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Buon Compleanno まであといくつ?

「おっ馬鹿鮫ハッケーン」

地下の酒蔵からワインを持ってくる途中に、ベルフェゴールに会う。ふらふらと重心のない歩き方は軽やかで、声に曇りも何もない。基本的にこいつはいつも機嫌がいい。というか、機嫌が悪い時は声をかけてこないのだ。言葉より先にナイフが飛んでくることが多いから、少なくとも俺を呼ぶ時は機嫌がいい時だ、ということになる。

「おう」
「なになにー? お使いしてんの?」
「ワインと食いもんとってきただけだぜぇ」
「いやーなんか? 顔見るの久しぶりだなって思ってさ?」
「そんなもんかぁー?」
「一週間くらい会ってないじゃん。二週間かも?」
「そうだったかぁー?」
「どっかでくたばってるんかと思ってたよ」
「それはてめぇだぁ」

大股で歩く周りを、ふわふわと歩きまわりながらついてくる。なんだかそんなこともひどく懐かしく、そういえば最近、王子はあまりまとわりつくことをしなくなった気がする。話では、俺がいない時にボスの部屋に入り浸っていることが多いとも聞くが、もちろん自分が不在の時のことなので、真偽のほどは定かではない。

「これからボスのとこ行くの?」
「まぁなぁー、珍しくボスさんがワイン飲んでるからなぁー」
「へーぇ?」
「つまみ作れってうるせぇからよぉ」
「甲斐甲斐しいねぇバカ鮫」
「バカは余計だろぉ」

昔はもっと装飾的な格好を好んでいたベルフェゴールは、最近めっきり服の趣味が変わった。色の趣味がワントーン彩度を落とし、肩や足を出さなくなった。
あんなに嫌っていたネクタイもちゃんと締めるようになったのには驚くばかりである。

「あのさー」
「なんだぁ?」
「バカ鮫に王子からの施ししてやるよー」
「は?」

ベルフェゴールは懐から、さっと一枚の薄いカードのようなものを取り出した。
それを器用に、ワインのボトルとオリーブオイルで漬けたマグロの瓶を持っている俺の懐に投げ入れる。

「なんだぁ!??」
「ボスの部屋に行く前に開けてみろよ~王子様やっさしぃー!」
「なんでこんなもん、おい!」

ベルは品物をすっと落ちないように開いたシャツから奥のほうに差し入れた。なんだこれ?
何をと聞く前に王子はひらりと踵を返し、すばやく立ち去ってしまう。その足取りの早いこと!

歩きながらそれを取り出すのは不可能に近かったから、一旦瓶とボトルを、廊下の張出し窓に置く。それからシャツの合わせに差し込まれたものを取り出した。
薄いカードかと思ったが、感触からするともう少し厚みがある。
封筒かと思って見れば、それを模したパッケージになっていて、入り口を蝋で封緘してある。なかなかに凝ってるじゃねぇかと思いながら開けると、中身はホワイトリネンのチーフだった。
薄く端にイニシャルが縫いとってあり、全体に透かしで斜めの細いラインが織り込まれている。
パーティに護衛で行く時に結構使うから、確かにあれば嬉しい代物だ。
しかしなんでこんなものを俺によこすんだ?
何かあったっけか、俺はそう思いながらパッケージにチーフをしまい、それを脇に挟んで、ボトルと瓶を持ちあげた。これをボスの部屋に持っていくのも危なそうで、一旦部屋に寄って置いてきてからまた行くことにした。

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Buon Compleanno まであといくつ?

「スクちゃん、おかえり!」

仕事が終わっていつものように帰参。ヴァリアーのアジトは今日も滞り無く大仰に建っている。中世の城を改装した外見は一見さんをお断りするには最適だ。壁も厚いし、隣に家はねぇしな!

今日は珍しくオカマに出迎えられた。部下を引き止めて雑談でもしていたのか、見事な立ち姿で玄関ホールにいたところ。挨拶だけして通りすぎようと思ったら、ぱっと顔を上げられて。

「おう」
「これあげるわ」

さっと懐から小さな包を取り出して渡される。受け取って、ありがとうなぁ、と答えれば、にっこりと微笑まれて。

「ボスのところに行く前に開けてね」

おう、と答えて階段を上がる。部屋に戻って隊服を脱ぎ、軽くブラシをかけてから点検。クリーニングに出すかと思ってポケットを探る。中身を全部出してから、ランドリーバックに入れて外に出した。
それから軽くシャワーを浴びて、髪を梳かして乾かす。シャツとパンツを身につけて、さてボスのところに顔出すか、と思ってからふと、テーブルに置きっぱなしの包みに気がついた。

ルッスーリアからもらった小さな包み。なんだろう?と思いながら封を開ける。
中から出てきたのは細い爪やすり。前にうまく爪が切れないと話をしたついでに、アナタ左手が動かないんだから、切るよりヤスリで削ったほうがいいわよ、と言われたことを思い出した。
シンプルで飾りのないそっけないものだが、アイツの選んだものだから、品質に問題はないだろう。ありがたい。
挟み込まれたカードにメッセージ。それを手に取った時に内線が鳴った。

少しゆっくりしすぎたようだ。まずは顔を見せて、挨拶をして。その先を期待しつつも、もらったプレゼントとカードはそのまま、テーブルの引き出しに入れた。

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恋人も濡れる街角

「信じられねぇよなぁー」
「…何が?」

テレビを眺めながらため息をつくスクアーロが妙に深刻そうで、思わずルッスーリアは声をかけてしまった。
春まだ遠いけれど真冬の寒さは少しづつ弱くなっている今日このごろ、カーニバルの最中でどこか国中が浮かれているのは仕方のないこと。ましてや今日は聖・バレンティーノ、恋人たちの日。
スクアーロはぼーっとしているのはもちろん、昨夜情熱的に愛されたその名残で、今夜もめかしこんで食事に行くことになっている。もちろんルッスーリアもそうだ。彼女はその後恋人の家に泊まり、その足で仕事に――もちろん裏のだ――出る手筈になっている。ヴァリアーに戻ってからでは時間がかかるので、ホテルで一旦着替えてからの出国だ。
その準備も終わって、さて昼食を少しつまんでおこうかしらと思いながら、紅茶を飲んでいる最中のこと。
口をはさんでもよいことはないと思うのに、好奇心に勝てる見込みはまったくない。
テレビではさっきから、恋人たちの甘い関係についての番組を流している。アンケートから見たアレコレや、最近はやりのプレゼントなど、町をゆく人々にインタビューがだらだらと流されている。

