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迷彩教室

 部室にはいつも先客がいる。
「よー、元気?」
「いつも不思議なんだけど」
「なんだよ」
「キミいつ学校に来てんの?」
 椅子から立ち上がって席を譲られる。彼が座っているのは自分の席なのだ。
「俺は普通に来てるぜ、部長サン」
「君が学校にいるの、見たことないんだけど」
「そりゃしょうがねーだろ。九クラスもあるんだぜ、全員の行動がわかるわけねーだろ」
「それはそうだけど」
「ここで会えるんだから別にいいじゃねぇか」
 確かにそうだ。今時一学年九クラスもある高校なんて滅多にないのだ。ここが県下で一番の進学校でなければ、もっとずっと生徒の数は少なくなっていたことだろう。
「で、キミ何の用なんだい」
「別に? 部長さんの顔見に来ただけさ」
「そんなに暇ならちゃんと部活に出てくれないか」
「学祭の時は出ただろ?」
「そりゃそうだけど…」
「だったらいいだろ? じゃ」
 じゃらっと金属がこすれる音がして、彼は部室を出ていった。いつもそうだ。彼は俺の顔だけ見るとすぐに出ていってしまう。いったい何をしに来てるんだろう?
 それにしてもとにかく勉強の厳しさでは洒落にならないこの学校で、あそこまで身なりに気を使えるのはある意味凄いことだ。文武両道がモットーの並盛高校では、たとえ運動部だって放課後の補習を抜けることはできない。成績が悪ければ部活動だって禁止されて土日補習だし、もちろん運動部以外の生徒だって土曜日は補習授業があるから毎週学校に行く。授業の速度も早いし、それでいて学外活動も活発で、全校生徒は必ず何かの部活か同好会に所属していなくてはならないことになっている。とにかく忙しいので、中学ではそれなりに身なりに気を使っていた生徒も、どんどん構わなくなってくるのが常だ。男子校なせいもある。洗髪する時間、ドライヤーをかける時間、それすら惜しんで寝ていたい、という生徒が大半なのだ。その中で、彼があれだけ身なりに気を使っていることは、注目に値する。
「あれで赤点がないってのが凄いよなぁ」
 自分もバカではないと思っていたが、上には上がいるものだ。よほど時間の使い方がうまいのか、何か秘訣があるのだろう。
 椅子に座った後は考えことをしていても、手が勝手に情報準備室備え付けのパソコンのスイッチを入れ、プリンタのスイッチを入れ、メールの確認をしてしまう。セキュリティが正常かどうかを確認してからプログラムの入っているフォルダを起動。
 数字の羅列を追いかけ始めたら、彼のことはもう忘れてしまった。

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七夕の夜に

うちのところは旧暦でやるからセフセフ!ということで。一ヶ月もいじくり過ぎました。

--------------------------------------------

 気がつくと知らない場所にいた。
 ここはどこだろう、とスクアーロはあたりを見回した。人の姿がまったく見えない。
 さっきまでザンザスと喧嘩をしていたのだった。きっかけはなんだったのか覚えていない。ただひどく腹をたてて怒っていて、手当たり次第ものを掴んで投げつけたことは覚えている。たぶん後頭部に何かぶつかった。思い出すと痛い。あのクソボス、なにしやがるんだ。
 思い出すとなんだか腹が立ってきた。腹が立ってきたのでスクアーロは更にずんずん歩き出した。スクアーロは歩くのが早いのだ。

「ちょっとそこのアンタ!」

 いきなり声をかけられた。女だ。見たことがない女。もっともスクアーロは大抵の人の顔を覚えていないので、大抵の女は知らない女だ。

「ダーリンをどうしてくれんの?」
「はぁ?」
「ダーリンよ!私の!アンタの投げたもののせいで、私のダーリンが倒れちゃったのよ」
「なんだそら知らねぇよ」

 女は見たこともない服を来ていた。顔立ちはアジア系っぽい。気が強くてはきはきしゃべる。俺が投げた? ザンザスと喧嘩したときのアレか。

「知らなくても困ってるの。ちょっとこっち来てよ」


 女はいきなりスクアーロの手を引っ張って歩き出した。すごい力だ。おもわず振り払うのを忘れて、スクアーロは女に促されるまま歩いてゆく。
 それにしてもここはどこだろう。晴れているように見えないが明るい。足元には白い花が咲いていて、どこかで川が流れているのか、さらさらと水の音が聞こえている。

「私のダーリンは牛飼いなの。元気になるまでアンタ、替りして」
「俺が?」
「そうよ。牛が逃げたら大変なの。逃げないように見張ってて」

 女がそう言って指さした先には、確かに牛がいた。

「牛の世話なんかしたことねぇぞぉ」
「そんなに面倒じゃないわよ。向こうの川に落ちないようにすればいいから。あと群れからはぐれると困るのでそれ見てればいいわ」
「そんなんでいいのかぁ?」
「それ以上のことなんか頼んでも無理でしょ。じゃ、頼んだわね」
「おい!」

 女はそれだけ言うと、さっさと歩いて行ってしまう。足早ぇなぁ。




 牛の世話してるだけなのは確かにそれほど面倒ではない。牛はおとなしいし、基本的に草を食ってるだけだ。時々迷ってフラフラしてるのもいるが、棒で地面を叩けばめんどくさそうに方向転換する。案外しっぽが当たると痛ぇ。

「いつまでやってりゃいいんだぁ?」

 しかしそれしかすることがなく、スクアーロはすぐに仕事に飽きてしまた。本当はいろいろすることもあるんだろうが、素人同然な自分にできることなどたかが知れている。
 ヒマだ。
 ヒマなので、スクアーロはぼーっとしながら、ザンザスのことを考えていた。基本的にスクアーロがぼんやりしていることは滅多になく、しかも一人でぼんやりしていることは滅多にない。
 何もすることがなくて手持ちぶたさな時は大抵ザンザスといっしょにいる。ザンザスといっしょにいる時はヒマを感じることはあまりない。ザンザスを眺めているだけでスクアーロは楽しいのだ。
 まったくチョロいというかどうかしてるとは思うが、改善するつもりはまったくないので問題ない。
 なのでスクアーロはザンザスのことを考えた。
 だいたいなんで喧嘩を始めたのだろう。思い出そうとしても思い出せない。
 たぶんどうでもいい原因なのだ。普通によくある喧嘩だ。
 なのにそんなことでザンザスを置いてきてしまって、早くもスクアーロは後悔している。
 会いたい。
 だいたいなんで自分はこんなところにいるんだ。そもそもなんで女に言われるままにこんなことをしているのか。というかここはどこだ。
 スクアーロは急にザンザスに会いたくなり、牛を放り出してザンザスに会おうと思った。たぶん歩いてきた道を逆に歩けばいいのではなかろうか、と思ったスクアーロは牛を置いて、来た道を歩き始める。

 しかし来た道を歩いてきたと思ったのに、気がつくと出発地点に戻っていた。牛がいる。のんびり草を食べている。おかしい。
 もう一度スクアーロは来た道を歩く。しかし途中でまた同じところに出てしまう。なんでだ。おかしい。

「戻れねぇのかぁ?」
「そうだ」

 誰も居ないはずなのにどこからともなく声がした。思わず回りを見回すが誰もいない。

「誰かいるのかぁ?」
「時間が来るまで戻れぬ」
「なんだとぉ!」

 姿は見えないが声はする。スクアーロはとにかくザンザスのところに戻りたい。空に向かって怒鳴ると、すかさず返事があった。

「おまえたちは織姫と牽牛の代わりに仕事をせねばならぬ。その日が来るまで戻れぬ」
「その日っていつだぁ!」
「次の七夕までだ」
「七夕だとぉ!?」
「来年の旧暦七月七日までだな」
「はぁ? あと一年もこんなことしてなくちゃなんねのかぁ!?」

 冗談じゃない、そんなに我慢できるものか。一年もザンザスに会えないなんてとんでもない!

