地球温暖化防止対策 「ボス~任務お」その日、ベルフェゴールは至極真面目に仕事を終えたところだった。珍しくボンゴレ側から助っ人が来て、晴の守護者との合同任務だったのだ。まっすぐで明るく表裏のないこの一本気な男は、うっとうしいがわかりやすいので、ベルは嫌いではない。その小うるさい男との任務を終わらせ、報告書を書いて、ボスの部屋に持っていき…ドアを開けたところで、金髪の王子はしばし固まった。「どうした。入れ」「‥‥‥‥オジャマシマース」発音が棒読みになった。間接がぎしぎし言っている。えーと、歩くときって右足と一緒に出すのは右手でいいんだっけ、違うっけ、左足だっけ、あれれ??ベルフェゴールは軽く混乱した。いつもようにザンザスはヴァリアーの屋敷の最上階にいて、自分の執務室にきちんといた。大きなマホガニーの机に背もたれの立派な椅子、このご時世でも使われる頻度のやたらと多い万年筆の並ぶペンホルダーと、ノートパソコンとスタンドが並ぶ、広々とした机にむかっていた。彼らのボスは非常に勤勉で、今日も朝から仕事の決済から報告書の確認やら、新しい仕事のシフトやらの書類を眺めていた。しかし。「よこせ」「ハーイ」ベルは手を伸ばして書類をザンザスの机の上に置く。普段よりはるかに遠い場所で、そうっとそれを置くのに、ザンザスがふっと視線を上げて、王子の顔を見た。「今日はずいぶん早かったな」「王子だもん。‥‥っていうか、ササガワってちょー使えるヤツで驚いた」「そうか」報告書のいくつかについての質問とその結果、感想を聞かれて答える。ボスはいたって普通、至極普通、きわめて普通に、いつものように、仕事をしていることに違いはない。――その、膝の上に、余分な荷物がのってさえ、いなければ。「あのさ、‥」「なんだ」「すごく基本的な質問してもいい?」「‥‥‥」ザンザスはちょっといやそうな顔をした。そうすると、仕事の上司の顔が一変して、やけに若々しい青年の顔になる。あ、ちょっと地雷踏んだかな、とベルフェゴールは背中に神経を集中して、いつでも逃げられるようにしていた。「なんで膝の上に先輩が乗ってるの?」―――確か今日は休みだと言っていた。どこか行くんだとか言ってたような、聞いたような‥気のせいだろうか。「寒いからって乗ってきやがった」「はぁ?」「暖房の代わりになるとか言いやがってたかな」「‥‥寝てるの?」「見ての通りだ」ザンザスの肩に、小さい頭と長い髪を乗せて、がっくりと力を失った、長い薄い体が、ザンザスの膝の上に向かい合わせに乗っていた。背中のあたりに落ちてしまった毛布らしきものが見てとれて、ベルはなんだか、ため息をつきたくなった。「先輩なんか筋肉ばっかりだから重いだけじゃねーの?」「筋肉のほうが脂肪より温かいぞ」「でも重いでしょ?」「そうでもねぇ」そんなことを言いながら、完璧に寝ているスクアーロの背中に手を添えて、ザンザスはノートパソコンの電源を落とすために手を伸ばした。ぎゅっと体が寄せられても、腕の中の体はぴくりとも動かす、長く伸ばした両手で、ザンザスの背中を抱きしめているままだ。「邪魔じゃないの?」「温度を下げても寒くはねぇからな」「それでプラマイゼロにしちゃうわけ?」「静かでいい」あー、なるほど、先輩、ボスとどっか行くつもりだったわけね。それが出来なかったんでこんなことしてるのかなぁ?「起きないの? 馬鹿じゃねぇ?」「起こすな。うるせぇ」寝かせておいたままでいいんだ。マジか。すげーな、ボスったら、鮫甘やかしすぎじゃねーの。というかなんで膝に乗せたままで仕事してんの。ありえねー!!そう思ったが、しかしベルフェゴールはそれをそのまま口にするほど、愚か者でもなかった。仕事に支障がなくて、別に見られてもかまわないならまぁいいんじゃねーの?報告が終わったので、退室を促される。ベルはさっと部屋を出て、さて、談話室に行くかな~などと思いながら、先程の話をしようかどうしようか、ちょっとだけ考えた。-----------------------------------寒い夜だから~明日を待ちわびて~~♪温暖化防止対策に子どもと一緒に寝るといってた知人を思い出した。ボスちゃん寒がりかもしれんのう [1回]PR