「彼氏が禿るのってそんなに大変なことかぁ?」
「それは確かにそうね」
「アメリカとかよぉー、日本の映画ってよくそういうのあるよなぁー。アジア系の男なんてそんなに禿てる男とかなさそうだけどなぁー?」
「それはウィッグつけてるからじゃない?」
「そうなのかぁー?」
「黒い髪が白くなると目立つからでしょ」
「俳優じゃねぇんだし、別にいいんじゃねぇのかぁー?」
「俳優じゃないから気にするんじゃない?」
「それよか腹出てるほうが問題だろぉー? 頭よりそっちのほうが改善しやすいんじゃねぇかぁ?」
「それは好みの問題でしょ」
「髪の毛増やすより痩せるほうがすぐに効果出るだろぉーがふつーに考えればよぉー」
「アンタには関係ない悩みだからって簡単に言うわね!」
「白髪になってもわかんねぇとか言うんだろぉー、んなわけあるかぁ!」
「そうなの?」
「あたりめぇだろぉ!」

口調がやけに間延びして子供っぽい話ぶり。疲れているのか、リラックスしているのか、どちらかわからないけれど、まぁワルイことではないかしら、とルッスーリアは思う。

「ボスさんはハゲたらすげーかっこいいだろぉなぁー」
「えっ?」

今何かとんでもないこと言ったような気がしたけれど気のせいかしら、オカマの声がくるっとひっくり返って、野太い男の声になる。

「何それスクちゃんもしかしてそういう趣味だったの?」
「あ゛ぁー? 俺ぁハゲ専でもデブ専でもねぇ! ん? 強いていえばボス専かぁ~?」
「それネタでしょ!」
「まぁそれは置いといてもなぁ、ボスさんってハゲたらカッコイイって思わねぇ?」

何故そこで禿げたらって前提条件が必要なのかしら。スクアーロのボスに対する発言は大抵いつもおかしいが、今回も漏れ無く何もかもがおかしい。そこでなぜスクアーロの瞳がキラキラしているのかさっぱりわからない。

「ボスはハゲなくても十分カッコイイじゃないの」
「そらまぁそうだけどよぉ~、ハゲたらもっとカッコイイと思うんだぜぇ!」
「だからなんで『ハゲたら』って前提が必要なのよ。ワタシに対するあてつけかしら」
「んなわけねぇぞぉ~! んでもよぉ、ボスさんがハゲるとしたらこう、前髪が後退するほうだろぉ、たぶん。今だって鬼の仇みてぇに前髪上げてるじゃねぇかぁ」
「まぁ確かに、中心が薄くなるほうとは思えないわね……じゃなくて!」
「だってよぉー、ボスさんの額ってすげぇー形がいいんだぜぇー」
「そうなの?」
「そうだぜぇ~、目元から生え際にかけてのラインがすげぇ綺麗でよぉー、横から見るとうっとりするぐれぇなんだぜぇー?」
「確かにそれはわかるわ。ボスの額って綺麗よねえ」
「だろぉ~? いつも怒ると皺よるからやめろって言うんだけどよぉー、もう皺出来ちゃってるかなぁー? だったらすげぇもったいねぇなぁー」

それ半分くらいは貴方のせいよ、という言葉をすんでのところでルッスーリアは飲み込んだ。

「でよぉ~もしボスさんがハゲたらよぉ~そこもっと広くなるってことだろぉー?」

スクアーロはまさにウットリ、いう眼差しで語り出した。
本人は隠しているつもりらしいが、スクアーロははっきり言えば惚気ているのだ。自覚はまったくないらしいが。

「そしたらそこにキスしてもいいよなぁー? もうみんながボスさんの額に見とれることになるだろぉなぁー、綺麗だもんなぁー」

それちょっと違うと思うわ、というルッスーリアの言葉は口に出されることはない。

「俺そしたらボスさんの額にキスしてぇなぁー、広くなったらキスするとこ増えるってことだろぉー? 今だってすげぇ綺麗でかわいくてキスしたくてたまんねぇのに、ハゲたらもっと広くなって、もっとかわいくなるんだろぉなぁ~」

恋のノロケは聞いているとだんだん腹立ってくることが多いんだけど、スクアーロのノロケは全然そんな気分にならないのは何故かしら。
ルッスーリアは毎回思うことを今回も漏れ無くそう思った。腹が立つよりボスがだんだん可哀想になってくるのはどういうことかしら…。

「ボスさん早くハゲねぇかな!」

スクアーロはそう言うと、それこそもう太陽が輝くようににこやかに笑った。あまりに眩しさに、ルッスーリアはサングラスの下で目を閉じてしまったくらいだ。口を閉じていれば花のようだ、としょっちゅう言われるスクアーロの容貌の威力を、ルッスーリアは久々に全力で実感した。
内容は非常に残念なものであったが。