「そりゃ無理だ! やめやめ! 俺帰るぜぇ!」
「おい」

 とにかくどうにかして帰らなくては。どうするかとスクアーロは考えて、そこでふと手元の指輪が目に入った。雨のヴァリアーリングがある。外していなかったのか、そう思って手を掲げる。ぼうっと炎が湧き立つ。

「お?」

 青白い炎に照らされて、スクアーロの目の前にうっすら、青い道が見える。これをたどっ
ていけばいい、直感がそう告げるままに歩き出せば、ほどなくして先に赤い炎が見える。

「ボスじゃねぇかぁ!」

 ザンザスの光を間違えるはずがない。スクアーロはその赤い炎に向かって駆けてゆく。向こうもそれに気がついたらしい。ぶわっと炎が揺らめく。

「カスザメか」
「ボスかぁ!」

 思わず駆け寄って抱きついてしまう。めずらしくザンザスが抱き返してくれて、それだけでスクアーロはすっかり機嫌がよくなってしまった。さっきまで大喧嘩をしていたことなどとっくに忘れている。

「早く帰ろうぜぇ!」
「そうだな」

 体を離してそう言い合った途端、ごおっと川の水が流れる音がした。急にあたりが白い水で覆い尽くされる。たちまちのうちにそれは二人包んで押し流していってしまった。




「…という夢を見たんだぁ」
「奇遇だなドカス、俺もだ」

 ベッドの上で気がついたら朝だった。
 あたりはものが散乱していて足の踏み場もない。ベッドの上だけが無事なので、そこまで逃げてきて寝転がったらしい。残念ながら服は着ていた。シャツは半分ボタンが取れ、ズボンは少し染みがついていた。ブーツは手が届かないほど遠くに投げ捨ててある。

「いやー、よかったぜぇ! 一年もボスさんに会えなくなったら大変だったぜぇ」
「そこかよ」
「重要だろぉ」
「まぁな」

 ザンザスの返答にスクアーロの顔が真っ赤になる。いまさらそんな言葉でいちいち赤くなるスクアーロが面白くて、ザンザスはその体を引き寄せたてキスをした。

「そういや昨日は七夕だったな」
「タナバタぁ? 夢で会った女がそんなこと言ってたぜぇ」
「一年で一度、恋人に会える日らしい」
「だからあんなこと言ってたんだなぁ」
「あんなこと?」
「牛の面倒一年見てろってさ」
「俺は機織り一年分だったぞ」
「ボスさんが機織り!? マジかよ!」
「結構面白かったぜ」
「なんだよぉ、それぇ」
「体は痛いが何かができるのは面白ぇな」
「へぇ」

 引き寄せた体勢のまま、ザンザスはスクアーロをベッドに押し倒した。おとなしく横になるスクアーロがあどけなく見上げてくるのがなんだかやけに新鮮だ、とザンザスは思った。気のせいだ。

「じゃあ機織りしてるかぁ?」
「バカ言え」

 ザンザスはもう一度その薄い唇にキスをする。

「織姫と彦星ってのは、あんまりイチャイチャしてるからってんで天の帝に怒られて、川の両側に引き裂かれたって話だ」
「そんなん当たり前だろぉがぁ、天帝ってのはヤボなのかぁ?」
「そうかもな」

 今度は待ちきれなくなったスクアーロが背中を浮かせてきた。ザンザスはそこに手を差し入れる。
 物を投げるのも機を織るのも悪くないが、この手はやはりスクアーロを抱きしめるのに使ったほうが有意義だな、とザンザスは思った。

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ばくはつしろ

「なるほどなぁ、考えたじゃねぇかぁ、サワダツナヨシぃ」

どこにでもあるような住宅地の一角に突如現れた異空間の、それを更に異空間にする問題の人物が口を開いた。
見目はおそらくこの狭い六畳の部屋に集うメンツの中でも一二を争う壮絶な美形、しかし中身は逆の意味で一二を争うバンカラで体育会系な男の声。
彼にとってはいつものことではあるが、しかしそれを聞いている回りの人間にとってはそうでもない。
モデルのような美人がべらんめぇな日本語で流暢に喋り出すのはいいとして、彼の前には名にし負うボンゴレのほこる暗殺部隊のボスが鎮座しているのだ。
なのにその美形はボスを差し置いて、この場で一番身分が高い男の次に――このメンツを収集した人間の次に――彼の提案した事項についての感想を口にする。
それは否定ではなく感嘆、つまりはそれを、全面的ではないが了承したということ。
しかしそれを組織のボスより先に口に出すことが出来るとは。
その発言の意味を、互いに自分のファミリーを持つそれぞれのボスは確実に理解した。

骸は、その意味を理解しているようないないような犬と、確実に理解しているが黙っている千種、理解しているがゆえにボスを伺うクローム髑髏の視線を浴びながら黙り込んでいた。
震える唇を抑えこむので精一杯だった。
口を開けば絶対笑ってしまうことを、懸命な骸は理解しているからだった。
骸は案外笑い上戸で、人と話をしている途中でしょっちゅう笑い出す悪い癖がある。
それをよく知っている部下は細かく震える骸の肩を横目で見ながら、果たしていつまで骸がそれを我慢出来るのかをつい、考えてしまった。

背後のロマーリオの肩に力が入ることを感じながら、跳ね馬ディーノは思わず唇を緩めた。
そうするとそうでなくても極めつけの美貌が光り輝くようで、いきなりふわっと甘い香りが漂うような心地すら感じてしまうことだろう。
もしここに、女がいれば――の話だが。
まったく勿体無いことだ、長年傍に仕えている腹心の部下は内心こっそり嘆きをつぶやく。
その憂いが紙一重で、彼の素晴らしいボスをだらしない色男にすることを避けているのだが。

その数少ない女子の位置にいるはずのミルフィオーレファミリー――それは『もう存在しないもの』であるからには、この名称は正しくないだろうが――いや、今はジッリョネロファミリーのボス、ユニはまったくそれに動じていない。
しかしその行為の持つ意味に気がついていないわけではなく、隣で白蘭の笑みがぎゅっと深くなり、何かを言い出しそうになるのを、服の袖を引くことで押さえ込んだ。
視線でそれに答える白蘭の、表情はいつもの喰えない笑顔で塗り込められている。
けれど今はそれは仮面ではなく、表情と感情が珍しく一致していた。

シモンファミリーは、ファミリーとして他所の集団と相対した経験がほとんどない。
なのでそのキラキラな美形の男、暗殺部隊の副隊長、十四にして先代のヴァリアーのボスであった剣帝テュールを屠った男、スペルビ・スクアーロが、ボスであるザンザスを差し置いて、十代目となる少年、沢田綱吉の提案に対して口をきいたことの意味をあまりよく理解していなかった。
理解していなくてよかった、と後にこの若いファミリーの面々は実感することになるのだが、それは後の話である。
特にシモンファミリーの要であるアーデルハイドは、ことごとくスクアーロと話が合わず、顔を合わせるたびに喧嘩をするのだが、それもまた後の話である。
今はただ、スクアーロが口を開いた途端、なんとなく場の雰囲気が変化ことをぼんやり、感じている程度であった。その程度ですんでいた。