大人の戦闘方法 諦めないのは子どもの特権だが、諦めるのを諦めるのは大人の技術だ。ザンザスはそんなことを考えた。ザンザスはいろいろなものが諦められなかった。欲しかったからだ。欲しくて欲しくてしかたなかったからだ。手に入るところまで来ていたからだ。手に入ると思っていたからだ。手に入るものだと、信じて努力してきたからだ。だが結局、それは何も手に入らなかった。残念な、ですませるには苦い事実を、認めるのに時間はかかった。だがそれよりもずっと、出来ないことを諦めることを、何度やっても出来ないことを、諦めるのを諦めることのほうが大変だった。十年もあれば、十分身に染みるほどには諦められるようになる。自分がさびしいということ自分が弱いということ自分が怖がりだということそんなことを実感することを、諦められるようになった。「おい、まだ着替えないのかよぉ? いい加減なんか着てろぉ、風邪ひくぞぉ!」「うるせぇ」「そういうものぐさなボスさんに朗報だぜぇ。今日のパーティは急遽中止だぁ」「あ? どうした」「主催が新型インフルでぶっ倒れてパーティどこじゃねぇってよ。病院行って注射して絶対安静面会謝絶だぁ。感染防止のためだとよ」「そいつは難儀だったな」「一週間はなるべく仕事場の人に会わないでください、だってさ。ついでに週明けの会議も中止。ボンゴレ本部はジジィが多いから、当面はネット会議ですませろってさ」「風通しがよくなっていいじゃねぇか」「葬式が続くと大変だぜ?」「仕事が増えてなによりじゃねぇか」「それもそうかぁ!」目の前にぽんぽんと着替えが置かれて、それを手にして順番に身につけながら話を続ける。洗面所でグルーミングはすませていたのでシャツのボタンを締めながら立ち上がれば、スクアーロがすぐにシーツをはがして新しいのを出してベッドメイクをする。脇によけてズボンを履き、ベルトを締めればリネン類をかかえて、副官が部屋を先に出てゆく。隣の部屋にはブランチの準備がしてあるのだろう、食べ物のにおいがした。「まぁそんなことで今日はなんもねぇぞぉ! どうする?」「おまえは」「俺は今日のパーティの護衛と会場整備に行くはずだったんだぜ?」「暇か」「あんた今日は休んだほうがよくねぇかぁ? ここんとこ毎日朝まで仕事してただろぉ?」そんなことを何故知っているのか――と、問いただしたいのをザンザスは我慢した。聞いても帰ってくる言葉はわかっている。それを喜んでしまう自分がいることも、その意味に落胆してしまう自分がいることもわかっている。「おまぇも暇だな」「まぁ天気悪いし、色々辺りがきな臭いから、気をつけろぉ。あんた仕事しすぎであんまよく眠れてねぇんだろ?」そんなことを知っているくせに、一度もベッドに入ってこないこの男を。大切でいとしくてたまらなくて、肌に触れてほしくてさみしくて、冷たい細い薄い体を、抱きしめてただ眠りたいほど疲れていて心細くてたまらないのを、微塵も理解しないでいるこの美しい男を。愛していることをやめられないことを、ザンザスはすでに諦めている。あとはもう長期戦だ、制限時間は、彼がそれを諦めるまで。ザンザスはこの戦いに、今度こそ勝つつもりでいる。それだけは、諦めるつもりはなかった。 [2回]
楽しくないことをするのが人生だ ちょっと変なザンスク…というかどっかに入れるつもりだった話。ボスがいつにもまして変な人と書いて変た…(ry)。微妙にスカというかあれだ、異物挿入ネタでござるたぶん30代中盤あたりの熟れ熟れ夫婦 つづきはこちら [0回]