……さっきからドアの外に誰かがいるような気がするんだけど、気のせいかしら。

ルッスーリアは苦笑いしながら、スクアーロのカップにおかわりのカフェを注いだ。
スクアーロはまだ暑いのもかまわず、豪快にガッと飲み干して、さっと席を立つ。

「ボスのところに行くなら、その話しちゃ駄目よ」
「?? なんでだぁ?」
「世の男は普通、頭髪が薄くなる話題を好ましく思ったりしないわ」
「ハゲること気にしてるかぁ? ボスさんがか?」
「貴方だって髪の毛薄くなったとか指摘されるのイヤでしょ」
「…薄くなってんのかぁ?」
「例えよ、た・と・え!」
「そっかー…。そうだなぁ、ボスさんも気にしてるかもしれねえしなぁ…、俺は気にしねぇけど」
「なんか貴方すごいいい顔してるから怖いわ」
「そっかぁ?」

首を傾げてスクアーロは妙にあどけない顔をする。最近妙に可愛くなってくれちゃって、まったく。

「貴方がボス馬鹿なのはわかったわ」
「そんなん今更だろぉー」
「そうね…」

ドアの外の気配は消えていた。
話を引き伸ばしている間に、無事に部屋に戻ったようだ。

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「最近ボス、髪の毛上げないわね。どうしたのかしら? 前髪下ろしていると思ったよりセクシーでたまらないけどw」
「そうだよなぁー、なんでだろぉなぁ…?」
「どしたのスクちゃん、顔が赤いわよ」
「髪の毛下ろしてるボスさんは、なんか、十年後の、ボスさんみてぇで、なんか、……すげぇよな…?」
「そうねぇー、スクちゃんオススメの額が見られなくなったのは残念だけど」
「……―――、そうだなぁ……」



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チェールケミカルラッセルソルブロン

手渡された箱の中身にスクアーロの目玉が零れるほどに見開かれた。
ぱちぱち、まばたきの音がするんじゃないかと思うほど、長い睫毛がせわしなく上下する。
ザンザスはそれを顎に手の甲を当てて鷹揚に眺める。まずは第一。この顔が見たかった。
予想以上に驚いた顔に、ザンザスは大変深く満足する。最近はスクアーロはあまり怒らなくなって、不器用ながらに表情を隠そうとするようになっている。ぞれは全然成功していないが、なるべく、つとめて、表情を出さないようにしているのが分かる程度には、隠そう、などという小賢しい真似をするようになった。
そんなことはしなくてもいいのだ。
次に視線がこちらに向けられる。また箱のなかに戻る。二度ほどそれを繰り返し、スクアーロの唇が何か言おうと息を吸う。
「サイズはあってる」
すうっと吸った呼吸が、吐き出される前に止まる。ヒッ、という音になる。
「特注だ」
次にどんな言葉が続くのかを知っている。バカな、冗談じゃない、何考えてるんだ、おまえどうかしてるんじゃねーのか、おおよそ考えつく限りの罵詈雑言をスクアーロの口は吐き出すだろう。
そうなる前に言葉を封じることが出来るとは思わないが--それを聞くのも悪くはないが--言いたいことを言うほうが先だ。
「着るな?」
「…本気かぁ…?」
「お前に選択肢は二つある。ここで着るか、あとで着るかだ」
「一応聞くけど、あとっていつなんだ?」
「そうだな、……明日の夜から明後日までとかどうだ?」
「…冗談、……」
「ここで着るなら明日の朝まででいい」
「……俺が着ないって選択肢はねぇのかぁ?」
「ねぇ」
スクアーロががっくりと項垂れる。しばらく脳内で色々くだらないことを考えているのが見て取れる。お前が何を考えていても、それには大した意味はない。どうせ最後には俺の思う通りになるのだ。
「…今日の仕事、」
「何もねぇだろ。明日から休暇だしな」
「わかっててやってんだろ…」
「そうだ」
ザンザスはとても嬉しそうに笑う。それはまさしく悪魔の微笑みだ。スクアーロはそれに一瞬見とれてしまい、次の瞬間には悔しさにぐっと奥歯を噛み締める。悔しい。何が楽しいのかスクアーロにはわからない。けれど確実に今ボスはとても楽しそうだ。
嫌がらせに過ぎないことはわかっている。スクアーロのプライドをへし折るのが楽しいのだ。わかっているのに、そうされるのが悔しくて仕方ない。
「ここで脱げ」
心底嫌そうにスクアーロが手の中の箱の中身を見る。そうしてまたザンザスを見る。
「ここでかぁ」
「そうだ」

スクアーロは手元の箱を手近のソファに置く。箱は淡いピンクの薄いものだ。上質なパールでコートされていて、可憐でありながらシンプルなロゴが控えめに印刷されている。
それを嫌そうに見ながら、スクアーロはシャツのボタンに手をかける。ぷちぷちと手早くボタンを外す。スクアーロは片手が義手だが、非常に器用にて日常生活の動作をこなす。
シャツのボタンを外すのもお手の物だ。
ズボンの中からシャツを出して全部前を外し、それを肩からばさっと脱ごうとしたところでザンザスから停止の合図が入る。もっとゆっくり脱げと言われる。スクアーロには意味がわからない。けれどそれのいうことを聞かないという理由がない。理由がないからいうなりに、ゆっくりシャツを脱ぐ。手首でシャツが止まる。片手を順番に抜く。
アンダーのシャツをまくりあげる。手を上げ下げするたびに、スクアーロの体から服が消える。
それをザンザスはただ見つめている。視線をそらなさい。その視線には熱がない。
下着まで全部脱ぎ捨てたスクアーロの、薄いしなやかな体が嫌そうに箱に体を向ける。半分背を向けたスクアーロの、長く伸びた髪の下から、こぶりで形のいい尻が見えるのはなかなかによい眺めだ。ザンザスはそれが見たくて、ときどきスクアーロの後ろ姿を眺めている。

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マーマーレータをたっぷりと

収穫の時期は忙しい。
食べることに時間をかけることをイタリア人は厭わない。それに男女の区別なく、休日のブランチを作るのは男の役目のほうが多いくらいだ。
料理がうまい男がモテるのは古今東西変わらない。