バジルには十年後の記憶がある。
だからその態度を至極当然と受け止めていたし、指輪戦の後始末で何度かヴァリアーとの交渉をしてもいたし、十年後の未来へ召喚されもしたので、スペルビ・スクアーロのその態度には別段異常を覚えてもいなかった。
十年後の世界ではそれが普通だったからだ。
突然召喚された十年後の世界では、スクアーロはほとんど独断行動と責められるべき行動を自分の判断で行っていた。
あまつさえ緊急連絡網を使って、本国で戦後処理に忙しいヴァリアーの幹部たちを極東に呼び寄せる、などということもしていたのだ。
それから考えれば、この程度の行動は大したことではない、とバジルは感じていた。
なのでべつだん、これが少しおかしいことではないのか、という事実に思い至らなかった。
けれどよくよく考えてみれば、スペルビ・スクアーロの態度は、マフィアの組織の一員として、フリークスを統べる部隊の一人としては、許されない行為であるのだ。

ボスより先に発言を許されるのは部下ではない。

ザンザスはスクアーロを見もしないし、スクアーロが先に口を開いたことに対して、不満を感じているようにも見えていない。
それをさも当然のように受け取って、提案された事項について、聞いているのかいないのかすら判らないままだ。
それを当たり前だと思っていることが相当異常なことだと、その時のバジルは全く感じていなかった。
慣れって怖い。

「てめぇの提案にしちゃあいい考えだぁ!」
「そ、そうかな?」
「悪くねぇ考えだとは思うぜぇ。とにかく負けるわけにはいかねぇからなぁ」
「うん、だから、あとはね」
「相手するグループの組み合わせだろおなぁ」

そこまで言って、スクアーロはちらりと回りに座っている各ファミリーのボスを見た。

「僕綱吉くんと組むのヤだなぁ」
「俺はツナと組んでも構わないぜ」
「ぼ、ボクも…」
「沢田綱吉と組むくらいならサル山のボスと遊んだほうが楽しそうです」
「拙者は十代目をお守りしたく…!」

それぞれのファミリーが自分の希望をてんでばらばらに口にする。
しばらくそれぞれが自分の希望というか言いたいことを勝手に言い出してきた。
一気に部屋の中が騒がしくなってきた。
日本人である沢田綱吉は完全にその意見交換に呑まれていた。
日本語がいかに流暢でも半数は欧州人、自分の意見をいうことにかけては慣れていた。
いずれ劣らぬ個性派のボスがこれだけの狭い場所に集まって、それぞれの意見をてんでばらばらに述べているのだ。
騒がしくないわけがない。

「ボクもう綱吉くんと戦ったからいいやー。今度は暗殺部隊の皆さんと一緒に殺したいなー?」
「う゛ぉぉい! 俺たちは遠足の引率じゃねぇぞぉ!」
「似たようなものではありませんか。ビックリ人間大集合でしょう」
「なぁに言ってんだぁ六道骸ぉ!オマエんとこだって似たようなもんだろぉ!」
「一緒にされるのは不本意です」
「そういや恭弥はボスウォッチ壊しちゃったんだっけ?」
「名前呼んだら出て来るんじゃね?」
「あの男はなぜここにいないのだ」
「エース君いたらオマエ口きけねぇんじゃね?」
「妖艶だ…」
「覗きこむのは禁止なのだ!」
「拙者を使っていただきたいでござる十代目!」

喧々囂々、会議は踊る。
え、これどうやって収拾つければいいの、と沢田綱吉が自分の上を通り過ぎる自己主張の応酬に戸惑っていると、目の前に座って一言も口を開かなかったコワモテの美丈夫が、今日初めて口を開いた。

「一番弱いところにてめぇが行って門外顧問の小僧と組め。後はこっちでやる」

え、何、それってどういうこと、沢田綱吉が言われた言葉の意味を考えている間に、すかさず外野が口を出した。

「おお、そりゃいい考えじゃねぇかボス!」

つーかここにボスって何人いると思ってるの、とすかさず綱吉はココロの中でツッコミを入れた。
それはほとんど条件反射だ。
なんというか綱吉のほぼ対角線上に座っている、目付きの悪い美丈夫と柄の悪い美人の醸し出す問答無用のリア充な空気がなんだかとにかくいたたまれない。
なんでこの人たちこんなに夫婦然な態度で座り込んでるの。
そもそもなんでザンザス靴脱いでないの、えらそうにふんぞりかえって座ってるの。
その後ろにヴァリアーの皆さんが揃っているのは別に構わないんだけど、隣に座ってるスクアーロの膝の上になんでザンザスの手が乗っかってるの。
なんで掌が下向いてるの? なんでスクアーロの太ももをザンザスが触ってるの?
スクアーロはそれをなんで払わないの? つーかなんでそのままにしているの?
綱吉の頭の中ではものすごい速度で膨大なツッコミが駆け抜けていった。
せっかく一生懸命考えて、リボーンを追い払ってまで皆を集めて話をしているのに、なんでこの人たちだけなんかこう空気に色がついてるような気がするんだろう。いや、気のせいじゃなくて色ついてるよね?
十年後はともかくとして、指輪戦の時はここまでじゃなかったよね??
何があったの。ナニが、とかいやぁあああやめてぇえええ俺は健全な男子中学生です!

「じゃ」

スクアーロはザンザスの発言を全面的に肯定した後、綱吉をじっと見た。
別に強制されているわけではないのに、綱吉もスクアーロを見る。
スクアーロは素直にまっすぐ綱吉を見て、『さあボスの言ったことを承認しろ』といわんばかりである。
会議が始まった時から感じていたキラキラ加減が一層増して、なんだか綺麗過ぎて心臓が痛くなりそうな勢いである。ならないけど。俺そういう趣味じゃないから! 違うから! 
綱吉は脳内で懸命に自分にツッコミを入れ続けた。そうでもしないと耐えられない。
スクアーロのむやみやたらなキラキラ加減と、それを隣で感じているザンザスの微妙な「どうだいいだろう」って顔も。

「う、…うん、…そう、…だね…」

ノーと言ったら何が起こるのか想像出来ない。
というか想像したくない。
なんでこんな時に十年間の未来の記憶がフラッシュバックするのか問い詰めたい。
マジで俺の脳みそどっかおかしくなってんじゃないのー!? と、残念ながら脳内だけでそう叫んでしまう沢田綱吉の脳裏には、今より更に婀娜めいた、妖艶とさえ感じる容貌でボスの隣に侍る二代目剣帝が、どれだけの音声で抗議の声を上げるのか――というありがたくない記憶が一気に思い出されてきた。
ここで綱吉がノーと言ったら、たぶん自分の耳が無事では済まないだろうこともたやすく予想できた。
これ以上自分の部屋に被害をもたらされたくなかった。

「そっかぁ! だよなぁ、さすがボスだぜぇ!」
「え、そっちなの…?」
「じゃ、そーゆーことで構わねぇかぁ?」

最後はそれで締めてしまう、スクアーロの台詞があまりにもなんだかアレだった。
十年後も全く同じ台詞で締めていた。
こういうところの成長全然してないんじゃないの、沢田綱吉は頭を抱えたくなった。
そして心の中で呪文を唱えた。

りあじゅうばくはつしろ

最近詳しく意味を知らない笹川了平に教わったのだが、今の自分はこの台詞をいう資格があるのではないのだろうか。
こんな緊急事態だっていうのに何この甘いピンクな雰囲気。
嬉しそうにザンザスを褒めるスクアーロはキラキラしていて目の毒なくらい美人さんだし、その声を聞いているザンザスは不機嫌に見えるがものすごく機嫌がいいらしい。
同じような超直感持ちである綱吉には、ザンザスが一生懸命ポーカーフェイスを装っていることもよくわかっていた。
あれ本当はすごくうれしくて嬉しくてたまんないんだぜザンザスの奴こんなところでイチャイチャしやがってなんだよ俺にだって京子ちゃんがいるんだよ今日は話できたんだからなこいつうれしいならうれしい顔しろよ!おまえがうれしそうにしてたら怖いと思うけどなザンザス!つか想像出来ないけどな!

