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XSの日 まちでうわさのおおきなおうち・2

夕べは久しぶりにちゃんとした。
ちゃんと肌を寄せて、触れて、奪うあうようなキスをして、抱きしめて、足を開いて、受け入れて、受け入れられた。擦って締め付けて、扱いて嬲って、しがみついて揺さぶった。
だからつまりは、二人して、かなり疲れているというのが本音だった。
体が痛むというよりは、気力が沸かずにいるせいで、朝の日課の散歩も、毎日の鍛錬のランニングも、今日はしたくない気分だった。
二人でだらだら、ベッドの中で、のんびり抱き合って、どうでもいいことを話したり、何も言わずにじっとしていたり、そんな気分であったのだ。

「ふふ…」

唇を緩めて笑う、スクアーロの髪を撫でる手はいい加減、その手触りを愛でるのに飽きて、髪の中のこぶりな耳たぶや、細く研ぎ出されたうなじや、するどい直線を描く顎を撫でていた。喉の下を節くれだった指先で撫でられて、白銀の大きな獣がよろこびの声を上げる。

「寝坊したなぁ、もうこんな時間だぜぇ」
「たまにはいいじゃねぇか。なんかあったか?」
「そうだなぁ、…今日はゴミの日じゃねぇし、飽きるまで寝てるか?」
「そこまではいい。……おい、ガキの声がするぞ」
「ああ、ちょうどそんな時間だぜぇ…」

乾いた道路を子どもの足音が、遠くからやってくるのがよく聞こえる。
さすがに昔ほどいい耳であったわけではないが、子どもの足音は隠されないし、なにより大きな音なので、二人にはそれだけで、誰の足音か判別がつくほどである。
家の前を通る子どもはすでに全員把握済だ。
去年庭に忍び込んでスクアーロに怒鳴られた子の家の場所も、家族構成も親の職業も、一緒に来た子の家も二人はすでに調べているから、それが誰なのかはすぐにわかった。
家の前の道をわざわざ入り込んできて、門の近くまで来て、少し立ち止まって、また戻ってゆく。

「おめぇを探してるんじゃねぇのか」
「かもなぁ。……一応俺たち、外国人だろ? あっちの親が地域の防犯委員かなんからしくってよぉ、たぶん警察から通達でも出てるんじゃねぇのかってとこだろぉ」
「ガキに監視させてるってことか?」
「監視っていうか、……声かけ? とかゆーんだと」
「なんだそりゃあ」
「日本人はなかなか、知らねぇ人間に挨拶とかしねぇからさぁ…、防犯ってことらしーぜ」
「そんなもんでいいのか?」
「平和なんだろ……。まぁいいじゃねぇかぁ……もう少し寝てるか?」
「起きると腹が減る」

真顔で肩を撫でながら、そんなことを真剣に言うザンザスに、思わず噴出してしまったスクアーロは、撫でられた髪に自分の手を入れるのを、心底もったいない、と思いながら。
分厚い熱い手のひらが、肌を過ぎるのを惜しみながら、広いベッドに薄い体を起こした。


クラッカーとカフェを齧って飲んで起き上がって、結局二人して冷蔵庫の中を掃除するために、遅い朝食だか早い昼食を作り始めることにした。
今日は久しぶりにちゃんとイタリアの味を楽しもうと、まずはパンを作るところからはじめることにした。
日本のパンはさすがに二人には甘く、やわらかすぎて口に合わず、気に入ったパンを売っている店を探していたが、作り方をメールでルッスに送ってもらって試行錯誤しているうちに、自分で作ったほうが早いのではないか、ということに気がついたのだ。
さすがに向こうで食べていたものほどうまくは出来ないが、毎日はともかく、週に三回は作り続けていれば、その味にも慣れてくる。
パニーニは気に入った店を見つけたので大量に買ってきて冷凍することでなんとかなったが、ほかのものは長くそれを作っていた本人からの詳細なレシピのおかげでなんとか、同じは無理でも同じように、出来るようにはなっている。

サラダの野菜は庭にあるものをありあわせで、メインは鶏肉をトマトで煮込んだカチャトーラ、パンの発酵を待っている間に肉を切って香辛料に漬け込むのはザンザスの仕事だ。こういうものは珍しく、ザンザスはスクアーロに作らせない。
スクアーロは切るのはうまいが焼くのがどうも苦手で、通らなさ過ぎて生焼けだったり、焼けすぎたりで硬かったりが、圧倒的に多い。
最初は文句をつけていたが、大喧嘩して一度、自分で焼いてみたところ、今までの失敗作がうそのように上手に出来てしまったのだ。
すかさずそこを褒めたスクアーロは、前に近所のおばちゃんから耳打ちされた「亭主に家事をさせる方法」が小さい軽い脳みそのどこかにこっそり、残っていたのかもしれなかった。おそらくは無意識に、すげーな、さすがボスさんだぜぇ!! と、思っていただけ――なのかもしれないが。
一時間ほどそうやって、二人して手際よく調理をしていると、玄関の脇に設置したインターホンが間延びした鳴り方をする。
濡れた指先をエプロンで拭いて、キッチンの脇にある操作パネルを押せば、カメラには見覚えのある顔が立っていて、スクアーロは驚いた。



「こんにちはー。近くに来たので寄ってみたのなー」
「山本!? おおっタケシぃ、久しぶりだなぁ!!」
「こんにちはー。顔見せてくれよ、二人とも」
「ちょっと待ってろぉ!」

やりとりを聞いているザンザスは、煮込みの仕上げに忙しくて手が離せない。
振り返ったスクアーロが、いいか、と聞くのに好きにしろと返して、最後の味付けの塩をどのくらい入れるのかに悩んでいるほうが重要だとばかりに、視線を向けもしなかった。
玄関のロックをはずす。
スクアーロは、ばたばたと足音をたててリビングを抜けてホールへ向かう。
吹き抜けの天井があるホールはまだ朝のひんやりした空気のままで、しかし勢いよくドアを開ければ、そこに年をとっても能天気な声が、ただ朗々と響くばかりである。
基本的に山本武とスクアーロは、根が体育会系なだけあって、普段の話し声が、非常に大きい。
年を取って声が大きいのは、可聴音域が狭まっている相手にとって悪いことではない。
二人とも、その年齢の割に、体中どこもかしこも、非常に頑強で壮健ではあるけれども。
そんな大きな声が、そうでなくてもよく響く玄関の、吹き抜けの天井にガンガン響くものだから、二人が何を話しているのか、奥のキッチンにいるザンザスにも、非常によく聞こえていた。
日本人の長い挨拶、長い前口上、そして歩きながら入ってくる二つの足音。キッチンとリビングまでは土足なので、靴を脱ぐ動作がないのが、この屋敷の特色でもあった。