さんざん嬲られ愛されて、骨の髄まで溶けるような休日の、朝の光の中で目が覚めるのに、スクアーロはまだ全然、慣れることが出来ない。
普段ならそうそうぐずぐず、起きるのにためらうことはない。決めた時間に目が覚めて、どんなに体が辛くとも、しゃきっと起きて身支度が出来た。いままでは、たぶん。
目を覚ましたら部屋が明るくて、重いカーテンが全部綺麗に引かれていた。二重のジャガード織りの布はきちんと纏められていて、窓ガラスは綺麗に磨かれ、冬の光を受けて眩しいくらいにピカピカだ。
ガバっと起きたベッドの上はひとりきりで、足元に寝ていた猫が、億劫そうに目を開けてまた閉じる。
「え…っ?」
思わず出した声が別人だった。そんなことになるのも初めてではないけれど、出した自分の声に自分で赤くなって思わず、喉に手を当ててうつむけば、ふわふわの羽毛布団の下、素っ裸だと思っていた体にはきちんと、ダブルガーゼのパジャマを着ているのに再び驚く。しかもそのパジャマは、着た覚えもなければ、見た覚えもないものなの驚愕はさらに倍。
髪がくしゃくしゃなのは今に始まったことではないから、大慌てで手櫛で整え、シーツを直して起き上がる。天気がよさそうだからシーツを洗って、といつものようにシーツを引っ剥がして部屋を出れば、廊下にふわり、甘い香りが漂う。
甘いのはわかるが馴染みのない香りに、なんだろう、と思いながら階段を降りる。足元がだいぶふらふらするから、シーツをかかえたままだと危ないかもしれない。引越ししてきてからすぐに、手すりを新しいものにつけかえたことを思い出して、頬にさっと朱が登った。
「遅くなった、悪ィ」
シーツを洗濯機に入れようと思ったらすでに動いていたから傍にカゴに放りこむ。ランドリーの中のリネン類が全部取り替えられている。週末には全部まとめて洗って干して交換するから、今洗っているものの中に入っているのだろう。
キッチンに入ればいっそう、濃厚な甘い香りが漂ってきて、朝からなんだか、体が緩む。
「おはよう…、ザンザス」
「おはよう」
エプロンをきちんと身に着けて、コンロの前で鍋に向かっている背中に近づく。広くてたくましい背中に手を回して軽くハグ。抱きしめた腕の中で、右手の筋肉が動くのを確かめる。
「何してんだぁ?」
後ろから覗き込めば、白い鍋の中には飴色の何か。ゆるい飴のようなその中に、シリコンヘラがせわしなく動いて、中身を混ぜている。
「confettura」
「confettura? なんのだぁ?」
「おまえがこのまえもらってきたやつ」
「柿かぁ」
「cachi」
「同じだろぉー? つーか、元は日本語だよなぁ、cachiって」
「そうらしい」
「すげぇいいにおいだなぁ」
「元がすげぇ甘ぇ。砂糖が入れられん」
「すげぇ!」
煮汁はすぐにとろんとしてくるから、あまり固くなるまでに火を止めなくてはいけない。
confettura-ジャムは砂糖と果物のペクチンで固まる。柿はペクチンが多く、そのまま煮るだけで羊羹に出来るほどだから、少しでも加熱時間が長くなると、しっかり固まってしまうのだ。
「危ねぇから離せ」
振り向きもしない男にちょっとだけ、背伸びして耳たぶを後ろから齧ることで憂さを晴らした。
少しくらいは動揺しろよ、そう思わないでもないけれど、回した腕を離して体を離す。キッチンから出てリビングの椅子を引き、そこに腰を落ち着けると、男の動きを眺める仕事に精を出すことにした。
ザンザスの腕が傍らに伏せてあった瓶を取る。ヘラはレードルに持ち替えられ、火を止めるとすぐに、中身が次々、ガラスの中に移された。
甘い香りと明るいキャラメルブラウンと濃いオレンジで交じり合っている。庭で紅葉している木の葉のような色だ。
小さいガラスの保存瓶に2つ分、それと小皿に大さじ2杯分ほど余ったぶんを全部とりわけ、使った鍋を温かいうちに洗う。シリコンヘラで根こそぎ綺麗に拭った鍋はそれほど汚れてもいないから、ぬるま湯でさっと洗い流せば終わる。
続けてその鍋に浅く水を張り、さっき詰めたばかりの瓶を並べて火にかける。空気を抜くつもりなのだ。
「蓋しめてひっくりかえすくらいでいいんじゃねぇかぁー?」
「そうか?」
「ここいらは寒いしよぉー、乾燥してるから腐らねぇんじゃねぇかぁー?」
「外に置くのか」
「廊下に保存食入れてるとこあるだろー? そこに入れておけば平気じゃねぇかぁ?」
「すぐに食べねぇだろ」
「それもそうかぁー」
今年は何を作ったんだっけか、スクアーロはそんなことをつらつら思い出す。夏の終わりにトマトソースを山ほど作って、それでいっぱいになっている貯蔵庫に、ジャムが入る場所はあるだろうか?
今年は何のジャムを作ろう。リンゴ、キウィ、柚子、温州、伊予柑。夏に作った玉葱も美味しかったから、芽が出てしまうまでにもう一回くらい作りたい。リンゴは種類で味が違うという。確かに色も味も違うから、ジャムにしたらきっと味も変わるだろう。
鍋を湯にかけたら今度は、冷蔵庫からパンを取り出す。ようやくザンザスが振り向いた。
「…なんだその髪は」
「まだ梳かしてねぇからよぉ」
「…腹減ったのか?」
「んー? どうだろ……、つーか、起こせよぉ」
毛先をつまんで日にすかすスクアーロの、横顔を見ながらザンザスは答えを口の中で転がす。
もう昼近いダイニングの、テーブルに肘をついているスクアーロの髪が逆光でキラキラ、光っているのがやけに眩しい。銀の髪が光の中で白っぽく輝き、今朝はサラサラ、流れるようなしなやかさを失って、どこかふわふわ、やわらかくウェーブを描いて肩を、背中を覆っているのはまるで、童話の妖精か天使のようで、視線を縫い止めて動かすことを許さない。
そんな姿で隣で寝ていた情人を、叩き起こす気にはどうしてもなれなかったと、答える言葉を探しているうちに、それは天使から人間になった。
「朝メシはー?」
「昨夜の残りを摘んだだけだ。これ、食べたいだろ?」
「食べる!」
「二枚でいいか?」
「うん」
立ち上がろうとするのを手のひらで制し、ザンザスの腕が持ち上がって、ケースからパンを取り出す。昨日買ってきたパンの残りにナイフを入れ、四枚に切る。
冷蔵庫から牛乳を出し、そこにさっき作ったばかりのジャムを入れ、卵を一つ割り入れる。かるく混ぜてからバットに並べたパンにかけた。
「うぉお…」
「塗るのは後でな」
返事はない。スクアーロの視線が痛いほど、ザンザスの両手に注がれているのを感じて、少しばかりザンザスは唇をゆるめた。
パンを熱してバターを落とし、宙で溶かしてコンロに戻す。そこにバットから引き上げたパンを置いて、弱火で蓋をして三分。丁寧にかえしてから、今度はタイマーをかけて二分。
返した時から漂う甘い香りに、スクアーロの目元が蕩けたようになるのは、見なくてもわかる気がした。