りあじゅうばくはつしろ

この会場の全てのボスの心の中には同じ呪文が大合唱されていたことを、当事者だけが知らなかった。

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早めの準備がオススメです

「う゛~~~~~」
「何唸ってるのスクちゃん、子供でも産まれるのかしら」
「まだ臨月じゃねぇ…じゃねぇ! ちょうどよかった、ルッスこれ見てくれぇ」
「何かしら、カタログ? 神戸牛5人分500グラム、新潟産コシヒカリ平成23年度新米産地限定、北海道産たらば蟹300グラム? 九谷焼急須と湯のみ5客セット…うちには足りないわね、何これどうするの、注文するの?」
「ああ」
「日本語のギフトカタログって色が綺麗ねぇ! 品物もたくさんあるし、海外発送ってしてるのかしら」
「対応してねぇと思うぞぉ」
「あら、じゃあなんでこんなもの見てるの。うちに送るんじゃないの?」
「違ぇ」
「じゃあ十代目のところにでも送るの?」
「あっちはもう送るもん決まってるからなぁ。ボスさんが決めてるから俺が口出すもんじゃねぇ」
「じゃあ貴方なにしてんの」
「お中元選んでるんだけどよぉ、全然決まらなくって困ってるんだぁ」
「お中元? これどこに送るの」
「コクヨーだぁ」
「コクヨー? ああ、骸ちゃんのところね」
「むく……あ、ああ、あっちの霧の保護者んとこだぁ」
「なんでまた?」
「あー、ほら、フランがよぉ、あっちに行っただろぉ」
「あー、そ、そうね…。貴方と骸ちゃんがえげつない争いしてたわね。思い出したくないけど」
「まぁなぁ…」
「まさかフランちゃんが記憶喪失になってるなんて、驚いたわー」
「まぁどこまで本当なのかわかんねぇけどなぁ。腐っても霧の術師だからな、あの年齢であそこまで幻術が使えるってぇのはマジ才能あっからなぁ」
「そうねぇ、霧の人の言うこと本気にするわけにはいかないわよねぇ。あのヒトたち、覚えてないとか言っても本当かどうかわかんないもんねぇ」
「まぁなぁ。…ま、こっちに来ても悪くはねぇだろうぉけどよぉ、骸んとこでしばらく勉強したほうがいいと思うけどなぁ」
「まぁ、骸ちゃんは言動がおかしいけど、案外普通の子だものね。言動が変態くさいだけで」
「まぁなぁー。マーモンよりはちゃんと幻術を教えてくれるんじゃねぇかなぁ」
「そうねぇ、いきなり王子のナイフ攻撃にさらされたら、今のあのこじゃ死んじゃうかもしれないわぁ」
「まだあっちのほうがマシじゃねぇかぁ。女もふたり、いるしなぁ」
「そうねぇ…あんまり役に立つようには思えないけど」
「でも女がいるってことはいいことだぜぇ。少なくとも幻術を扱うには、いい勉強になるんだろぉ」
「それはそうね。女を惑わすなんて、それこそ一級の幻術じゃないのかしら」
「まぁなぁ」
「で?」
「だからそういうこった」
「意味わかんないわ」
「約束したんだぁ!アイツと、骸とよぉ!」

そこまで言ったスクアーロはこれで説明責任は果たしたと言わんばかりに、また黙ってカタログをパラパラとめくって眺めているばかり。
ちょっとそれあなたの悪い癖よ。
そう言い募ろうとして、記憶の中に浮かんだ単語を、ルッスーリアは思い出した。

「あら、もしかして、それ」
「ああ?なんだぁ?」
「そういえばフランちゃんをあっちにやるときにそんな話してたわよねぇ?」
「そうだぁ。だから選んでるんだけどよぉ、いったい何にすればいいと思う?」
そういえばそんなことがあった。すっかり忘れていたけれど。
「フランちゃんをあっちに預ける代わりにお中元を送るって、あなた大きな声でタンカ切ってたわねぇ…」
「そーゆーこった。やっぱ無難にくいもん系だろぉなぁー。ジュースの詰め合わせにでもすっかなぁ」
「そうねぇ」

そうとわかれば話は決まった。あっちにいるのは子供ばかり、男女混合なのでドリンクかお菓子。なるべく数が多くて甘いもの、小分け出来るバラ包装のものがいい。手を使わず入れ物に入れる必要のないもの、なるべく冷蔵庫にいれなくてもいいもの…と思いながらカタログを、スクアーロと一緒に見る。

「やっぱりお菓子かしら。小分け出来る、冷やさなくていいもの」
「そうなのかあ?」
「子供ばかりだもの、届いたらすぐに食べたいでしょう」
「そうかぁ」
「数が多くてお腹いっぱいになるものがいいかもしれないわ。男の子がフランちゃん含めて四人、女の子が二人よね?六人で分けられるものだから、最低でも6個以上ないと」
「そんなにいるんかアイツんとこ」
「結構大変ねぇ。あれで案外苦労してるのかしらねぇ、あの子」
「うちんとこより金はねぇだろうなぁ」
「そうよねぇー。子供が多いし、大変だわぁ」

つか子供じゃねぇし、なんでこんな所帯染みた話してんのこの人たちマジわかんない。
何それお中元ってマジそれ贈るつもりなのなんでそんなもんあのクソカエルの保護者んとこに贈らないといけねぇの?
つかその代金どこから出すの? ヴァリアーの公費使うわけ? ボスにその書類回すの? マジで? 
つか何度も思うけどあいつら別に骸の子供とかじゃないんじゃね?

二人の会話のどこに突っ込んでいいのかわからないベルフェゴールとマーモンの、声にならないツッコミが、ソファの死角で繰り広げられていた事を、二人は知らない。

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悪魔の指先

「あら」

女の眼差しは鋭い。大抵のものを見つけてしまう。隠していないものでも簡単に見つけてしまうそれが、隠そうとしているものを見つけてしまうのは本当に素早い。だからこの世で女が知らないものはないのだ。男がそれを知らないというだけで。

「綺麗ね」

女の感覚は男の中にもいくばくかは存在する。それを育てる機会があるかどうかだけの違い。勿論、女の中に男は常にいる。ただそれは育てる必要はないものだが。
彼女はその間にいるモノ。自分がどちらでも「ある」ことを知っている。彼女はどちらでも「ある」。男でもあり、女でもあり、生者でもあり、死者でもある。生きているものを愛しながら、死んでいるものを愛でている。いや、生きているから死んでいるものを愛しているのだろうが。

「へ?」
「そこはもっと上品に返事なさいよ」
「はぁ。…はい」
「どうしたの? それ」

極彩色のモヒカンの色はシャンパンゴールドと蛍光ピンクの入ったグリーン。最近定番の緑にピンクとゴールドをあわせるのがルッスーリアのお気に入りだ。
今日はその彼女のお気に入りのピンクの入ったチェックのシャツを着ている男が彼女の目の前のソファに座っていた。遅いティータイムにお茶を入れてきたところにやってきたのは、昨日一週間ぶりにヴァリアーのアジトに戻ってきた銀髪の男。
思ったより仕事に時間を取られて、戻ってきたときはフラフラ、意識が半分ないようだった。そんなになってまで戻ってこなくても、あと一泊してくればよかったのに。そう出迎えながら言ったルッスーリアに、「どうせ寝るならここで寝てぇなぁ」と答えられて少し、嬉しくなったけれど。
はたして眠れたかどうか、あやしいわね、と彼女は思う。