人はそれを と呼ぶ 心臓が飛びだすかと思った。何気ない午後のひと時だったはずだった。今日は仕事が速く終わって午後は何もなかった。予定は本当に何もなくて、ザンザスは久しぶりに読みかけの本が読めると思っていたところだった。なのに昼食を持ってきたスクアーロが「ここで食べてもいいかぁ?」と聞いてきて、最近気に入っているアメリカのソーセージをはさんだパンをに食いつきながら、手にした書類を眺めはじめたのだ。邪魔だ、というつもりだったがパンをかじるスクアーロがあまりに必死だったので、出て行け、と言いそびれてそのまま黙っていた。ザンザスの返答で彼が意識的にイエスということはまずないので、駄目だといわなければたいていのことはイエスになる――イエスだと理解される――ことになっていた。スクアーロの頭の中で。それはともかくザンザスはあわただしく昼食をとるスクアーロを横目に見ながら、普段の簡単な昼食とは打って変わって、ゆっくり、のんびりと食事を取った。スクアーロは大食いだったが下品ではなく、そして食べるときに一切の音を立てない。昔は食べている姿がものすごくまずそうで、見ていて不愉快になったものだったが、最近は少なくとも「まずそう」ではなくなってきていた。見ていても食欲がなくなるようなことはない。増すようなこともないが。ザンザスはゆっくりと硬い塩気のないパンを租借し、挟み込まれたぱりぱりのレタスやカリカリの鶏肉や、しみこんだトマトソースを堪能した。ほどよく酸味のあるピクルスやみじん切りにされているオリーブの実をかみ締め、スープの中に溶かし込まれたコーンの甘さと塩気に舌鼓を打ち、コーヒーに添えられたビスコッティを小気味よくかじった。ふたつめ、とろりととけたチーズとベーコンが挟まったパンの中に練りこまれたバターの香りを感じながら、目の前で動く人間の動きを目で追った。スクアーロは書類を眺めながらもぐもぐとクチを動かし、書類をめくりながらコーヒーを飲んだ。下を向いたら髪が目に入ったのか、あいている手で前髪をかき上げて耳から後ろに流して、指先で髪を弄っていた。口の中に入っていた肉を食べ終わり、底までカフェを干して、カップをテーブルに置いて。書類を置きながら、ふっと目を上げる、その瞬間。しゃべり始める一瞬前の、そのスクアーロの顔が、中から光り輝いているように見えた。バチカンの聖母像より神々しく、ラファエロの天使よりあどけなく、ボッチチェリの女神より美しい。まばたきをする一瞬前の残像のような、一瞬だったがしかし、目の網膜の奥にがっちり、金の針で刻んだような、寒気がするような美しい顔を、スクアーロはしていた。ほんの一瞬だったが。ザンザスはおもわずすべての動きを止めて、スクアーロの顔を凝視してしまった。今見ていたものが、幻ではないのだと、理解しがたいかのように。あれは夢でも幻でもないと、今見たものはなんだったのかと、自分に問いかけ、問い直し、聞いてみたくなるような、そんな気がしてならなくなった。スクアーロが、ボスの表情に驚いて、声をかけるその10秒前のことだ。-----------------------------------毎日これ発見 [0回]
ボスはまだ十六だから 「そーいえば、おまえ以外と睫毛長いなぁ!」…などと、言ったのは家光だったか。そんなどうでもいいことを、何故か突然ザンザスは思い出した。どうということのないいつもの日のいつもの昼下がりの、簡単な昼食が差し入れられ、それを書類を見ながら終わらせ、食後のカフェを飲み干し、十分だけ目を閉じ、開き、また書類の文面を眺めていたときのことだ。書類の文面はまったく全然要領を得ない。話にならない。早く結論を言え、と思いながらザンザスは書類をぱらぱらとめくるが、どうにもどこにも結論らしきものがない。後回しにするかと思って書類をトレイに投げる。次の書類を出す。こっちは早く終わりそうだ。