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あなたの宝石・2

 ボウルにいっぱいの栗をヒトツヒトツ、グラシン紙で巻いて鍋に入れ、かぶる程度の水を入れる。栗が動かない程度に火を入れ、沸騰したら砂糖を重量の三分の一程度、一気に入れて煮溶かす。そのまま弱火で一時間煮て、水分が減ったら水を足す。アクを取る。
 一時間煮たらそのまま一晩、冷ます。
 翌日、また少し水を足して砂糖を加え、栗が動かない程度の弱火でじっくり、一時間ほど煮る。ふつふつと泡が浮いてくるので丁寧に取リ除く。煮ているうちに水が減ったらかぶるまで足す。一時間煮たら火を止めて、そのまま一晩、冷ます。
 三日目、さらに水をひたひたになるまで加え、砂糖とブランデーをたっぷり加える。入れすぎると苦くなるが、お子様のいないヴァリアーでは、少し重めの、しっかりした甘い味が好まれる。手加減なしに投入される砂糖とブランデー、シェリーとグランマニエも足す。そのまま煮ていると、ようやくグラシン紙に砂糖がついて粉になってくる。そうなればようやく出来上がりだ。
 ひとつひとつ、丁寧に煮汁から引き上げて紙から出し、バットに広げて冷ましてゆく。煮汁を少し煮詰めてからからめ、そのまま置いておけば出来上がり。
 冷やしている途中に王子とカエルに奪取されぬよう、ルッスーリアとスクアーロの視線は刃のように鋭い。
 毎年この段階でキッチンを襲撃してくる略奪部隊が、今年は数回、偵察に来ただけですんでいる。いまかいまかと襲撃を迎え撃つ準備をしていた二人は拍子抜けしたが、妨害が入らないのはよいことだ。元は冬の間の保存食、栗の水分を砂糖と入れ替えるためのものだから、なるべくたくさん作って瓶に詰め、地下の食料貯蔵庫に入れておきたいものなのだ。ここまで手間をかけなくても本来はいいのかもしれないが、しかし、しっかり砂糖と酒で煮含めたアジトの栗のグラッセは、ナターレのパンに入れると香りが格段に違うのもまた、事実。
 隊員総出で収穫した大量の栗は、こことは別の階下のキッチンで、煮含められたりペーストにされて、また別の用途のために加工調理されているが、これはそれとは違う、特別の日のためのものだ。
 下ごしらえが終わるとルッスーリアは仕事があるので後をスクアーロにまかせて出かけてゆく。スクアーロはそれを煮て、冷まして、適度な温度になったところで冷蔵庫に鍋ごとしまって一日目が終わる。
 二日目はスクアーロが、昼食を作る合間に鍋を火にかけ、ごく弱火でランチの時間、丁寧に煮含めてからまた冷まし、冷蔵庫にしまっていた。
 三日目は午前中、玄関での事務作業があるスクアーロが出られないので、替りにルッスーリアが仕上げの作業をしている。ルッスーリアの隠し味はコアントローを大さじ一杯入れることで、そうすると香りがぐんと引き立って、それはそれは美味しくなるのだ。
 ゆっくり煮た栗はつやつやと輝き、まるで小さな茶色の宝石のよう。市販のものよりこぶりだが、鍋いっぱいの分量はさすがに迫力がある。
「綺麗に出来たわ~!」
「おっしゃー!」
 キラキラと砂糖の柔らかいベールを纏った栗は、光にかざすと宝石のよう。こっくりと深い栗の色は沈みすぎず浅すぎず、毎年違う色で毎年違う輝きだ。
「これなら大丈夫よスクちゃん!」
「あったりめぇよ!」
 そう言いながらもスクアーロの表情は子供みたいにわくわくしていて、見ているこちらも嬉しくなってしまいそうだ。普段は静かな湖の底みたいな銀青の瞳が、今は朝の海みたいにキラキラ光り輝いて、眩しくて明るくて目が潰れてしまいそうだ。
「形の綺麗なの選びなさいよ」
「そうだなぁー、どうせそんなもん見もしねーで食べるんだから関係ねーとは思うんだけどよぉ」
「ばっかねぇ、だからこそ、綺麗なの選ぶんじゃない。どーせオトコはそんなもの気に止めないでしょうけど」
「だよなぁー」
 互いのオトコへの不満を口にしながら、しかし二人が選ぶ目付きは真剣そのもの。スクアーロが数多くの中から一番形がよくて大きくてキレイなものを選び、次にルッスーリアが選ぶ。
 選別されたそれだけは別にしてから、今度は出来たものを綺麗に保存容器に詰めてゆく作業が待っている。
 容器に詰めた後に空気を抜くために熱湯を回しかけるから、少し砂糖が溶けてしまうが、なに、夏でもひんやり涼しい貯蔵庫に戻れば、それも冷えて固まって、きらきらと白い宝石のようになって、野性的な肌を飾るに違いないのだ。
「あと任せてもいいかぁ?」
「そうね、先行ってらっしゃいな」
 ひらひら、片手で煽ってスクアーロをキッチンから追い出せば、はて、砂糖とブランデーの香りに誘われて、やってくる客人の気配も感じられない。
 そういえば怠惰の王子と幻術師はオシゴトで、夜にならないと戻れないのだ。毎年この時期は私達がオシゴト入れないのを、はたしてどう曲解してくれたのやら。
 これは戻ってきたら機嫌悪いわね、そう思いながらルッスーリアは冷蔵庫の中身を思い出す。機嫌の悪い子供をなだめるにふさわしいお菓子を、何個作っておこうかしら、などと思いながら。