「何がだぁ」
「それよ、それ」

スクアーロは彼女が指さした先に視線をやって、しばらくそれが意味するところを考えていた。と、いうより、何が指摘されるようなことなのか、本気でわからないようだった。

「何が、だぁ?」
「気が付かないの? 爪、よ」

スクアーロの右手の爪が、全部、綺麗に整えられていた。



昨日、戻ってきたスクアーロは珍しく、左右色の違う手袋をしていた。
左手の手袋を汚して駄目にしてしまったらしい。

『義手のほうだけ出してるわけにもいかねぇだろぉ』
『それでそんなことになってるの?』
『スペアが終わっちまってよぉ…色違いのしかねぇし、ないよりマシかと思ってしてたんだぁ。あー、やっぱ我慢出来ねぇなぁ』

そう言って手袋を脱いだ右手は相当荒れていてあちこちに傷があった。さらには爪先があちこち割れて欠けていて、あまつさえ爪の間には、何かがこびりついてドス黒くなってさえいたのだ。

『ちょっ、スクちゃん、どうしたのそれ』
『ちょっとついでにドンパチやっちまってよぉ。綺麗にしてるヒマなかったんでそのままで来ちまったんだが、こうして改めて見るとやっぱ、きったねぇなぁー』
『ちゃんと手を洗って消毒するのよ?』
『わかってらぁ-!』

そういってヒラヒラと、血なのか泥なのかわからないもので汚れた手を振りかざしながら、階段をけだるそうに登ってゆくスクアーロの背中を眺めていたことは憶えている。
スクアーロがあんな塩梅なら、今日の仕事はありそうね。
そんなことを考えながらルッスーリアは、回廊の先を伺い見る。
『クーちゃん、お仕事よん』
『アオ―――ンッ!』
『…明日スクちゃんに貴方使わなくても済むといいわね』


そんなことを思い出しながら、ルッスーリアは、今見たそのスクアーロの指先は、五本全てが綺麗にくるんとまるい半月になり、全てが同じ長さに整えられているのを見た。
断面もまろやかに削られていて、曲線が非常に丁寧で美しい。普段はあまり輝きのない表面にも、オイルでも塗ったのか、ツヤツヤと光を反射して輝いていて、そこだけがつくりものめいていて君が悪いほどだ。

「これスクちゃんが自分で切ったんじゃなさそうね」
「…え…?」
「何その顔」
「あれ…? なんでこんなんなって……ん……だ……ぁあああ■■■あああっ!??

スクアーロは自分で言いながらその「原因」に思いついたらしい。
一瞬耳が聞こえなくなるほどの大声で怒鳴ったスクアーロを咎めようと視線を上げたルッスーリアの前で、たちまちのうちにスクアーロの、白い肌が煮えたシュリンプのように赤くなる。耳は薔薇色のオーロラソースのよう、頬は熟れたトマトのように真っ赤になって、あ、あ、言葉を忘れてぱくぱくと、唇は無駄に開いて閉じるをするばかり。

「あ、あ、……あんのっ、……クソボスッ……!」

最後のほうは消え入りそうな小さい声で、けれど目一杯の怒りを込めて、けれどそれ以上の羞恥が喉を塞いでいるから、かすれてしまいそうな音で。

そうやって真っ赤になった頬を潤んだ瞳で彼の人を呼ぶスクアーロが昨夜、クタクタに疲れてヴァリアーのアジトの最上階に向かったあとで、何をされたのかはだいたい、ルッスーリアには想像が出来てしまった。

「…綺麗にしてもらってよかったじゃない。どうせアンタがすかーっと寝こけ起きてこないから、ヒマにあかせてボスが磨いてくれたんでしょ」
「アイツの肌に傷がつくのが嫌だって言ったからだろぉ……」
「あなたが? …いつ?」

ルッスーリアの質問に失言に気がついたスクアーロが音をたてて席を立つ。そのまま凄い勢いで部屋を出ていってしまうのを、ルッスーリアは鷹揚に見送った。

「ゆうべはさんざんお楽しみだったみたいねぇ…。スクちゃんをぐっすり眠らせてあげるなんて、よほど寂しかったのかしら」

スクアーロの右手の指の爪はあまり綺麗ではない。義手の左手ではなかなかうまく爪を整えることが出来ず、いつも曲線はガタガタ、ヤスリを適当にあてて引いた爪は形が悪くて、角が鋭角で乾いていた。一週間の出張の間には、ヤスリを当てる間もなかったろう。
それが傷つけたボスの体はどこだろう。見事な筋肉で研ぎ出されたセクシーな背中か、たくましい肩か、それとも抵抗でもして頬をひっかきでもしたのかしら。
どんなやりとりがあったのかしら。スクアーロが謝って、ボスが右手を取って、じっくりとあの赤い瞳で検分して。お洒落なボスのことだから、きっと眉を顰めて怒ったでしょうね。

「寝ている間に爪を磨いて綺麗にしてあげるなんて、ボスはホントにスクちゃんの体が好きだわねぇー」

まぁでもそれは仕方ないことかしら。
だってスクアーロの体は、どこもかしこも全部、ボスのものですもね。
ボスはものに執着するような方ではないけれど、自分のものは大事にする人ですもの。


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あいしているよ 

山本とスクアーロ、酔っぱらいの戯言。

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俺はお前をあいしているよ。

ゆめうつつで聞いた声は間違いなく彼の人の声で、でもこんなしずかに言葉をつむげることなど実はほとんどしらなかった。
いや、しってたかもしれない。
はじめてきいた、そう思った次の瞬間、あ、これ聞いたことがある、と思ったからだ。

得物を手にして打ち合うのはひさしぶり。けれどその木の刀の先からでも、互いの過ごした時間がわかる。何を食べて何をして、毎日どうして過ごしていたのか、それこそ手に取るように「わかる」。

それは誰にも説明できない。

なんでわかるんだと獄寺は問い詰める。
こわくないの、とツナは言う。
そうか、それはいいな!と先輩は褒める。
ふうん、委員長は鼻で笑う。
そうか、と父さんはただ応える。

たぶんだれにも説明できない。
俺にも、スクアーロにもそれは出来ない。
でもわかる、わかった気がする、わかってしまう、わかって「いる」。
生活も言葉も世界も年も、全部違って全部知らない。同じなのは性別と、たぶんこの手の中の刀を振るう、その歓喜、その恐怖、その畏れ、そんなもののあれこれに、たぶん二人とも魅入られていること。
一番原始の武器のひとつ、研いだ刃で獲物を切っていたそのころから、たぶんこの体に流れるなにか、血の滾るおそれの何かを、スクアーロと俺は共有してる、と思ってる。
うぬぼれかもしれないけれど。


うん、おれも。


思わず答えた言葉にふっと、笑う気配があって、それにつられて自分も少し、緩んだ唇が笑ってしまう。
いい気分で疲れていて、シャワーを浴びて、酒を飲んで。ベッドにどうやって入ったのか覚えてない、ただ近くにいることはわかる。
スクアーロはいい匂いがする。酒を飲むとそれがいっそう強くなる、懐かしいような、悲しくなるような匂いがする。
自分じゃ気が付かないだろうし、たぶん誰も気がついていない。少し血なまぐさい、それは冷たい魚の匂いだ。
俺が毎日嗅いでいた、生きた魚を捌いた店の、厨房の匂いにそれはよく似ている。

そうか。

こたえる声には焦りはない。ねむくて瞼がひらかない。言葉の半分も声にならない、けれどなぜだか、きっとスクアーロはわかってる、ような気がした。
俺はいつもうぬぼれている。

スクアーロは俺の師匠で、兄で、先生で、憧れで、目標で、夢みたいなもんだ。
それでいて現実で、冷酷で、異邦人で、たぶん全然相容れない人間なんだと思う。
でも惹かれてしまう。ものすごく。全部の存在が、俺の全部の関心をひいてしまう。
強い磁石みたいなもんだ。好きとか嫌いは関係なくて、ただ惹かれてしまう、引き寄せられてしまう、近づいてしまう、そんな存在なんだろう。

オレもあいしてる。

初めてそんな言葉を口にする。半分寝ているから、なんだって言える、そんな気がする。酔ってるせいかもしれない、どんな言葉も口にするのに問題はない、そんなふわふわした気分。

おまえ、それ、おれにいってもいいのか?

