のデフォ)。

久しぶりの東京イベント楽しかったです! 声かけてくださった皆さんありがとうございましたー!!!!



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