「こんにちはー、ザンザス! おおっすげぇ! ザンザスがエプロンしてるとこなんて始めて見るのな!」

にこにこと背景にそんな音が聞こえてきそうな、いかにもな日本男子が大股でリビングに入ってくる。
年はもう四十の半分を過ぎているが、髪が幾分白く、量が減ったくらいであまり変わった気がしない。
真っ黒の髪はところどころ白くなっているが、薄くなっている部分はなく、それだけでもかなり、若々しさを感じさせる。
背筋がまっすぐで、視線がいつも前を向いている。姿勢がいいから老けて見えない。
スクアーロがそれを椅子に座らせ、湯を沸かしてコーヒーを入れる準備を始め、ついでのように声をかけてきた。

「なぁ、せっかくだからタケシに飯食わせてもいいだろぉ? 一緒に食おうぜぇ!」
「好きにしろ」
「だとよ! そろそろ昼だろぉ、腹減ってるかぁ?」
「えー、いいの!? ご相伴に預かってもいいのかよ? いやったぁ!」 

顔中が笑顔になったような顔で、にこにこ笑う年下の、十代目の雨の守護者は昔から、本当にスクアーロと仲がよい。仲がよいというにはそれは少し、違うかもしれないが、少なくとも山本の、人生の意味をがらりと、変えてしまった男の一人がスクアーロなのは間違いない。

 二人の世界はどこか、ザンザスとスクアーロの世界とは違うところにあって、そこにどうやってもザンザスは入れないことに、羨ましくて妬ましく、どうにも自分の感情をもてあまして苦しんでいたことが、長い期間、あった。今でも少し、それは感じる。
感じるが――それも、スクアーロであると、受け入れることを厭わしいとは思わなくなった。

諦めたのかもしれない。
スクアーロはどうしたって、泳ぐことをやめられない、海洋の最強の魚なのだ。

飼い殺しの夢を見て、何度かそれをしてみたこともある。けれど鮫を殺すことなど到底出来ず、先に根をあげたのはザンザスのほうで――その強さに、たぶんずっと、救われていたのだと、思い知ることももう、数えることなど出来るものではない。

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XSの日ですよ更新 「まちでうわさのおおきなおうち」1

これは出そうな「まちでうわさのおおきなおうち」から
前の部分を続けて!

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久しぶりに晴れた。

この季節には珍しいらしい、長い雨が降っていて、なかなかはっきりしない日が、もう四日も続いていた。
この国の季節を一年三百六十五日、全部知るのは二人にははじめての経験なので、どんな季節も新鮮に思えるのは確かである。
田舎というほど田舎ではないが、ターミナルの駅からは車で三十分くらい。山はあるが平野で景色はよく、雪もそれほど降らないらしい。
さすがに二人が長年過ごしてきた欧州の、あの乾いた気候から比べれば、十分寒いし湿気が多い。
水も空気も全然違う、さすがに一年が過ぎればようやく、体もこの地の水に、慣れてきたような気がしないではない。

「なぁ」
「ん?」

ベッドに同衾するのはもう、何十年にもなる習慣のようなもの。前夜に何かをするかどうかは別として、一緒に寝るのはもう、習慣というよりは日課。お互いに相手がそこに生きていることを確かめるための、仕事というよりは、生活のようなもの、人生や生きがい、毎日の食事の時間や歯磨きをすることや、起きたら飲む一杯の水、そんなものに、すでに近い。

「最近さぁ、なんか髪のカンジ、変わってねぇかぁ?」
「あー? そういやおまえ、頭のカンジ、変わった気がするな」
「日本の水のせいかぁ? 最近髪がみょーにこう、……なんつーか…」
「手さわりがよくなったな。悪くねぇ」

そんなことを言い、手を伸ばすのは、いつもの男の慣れた手つき、そのもの。
それが撫でる小さい頭の、肩を流れる髪の艶も量も、随分少なくなったけれど、気に入っているのは変わらない。
さすがに若い時分のように、腰まで長く、伸ばすことはもう、しなくなって久しいが、それでも肩を超える長さでそろえられた銀の――いまでは本当に、しろがねの名そのものに近い髪の、いとおしいひとの体を、確かめるようにして、赤い瞳の男が撫でる。
言われてみれば確かに、昔よりずっと、しなやかになった気がしている。
前はもっとさらさら指の間をすり抜けるようだったが、今は吸い付くようになめらかで、年とともに失ったはずの柔軟さが、戻ってきたのではないかと思うほどには、その手触りが変わっている。

「あんたの髪も、なんか、……前より黒くなったような気がするのは気のせいかぁ?」
「心労がなくなったからじゃねぇのか」
「そうかもなぁ…毎日腑抜けた生活してるしなぁ、俺ら」
「染めるのをやめたから楽になったんだろ」
「かもなぁ…。最初はそのアタマ、見られるのイヤだったんだろ、ザンザス」
「あいつらが毎回、顔みるたんびに聞いてくるからうぜぇんだ」
「そりゃなぁ……、………でも、………」

白い髪のアンタもかっこいいぜぇ、と――続けようとして、スクアーロはさすがにそれを口にするのはやめた。

なんだか恥ずかしいというよりは余分なことのような気がして、いい気分で自分の髪を、撫でている男の指先が、枯れて乾いて節くれだっているけれども、それも悪くないというか――ひさしぶりに昨晩、たっぷり肌を撫でられたことを思い出して、少し、余韻に浸っていたいような、そんな気分になってしまったこからでもあるし、久しぶりに交じった体の奥が痺れていて、腫れぼったくて、懐かしくて、いい気持ちだった――せいもある。
肌を直接、触れるのはいつだって、気持ちがいいし、懐かしい。この手に撫でられるのは本当に、初めて触れられてから四十数年が過ぎてもまだ、いちばん気持ちがよくて、肌に馴染むばかりで、とても楽で、嬉しいのだ。