いいよ、べつに。だってスクアーロは――じゃん…、オレの。

……そうだな。

そうだな。
スクアーロの返事で、俺はいろいろなことが全部すとんと腑に落ちた。そうか、そういうことだったのかといまさら、いまごろ気がついた。

しってた?
……しってる。
――そうだな。おれにもかぞくはいるが――、それとおなじくらい、おまえのこともあいしてるぜぇ。
…へへへ。うれしい。
…そうか。
……うん。

返事をするのがとてもつらい。口が思った言葉の半分も声にしてくれない。
スクアーロの返事もよく聞こえない。はっきりしない声も返事も、ああ、スクアーロも眠いんだろうと考える。

おまえをあいしてるよ。おとうとのように、でしのように、ぶかのように、あいしてるよ。

うん、……。

返事、したのかなぁ。もう眠くて眠くて、声もよく聞こえない。
スクアーロの声はまるで子守唄みたいで、本当に気持ちがいい。ああ、このまま俺、本当に寝てしまいそう。

だけどなぁ、おまえにゃ悪ぃが、おれのな、……。

スクアーロは何か言ってる。はっきり意味を理解できないけれど、たぶんそういう意味では愛していないと言ってる、んじゃないかと思う。…たぶん。
それも俺の希望的観測。そうじゃないかもしれないけど、でもたぶんそれで間違いない。
それはしょうがないよ、だって俺もツナのこと、大切だし。スクアーロと対して戦うのも、スクアーロと一緒に戦うのも、どっちもものすごく楽しくて、辛いけれどどっちも、本当に刺激的で、うれしくて、俺にとっていいことだってわかってることがわかるから。
それでも絶対、あんたは俺に、こっち来いって言わないこともわかってることをわかるから。
そうしたらこうして、アンタと刀を交えることが出来なくなってしまうってことを、たぶん俺もアンタもしってる、から。
それが惜しいと思ってくれてることが、すごいことだってことも、わかる……から。

わかってるから、また、あそんでくれよな?

遊びじゃないって怒るところまで全部、目に見えるけどそういった。言ったつもりで本当は、口になんか出せなかったのかもしれないけど。

あそびじゃねぇぞぉ、お前なぁ、………

うん、返事、したいけど、もう、限界。
ごめんね、スクアーロ。
おれもあいしてるよ。
母さんみたいに、父さんみたいに。
あいしてるよ。


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リングの値段

「よっスクちゃん相変わらずいい尻しとるのう」
「ぎゃあああ何すんだこのクソジジィ!」
「いいではないか、スクちゃん、老い先短い年寄りに一時の楽しみくらい与えてくれてもバチは当たらんよ?」
「そういうならとっととくたばりやがれ!」

暗殺部隊の副官の体に触れることが出来てなおかつ殺されない人間は多くない。
しかも触れた場所が腰から下で、あまつさえボンゴレ一の脚線美を誇るとされる(ランキングフウ太調べ)スクアーロの見事な尻を揉みしだくなどというハレンチ極まりない行為をおこなって本人に殺されない人間が、ザンザス以外にいるのだ…ということを、その時初めてスクアーロ以外のその場にいた全員が知った。
しかも相手は九代目より年長者と思われる腰の曲がった年寄りで、どう見ても幹部の誰よりも機敏に動くとは思えない外見だ。(実際そんなに機敏に動けるとは思えない)

なのにそのクソジジィに腰に手を回され、尻を揉まれても、スクアーロは相手を殺したりぶっ飛ばしたりしないのだ。
これは大変珍しい事態である。

「……すげーもん見ちゃったんだけど、」
「明日何かあるのかしら。私まだ死にたくないわぁ!」

幹部が全員呼びつけられて、ヴァリアーのアジトの玄関ホールに揃っているのは、今回の訪問者が特別な人間だからだ。
それは各自理解しているが、それにしてもこの年寄り、只者ではない。

「スクアーロ、いい加減にしてくれないかな。それにこれはボクの客だよ」

ベルフェゴールの頭の上に乗っかっていたマーモンが、ファンタズマを頭に載せたまま、ふわふわと宙に浮いた。

「ようこそ、ヴァリアーのアジトに」
「ふぉふぉふぉお招きありがとう、霧の赤ん坊よ」
「一応ボスに合わせるよ」
「ほほぉ、ザンザスも一人前になりよるのう」
「ジジィは相変わらずジジィだね」
「おまえも相変わらず赤ん坊だのう」
「キミと無駄話してる時間は無駄だよ。とっとと用事を済ませようか」
「おぬし赤ん坊の癖にせっかちじゃのう」
「キミは年寄りは悠長でいけないよ」

そんなことを言いながら、マーモンが宙を舞いながらその人物を導いてゆく。その後ろを杖をつきながら、腰の曲がった老人がついてゆく。

「相変わらず食えないジジィだなぁ、てめぇ」
「ほっほっほっ、それにしてもスクちゃんは美人さんになったのう。ザンザスに毎晩可愛がられているんかの?」
「うっせえぞぉ!」
「ほっほっほっ、仲良きことは美しきかな、だのう。眼福眼福」

ここ最近、スクアーロはザンザスとの関係を揶揄されても、すぐに否定するようなことはしなくなった。今日もそうだ。一瞬の間も開けずに、それを否定するのではなく、それを指摘されたことを責めるようになった。
つまりはそういうことなのだろう。

「すごいわー、ただの年寄りじゃなかったのね」
「ただの彫金職人じゃねーんじゃね?」
「一応ボンゴレリングを作れる唯一の人間ですもの」
「あのジジィ、いったい何歳なわけ?」
「そうねぇ…」

ボンゴレリングは人を選ぶ。それは伝説の話の類ではなく、真実それをはめる人間を、それによって引き出される「ちから」を持つ人間を選ぶのだ。
それがどんな種類のものなのかを、ヴァリアーの幹部たちは身を持って知っている。彼らのボスが身を持ってそのことを証明した苦い思い出があるのだ。
しかし改めて考えてみるとそれって一体どんなものなのかよくわからない。
呪いの指輪の話などよく聞くが、実際にそんなものがあるとは彼らは誰も信じていない。人の思念が指輪に宿るものだとは信じていないが実物は見ている。しかしだからといってそれがどういう仕組なのか知りたいという欲求とはまた別のものだ。
そもそもそんな大層なものを意図的に作ることなんか出来るのか?と考えるのが常識といえば常識だろう。そんなことをこの暗殺部隊に望むのもそもそも大変におかしいことではあるが。

とにかくなんだかわからないおかしな指輪を作ったり壊したり鋳直したり打ちなおしたり出来るというだけですでに化物の類である。それとも魔術師か魔法使いか。年を取らない赤ん坊がいるんだから呪いとかはあるんだんろうが。

そんな怪しい年寄りに、ヴァリアー一の現実主義で守銭奴なマーモンが、大枚はたいて新しい指輪を作るように、と頼んだという話からしてそもそもとんでもないことである。マーモンは本気だ。守銭奴の赤ん坊がマルがいくつも並んだ小切手を切るなんて明日は嵐かなんかか。