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あなたの宝石・1

「ここ数年夏が厳しくってよぉー」
「それ普通に年なんじゃないの」
「かもなぁー」
 そんなことを言い合いながら、キッチンではリズミカルに包丁の音がする。
 ヴァリアーの談話室に続くキッチンは開放型で、談話室から中を見る事が出来る。手元を見られながらの料理が基本で、だから他の人間はそう簡単に、料理を行うことが出来ないのだ。
「今年はどのくらい作るの?」
「出来るだけだぁー」
「そんなに作れるの?」
「鍋に入らねぇなぁー」
 そう言いながら二人の手元には切れ味の鋭いペティナイフ、手の中の木の実の皮を剥いている。
 ヴァリアーのアジトは深い山の中にある。山には実のなる果実があちこちに植えられていて、籠城に備えられている。だからもちろん、春から秋は次々と果実が実って収穫が続くのだ。
 今は栗が出来始め、山の動物と競い合って収穫に勤しんでいる毎日だ。
 今日もスクアーロはキッチンに詰めている。昨日からキッチンからは甘い香りが漂っている。それが匂い始めると、金髪の王子はどこかそわそわしながら普段滅多に行かない台所に足を運んでは、この数日、台所の主になっているようなスクアーロから追い出されていた。
「堕王子ー、いい加減諦めたらどうデスカー、姐さんと作戦隊長の防御を敗れるとか思ってますー?」
「バーカガエル、てめぇ食ったことねーからんなこと言えんだよ」
「すいませーんミーは貧乏人なのでー高価なお菓子に縁がありませーん」
「その言い方王子に同情買おうとしてる?」
「買えるなら買ってクダサーイ」
 キッチンの見えるソファにうずくまって、王子はカエルと様子を伺っている。きゃらきゃらと完全にガールズトークに近い雰囲気で繰り広げられる会話だけれど、2つの背中は王子のつまみ食いを許さない。だからこその、襲撃なのだけれど。
「あのー、ミーはいいこと考えたんですガー」
「うるせーよ、んなこと考えたんなら手伝えよ」
「あのふたりに交渉するより、直接贈られ主に交渉したほうが成功率高くないですか? 見たところー、堕王子なんかー、ボスの中ではお願い聞いてあげるランキング二位なんじゃないかとミーはオモイマスがー?」
 しれっと言う少年の頭にぐさっとナイフが刺さる。頭と言っても直接に、ではなく、頭にかぶっているカエルの形をしたかぶりものに深々と、特殊な形状のナイフが刺さっているのだ。ヴァリアー内ではここ数年、見慣れた光景ではある。
「馬鹿カエルにしちゃいい考えじゃねーの」
「それに気が付かない堕王子が馬鹿なんじゃねーの」
「来いバカ」
「ミーはバカじゃあっりっまっせーん」
 そういうフランの首根っこを引っ掴んで、王子はこっそり、談話室から出ていく。まだ何か言い出しそうなクソ生意気な後輩を連れて、王子は部屋に戻るつもりだ。とりあえず今は退散。作業中の二人は集中しているし、手を出す余裕がまったくないので、見ているだけ無駄だからだ。頼りない相手だが作戦に欠かせないコマであることは確か。強欲の赤ん坊ほど金食いじゃないぶん、楽は楽だ。金の分、口は悪いが。
「で、その姐さんと作戦隊長、いったい何シテるんデスカー?」
「さっき言っただろ覚えてねーのかよバカカエル」
「バカバカいうほうがバカだって教わらなかったのかよ堕王子。スイマセーン、ミーは貧乏人の子沢山なので、おっしゃってた意味がワカリマセーン」
 貧乏人の子沢山ってなんだそれ、おめーのいた黒曜のことか、つーか子沢山ってことはおめーらみんな骸のガキってことか? 何それ気持ち悪っ!
 王子はこの半分くらいの悪態を実際口に出して言ったが、相変わらずのれんに腕押しな後輩の幻術士の態度はいつもと変わりなく、表情も抑揚もかわらないままだ。それにしてもフランの語彙って不思議だよなぁ、時々ベルフェゴールはそんなことを思う。妙に世帯臭いというか、なんだか、…なんだろう。
「オカマとセンパイが作ってるのはマロングラッセだよ、ヴァリアーのアジトでとれた栗で作ったヤツ」
「それってなんですが?」
「おま…」
 純粋に何も知らない風情で、霧の幻術士が無邪気に堕王子ベルフェゴールに質問する。なんだかその様子があまりに哀れに思えてきて、なんでこんな説明しなくちゃいけねーの、そう思いながら結局、そのむかしまだ子供だった時分によく作ってもらったレシピをそのまま、王子はこの後輩に教えてやっていた。
 そういや王子がまだ本当に王子だったころ、そのお菓子は秋の一時期だけ食べることを許されるものだった。そうだなぁ、王侯貴族の俺様だって毎日食べるわけにはいかなかった代物だもんな、貧乏人のおめーなんか一生一度くらいしか口に出来ねぇだろーな。