「日本は水が違うからだろぉなぁ…肌もなんか、妙にべたべたしてるしよぉ」
「そういうのはしっとりしてるって言うんだろうが」
「…アジア人が若く見えるのってこのせいかなぁ…」
「おまえも十分化け物らしいぞ」
「んなわけあるかぁ…まぁ、まだコッチはまだまだ現役だけどな」
「あたりめぇだ。枯れるには早ぇだろ、六十にもなってねぇ」
「まぁなぁ……」

いつもより早い時間というわけではないが、二人とも、しゃっきり起きる、気分にならない。というよりは、なれない、と言ったほうが正しい。
 
年をとっても出来るうちは、セックスをしない、という選択肢がないのがイタリアンだ。六十でも七十でも、生きている間は恋愛は現役、生きている限りは恋をして、恋をしたらセックスをするのが当然、と思っている。だからつまり、結局は、いくつになっても二人して、現役で閨事を繰り返しているのは、同性同士であっても、変わることはない――寧ろいっそう、それが重要になってくることも、きちんと理解しているのが、退廃で国を滅ぼした王国の末裔らしい発想だ。
さすがに若い時分のように、顔をつき合わせている間は毎日、というわけにはいかないが、それでも体調がよければ週に一度かそれ以上、肌を合わせることを怠ったことはない。交わらなくても触れるだけで、満足する日もあるようになったのが、若い時とはかわったことだといえるかもしれない――けれども。

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回転する白い花

時速100キロを越えると視界はどんどん狭くなり、色や形を認識できなくなる。前傾姿勢で斜面を降りる角度によっては何も見えないところを、踏み切って「飛ぶ」こともある。右に大きく下りながらカーブしたと思ったら左に上りながらゆるやかに斜めにあがり、その先を急角度で前とは逆の弧を描いて下るダウンヒルを、100キロの速度を「体感」しながら氷を砕いて、降りてくる。
ザンザスはその速度を知っている。元からスピードを出すのは嫌いではないし、バイクで100は軽く出せる。炎をチャージした銃での飛行は、連射と風向き、動きの関係で、最大80近くまでは出る。うまく体を動かさないと、自分の速度で首をやられかねない速度でもあることを、ザンザスはよく知っている。
「回転ってなんかこえーよなぁ」
そんなことを、真剣に画面を眺めているザンザスの隣で、やけにぼうっとした声で問いかけてくるのに、ザンザスはようやく、そちらに意識を向けることが出来た。
「起きたのか」
「なんか目が覚めたんだぁ。……いいタイム、出たのかぁ?」
「二人前の選手がタイ記録出した」
「どこの?」
「アメリカ」
「イタリアのは…、…確か、ええと」
「まだだ」
「そうかぁ」
そう言いながら、画面を眺める白い横顔。肌も白いが髪も白い、それが光を反射して青く見える。
画面の中では司会と解説者の言葉の合間に、深い日陰の谷間を過ぎるエッジの音が聞こえてくる。斜めにそれるフラッグの赤、地面にきざ回れたコースの青。こんなところをコースアウトしないで飛ぶように滑る、その難度をふと、思う。
「俺ぁアルペンよりボードがいいぜぇ」
「そうか?」
「うわっ、またコースアウトかよ…」
画面の中では青いラインにおさまりきれず、大きく膨らんだ板を制御できない選手が、フラッグをひとつ飛ばしてそのまま、するんとコースをそれてしまう。
自分でそれるならまだいい方。急斜面を滑り降りるその競技の、コースを行くのは一度だけ。エッジの立て方を見誤れば、コースどころか自分の板も、速度の魔物につかまって、緩衝材にぶつかるまで、止めることも出来なくなる。
「ずいぶん多いなぁ」
「コンディションは悪くねぇはずだが」
「天気いいもんなぁ」
抜けるような青空、だからこそ影は青く沈んで、画面の光をその頬に受けるスクアーロの、睫毛の先までうっすら青い。
「怖いのか?」
「あー、? そうだなぁ、怖ぇえなぁ」
「意外だな」
「なんだよ、俺にだって怖いもんくらいあるぜぇ」
「ないかと思ってた」
「俺をなんだと思ってるんだよぉ」
そういいながら前髪を横に流すために指で漉く。額が一瞬、あらわになる。
「あーゆーのはさぁ、両手塞がっててヤだよなぁ。スキーはストック持ってるからよぉ、なんかあったらそれ離さなくちゃなんねーだろ。それがなんか、ヤなんだよなぁ。ボードだったら両手、空いてるしよぉ」
なんだそっちの意味だったのか、ということに気がついて、ザンザスは拍子抜けする。そういう意味の「怖い」だったのか。
「そういう意味か」
「なんだよぉ、他になんかこえぇーとこなんかあるかよぉ」
「俺はボードのほうが嫌だがな。進行方向に背中向けてるってのが気にいらねぇ」
「へぇ…、そんなもんかぁ?」
スイスの選手が出てくる。世界ランキングで3位、今年度のワールドカップでは1位だと司会が告げる。
「アルプスとロッキーの雪って違うんだろうなぁ」
「行くか?」
そんな言葉をつい、口に出す。

肩にこつんと頭が当たる。腕をさらりと髪が流れる。まるで当たり前のように耳の後ろから指を差し入れて、そのまますっと、下に動かす。指の間を、少しかさついた髪が、ゆっくり落ちて、通り過ぎる。

「あー、いいかもなあ…、………今年は雪、多いらしいぜぇ」
「いつがいい?」
「予定聞かなくていいのかぁ?」
「誰の」
「あいつら連れてくんじゃねぇの?」
「なんでそんなことするんだ」
「前は一緒に行ったじゃねぇか」
「勝手についてきたんだ」
「じゃあ二人だけかぁ?」
「そうだ」
「俺はボードだし、あんたノーマル板だろぉ。つまんないんじゃねぇのかぁ」
「お手手つないで仲良く滑る気か?」
「んなわけねぇだろぉ」
「じゃあいいじゃねぇか」

画面の中では最後の一本を、アメリカの選手が降りてゆくところだった。明らかにラインの決め方が違っていて、板のコントロールもたいしたものだった。バンクで流れず、アウトから入ってインに抜けるライン取りが丁寧。
ジャンプを一回、二回、日陰のインから抜けて、直線で速度を出す。ゴールを抜ける。ブレーキはギリギリで効いた。
すぐにタイムが出る。早い。0.03秒で一位の記録を抜いたようだ。

思わず大声をあげようとした隣の男の唇を、掌で押さえて塞いで、ザンザスは、はたしてこの男がさっき話していたことを、今も覚えている可能性について少し考えた。
掌の下でもごもご言っている唇の動きから推測するに、可能性はあまり高くはなさそうだった。

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後半部分が綺麗に消えていて地味にショック
閉会式には間に合った!