結論が早い仕事が出来る人間は好きだ。どうもいいことをいつまでも弄繰り回しているのは性に合わない。気になれば替えればいい、それで駄目なら直せばいいのだ。直す前から出来ないという人間の気が知れない。おまえは失敗したことがあるのか、と言いたい。そういうことをいう輩が本当に失敗していることなどまずないのだ。失敗を知っている人間はそんな言い方をしない。どうにも意識が散漫に過ぎる。眠いのか、疲れているのか。時計を見れば、すでに三時を回っていて、日が翳り始めているのがわかった。夏の日も衰える。長い謳歌の時間は過ぎて、実りの季節がそろそろやってくる。そんなことを思う間もなく、長い廊下の先から、見知った気配がやってくる。足音はしないのに、小うるさい気配は隠しようがない。声も聞こえてくるような気がする。「う゛ぉおおおお゛い! お茶の時間だぜぇぇええ!」その声に条件反射で手に持っていたものを投げるのは、すでにザンザスの習慣のようなものだ。今日もそうだった。手にしていたのはサインをするために握っていた万年筆だった。キャップを閉じて書類の上を叩いていたのをそのままに、手首のスナップを利かせて投げた。スコン、と綺麗な乾いた音がして、それが小さい円い頭蓋骨に衝突する。床に落ちる前に拾われる。「ぅおっ! おおっとあぶねぇ、せっかくの茶がこぼれるだろぉおお!」がちゃん、とかすかに茶器がぶつかる音がするが、それだけで、スクアーロは手にした盆を落さずに、空いた手で万年筆を拾う。「せっかくのいいもんなのにもったいねぇぞぉ」そういいながらそれをデスクに戻す。ザンザスが何か言う前に、応接セットに茶器を置く。「少しは休めぇ。夕飯遅くなるかもしんねぇからなぁ、腹になんかいれろぉ」「あ゛ぁ? てめぇに指図される筋合いはねぇ」「そういうなぁ。ルッスがちょっと遅れるって電話してきたんだぁ。どうせ買い物でひっかかってるんだろぉ」そういいながらスクアーロがポットに注がれた紅茶をカップに注ぐ。ちゃんと時間を計っているのか、小さい砂時計が脇に見える。ちゃんと下まで落ちている。いつだったか、落ちきる前にとっとと茶を入れようとして、ルッスに怒られたことがあった。そんなことを思い出した。「甘いもん少し食ったほうがはかどるぞぉ」そういいながら、皿に盛ったビスコッティとスコーンを隣に並べる。食欲はなかったが、紅茶の香りが漂い始めると、仕事を続ける気にもなれず、ザンザスは目を閉じて眉間を揉み解した。痛みを感じるということは、目が疲れているということだ。はぁ、と溜息をついて、席を立つ。応接セットのソファに腰を落ち着ければ、向かいに座ったスクアーロが、口元を緩めて、だらしない顔で笑う。――なぁ知ってるか? スクアーロの睫毛もな、………だからそんなことを思い出したのも、偶然だ。家光はそんなことを言った。なんだったか、このカスザメの睫毛の先がどうとか…なんだったか?ザンザスはそれが思い出せず、なんだったか、と思いながら、紅茶を一口飲んだ。半分ほど飲んでから、ビスコッティに手を伸ばし、半分に割って茶に浸す。浸したものをほおばりながら、ふっと視線を上げる。スクアーロの向こうから光が差している。ゆるい午後の光の中で、銀の髪が逆光に照らされてキラキラ光る。影になっていても、黒い服に包まれた白い肌は目を見張るほどで、中からほんのり、光っているかのようにうっすら、浮かび上がって見える。長く伸びた前髪が額を隠す。色の薄い体毛とまぎれて、区別が定かではない。伏せた睫毛に焦点を合わせる。目元がやけに白く見えるのは、びっしりはえている睫毛のせいらしい。白い光が目元で乱反射する。光にまぎれて見えないのに、質量だけがあるそれが、目元から頬に、うっすらと影を落としているのが、なんだかやけに不思議だ。ふっと睫毛が動く。その光の中から、灰色とも、青とも、白とも言いがたい、不思議な光の瞳が生まれた。