 取った栗を洗って泥を落とし、浮いたものを選別してからお湯につけて皮を柔らかくする。少し冷めるまで置いてから一番外側の鬼皮を剥く。ナイフで切れ目を入れ、あとは指で剥くと傷がつかない。今日は二人揃っているので、スクアーロが栗の底のほうからナイフを入れてくるりを皮に切れ目を入れる。それをルッスーリアが綺麗に磨いた爪先が痛むのも構わず、ぱきぱきと鮮やかに鬼皮を剥いていく。
「ホントスクちゃんナイフ使うの上手だわーん」
「あったりめぇだぁ、仕事道具だろぉ」
「首切るつもりで皮剥くんじゃないわよぉ」
「年に一回だから勘が戻らねぇよ」
「そうなの?」
「そらそうだろぉー」
 口で喋りながら手が動くのは女性の脳味噌だというが、ルッスーリアはともかくとして、スクアーロが案外それを器用にこなすのは不思議なことだ。
 ざっと見てあきらかな虫食いは選別してあるが、皮を剥いてようやくわかるものも多い。なんといってもこれは最高の秋のごちそう、虫も猪も鹿も熊も人も食べたがる実りの果実だ。一本の栗の木があれば家族四人が一冬越せるだけのカロリーとビタミンを含むとなれば、争奪戦も熾烈を極めるというもの。外側が綺麗でも中身は黒かったり、腐っているものもある。それらを選別しながら、てきぱきと作業は進む。
「けっこうよけたつもりでいたけどよぉー、虫食ってるなぁー」
「そうねぇー、でも大きくていい形してるわ」
「そうだなぁー、去年のよりも丸いぜぇ」
「ウフフ、楽しみね」
「うまいけど作るのがめんどくせーんだよ」
「しょうがないわ、時間がおいしくするんだもの」
 栗の鬼皮は固いが、熱い湯につけて剥けばかなり楽につるりと剥ける。渋皮煮ならそのまま砂糖で煮含めるが、マロングラッセはさらに手をかけてもう一枚、渋皮まで綺麗に剥くのが肝要。だからこそ綺麗な形が必要で、この段階ではなるべく、火が通らないほうがよい。
 綺麗に剥いた栗を、今度はひとつひとつ、グラシン紙で包む。煮崩れを防ぐためだ。
 この段階で山のように鍋に入っていた栗のカサは三割以上減って、いかな豪腕を誇るルッスーリアといえど、いい加減イヤになってくるほどだ。
 立ってするには場所塞ぎで、テーブルに山盛りの栗を置き、座って作業を続けることにする。ラジオをつけて小さく音楽を流しながら、明るい秋の日差しの中でせっせと二人、していことが栗の皮むきだとは。
「剥くの上手ねぇ」
「あ? そうかよ」
「アンタそういうことはなんか上手いわよね。細かいこと苦手なくせに」
「これくらい大したことねぇだろぉー」
 そんなことを言いながら、よどみなく動くスクアーロの爪の間に、固い栗の皮が入ってしまう。ああ、またそんなことをして、ボスに怒られたりするのかしら。それとももう、怒ったりはしないのかしら。
 うふふ、唇に登る笑みの理由をスクアーロは気にしない。それよりも目の前の栗のほうが重要なのだ。なにしろこれはまだ序の口、これからが本番なのだから。