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にゃんにゃんしたい

とりあえず、一応一通り、やれそうなことは全部やった。
長年一人の男と夜をともにしているのだ、マンネリ防止のためにすることは知れている。というかそれをするのはそれほどやぶさかではない、とスクアーロ32歳、二代目剣帝の名も眩しい男はそう思っている。
どちらの趣味かはあえて言うまい。
出来そうな女装は一通りやった。もちろん双方でやってみたが、絵的に耐えられるのはやはりスクアーロだけだったので、途中からそっちだけになった。まぁスクアーロはもとから着るものにこだわりなどまったくといっていいほどないので、着物だのドレスだのスカートだの制服だのを着せられるのはそれほど、不愉快なことでもなかった。それを着て人前に出るならともかく、寝室の中だけでのことだ。互いが同意していれば、どんな行為も合法なのがセックスというものだ。女装した皇帝も同性愛に耽った支配者も、妹と愛し合ったと思われる党首もいた国だ。そこいらは許容範囲のうちである。

いろんなプレイも試してみた。えげつないことももちろんした。
その中で比較的、仮装は結構ノリノリで楽しめた。
一番気に入っているのは、やっぱり動物の格好をすることらしい。確かに猫耳をつけてみるのは楽しいかもしれない。仏頂面の強面な男の頭にぴょこんと、耳がついているのは可愛らしい。笑ってしまうがそれも楽しい、今自分に尻尾があれば、それこそ楽しく嬉しく動いて、ふにふに絡めてしまいそうなのに。

「衣装倒錯って結構普通だよなぁ?」
「セックスの趣味に普通も異常もねぇ」
「そらそうだ」

そんなことをいいながら耳を舐める。ザンザスはスクアーロを舐めるのが案外好きだ。中でも気に入っているのは耳たぶと乳嘴で、とくに乳嘴は腫れて赤くなるまで吸っていることもある。おかげで性感帯としての修行をみっちり仕込まれて、スイッチみたいに簡単に、スクアーロを興奮させてくれたりする。
頭蓋骨が小さい割にスクアーロの耳は普通の大きさで、そのアンバランスさが結構、ザンザスにはそそるところでもある。そんなところがいい。
趣味は千差万別、その相手によってカスタマイズ可能なのが、人間のフレキシブルで変態なところ。変態ばんざい、どんな趣味でも、寝室でお互いが納得していれば、別にどうってことはない。同意の上なら犯罪でもなんでもない、セックスの内容まで口出しされることはない。

今日は二人で猫の耳をつけて、首には赤と青の首輪をする。手首にも腕輪、足にも輪をはめて、最初はつないでいたけれど、やはり動きにくくて離してしまう。抱き合ったままでつなげてもいいけれど、それはもう少し後でもいい。

「四つも耳あったらすげーよく聞こえるかもなぁ」
「お前の声がこれ以上うるさく聞こえたらたまんねぇ」
「何いってんだよぉ、せめて嬉しいとかいいやがれ」
「おまえの心臓がばくばく言ってるのまで、うるさく聞こえてきそうだな」
「ボスのもだろぉ」
「違いねぇ」

ちゅ、ちゅっとリップ音が耐えず聞こえる寝室の、ベッドの天蓋は降りたまま。
充実してる生活のおかげで、今日も二人は仲良しこよし。

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にゃんにゃんの日!

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どうしようもない僕に天使が降りてきた

「こんのぉ、クソボスがぁ!」

剣士の握力はハンパない。
部屋中をふわふわ舞っていた羽が、閉められたドアの風力でぶわっと舞い上がる。それはザンザスの黒い髪に、まるで雪のように降りかかり、首元のエクステにからみついて、ひらひらとたいへん美しく、舞う。
廊下を足音が過ぎてゆくのが聞こえる。
普段の無音の足音とはうって変わった乱暴な足取りが、天井の高い廊下をものすごい速度で遠ざかってしまう。

「……っ、………なんだってんだよ、………」

部屋の中は壮絶な惨状。
いい年した男がふたり、加減をせずに喧嘩をすれば、物は壊れる人は死ぬ(二人ともそれを生業とする稼業のトップとナンバーツーだ)三つ数えて目を潰れ…なことになるのは必須だろう。
破けてしまったクッションからはみ出した羽根が、ふわふわと幻想的に部屋の中を舞っている。
ソファはひっくり返り、テーブルは倒れ、その上に乗っていたトレイは投げ出され、カップはひっくり返り、ソーサーはうつぶせに倒れ、ティースプーンが一緒にダンスを踊っている。
壁際のクローゼットの上に飾られたイヤープレートは枠から外れて面を伏せている。
割れていなかったのが唯一の救い、どんな顔をすればいいのわからないでいるこの部屋の主の、困った顔を見ないようにと、全てが顔をそむけているようだ。

「………ドカスが……」

一気にどっと力が抜ける。
怒りは瞬間に鎮静する。
理由は簡単で、自分の過失を認めてしまっているからだ。
昔はそれが出来なくて、いつまでも悶々としていたけれども、ここ数年はそんなことをする余裕もない。
意地を張り合う余裕がないのだ。
完全に、逆転している自覚があった。
自覚をしてしまった。

いまごろになって。

そうだ――つきあう、ということになってからもう十年を軽く越えている。
ザンザスの中ではまだ三年になろうとしているばかりだったけれども、向こうには十年以上が過ぎているのだと――その差が最近、妙に気になっていることにも気がついている。
さっきのことは完全に自分が悪いのだ。わかっている。
ここでじっとしている場合じゃない。わかっている。
なんでこんなに悲しくなるのかもわかっている。わかっている。