視線が動くのを見る。見える。虹彩が薄いので、視線の動きがよくわかるのだ。「……なんだぁ?」「ルッスぅううううううううう!」「どうしたのよっスクちゃん!つか離れなさい、動けないわ! ちょ、手を離しなさい痛い痛い痛いわぁああ!」「どうしようぉおおおおボスがボスがボスがぁああああああ」「どうしたのよっ!!」「ボスがいきなり真っ赤になってぶっ倒れたぁあああああ!」「なんですってぇえええええ!!!!」えぐえぐとほとんど泣きそうになっているスクアーロを引きずって(離れないのだ)、ルッスーリアが執務室に入ったころには、ソファの上でひっくりかえっていたザンザスが、気がついて起き上がっていたところだった。「どうしたんですか、ボス!」「ボス! おい、もう大丈夫なのか、おきても大丈夫か!?」冷静に様子を聞こうとするルッスーリアに対して、スクアーロは大慌てで手を離し、飛ぶようにザンザスに近づいてゆく。手を伸ばして熱を計ろうとするのを、ザンザスは体を引いて避けた。「…ボス…?」「カスは出て行け」「え、なんで」「いいから出ていけ!」ザンザスの剣幕に、スクアーロは何かを言おうとした。だが、ルッスがその手を掴んだのに我にかえる。「でも、」「出て行け。命令だ」「……Si」しおたれた犬の尻尾が見えるほどの勢いで、スクアーロが名残惜しそうに部屋を出る。ドアを閉める音がしてようやく、ルッスーリアは息を吐いた。「で、……どうしたのかしら、ボス」返事はない。ザンザスはソファに起き上がり、位置を変えて座りこんでいた。「どうしたのかしら? 具合が悪いの?」「………よくわからん」「……どういうことかしら?」小指の先をたてて、ルッスーリアはそう返事をする。見たところ、顔色が若干悪いが、起き上がった様子から、どこか体に異常があるようには見えない。話した口調も落ち着いている。見てわかる異常はない。ルッスーリアはそれほど心配することはないのかしら、と思いながら返事を待った。「これはなんかの病気か?」「……どうかしたのかしら」「カスザメの顔を見たら一気に熱が出た」「……は?」「心拍数は上がるし体温は上がって熱が出るし、たぶん血圧も上がったんじゃねえか。息は出来ねぇし目は回るし、頭はガンガンする。……なんだこれは」-----------------------------------ボスは年下の男の子~♪ ってことで、ひとつ。 [1回]
そこにあるから 「ヴぉおおおい! んじゃぁ行って来るぜぇ!」「…威嚇しなくてもいいと何度言ったら、」ザンザスの言葉は最後まで言うことができなかった。けたたましい音をたててドアが閉まり、騒々しい気配が玄関から続く短いアプローチを踊るように歩く。すぐに庭の自動車の、ドアが開く音、閉まる音。エンジンがせわしなく点火する。日本製の車の性能はすばらしい。手のかかる車を人に世話をさせることばかりしてきた面倒くさがりでも、簡単なメンテナンスと数年に一回の定期検査で、毎日快適に車を乗ることが出来る、稀有な性能を持っている。雨の多い、湿気の多い国で、多くの人間が乗る車を作っているだけのことはある。せわしなく点火したエンジンは、ほとんどアイドリングすることなく発車する。門の角を通り過ぎるときに、かすかにタイヤの音が変わる。その合図で、エンジンの音が聞こえなくなる。家の前の細い道を左に曲がって、すぐに右に折れたらしい。その先をしばらく走り、右に曲がって……と、これから車が向かう先を想像して、ザンザスはすぐにその想像をやめた。なんという無駄なことをしているのか、そう思いながら溜息をつく。家の中はしんと静かだ。二人しかいない家だ、一人がいなくなれば静かになるのは当然だとはいえ、この静寂はなんなのだろう、とザンザスは思う。家の前を小学生が通るのはまだ少し先の時間だ。覚醒しはじめた世界が動き出している。