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迷彩教室・4

「ショウイチ、久しぶり」
「久しぶりってこの前も会ったじゃないか」
「そうだっけ?」
「そうだよ。それに毎週チャットしてるだろ」
「今ここにいるのは生身のショウイチだろ。チャットは別」
「そうだけど」
「はい」
 友人はいきなりそう言って駅ビル1階の食品売場の袋を渡してきた。中にはサンドイッチが二つ。値引き販売の赤いシールが貼ってある。
「一個じゃたりないかと思って」
「嬉しいよ。食べてもいい?」
「どうぞ」
「食べる?」
「待ってる間に食べた」
「そう」
 話をするのももどかしく、袋をパリパリと開ける。駅ビルの食品店のサンドイッチなんて、高校生には高嶺の花だ。最近近所に再開発でビルが建って、マンション住民が増えたから、駅ビルの食品街は激戦なのだ。金銭的に不足気味な学生は常に出遅れる。
「何か急な用事があるのかい? チャットじゃ駄目だったのかい」
「そう。ショウイチに会わないとね」
「そうなのかい」
「顔、見ないと。忘れちゃいそう」
「ウェブカメラつけてるだろ?」
「そうだけど、それ見てる?」
 友人に詰め寄られて言い淀んでしまう。確かにチャットしてる時はプログラムを組んでいたり、お互いにそれを治したり確認したりしているから、画面は見てるけど相手の顔なんか見ていない。部屋が明るいわけでもないし。だから今、目の前にいる友人の顔をきちんと見るのは確かに久しぶりだ。
 鮮やかな碧玉の瞳がビー玉みたいだな…と、いつも思うことを今度も思ってしまう。染めているわけではないのに薄い茶色がかった髪の色も綺麗だ。うん、たぶん、友人は一般に言うところのそこそこ顔のいい男、なんだろうなということくらいは自分にもわかる。
 ほとんどみなりを構わないのでわからないけれど。多少あっさりしすぎているところはあるのではないか、と思うことはある。イタリア人なのに。それは自分の偏見か?
「見てない…かも」
「ウチが見たかった。あと」
 細い、すらっとした指が僕の胸の中心をトン、と突く。友人の癖だ。僕の体を指で触るのは。
「ちゃんと見てるかなって思って」
「見てるよ。別に問題ない」
「問題ないの?」
「た、たぶん。僕はそれほど知らないから、問題あるのがどういうことなのかわからない、し」
「そんなことない。知ってる、はずだろ」
「見聞きしてないことは知らないよ」
「見聞きしてるよ。忘れたの?」
 エメラルドの瞳が僕を見る。友人は人を見るときはまっすぐ目を見るのだ。犬か猫のような友人の瞳にはいつも、ほとんど感情が閃かない。それとも僕が、そこにそれを読み取れないだけだろうか?
「ホントはこんなとこでショウイチに会うのも駄目らしいけどね。ま、ウチは知らないから」
「えっ? そうなの?」
「何がトリガーになるかわからないって言われたじゃないか」
「…そうだけど、そもそも僕ら関係ないじゃないか」
「そうだね」
「キミが行くって言い出したんだろ?」
「ついてきたのはショウイチだ」
 ああああ、それを友人に言われると心底僕は弱い。別に友人は僕を責めているわけじゃない。純然たる事実をただ言ってるだけだ。僕は二年半前の自分の好奇心を心底呪った。
「そうだけど」
「まぁしょうがないとはウチも思ってるから」
「うう…それ慰めてんの?」
「慰めてる」
「そう」
 話ながらサンドイッチはたちまち自分の腹の中に消えた。最近あまり胃が痛くならなくなったので、これくらいなら問題なく食べられるようになった。背も伸びたし、体重も増えた。友人ともそれほど身長に差がなくなった。
「それは別にしてもウチ個人的にすごく興味はある。あっちでは手を作ってくれとか言われたこともあったし、結構あちこち触らせてもらったこともあるし」
「そうなんだ? 僕知らなかったよ」
「そう? ちゃんとアッチのショウイチにも報告したような記憶があるけど」
「覚えてないよ」
「ショウイチが研究に関係ないことすぐ忘れるから」
「おまえほどじゃないよ!」
「ショウイチほどじゃない」
 これ以上は不毛な会話になるな、と僕は思った。
「他に用事あるの?」
「あ、これ。渡しとけって」
「なに」
 友人がバックから皺になった封筒を出してくる。それを受け取って中身を確認すると、どっと肩から力が抜けた。
「こんなもの持ってくるなよ…」
「ウチに言われても困る」
 お互いにそれを持て余していることは知ってる。知ってるけどこれを僕に渡さないといけない友人の気持ちも判るし、それを友人に渡した人の気持ちもちょっとわかる。ちょっとだけだけど。
「じゃ、そんだけ。またチャットでね」
 駅の広場にある時計を見た友人がそう言って話を切り上げた。あわてて僕もそれを見たらかなり時間が過ぎている。塾の時間に遅れてしまう。
「あ、塾に遅れる。僕も行くよ、あ、サンドイッチありがと! いくらだった?」
「今度おごってくれたらいいよ。急ぎなよ」
「スパナは塾行ってないの」
「ウチはこれからだから平気」
 そういって友人は背を向けて駅へ。僕は駅前に停めていた自転車を引っ張り出して、駅の反対側にある塾に向かうべく、自由通路へ自転車を引っ張りあげた。

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迷彩教室・3

 自転車のライトをつけて校門を出る。どこかでおむすびを買って食べてから、今度は塾にいかなくては。駅の反対側の塾まで、学校から少し距離がある。歩いていけないことはないが、自転車を持って帰らないといけないのだ。さて、今日は少し時間があるからスーパーの特売が狙えるかもしれない。安くなっていたらニ個買えないかな、そんなことを考えながら校門を出る。最近とてもお腹がすくのだ。
 自転車に乗って走り始めたらすぐに、カバンの中から音がした。相手を特定した着信音、これは別の学校に行っている友達からだ。なんだろうと思って自転車を止めてメールを見る。
「あ、なんでそんなこと急に…、」
 返信するのももどかしく電話番号を押す。飛び出し音が鳴る前に声がした。
「ちょっと今どこにいる?」
『駅前。拾って』
「今日は塾なんだよ」
『時間、あるよね? 少しでいい』
「…だったら何かおごってくれ。腹減ってる」
『サンドイッチ?』
「普通のにしてくれ」
『オッケ、待ってる』
 通話を切ってバックにしまいこむ。時間はない。スーパーの惣菜は諦めて、一目散に駅に向かった。

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迷彩教室・2

 帰宅を促す放送が流れる。部室は入ったときから電気をつけていたから気が付かなかったが、あたりはすっかり暗くなっている。日が暮れるのが早くなったな、と思いながら窓の外を見る。今日の分をバックアップを取ってからパソコンを止め、周辺機器の電源を落とす。念のためコンセントを抜いて、キーボードにカバーをかける。一応備品だし、今年買ったばかりの新品なので丁寧に扱うことにしているのだ。来年になったらそんなことは忘れてしまうのだろうけれど。
 椅子を整えて、窓の戸締りを確認する。ロックをかけて、カーテンを引く。荷物を取りこぼしていないのか、机の周りを確認してから部屋を出る。出口でもう一度部屋を見渡して、鍵を閉める。
 部屋の鍵を持って職員室へ向かう。
 向こうから副担任の鮫島先生が歩いてくるのが見えた。鍵を持った手を振って合図をする。先生に鍵を持って行ってもらえば、職員室を回らなくてすむだろう、と考えたからだ。
「おっ、もう戸締りしてくれたのかぁ?」
「今日は一人だったので」
「そっかー、部長は真面目なんだなぁ」
「一応部長ですから」
「そっかぁー」
 大きくてほそっこい手がわしゃわしゃと髪の毛をかき混ぜる。子供みたいだけど、そうやって先生に頭を撫でられるのは嫌いじゃない。
「プログラムコンテストに出るんだっけか?」
「はい」
「ガンバレよ」
「そこそこに。鍵、お願いします」
「おう。気をつけて帰れよー」
 鍵を渡して別れる。先生は暗闇の中でもわかる白い顔で、ひらひらと手を振っていた。

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