わかっている。

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新婚で熟年カップルな27(17)-25に萌えたコネタ

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五つの味と七つの色

長い手足を抱き寄せて味わうのは今日の特典。恋人たちの日に、ともに膳を囲む、ということの意味を、互いに知るようになってから、ようやく片手の数が過ぎる。
今年はボスが食事を作った。
三食は流石に無理だと知っていたから、朝はいつもよりも軽くすませ、そのまま仕込みに入って数時間、時々味を見ながら、昼少し前にコースをサーブされる栄誉に預かるのは二代目剣帝を名乗る麗わしの恋人。
普段より緊張した面持ちで食事を取るその顔を、眺めるのもプリーモのうち。ワインに頬がほんのり色づいて、冬は一層日に当たらないため、不健康そうに見える肌がようやく、生きた人間の顔になり、花咲く恋人の顔になって、嬉しい楽しい美味しい素晴らしいと、ありったけの賛辞を贈るのを聞くのもそれは、セコーンドのメニューだろうか。

塩気の聞いた生ハム、骨までとろける牛の煮込み、手打ちの生パスタに寝かせたソース、仕上げに出されたカヌレは濃厚なチョコの香り。
時間をかけてゆっくり、たっぷり饗されるコースを二人だけで食べる、時々給仕にボスが立つのを、見送る視線も当初の申し訳なさそうなものから、ゆったり落ち着いて背中を眺めるものに変われば、こちらもゆっくり、仕込みが聞いてよく熟成された今日のドルチェ、濃厚でふんわりした味を作るために必要なのは時間、成型してから13時間、冷蔵庫でじっくり寝かせて焼かなければ、その味は出ないのと同じ。

そうして今度は、こちらのコースの話。
よく熟された甘い果実の、皮をキレイに剥いてから、生をシャワーでキレイに洗う。
それこそ隅々まで汚れを見落とさず、指で擦うのは当然、食べるところはとくに念入りに、綺麗に洗っておくのが肝要。
水気を切って綺麗に拭いたら調理台に載せ、いざ食事をはじめよう。
今日はほんのり赤く染まって色も綺麗、肌もつやつや、髪はさらさら、足にも手にも怪我はないし、仕事も終わってご機嫌、体調も悪くないから最初からノリノリで、味をしみこませるために仕込んでおいてよかった、などとこれからそれを、味わう男は噛み締めるたびに舌なめずり。
そっと歯を立てれば蜜が溢れ、甘く、とろけるような香りが立ち上り、ただもうひたすら、あとは食べるだけ。
ナイフを入れて切り裂けば、それはもう極上の歯ごたえ、舌にからまり歯列を跳ね返す弾力性にぞわぞわ、絡みつく官能的な音色に体を捏ねられればゾクゾク、息が上がるほどの歓喜に踊る、ともに踊る、ただ噛み締める、味わう、臓腑を落ちる液体に喉を鳴らす、それが血肉になるよろこびにただ、震えるばかり。

手を伸ばされて手を伸ばす、足を開いて足を絡める。味わう、食べる、すする、飲む、噛み締める、噛み砕く、舐める、くじる、たどる、探す。最高の食事に感謝する。
おいしいものを食べられて幸福だと思うのはいちばん、原始の快楽、最初の感動になる。ああ、幸福だと実感できる。
食べ物と繋がることは世界と繋がること、今日生きていることを寿ぐということ、食べさせるということは愛しているということ、一緒に命をつなごうとするということ。

「すげぇうまいぜぇ」
「そりゃなによりだ」

食べて食べられる、二人の間で循環する、互いが互いの食べ物だということを言葉にして、ありがとう、と囁く。

「アンタの手料理が食えるなんて世界で俺くらいだろぉなぁ」
「おまえ以外に作ってやったことなどねぇよ」
「そりゃすげぇ! 光栄だなぁ」
「だからおまえは俺の餌だ」
「おまえ以外じゃ俺なんか食えないぜぇ? 肉は固いし味はエグい」
「煮込めば旨いぞ」

恋人たちを祝福する、祝いの夜にキスをする。一緒にご飯を、この先もずっと一緒に食べようという約束を、そっと唇の上で交わす。契約書にサインをする。
明日の朝には消えるかもしれなくても、口に残った食事の記憶はきっと最後まで持っていく。
だからきっと、来年も。

「来年もメシ作ってくれぇ」
「だったらドルチェくらい作れ」
「おー、それ練習すっかぁ」
「そうしろ」
「りょーかい」

甘い夜を。



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ホストである家の主人が三日前から仕込んだディナーでもてなすのが最高の接待…という記事は読んだのか見たのか不明
昔はイケたがきっと今は県内一メジャーなイタリアンのコースを看破できまい…(イタリアンの店超多いんですが田舎なので量がパねぇ! 昔は食べ切れたけど今はきっと無理w)
パスタの量130gが基本なんだよ(笑)

拍手[3回]

それは家族の一員です

大型犬を飼うということは、生活がアッパーであることの証明である。

犬を飼う、と思ってすぐに飼うことは出来ない。ブリーダーに連絡し、乳離れをする時期を待ち、何度か通って犬との相性を見、契約書を交わす。勿論届けも出す。
大型犬を室内で飼えるだけの部屋の広さがあること(勿論一軒屋であることが望ましいが、アパートであっても一定以上の広さがあれば認められる)、面倒を見ることが出来る成人が二人以上いること、じゅうぶんな餌を与えられる経済力があること、犬を飼う知識に過不足がないこと。一日に相当の距離を歩く散歩が出来るほど健康であること、持病がないこと、足腰が丈夫であること。虐待は警察に通報されるし、普通に犯罪に分類される。
換毛期にはブラッシングを欠かさないことは必須、同時に美しい犬と同じように飼い主も美しくあることが求められる。
それがつまるところの、欧州のペット――いや、コンパニオンアニマルの位置である。

「だからってそれつれて町に行くのはやめろぉおお゛お゛!!」

「うるせぇ」

暴君は常に暴君なので暴君なのである―――ということを学習しない声が今日もヴァリアーの屋敷に響く。ある意味それは感動ものである、何度言われても殴られても蹴られても罵られても意見を言うことを止めないということは、それはつまり、愛情というものがそこにあるということに他ならない。自分がどうなっても、『そうしてはいけない』と、言わずにおられないということはつまり――マンマの愛情ではないのだろうか。