たまにはいいかと思いながら、ザンザスは読もうとしていた新聞をもう一度テーブルに広げ、傍らに置いた緑茶を手に取った。コーヒーも悪くないが、緑茶のほうがカフェインが多く、朝はこちらのほうが断然、効く。窓の外で鳥が鳴いている。今日は雨は降らないらしいが、はたして向こうはどうだろうか。雨男ではないはずだが、呼ぶかもしれない、とは思う。別に仕事ではないのだ、鎮魂歌を歌う必要はない。スクアーロがいないと、ザンザスはほとんど一日何も喋らない。独り言をいう習慣もないので、本当に一日、食事以外で口を開かないことも、よくある。さすがに若いうちはともかく、日本で還暦と呼ばれる年齢に近くなった昨今は、それでは早く脳味噌が駄目になりそうだと思うようになった。今日は雲が多く、日差しがそれほど強くなかった。新聞は後でもいい。スクアーロが準備して置いておいたサンドイッチを食べたら、散歩にでも出ようか、とザンザスは思った。「あーっ! 赤爺だ! おはようございますっ!」「おはようございます!」「おはようございます!」赤爺とはなんだ、と思いながら、ザンザスは鷹揚に返事をする。返事とはすなわち、「おはよう」だ。がちゃがちゃとどこから音を出しているのかわからない音を立てて、男の子が数人、ザンザスの後ろから走ってきた。子どもは大人を見たらとにかくおはようございます! と鳥の鳴くような声で挨拶をする。「ねぇねぇスクアロ今日いる?いない?」「約束したけどいけないって言って」「あとでママが持っていくって」それだけ言い捨て、子どもはきゃーきゃー言いながら、学校へ向かう角を曲がり、他の小学生と交じり合って、さらにきゃーきゃー言いながら歩いてゆく。ザンザスが返事をする間もなく、子どもたちはあっという間に見えなくなってしまう。言われた意味がさっぱりわからないザンザスは、今日は居ない、の一言も言うことができなかった。子どもとは恐ろしいもんだ、とザンザスはあらためて思った。朝からカン高い音を聞いたので、頭が痛いくらいだ。意味がさっぱりわからないが、帰ってきたら言わなくてはならない。この俺に何をさせるんだあのカスザメ、とザンザスは眉間の皺を一層深くした。はじめのうち、ザンザスは早口で高い声で、まさに小鳥が囀るように叫ばれる声に、何を言われているのかざっぱりわからなかった。数回そんなことがあり、その話をスクアーロにしたら、「なんだぁ!?じゃ一緒に行こうぜぇええ!」と言われ、面倒だが一緒に散歩をすることになった。スクアーロは毎朝、もっと早い時間にランニングをしているので、あたりの地理には詳しい。ランニングはただ体力維持のために行っているわけではないようだったが、そんなことはザンザスの知ったことではない。それよりも遅い時間に歩いていると、同じように子どもが挨拶して――スクアーロを見てぎゃっ!と悲鳴を上げて凄い勢いで逃げたのだ。スクアーロは一瞬「なんで?」と思ったらしいが、すぐに反射的に走り出し、子どもの一人の首根っこを掴んでとっ捕まえた。その反応たるや見事なもので、おもわずザンザスも手を出すのを忘れたほどだ。「あ゛あぁあ゛!? おめぇなにやってんだぁ!?」「うわっ捕まったよ!」「白爺早ぇ!」「なんだぁ!? …ん? おまえ、この前家に入ってきやがったガキじゃねぇかぁ」少し離れたところで様子を伺っていた二人の男子も、一瞬の隙をついて首根っこをつかまれる。どうやっているのかわからないが、三人のガキを引っつかんでドスを効かせている姿は、どう見てもこっちが悪役だ。「なんだぁ、おめぇらぁ」「うわっ」ほいっと手を離すと、勢いでつんのめるようにして姿勢を崩す。おもわず手を出して肩を掴んでしまったザンザスに、子どもはありがとうございました、と言いかけて、止まった。「うわっ、赤爺だ!」「え!?」「赤爺出た!」「赤爺!」「なに言ってんだてめぇえええ!」