「それほど本気だってことじゃないのかしら?」
「流石に金貯めこんでんなー」
「まぁあのジジィ腕は確かだからな」

珍しくスクアーロが素直に褒めるのにベルフェゴールとルッスーリアが驚く。ということは相当彼の腕を認めているということなのだろうか。

「そういえば十年後のヴァリアーリングはタルボじゃなかったわね、作ったの」
「確かルッスと仲よかったデザイナーだったろぉがぁ」
「あー、そういえばそうね。彼、今どうしてるのかしら」
「そのうちどっかで会うんじゃね?」
「そうだといいわねぇ~」
「たっくよぉ」

スクアーロはまだ腰のあたりをさすっている。そんなにボス以外の男に触られたのが嫌なのかしら、なんで外野はうっすら思っている。それともよっぽど昨夜激しかったとか?まさかね。

ボスの部屋に案内した顔の見えない年寄りが、いきなりザンザスの昔話を初め、さらにはスクアーロのことについてかなり踏み込んだことまで突っ込んで聞いてきたあたりで、それがどちらも真実だったことを幹部たちは知るのだが、それはまだ少し後のことだ。

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なんだかやたらと手間取った小ネタでした。毎回スクアーロは尻を揉まれていて、毎回「ほほぉ御曹司はお盛んだのぅホッホッホッ」とか言われてます(笑)。

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灯りをつけましょぼんぼりに

緋毛氈の上に引き倒す体があまりに白くて、それがどうにも小気味良い。
衣擦れの音がする服というものは知っていたが、これはザンザスが聞いたことがあるどの衣服とも違う音がする。何かが、そう、きしむような、ささやかな、しかし耳に残るような、音。
きしゅっ。
見た目はひどく硬いように思われるその衣服は、しかし実際は驚くほど掌の熱に馴染む。どうやって身につけていたのか、知るまではさっぱりわからなかったが、実はボタンもファスナーも紐もないと知ったときの驚きは、そう、いかばかりか。
それを今、スクアーロも味わっているのだろうか?
「おいおい」
「なんだ」
「なんで脱がし方知ってるんだぁ…?」
「着方を見てただろう」
「もう一回着られるのか? これ」
「知るか」
そう言いながら薄い体を幾重にも包んでいる布を取り去ることに専念する。動作自体は単純で、洋服が上下に脱ぐ構造だとすれば、これは前後に――前を開いて後ろに抜く、を繰り返すばかりの構造であるようだ。
それが思いの外楽しい。細い紐を巻いただけで形がなせるのは、摩擦と隙間の綾であるものなのかと思いながら、脇の下に手を入れた。
「どうしたんだぁ? 急に」
「さあな」
絨毯によく似た色をしているこれは、つまりはフェルトと同じものだ。その下は植物性の繊維で編んだものが敷いてあるだけ。背中が痛いと言われるのは必定で、しかしこの赤と白と綾なる衣服のコントラストは目だけで味わうにはもったいないと思われた。
「赤いのでも見て、興奮したかぁ?」
蓮っ葉な口を効くこの男こそが、内実そうなっていることを、知らないとでも思っているのだろうか。知らないのか、赤と白とのコントラストこそが、ザンザスを興奮させるものだということを知らないのか? 本当に?
キュッと絹の帯が鳴いて、裾を割ると灯りの下、あらわになる太股の白さが一層際立った。あまりに清廉すぎて、かえって卑猥にすら感じる。
「そうだな。てめぇがな」
知ってるとでもいうようなえらそうな顔をして、スクアーロが笑みを作る。これから情事を行うという顔ではない。
「そうだぜぇ。知らなかったかぁ?」
手の中で鳴く布地の音が少し高くなった。これはこれで悪くないものだ。

部屋の隅には腰まである台にすえられた、人形がじっとこちらを見ていた。数が多い。揃いの一団であるらしい。
それを見ていると、下から手を伸ばして、同じようにザンザスの着物を脱がしているスクアーロが、不満そうに襟を引く。
「気になんのかぁ?」
「いや、……」
「見せておけよぉ」
「見るわけねぇ。人形だ」
「それもそうだなぁ」
スイッチが入ったスクアーロは実にわかりやすい。わかりやすいことはいい。疑わなくていいからだ。

緋毛氈の上でもう一度、スクアーロがにやっと笑ってキスをしてきた。





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残念な神が支配する・4

AM10:30

 俺ナルシストだったんだろうか。

 なんだか今朝からいろいろショックだ。

 こんなことがあっても結局腹が減る。
 人間どんなことがあっても腹が減るもんだ。
 俺はそれをよく知ってる。
 だからなんというか、いくらショックなことがあっても腹が減ってなくても、食べ物を口に入れることには抵抗がない。というよりは機械的に御飯を食べることを、一時期習慣のようにしていたことがあるから、味がしない食事をすることは別に辛くはない。
 だから今朝もそんな感じだった。
 辛いことではないが衝撃的なことがあった。
 長年惚れて好きで愛している男といい気持ちで抱き合ってセックスして寝て起きて目が覚めたら俺はその男になっていたのだ。
 もちろんその男が自分になっていた、というおまけまでついていた。
 簡単に言うとどういう仕組みなのかさっぱりわからないが、俺とザンザスの中身がまるっと入れ替わっちまったというわけだ。
 目が覚めたら自分が目の前に寝ていたことにザンザスは最初、全然気が付かなかったらしいが、確かにそれは俺も同じだった。長年鏡の中で見ている自分の顔だったが、それは結局二次元なのだ。立体で見ているわけではない。
 それを三次元で見るというのは確かに見え方が違うだろう。
 ただ自分の場合はこの外見が非常に珍しいということもあって、割とすぐに自分がいることを認識できはしたのだ。ただその次に、「じゃあ自分は誰だ?」ということにすぐに思い至らなかったのだけれども。

 確かに自分の姿かたちというのは相当珍しいものなのだろうな、と改めて思う。自分で自分の姿を見るのって本当に変な気持ちだ。
 だけど本当はいつもの自分じゃないんだろうな、そんなことも少し考える。
今は中身がボスの俺の体は、ボスの仕事をしている。
 ボスは食事を終わらせてから、いつものように最上階の執務室にある大きな机に向かっている。
 さっきから書類を読んではサインをし、書類を読んではパソコを立ちあげてサイトを見たり、資料を読んで何か考えたりしている。
 俺はといえば、ボスの体でいつものように剣を振り回すわけにもいかず、いつものように走ろうと思ったところで、その無意味さに気がついて途方に暮れてしまった。体鍛えてどうする、これはボスの体だ。
 俺が勝手に弄っていいものでもないし、怪我をさせたり少しでも損なってしまうことなどあってはならない。
 そもそも俺がボスの真似をすることもできるわけがない。そうなると部屋を出ることができなくなってしまう。こういうことがあるとすぐにちょっかいをかけてくるベルも、流石に俺の体じゃないからか、何もしようとはしてこない。
 そうなるとすることが何もなくて、俺は結局、仕事をしているボスをぼーっと眺めていることになる。いつ元に戻るかわからないから、とりあえず一緒にいようかと思って、俺はザンザスの部屋のソファに座り込んでいる。。
 ボスは俺の体でも仕事が出来るから、と言ってどうしても終わらせないといけない書類だけ先に片付けている。俺はそれをぼーっと眺めるばかりで、何もすることがない。ときどきカフェを入れるくらいで、他に何もすることがないのだ。
 で、暇だから…と、結局、仕事をしているボスを見ている。
 ボスというか、自分が動いているのを眺めているのだ。
 そしてなんというか、俺は不覚にも自分の顔に見蕩れてしまった。なんということだ、俺はナルシストだったのか? 自分が動いている姿を見て、かっこいいなぁとぼおっと見とれるとか、ありえないだろ、普通。
 自分の顔に見とれるなんてどうかしてる。俺は自分がナルシストだと思ったことはないけれど、中身がボスだと思ったら、自分の顔でもなんだか、違うものを見ているような気分になる。ボスの横顔を眺めていると、ついぼおっと眺めてしまうことがよくあるけれど、まさか自分の顔でもそう思うなんて知らなかった。知りたくもなかったけれど。