「あ゛ぁ? うるせぇじゃねぇぞぉ゛、ベスターしまえぇ゛え゛!」
「久しぶりに出したんだからいいじゃねぇか」

「……何してるのかしら、あの人たち」
「さー知んねー。王子見る限りさっきまでデートするとか言って先輩浮かれてたけど」
「ミーも幻術でなければその話聞きましたー」
「そうねえ……」

まさにその通り、今日が二人が着ているのはいつもの隊服ではなかった。
イブニングのスーツで二人、一緒に出かけるということはよくあったが(ゲストと護衛として)、今日はそのダークスーツではなく、もっとずっとカジュアルな服装だった。
ザンザスはグレーのシャツに細身の白のベスト、それにダークグレーのジャケットを合わせている。スクアーロはザンザスと揃いなのかと思わずにおられない、よく似た色合いのロングジャケットに、白いシャツ、白いパンツを誂えている。元から色が白いスクアーロが、白い服を着ると本当に、色身がなくてあっさりしすぎて妙な儚さすら感じられる。
そこに薄いグレーのカシミアのマフラーをゆるりと巻いている。
二人とも、同じ色の服は着ていないが、色合いがどこか似ていて、ぱっと見ればペアに見えなくもない。

「そんなでっかいのつれたまんまで歩けるかぁ! つかなんで出すんだぁ゛あ゛! あぶねぇだろぉ゛お゛お゛!」
「心配ねぇ」
「駄目だぁ! へんなもん拾い食いでもしたらどうすんだぁ! ベスターが腹壊すだろぉ゛お゛!」
「そんなことすんのはおまえくらいだろ」
「するかぁ゛!」
「うるせぇ口だな」
「つかベスターしまえよぉ゛お゛!」

がなりたてるスクアーロはせっかくキレイに決まっている服がもったいないほどの麗人ぶりで、近年いよいよその美麗さが、滴るごとく冴えていて、見ているだけでため息が出るほどだ。がさつで野蛮な大声も、その美しい顔形から吐き出されているとなれば、それだけで何か違う、麗しいオペラのアリアか、それとも古典の詩を吟じているかのような錯覚を覚えてしまうほどになる。
他のあらゆる短所を覆い尽くすに足りるほどに冴えて磨かれたその美しさは、どこか寒気がする妖しささえ含んでいるようで、毎日毎晩それを見慣れている幹部たちでさえ、時々あまりに美しすぎて、視線と同時に魂まで奪われてしまいそうになることがある。気のせいだと次の瞬間に思うのは、割れるほど大きなその声があるからなのだが、それが奪われてかすれて聞こえない朝など、やつれて磨かれて水気をたっぷり含んだ肌の底が、薄く発光しているかのようなスクアーロは、まさに目の毒、もしくは眼福、見れば寿命が延びると噂されるほどでもある。
そんな麗しい顔を真正面からまっすぐ見て、平然としていられる人間は、その麗人に怒鳴られている彼らのボス以外、ほとんどこの世界に存在していないのではないだろうか、と幹部たちは思っている。
その二人の足元には、白い毛並みが輝くばかりの大きな動物が、所在なげに、しかし姿勢よく、背をぴんと伸ばして前足を揃え、尻尾の先をわずかに振りながら、粛々と次なる行動を示されることを待っていた。
今二人の話題に登っている動物、ヴァリアーのボスたるザンザスの匣兵器、ベスターである。
長くて太い尻尾の先が、時々くいっ、くいっと動いて、いまだ怒鳴りあっている自分の主人の言葉を待っていることを示しているけれども―――。

「ベスターをあんま人間がいっぱいいるとこに連れいこうとかすんなよぉ゛。警察に通報されでもしたらウルセーし、騒ぎになったら面倒だろぉ。だいたいベスターが可哀相だろぉ」
 
ザンザスは別に本気でベスターを連れて行くつもりなのではない。ただ、出かけると言って珍しく、私服に着替えてやってきたスクアーロが、あまりにキレイで普通に驚いただけなのだ。
大空の匣兵器は持ち主の精神状態に非常に密接にリンクしているから、かすかに動揺してしまったザンザスの、その驚きを感じたベスターが、いつも眠っているザンザスの執務室から降りてきて、談話室の前に座っているのも、ザンザスの内心の動揺に全ての原因が起因しているのだ。

「……別に、そういうつもりじゃねぇ」

いい加減面倒になって、ザンザスはベスターに手を伸ばす。撫でてもらえると思って頭を上げたその白い獣は、数回、その腕に撫でられ、たいそう機嫌のよい顔になった。

「ベスター」
「Guuuu」
「……おまえは待ってろ」
「Gyu…」

ごろごろと喉を鳴らして、主と視線を合わせる。まばたきをしない真っ赤な瞳が、何かを納得したかのように、少し伏せられると、そのままくるりと向きをかえ、大きな白い美しい獣は、足音ひとつも立てないで、廊下に敷かれた絨毯の上を、そっと歩いて部屋へ戻っていった。

「しまわないのかぁ?」
「めんどくせぇ」

そう言いながら、視線を戻せば目の前の、白い人型の獣は立ち去る獣の姿を見送っているところだった。整った横顔、まるい額の稜線が長い前髪に隠されて、高い鼻と細い顎に繋がっている。薄い唇は少し腫れていて、朝までそれを食んでいたことを、それこそ日常の挨拶のように思い出したザンザスは、しかし今日はどこか、それが気恥ずかしいことも同時に理解した。

「…どうかしたのかぁ?」

首をかしげて聞いてくる、その動作がやけに可愛らしいのは、髪まで合わせてくるんと巻いた、モスグリーンのストールのせいか。
今日は寒色系でまとめているスクアーロは、髪と肌の色もあいまって、いよいよ人の体温を持たぬ、人形か何かのようにさえ、見えた。

「いや。……行くか」
「あぁ。なんかボスと出かけるのって久しぶりだぜぇ」
「そうだったか?」
「そうだぜぇ。私服で出るのって久しぶりでなんか楽しいぜぇ」
「安いな」
「なんかさぁ」