スクアーロの手をすり抜けて、子どもはさっと逃げてしまった。なんなんだ、と呆然としたザンザスと、なんだかやけにぷりぷり怒っているスクアーロは通学路の真ん中で微妙に、かつ大胆に目立っていた。そういえばそんなことがあったな、とザンザスはようやく思い出した。赤爺ってのは俺のことか? と思いながら、なんだってそんなことになっているのか、と溜息をつく。子どもを追いかけて正すようなことでもない。まぁいいか、カスザメが戻ってくればわかることだ、そう思ってザンザスは散歩を続けた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー爺XSはなんかひじょーに楽しいな……。どんなにいちゃいちゃしてもジジィだから許せるのかもしれん(笑)。 [0回]
女神たち 華やか、というには棘がある。「何見てるの、邪魔だよ」麗しい、というには、物騒すぎる。「どうしたぁ、なんか用かぁ?」可憐というには、イキがいい。「どこ見てんだよっ、見るんじゃねーっつーの」可愛いというには、頑丈だ。「わたしは、信じていますわ。…おじさま」全能の神であるゼウスも、女神ヘラに頭があがらない。神話の時代から、そういうことになっている。スパナも入りそうだな、これ……。にょたじゃなくても通用するのがなんかこわい(笑) [0回]
知っていることが幸せだとは限らない 何が足りていないのか、男は改めてそこで気がついた。悲しみだけがそこにあった。あるべき怒りはそこにはなかった。はじめからそうだった。そうだはじめから、ちゃんとあの灰青の瞳を覗き込んだ八年前から、ずっとそうだった。病室の電灯は蛍光灯からつけかえられているはずだった。少しは温かみのある、明るいオレンジの光に付け替えられたはずだった。なのにとてもそうは思えなかった。青かった。壁も天井もカーテンもシーツも床もガウンも肌も髪も指先も。「喋れるか」伺うように聞く。そんな必要はない。青年は昨日までちゃんと喋っていた。その後青年になにかしてはいない。青年をかくまっていた彼らが、何かをなしたのでなければ。青年は起きている。意識はしっかりしている。それはわかっている。目を伏せているが、青年は男が部屋に入ってきたときに間違いなく男を見た。男を殺さんばかりに睨んだ。その灰青の瞳がそうやって男を見るのは久しぶりだった。男は忘れそうになっていたそれを思い出した。「…………」青年はシーツの上でただ横たわっていた。麻酔も鎮痛剤も効きにくい体だったので、体重の割に多くそれを投与されていた。今も意識は戻っているが、体の自由は利いていないのだろう。「気分はどうだ?」「……最高だ、とでも、言うと思ったかぁ…?」「そうだな」男は視線を外さない。青年の瞳はまだうかがいしれない。だがわかっている、男はその瞳がどんな色でいるのかを知っている。「ボスは」そうだ。そう、言うだろうことは判っていた。「まだ寝てる。内臓と喉がやられてるからな、目が覚めないよ」「…生きてるのか…?」「死んだって話はされねぇなぁ」返事はない。ほっと体から力が抜けたことを感じる。たったそれだけで、体が緊張しているのだろう。「……そうかぁ………」昔からそうだった。今でもそうだ。この体のどこにも、魂のどこにも、どうして怒りがないのだろう。彼の主はあれほど、体中から怒りの炎を吹き上げているというのに、世界の全てを憎んでいるというのに、視線も指先も声も背中も、体の全て、魂の全てが世界に対し、怒りをたたえているというのに。力を抜いたその薄い長い体にあるのは、ただ悲しみだけだった。今も、昔も、あのときも、ずっとそうだった。ただ悲しんでいた。悲しみを持っていた。この体は、怒りを知らないのだ。争奪戦の話を書こうとするとどうしても「外野の人」の視線になってしまう。二人の中に入っていく根性が足りてないのかなぁ……。 [0回]