「どうした」
「ひぇっ!」

いきなりボスが声をかけてきた。
というか自分の声だったのだけれど、自分で自分の声を聞いたことなどなかったから、おもわず変な声が出てしまう。

「…何一人で百面相してやがる」
「…んなことしてねぇ!」
「自覚がねぇのか。……」

続きを言おうとして、ボスは黙りこんで目をそらす。
俺の顔が見たくないのかと思うけれど、そうだ、自分の顔形がだらしなくソファに座り込んでいる姿なんて見たいものではないだろう。

「あ、…俺、ここにいるの邪魔だったら部屋に戻る…から」

そう言うと、ボスは視線だけこちらに向けて、またはぁっとため息をつく。うわ、それだけのことなのに、なんだかすごく、ドキッとしてしまう。おかしい、あれは自分の顔じゃないか。

「……自分の面見てて面白いか?」
「……ああ、うん…。おもしろい、ぜぇ……」
「そうか。俺は楽しくねぇ」
「…そうなのかぁ…?」
「おまえの面だったら見てても楽しいが、自分の面なんか見てても楽しくねぇ」
「……そうだよなぁ…」

ザンザスが俺の顔が好きだということは知っている。
前からよく、そういうことだけはよく、言葉にしているのだ。

確かに俺はここらへんでは珍しい髪の色をしているし、肌だって生白くて日に焼けないから、よく病人みたいだと言われることがある。
俺を育ててくれた人間もよくそう言ってたし、だから珍しいのだろうと思っている。
子供の頃は髪の色が薄くても、大人になると濃くなることはよくあるし、このあたりでは黒髪でオリーブ色の肌のほうが圧倒的に多い。

ザンザスは俺の髪だけは気に入っているらしいし、顔も…まぁ、人並みくらいにはマトモだと思ってるから、それが目の前で動きまわるのは見ていて面白いのだろうと思っていた。
だからよく髪をいじられたり、体を撫でられたりするのだろうと思っていた。
けれどたしかに、自分の――正確にはボスの体だが――外から自分の体を見ることが出来るようになると、確かに見ていて楽しい、というボスの言い分は正しいのだろうな、ということが、わかった。
確かに静かに黙って座っていれば、そこそこ見応えのある顔形だということがわかったからだ。
鏡で見ているときは生白くて生気のない顔だと思っていたけれど、普通に動いている姿はそれなりに見ていて楽しい、というか美しい。
白銀の髪が白い肌にかかる影が青白く、その下で長い睫毛が瞬く。
ほとんど色のない虹彩が薄い色の睫毛の下で左右に動く。
薄い唇が結ばれて、ときどきふっと開いた。
その間にちらちら見える歯並びのよい白い歯。
細くはないが薄い体が着崩したシャツの間から見える。
普段と同じような格好をしているザンザスは、俺は滅多にしないネクタイを締め、それを少し緩めて襟元を開いている。
俺は普段はほとんど隊服を襟まで締めて着ているが、流石にそれは出来ないようで、ボスは前のボタンを全部開けている。
そんな格好の自分を見るのもなんだか久しぶりというか、新鮮で、それも相まってなんだか、視線が離せない。

「何見てやがる」
「あ――? なんだか不思議だなぁと思ってよぉ」
「何がだ」
「自分の顔だってのに、……なんか、すげぇ、綺麗だなぁって思っちまって……」

ふ、っと唇だけでボスが笑う。
心臓が跳ねる音が聞こえて、ざわっと背中が震えた。

「おめぇナルシストだったのか?」
「違ぇよ。……いや、そうなのかぁ? ボスさんだと思って見てるから、そう見えるのかぁ?」
「なんだそれは」
「自分が動いてる姿なんて、普通見ることなんか出来ねぇだろ…。だからかなぁ、なんか初めて見るみてぇでよぉ……」

そんな俺を見るボスの視線がどんどん険しくなってくる。
ああ、怒らせてる、機嫌悪くさせているのだと気がついた。

「……おい」
「…自分の部屋にいるなら問題ねぇだろ? 俺、そっちにいるからさ、用があったら呼んでくれぇ」

腰を浮かせて背を向ける。
俺の顔のボスが怒ってるのにも、やっぱかっこいいなぁ、などと思う自分の発想が信じられない。
おかしいんじゃねぇのか、俺。

考え始めたらきりがないので、背中を向けて部屋を出る。
何か言いたそうな気配を感じているけれど、この状況をどうにかできるわけもなくて、溜め息をついた。
いつも歩いてるはずの廊下を歩くのにも、足も腰も腕の動きも違っていて、体が揺れるのにもなんだか、不思議な気分がするのに、やはりまだ、慣れることはできそうになかった。

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残念な神が支配する・3

AM9:15

なんだかよくわからないがボスと俺の中身が入れ替わってしまったらしい。
一言で言えばそうなるが、しかしこの状況を受け入れるのはいかんともし難い。というか受け入れたくない。困る。
だというのに何故か、ボスはやけに柔軟にこの状況を受け入れていることに実は内心すごく驚いている。もっと怒ったりとかパニックしたりとか無茶なことをするのではないかと思っていたからだ。
俺があんまり驚いているから逆に冷静になってしまったということもありうる。仕方ない、俺が動揺するのは仕方ない。だってボスの体だ、毎日見ているボスの体の中に自分が入って体を動かしているというその状況がそもそも想像のキャパシティを超えている。信じられない。
だがしかし、これが現実、らしい。

食事で一番困ったのは食器の扱いかただった。
そもそも俺は元が左利きで、それを途中で右でも使えるようにと訓練したものだから、あまり食事のマナーがなっていない。どうしても食事途中で食器がぶつかってかちかち音を立ててしまうし、力がうまく入らないから、肉を切るのは下手ではないが、切り分けることがどうにも苦手だ。
なのに当然ながらボスの体でそんなことはなく、左手があるという状況で食事をするのがあまりに昔で、普通に思うとおりに左手が動くことに、ひどく感動してしまったのだ。それと同時に、ボスの指先のあまりに繊細で精密な動きにも、俺はひどく感動してしまっていた。

自分の体だというのに。
これではナルシストではないか。
そう思いながらも、中身がボスだと思うと、それでもいいような気がしてしまう。
なんだか自分の価値観がひっくりかえってしまいそうだった。
そんなに俺、ナルシストだったんだろうか。

食事はたぶんいつも通り、それなりにおいしいものだったんだろう。
ボスの体で食べているせいか、なんだか少し、物足りないような気がする。
味の感じ方が少し、違うような気がする。どこがどうという違いもわかるような、わからないような。
ボスの味覚はこんなに俺と違うんだろうか。
確かにボスの体の感覚は全然、自分のものと違うような気がする。自分のいつものつもりでいると、思ったより遠くに体が行ってしまう。指の関節が少し固い。手を回したりするとき、少しだけ可動域が狭い気がするが、それを補って余りある筋力がある。
シャワーを浴びてきたときは、あまりに動揺していてろくにボスの体を見る余裕もなかったが、ボスの体、なのだということを今頃になって感じている。
スムーズに繊細に動く左の指先が、自分の意思で動くことの不思議さに、なかなか慣れることが出来なかった。

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