そういいながらスクアーロが、緩めていたネクタイを少し引く。直されるかと思ったら、少し引いて崩し、ザンザスの襟元をきちんと正して、一歩後ろに下がったと思ったら、そこで笑った。

「あんたそういう色のシャツとか着てるの珍しいなぁ。すげぇ似合っててかっこいいぜぇ」

ザンザスはスクアーロの花のような笑顔を眺めながら、ペットという意味ではこれもベスターも同じものだな、ということをしみじみと思った。
そしてあの白い獣の代わりに、この銀色の獣を見せびらかしながら歩くのも、また一興だということに思い至り、唇に笑みを浮かべて、車のキーを手に取った。

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一番くじのアレについての日記を「スクアーロがペットなのかと思った」と言われたので書いてみた

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どこもかしこも甘いので

正装しているスクアーロを見るのは珍しい。

冬にしては雲のない青空、乾燥している冬の空気が太陽の光をまっすぐに突き刺す。
廊下の奥まで光が差し込んで、その光と影の境、かすかなぬくもりを得ようとその間に立つ白い影を認めて、若きドン・ボンゴレは目を見張った。
近年特に、この暗部の副官の冴え冴えとした容貌が、息を呑むほど美しく研ぎ澄まされている――ということを、嫌でも気がつくのはこんなときだ。
黙ってひっそり目を伏せて、気配も殺してたたずむスクアーロの、その姿の美しさといったら――東洋人とは全然、肉体のつくりが違うのだと、そう理解せずにはおられない。

黒ではないが黒に近い紺のスーツ、シャツには細い臙脂のラインが入っている。ネクタイはいつも締めている深い赤のもの。ポケットチーフまで揃っていて、なんだか決まりすぎて怖いくらいだ。

「……こんにちは、スクアーロ」
「久しぶりだな、サワダツナヨシ」
「うん。……隊服じゃないスクアーロを見るのも久しぶり、だね」
「そうかぁ?」
「……うん」
 
返事をするのも緊張する。普通にただ答えるだけなのに、背中に汗がにじむ。
ただゆるりと窓辺に立って、ぼんやりと外へ視線を流す。ただそれだけなのに―――気だるい雰囲気が妙に艶めかしい。
普段は長いままに垂らしている髪を、今日はゆるりと片側に寄せて、銀の髪留めで留めているからだろうか、どこか中世的な厳かな雰囲気が、ぐっと増しているように思われる。

「ザンザスは、――もうちょっとかかるんだ、ごめんね」
「ジャッポーネはすぐ謝るなぁ」
「あ、ごめ、あ、え、あの、ええと」

攻められたわけではないのに、つい言い訳をしてしまうのは、もう、習性のようなものだ。
そらした視線を戻してまた、スクアーロの姿を視界に入れる。
こうしてスクアーロの姿を見るは、そんなに頻繁にあるだけではないが、まったくない、というわけではない。年に数回、あるいは一ヶ月に一回以上は顔を見ることもある。
昔はよく顔を腫らしていた。唇はいつも切れて腫れていて、瞼の上はほんのりと青くなっていて、声はいつも枯れていた。時々右手に包帯を巻いていたし、湿布の匂いがいつもしていた。
最近――ここ数年はそんなこともなくなった。肌はなめらかに光り輝いて吸い付くよう、髪はいつもさらさらでキラキラ、十代目を奪われたときつい目で睨み返されていたのも嘘のように、返される表情もいつしか柔らかく、とろけるように微笑むようになれば――思わず見とれる花の盛りの香りに、わけもなく心臓が跳ねるのも、仕方のないことなのかもしれない。

「今日は随分めかしこんでるんだね」
「ボスさんがこれ着ていけって言ったからなぁ」
「へぇ……あ」
「ん?」
「怪我してるの? そこ」
「あ?」

首をかしげて見下ろすようにしているスクアーロの、うなじからさらりと髪が落ちる。その隙間から、普段ほとんど見ることのない、スクアーロの耳たぶが見える。
つい、そこを指差してしまう。、
あ、思ったより小さいんだ…と、綱吉は、そう思ったのだけれど。

「右の耳たぶのとこ、真っ赤になってる」
「へ……?」

綱吉に言われたまま、耳に手を伸ばして触れて――その途端。
まるで火がついたように、スクアーロの顔に血が上るのを見た。
耳たぶに触れた先からぱあっと赤くなる血が、あっというまに首からうなじから、頬から目元まで――白い肌に赤い血が回って、それはそれは――綺麗な花が咲いたようだった。

「え、あ、あ、あぁ…!?」
「え、あの、スクアーロ、どうした、の」
「あんのクソボス……!」
「え…!?」

耳を押さえて真っ赤になったスクアーロは、それはそれはなんというか、―――なんというか。

「吸いつくにしたって力入れすぎただろぉおがぁ!」
「―――え」

叫んで怒鳴って走っていったスクアーロの、その後姿を見ながら。
耳が赤くなった理由や珍しくシーツを着ている理由に思い至り、真っ赤になったスクアーロにふさわしい言葉をいろいろ思い浮かべてみた。

「あーゆーのって可愛いって言うんだろうなぁ……」


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ニオさんに捧ぐよ!

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5ミリの隙間

ビアンキと山本の鎮静の炎で、相当の重傷だったはずのディーノもスクアーロも指し当たっての痛みという、最大の体力消耗アイテムを取り除くことができた。
痛みがなければ動ける。血が足りないのは山々だが、痛みがなければ動くことに支障はないし、回復も早くなるというものだ。
「行くぜ!」
ディーノがスクアーロの体を引く。左手の先がないのでバランスがおかしいスクアーロは、それでもすばやく立ち上がる。血にまみれた隊服ににじんだ汚れが乾いてぱらぱら落ちる。
「ちょっと!」
二人は怪我をしているはずなのに、まるで飛ぶように走ってゆく。それに気がついて草壁が顔を上げて走ってゆく。理由など聞かないのは、流石に雲雀に十年仕えているだけのことはある。
ロマーリォがそれに続く。ビアンキはそれを止めようとはしない。止めたって走ってゆくに決まってる男に、声をかけるなんて無駄なことだと知っているからだ。

戦場の匂いに肌が沸き立つ。白銀の騎士と黄金の王はどちらも、戦場を走る事を厭わない。戦況を見回して状況を把握するより先に、圧倒的な存在感が押し寄せてくるのを、肌の痛みで感じた。
「…ッ!」
黄金の王は息を飲む。ディーノは本気のザンザスが、どれほどの力で戦うのか知らない。見たことがあるのは十年前、夜の中学の校庭でだけだ。あの時は隔離されていて、ただ見ることしかできなかった。今日は違う。あの時はこちらの安全は最低限確保されていたが、今日はそんな場所ではない。ここはもう戦場、一続きの世界の先端だ。その中で閃く七色の炎、見たことのない紫の炎が揺らめき、先を走っていた青の光が立つ。血の匂いがたちこめる。
人だけでない獣の匂い、肌がこげる匂いと乾いた体液の匂いまでが漂う。
異形の物体が放つ光で樹木が焦げる匂いがする。
「なんだあれ…?あれが…?」
「ボス」
肩を貸しているのでひどく近くで声がする。
なんで、とディーノが驚く。けれど白銀の騎士は――スクアーロは、戦場の最中にも主の匂いを嗅ぐのを忘れない。なんという嗅覚だろう!
「いる!」
ぐい、と先に走る体を支えて、二人はほとんど走っているようだ。互いに重傷を負っているが、痛みがないし傷がふさがれているので、走るのにも支障がない。
「ちょ、スクアーロッ」
「見ろぉ」
顎で示された前方に上がる炎。赤とオレンジの混ざった、特色のある炎に包まれて、長身の黒と白が宙を舞っている。両手に握った銃から放たれる、溶かした溶鉱炉の中身の 金属に似た炎が、半透明な人体を狙うが、それを通り過ぎて外れ――炎が失われ、光の彩度が落ちるのを見る。
この場に自分たちが向かう理由などない。戦力になるかどうか、と思えばそれはあまり、益ではないだろうとは判っている。判っているが、遠く離れた場所にいることなど、到底耐えることなど出来ない。出来っこない。たとえ見届けることしか出来なくても、それの役目しか持てなくても、それでもいい。
そこにいたい、それを見たい、傍にいたいという欲求には逆らえない。

炎圧で肌が焦げる。白銀の髪が翻る。破けた服に触れた肌がひりひりする。
戦場が目の前に迫る。うかがうことなど思いもよらぬ、満身創痍の騎士が向かう。
赤眼の王が視線を寄越す――ディーノはこの十年、ザンザスのそんな焦っている顔を見たことがなかったことにその時初めて気がついた。戦場に立つザンザスを見たのも本当に久しぶりだった――炎を背景にたつザンザスの、その王者の存在感と言ったら!

「遅えぞ」

ちらりと一瞥、見下ろした目線には、秘める気などさらさらない、むき出しの熱量があふれている。戦場で部下を鼓舞する王の、圧倒的な存在感。神や天使を代弁するとされるほどの――その殺意、熱意、猛る意思。

「ぐっ……」

誰にも膝を折らず、怖けることもなく、恐れも、ためらいも持たない騎士がひるむのも、ディーノはそのとき初めて感じた。それこそもう十八年の昔、ともに学んでいた学者を飛び出す翼を得て、当時のディーノには一足飛びにわからない存在になってしまったスクアーロが、どうしてザンザスにひれ伏したのが、今この瞬間、ディーノには判ってしまった。
これはひれ伏さなくてはならぬ、王の力だ。

「悪かったなあ」


背後でくすぶる炎の色より鮮やかな瞳に見下ろされて、ただ息を飲むしかなかった。



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このあとでボスはスクアーロのキズを舐めるんですよ! ディーノもつられて「俺も!」とかいって舐めるんですよ! そういうことが5ミリのコマの隙間で行われているという…ところにたどり着かなかった(笑)


最近ジャンプでいわゆる戦闘シーンがずばーんとすっと飛ばれているのは、やっぱりアメリカでジャンプ連載してるせいかなー。アジアでは性表現がNGですが、アメリカでは暴力表現がNGだから、作中にあると発売できないのかもなぁ。日本だと「これも?」みたいなの全部暴力表現で駄目なんだよね確か

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今夜のプレゼント

スクアーロがいやだ、というのはほとんど条件反射のようなものだ。
本当にいやだと思っているわけではない。
ただときどき、体の反応でいやだ、と口に出してしまうだけなのだ。
わかっているが、今日はなんとなく。
なんとなく、ザンザスは今日はそれを聞いてやりたくなった。
いやだということを全部しないでいてやろう。

だから髪を洗ってやった。
乾かして指が通るまで梳かしてやった。
シャツは力を入れて開かなかった、ボタンは丁寧に一個づつ外した。脱がせたいというので好きにさせた。指先が震えていて、義手にあたってカチカチ音がしたのを笑いそうになったので笑った。
ズボンも下着もひとつづつ脱がした。そしてことさら丁寧に、脱いだシャツの上に重ねた。ベルトも確か同じところに落としたよな?と思いながら。

キスをした、欲しいというだけキスをした。普段の息が出来なくなるような重い深いものではないキスを、唇を舐めるだけの、音を立てるだけの、そっと息を吹き込むだけのキスをした。
我慢できなくなって自分から、舌を絡めてくるまでしてやった。

噛み付かずに吸い付くだけにして、掴まずにしごくだけにして、歯をたてずにころがすだけにして、握らずに揉むだけにした。
握らずに撫で、まさぐり、引き寄せ、胸を合わせてキスをした。足を抱えて奥を開いた。
「もうやだぁ」
ここらへんでスクアーロが先に泣き出した。おかしなものだと笑えば、なんで笑うんだと怒られた。おかしいから笑うに決まってるだろうが、違うのか?
「普通にしろよぉ…」
おまえの普通って何だ、噛み付くようにキスして引き裂くように服を脱がして、指を舐めさせられて口で濡らして育てさせられて、腰を掴んでガツガツ突っ込まれて気絶するまでイきまくることか?
だったらそんなことは全部やめよう、おまえの好きにしてやろう、おまえを好きにしてやろう、おまえを好きだと言ってやろう。どうだ?
「それ嫌がらせだろぉ」
イヤか?

さすがに最後にはスクアーロはイヤだと言わなくなった。
イイとしか言わないスクアーロはどんなケーキより甘かった。
さすがにナターレだな、と俺は思った。

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